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第1話 仲間の孫を好きにしていい権利


 時はしばしさかのぼる。


「ベルフェリアああああああああああああっ!!!!」


 おれは真っ暗闇の空間で、宿敵たる魔王に吼えた。


「しつっこいんだよお前!! 馬鹿野郎!! 何年戦ってんだおれら!! この異空間で!!」


「フフフ……今年で100年になる」


「『フフフ』じゃねえんだよ! 100年ってなんだ馬鹿!! 国一つ生まれて滅ぶわ!! こんな長い戦いがあるか馬鹿っ!! 馬鹿野郎がぁ……!!」


「フフフ」


 魔王ベルフェリアは、馬鹿にするように笑みを繰り返す。

 その口元には血の筋が伝っていた……。


「寂しいか、我が宿敵よ……。くっくっく。貴様の愛したあの女どもより、今や余の方が多くの時を共にしたのだからな……」


「……寂しいわけあるかよ、クソ野郎が……。もうてめえの顔なんか見たくもねえ。てめえの顔なんか……」


「喜ばないのか。元の世界に戻れるかもしれんぞ……?」


「戻ったって、誰もいねえじゃねえか……。100年も経ってたら、おれの知ってる奴は、みんな、もう……」


 傭兵ランドラ。

 僧侶ホップ。

 そして、賢者サルビア。

 勇者一行として旅路を共にした仲間たちを思い出す……。

 あいつらだって、もうとっくに天寿を全うしている。


「もう疲れたよ……。冒険なんて飽きた。戦いなんてたくさんだ。勇者なんて、もううんざりだ……。おれは、ただ、好きな女の子と一緒にいたかっただけなんだよ……」


「フフフ」


「なに笑ってんだよ……」


「哀れに思ってな……。餞別だ、宿敵よ。現世に戻ったら、我が城を住まいとするがいい。余が許そう……」


「……100年前の魔王城なんてただの廃墟だろ」


「それはどうかな。フフフ……」


 魔王の腹部には、神の力が宿った神剣が刺さっていた。

 その傷口から、青い浄化の炎が広がってゆく……。


「……時間か」


 100年戦い続けた宿敵は、この期に及んで悪友みたいなツラをした。


「せいぜい幸福になるがいい、勇者ローダン……。それが、彼女(・・)の願いなのだから……」


「は? 彼女……?」


「フハハ……ハハハハ……ハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


 魔王は高々と哄笑しながら灰と化す。

 あまりに呆気ない幕切れ。

 100年に及んだ勇者と魔王の因縁の、これが最後のオチだった。


「ああ……くそ……疲れた……」


 おれは、もう何も考えたくなかった。

 今はただ、思う存分、眠りたい……―――




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「―――……起きてる?」


 ……起きてないよー。


「ねえ、起きてるよね?」


 起きてないってばー。


「……寝てる、のかな?」


 寝てまーす。

 もう起こさないでくれよ……。


「…………すご……寝ててもこんなに……?」


 つんつん。

 ……って。


「どぅおおわっ!?」


 おれは驚いて飛び起きた。

 デリケートな場所をつんつんされた気がする!

 てめえ、ベルフェリア!

 休戦中は互いに一歩も近付かないって決めて―――


 あれ?

 ベルフェリアは倒した……んだったよな?


 おれが寝ていたのは、100年に渡る時間を過ごした、あの暗闇の異空間じゃあなかった。

 見覚えがある。

 ここは……魔王城の地下だ。

 おれたち勇者一行と魔王ベルフェリアの決戦の場となった、真・謁見の間……。


 以前はベルフェリアが座っていたふかふかの玉座に、おれは横たわっていたのだった。

 帰ってきた、のか?

 元の世界に?


 すぐ傍には、驚いた顔をした女の子がいた。


 魔法使いっぽいローブ――というか、サイズ大きめのワンピースに、エプロンみたいな白い前掛けをしている。

 栗色の髪を1本の太い三つ編みにしていた。

 そこらの村娘っぽい素朴な印象だが、顔の造作はかなり整っている。

 身体付きの方も、華奢でありながら肉付きがよく……不躾なんだが、そもそも女の子を見るのが超久しぶりだから多少は許してほしい。


 つまり美少女だった。

 しかし見覚えはなかった。

 強いて言うなら……サルビアの奴に、雰囲気が似てるな。

 派手さはないながらも、利発さを感じさせる感じが……。


「え、えっと……」


 女の子はあたふたと意味もなく周囲を見た。


「あ、そっか。ま、まずは自己紹介……。んーっ。こほんっ!」


 可愛らしい咳払いをして、女の子は胸を張る。


「わたしは、《城守(しろもり)の賢者》クルミ! この魔王城の管理を預かっていたものです! 勇者ローダン様、無事のご帰還をお喜び申し上げますっ!」


「お、おう」


《城守の賢者》?

 魔王城の管理を預かる?


