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第3話 オークの村で育った喪女(かわいい)


 普通に考えて、この城、二人で住むにはデカすぎるし、小さい方がむしろ便利だろう。

 維持に必要な魔力も少なくなるなら一石二鳥。


 というわけで、小さくなりました。



●魔王城(レベル1)

 階数:1階建て

 間取り:2DK・風呂トイレ付き

 維持コスト:5

 戦力:アイアンゴーレム×1



「ずいぶんこじんまりとしちゃったね……」


「100分の1だからな。でもこんなもんだろ。二人なら」


 1階建ての一軒家と化した魔王城を眺めて、うむと頷くおれ。


「必要最低限だな。あんまり広い家も疲れちまうし」


「いいのかなぁ……」


「ま、譲ってくれたベルフェリアの顔も立てて、ゆくゆくは元の大きさに戻していこうぜ。それまでコイツに頑張ってもらおう」


 玄関先にオブジェのごとく鎮座しているアイアンゴーレムをカンカンと叩く。

 敵だったときは気付かなかったが、よく見るとコイツにもなかなか趣がある。

 関節とかどうなってんだこれ。むむむ……。


「おっと」


 不意に気配を感じて、おれはアイアンゴーレムの身体を駆け上がった。


「わっ!?」


 頭の上から5メートルくらいジャンプして、虚空をガッと掴む。

 やっぱりいた。

 アストラルウィンド――不可視の魔物だ。

 着地してアイアンゴーレムの前にひょいっと投げてみると、鉄の拳が素早くアストラルウィンドを叩き潰した。


「見えない奴にも反応するか。優秀優秀」


 魔王城貯蓄魔力:87→90


「これならほっといてもある程度は自分で稼いでくれるだろ。城だった頃に比べれば、魔物も侵入してきやすいしな」


「というか、ローダンは今、どうしてあんなのが飛んでるってわかったの……?」


「100年前、ゴースト系の魔物だらけの森で1週間くらい迷ったことがあってな……。それ以来、なんとなく気配を感じるようになった」


「すごい……って言えばいいのか、かわいそう、って言えばいいのか」


 すごいと言ってくれる方が嬉しいなあ。


「じゃ、ここはいったんコイツに任せて―――」


 ぐうううっと腹の虫が鳴る。


「―――腹ごしらえがしたいな。まさかメシまで魔王城が用意してくれるのか?」


「やろうと思えばできるけど、今は魔力を節約したいから……。村に行った方がいいかな」


「村?」


「近くにある、オークの集落。普段はわたしもそこでお世話になってるから」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 おれの中で、オークはどっちかというと魔物のカテゴライズだった。

 つまり、魔界に住む生き物の中でも知性を持たない方。

 何せ人間の村を襲ってるところしか見たことがないんだから仕方がないが、ところがどっこい、実は魔族の方だったらしい。


 大勢のオークが、薪割りをしたり洗濯をしたり井戸端会議をしたり、人間と同じように生活していた。


「本当のオークの村だ……。こんな文明がオークに存在するとは」


「逆に、そんなに野蛮なイメージだった方がわたしには意外……。わたしは、生まれたときからここに住んでたから」


 オークの村で女の子がたった一人、か……。


「そういえば、サルビアは8年前に死んだとして……お前の両親は?」


「どっか行っちゃったらしいよ」


「どっか行っちゃったって……」


「おばあちゃん曰く、お母さんがふらっとどこかに行って、いきなり作ってきた子供なんだって、わたし。だから父親がどういう人なのかも知らない。

 お母さんもわたしを産んだあと、またふらっとどっか行っちゃって、それ以来戻ってこないって……だからわたしは、物心ついたときからおばあちゃんと二人きりだった」


「そうか……」


 じゃあ、サルビアが死んでからは、本当にたった一人か。

 あの広い城で……。


「――あ! クルミねーちゃん!」


 なんと言葉をかけるか考えていると、オークの子供たちがわらわらと集まってきた。


「『だいじなよう』は終わったのかー?」

「あー! クルミねーちゃんと同じようなのがいるー!」

「ヒトかー!? ヒトなのかー!?」

「すげー! やっぱり頭に草みたいなの生えてるー!」


 草みたいなの?