「なあ。えっと……クルミ?」


「は、はい。なんでしょうかっ」


「いや、別に敬語とかいいんだけどさ。……今って、おれとベルフェリアが戦ったときから、大体100年後……で、いいんだよな?」


「はい! じゃなくて、うん? 人界共通歴ではおおよそそのくらいです……かな?」


 口調に関してはあっちの方で勝手に慣れてもらおう。


「じゃあ、《城守の賢者》だっけ? きみは魔族なのか? 見たとこ人間に見えるが……」


 エルフみたいに人間に近い姿の魔族もいるが、彼女にはエルフに特有の長耳も見当たらない。


「ええっと、わたしは少し特殊で……あっ、そうだ。賢者サルビアの孫、って言ったらわかるかな?」


「……サルビアの孫? きみが!?」


「うん」


 確かに、サルビアに似た雰囲気だとは思ったが……。

 そうか。

 100年後となれば、孫の一人や二人、できててもおかしくは……。


「……え……? ってことは……あいつ、結婚したのか……? おれ以外の奴と……?」


「あっ! えっとえっと、そうじゃなくて! おばあちゃんが拾った子供を養子にして、その養子から生まれたのがわたし! おばあちゃんは生涯独身だったよ!」


 そうなのか。

 帰ってきて早々ショックを受けるところだった。


「おばあちゃんは魔王との戦いの後、勇者ローダンが――あなたが戻ってくるのを待つって言って、無人になった魔王城を預かったの。だから《城守の賢者》。

 ……まあ、8年前に死んじゃって、それからはわたしが継いだんだけど」


「そっか。8年前……」


 100歳を超えての大往生だ。

 ……頑張ってくれたんだな、サルビア……。


 ついでとばかりに、おれは他の仲間たちについても聞いてみた。


「騎士ランドラは人界で貴族になって55年前に。僧侶ホップは孤児院を経営して79年前に。それぞれ亡くなったって聞いた。……おばあちゃんは、魔法を使って寿命を延ばしていたみたいだから」


 だよなあ。

 悲しくは思わなかった。

 当たり前のことだからだ。

 ただ、少し寂しいと思っただけ。


 にしても、貴族って。

 ランドラの奴、出世しすぎじゃねえ?

 ただの流れの傭兵だったくせに。


「あの。……どうする? これから」


 おずおずと、クルミが聞いてきた。


「おばあちゃんからは――先代の《城守の賢者》からは、あなたが帰ってきたら好きにさせてあげてって言われてるの。だからわたしも、できる限り協力する。……あなたがこれから何をしたいのか、聞かせてくれる?」


 おれは迷わなかった。

 堂々と、胸を張って、はっきりと宣言した。


「疲れた!」


「……え?」


「休みたい! だらだらしたい! 可愛い女の子がいるとなお良し! 以上!!」


「ええー……」


 クルミがちょっと呆れた目をする。

 何もおかしいことじゃないぞ。

 おれはもう一生分どころか二生分くらい働いたんだ!

 だったら残りの人生は休んでいい!

 余生だ、余生!


「……まあ、それが望みなら、協力するけど……。この魔王城は、あなたが好きにしていいことになってるから、ここに住めばいい。

 お城だけじゃなくて……その、中にあるものは、全部あなたのものだから……。生活には困らない、と思う。うん」


 なんか妙に歯切れが悪いな。

 ……いや、待て。

 魔王城じゃなくて……()()()()()()()()も?


「質問いいか?」


「……うん」


「『魔王城の中にあるもの』って……《城守の賢者》である、きみも含まれたりは……」


 瞬間、クルミの顔がぽっと赤くなんて、あたふたと手を振り始めた。


「い、いや、あの、そのっ! こ、これは決まりでそうなってるってだけで……! わたしみたいなの別にいらないと思うけど、魔王城の魔力を扱えるのはわたしだけだし、単に秘書か何かだと思ってくれれば……!!」


 ……つまり。


「含まれる……んだな?」


 クルミは俯いて、真っ赤になった顔を隠した。


「……含まれ、ます」


「……マジか」


 かつての仲間であるサルビアの孫娘を、好きにしてもいい、と。

 何この罪悪感。


 ……たぶんサルビアが作った決まりなんだろうが、何考えてんだ、あいつ。

 もしかして、クルミがおれ好みな女の子に成長するのを見越してたんだろうか。

 酷いおばあちゃんだな。


「ま、まあ、とりあえずそれは置いといて!」


 気まずい空気を誤魔化すべく、おれは話題を変えた。


「この城に住むんなら、いろいろと確認しないとな。そもそも100年も経ってなんでまだ普通に建ってんだって話だし」


「それはいろいろと便利な機能があって……あ、と、とりあえず服! 服着ないと!」


「うん?」


 おれは全裸だった。

 道理で寒いと思った!


「……ううん?」


 おれは目を覚ましたときのことを思い出す。


「なあ、クルミ」


「ん? なあに?」


「きみ、さっき、おれのアソコ触らなかったか?」


「――――っ!!」


 クルミはまたぞろ顔を赤くした上、今度は涙目にまでなった。


「……だ、だってっ……男の人のなんて、見たことなかったんだもんっ……!!」


 ……《城守の賢者》様は、どうやら男に免疫がないご様子だ。



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『最低ステータスの最賢勇者』
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