 って、ああ……髪の毛のことか。

 オークには体毛がないからな。


「はいはい。この人は勇者様だから、あんまり失礼なこと言わないでね」


「えーっ!?」

「ゆーしゃさまーっ!?」

「マジかよーっ!!」


 今度はおれの方がわらわらと群がられた。

 100年前は野蛮としか思わなかったオークだが、子供となるとなかなか可愛いもんだ。


「おう。勇者だぞー。えらいぞー」


「すげー!!」

「クルミねーちゃんのダンナさまだーっ!!」

「マジでいたんだーっ!!」


「うん?」


 ダンナ?


「あっあっ、いや、それはぁっ……!」


 クルミが慌てて何か言い募ろうとしたが、その前に周囲の大人オークたちがおれたちに気付いた。


「なんだなんだ?」

「おおっ! 今日だったか!」

「勇者様のご帰還だ!」

「よかったなぁー、クルミちゃん!」

「ちっちぇえ頃からの夢が叶ったじゃねえか!」


「夢?」


「あ、あうう……! それは黙っててぇ……!!」


 非常に気になる。

 近付いてきた大人オークの一人に、おれは尋ねた。


「クルミの夢……って、なんのことだ?」


「おうよ。クルミちゃんってばよぉ、《城守》を継いだ子供の頃から、ずーっと言い続けてたのよ。『わたしは勇者様のものになるの! 勇者様のお嫁さんなの!』って」


「……ほほう?」


「こ、子供の頃の話だからっ!」


 と、クルミは言い訳したが、


「いやあ、ついこの前も言ってたじゃん!」

「そうそう! ちょっとからかったらよぉ!」

「『わたしは勇者様のものだから行き遅れじゃない!』って!」

「「「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」」」


 クルミは真っ赤な顔を覆ってうずくまった。


「やっぱりヤる気満々じゃん」


「ち、違うのぉ……売り言葉に買い言葉で……」


 おれにとってクルミは今日出会ったばかりの女の子だが、クルミにとってはそうじゃなかったのかもしれない。

 サルビアから《城守の賢者》を継いだ8年前から、いつか出会うことが運命づけられていた男。

 言ってみれば顔を知らない許嫁みたいなもので、子供ながらに意識してしまうのも無理はない。


「でもさー!」


 子供オークが無邪気に言った。


「ホントにクルミねーちゃんをヨメにすんのかー?」

「うげーっ!」

「俺ならぜったいムリ!」


「ん? なんでだ?」


「えー? だって……」

「クルミねーちゃん、すっげーブスじゃん!」


 …………………………。

 え?


「目ぇデカくて気持ちわりーし!」

「身体も細すぎだよなー!」

「顔もめっちゃ小っちぇーじゃんっ!」


 うずくまったクルミがぷるぷると震えている。

 いや、おれには褒められているようにしか聞こえないんだが。

 これは、もしかして……。


 おれは近くにいた大人オークに確認した。


「あんたも、クルミがブスだと思うのか?」


「え、あ、いやー……」


 言葉を濁して目を逸らした。

 ……なるほど。

 オークたちとクルミの容姿は似ても似つかない。

 つまり、美的感覚も異なるんだ。

 オークの感覚だと、目が大きくて顔が小さくて身体が細い女の子は魅力的に映らないってことか。


「ふふ、ふ……。いいもん、いいもん……。わたしは《城守》だもん……。可愛い必要なんてないもん……。ローダンの相手だって、他の子がやればいいだけだし……か、彼氏なんて、いらないし……」


 で、この村で育ったクルミも、同じ美的感覚を持ってるわけだ……。

 クルミの声はぐすぐすと涙混じりになっていた。


「あちゃー」

「ネガティブモードに入っちまった」

「こら、お前ら! クルミちゃんの見た目を馬鹿にするんじゃないって、あれほど言ったろ!」


 子供オークたちに拳骨が落ちた。

 子供に言い含めておかなきゃいけないレベルの話なのか……。


 おれはクルミの横に膝を突いて、その肩に手を置いた。


「あのな、クルミ」


「いいの……放っておいて……ローダンのお嫁さんは、村から適当に選べばいいし……」


「いや、単刀直入に言うが、きみはおれの目から見てめちゃくちゃ可愛い」


「ふぇっ?」


 クルミが驚いて顔を上げた。


「お、お世辞とか、や、やめてよっ! そんな風に誤魔化したって……!」


「お世辞じゃねえって」


 クルミは本当に可愛い。

 一目見たときにもそう思ったし、事あるごとにそう思っている。

 というか、なんというか、そのう……。

 狙ってんのか? と思うくらいに、いちいち好みすぎてつらい。


「お世辞だもん……! おばあちゃんが言ってたもん……! 勇者ローダンは女の子にはすぐ調子のいいことを言うって……!」


 ……サルビアぁ……。

 お前、孫に何を吹き込んでくれてんだ……。


 長年に渡って形作られてきた価値観は一朝一夕には覆らないか。

 となると、行動をもって意思を示すのみだ。


「クルミ」


「えっ?」


 おれはクルミを軽く抱き寄せると、その額に軽く口づけをした。


「おおっ!?」

「ヒューッ!」

「やるぅ!」


 周囲のオークたちがざわめく。

 おれはクルミを抱き締めると、彼らに向かって宣言した。


「この子がブスなら、おれはブス専でいいぜ」


「……っ!」


 腕の中で、クルミがびくりと震える。

 直後、オークたちから歓声が上がった。


「おおおおおおーっ!!!」

「イカすじゃねえか勇者様ぁーっ!!」

「こいつぁとんだ紳士だぜ!」

「ピィィーッ!!」

「ちょっと! あんたもあんくらい言ってみせなさいよ!」

「いっで! 無理言うなよぉ……」

「よおしッ! 勇者様の帰還と、その男気を祝して、今日はもう乾杯しちまおうぜーッ!!」


 と、その場で酒盛りがおっぱじまった。

 自由か、この村!


 おれとクルミはその真ん中に座らされ、まるで祝言でも挙げたかのようだ。

 さっきの一幕でオークたちに見込まれたらしく、これを食えあれも食えと、次々に食い物がおれのところに持ち込まれてくる。

 もともと腹も減っていたことだし、ありがたくそれを平らげていった。


 100年ぶりのメシは、五臓六腑に染み渡った。

 魔王と戦っていた異空間では腹が減ることはなかったが、それでも人間には食事が必要なのだと心底痛感する。


 そうして食欲に支配されていたおれには、周りの様子に気を配る余裕がなかった。

 だから、すぐ隣にいる彼女の様子に、言われるまで気付かなかった。


「あんたも罪な男だねえ、勇者様?」


 オークの女……男……いや、やっぱり女か。

 オークの女性が隣にやってきて、囁くように言う。


「あんたにとっちゃあ何気ない一言だったかもしれないけど……クルミにとっては、きっと一生モノだよ、あの言葉は」


「へ?」


 そう言われて、初めて隣にいるクルミの顔を見た。

 彼女は、赤らんだ顔で、輝く瞳で、じっとおれを見ている。

 片時を目を離すまいと、離したくないと、そう言わんばかりに。


「惚れさせた側にも責任ってもんがあらあな。ちゃんとしてやんなよ」


 オークの女性はバンとおれの背中を叩いて去り、あとにはおれとクルミだけが残った。



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