第9話 どったんばったん二日酔い
あたまいたい。
「う゛~」
おれはベッドの上で唸った。
飲み過ぎた……。
ピオニーの奴がばかばか飲むから釣られて……。
「おはよ、ローダン」
隣を見ると、裸のクルミがいた。
二日酔いを除けば、いつも通りの朝の目覚めだ。
「ああ……おはよう……ん?」
なんか、反対側も妙にあったかい……。
「……すぅ……すぅ……」
寝息が聞こえた。
……ま、さ、か。
反対を見ると、裸のピオニーが寝ていた。
「…………………………」
そしておれも裸だった。
裸の男女が3人で、同じベッドで寝ていた。
さーっと血の気が引いていく。
「く……クルミ」
「うん?」
「も、もしかして……おれ、やっちまったか?」
「覚えてないの?」
「あぁああぁぁ……」
まったく覚えてない。
ピオニーに脱がされかけたところはかろうじて覚えてるが、その後は……。
自己嫌悪だ。
クルミがいるからダメだって思ってたのに!
「あ、いや、ごめん! そうじゃなくて、何もなかったのを覚えてないの? ってこと!」
クルミが慌てて言った。
へ?
「……何もなかった?」
「ピオニーさんに脱がされて、ベッドに行って、『やっぱりわたくしも混ざりますわーっ!』ってピオニーさんが飛びかかってきて―――そのまま寝ちゃったんだよ、二人とも」
「……マジでか」
そんな馬鹿な。
この状況で何もしてないって……。
逆に大丈夫か?
まあ、クルミが嘘をつく必要もないし、信じるけど。
「悪いな……。不安だったよな。酒の勢いとはいえ」
元から自分に自信のないクルミに、さらに自信をなくさせるようなことをするとは……。
「……あのね、ローダン」
深く反省していると、クルミが少し身を寄せてきて、囁くように言った。
「わたし、思ったの。ピオニーさんは、本当にランドラさんなんだろうなって」
「……ああ。自称ランドラが、まさか酒のときの癖まで真似できるわけねえもんな……」
あの絡み方と言い、シームレスにおれとやらかそうとしたことと言い。
あんなの真似できる奴はいないだろうし、ランドラがああだったって知っている奴もいないだろう。
「だからね……きっと、ローダンにずっと会いたかったんだろうな、って。もしかしたら、わたしよりもずっと……」
「……かもな」
少しだけ考えて、おれは短くそう答えた。
生まれ変わってから、あいつはそれを誰にも言えずに、一人だったんだ。
そもそも、おれが勝手に魔王の悪足掻きを喰らって、あいつらを遺していっちまって……。
「だから、その……いいよ」
クルミは控えめに言った。
……いい?
「いい、って?」
「ローダンが望むなら、わたし以外にも、その……お嫁さんを作っても」
クルミの顔を見た。
優しく微笑んでいた。
――でも。
「クルミ」
「きゃっ!?」
真剣な声で名前を呼んで、おれはクルミに覆いかぶさった。
「確かに、おれはこんなだから、ピオニーの――ランドラの気持ちにも、応えてやりたくなるかもしれない。そんな殊勝な気持ちがアイツにあるならだが」
「……うん」
「でも、たとえそうなったとしても、お前への気持ちが変わるなんてことはない。おれの嫁はお前だ、クルミ」
「うんっ……」
言っておくべきことを、言っておけるときに。
それが、現世に戻ってきてからのおれの、絶対的なルールだ。
気持ちを伝わらせるように、おれはクルミに唇を重ねる。
素肌を触れ合わせ、ぎゅうっと互いを強く抱き締める。
こうなったら、歯止めなんて利かなかった。
より深く、クルミと溶け合える形に……!
「……クルミっ……」
「……ローダンっ……んぅ……」
「―――へー。こんな感じなんですわね」
と。
最高に気持ちが高まったその瞬間に、すぐ横から冷や水をぶっかけられた。
「ぴ、ピオニー……!? お前、いつから起きて……!?」
「いやあ、安心しましたわ。どんなに野獣的かと思っていたら、意外とラブラブな雰囲気で。あ、どうぞどうぞお気になさらず。わたくし、ここで見てますので」
「できるかーっ!!」
「布団の中はどうなってますの?」
「ぃやぁーっ! 今めくっちゃダメーっ!!」
「へー? うわー。はぁー! これはまた……」
「お前まだ酔ってるだろ!」
ピオニーの二日酔いが治まるのに、しばらくの時を要した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「……お騒がせしましたわ」
酒とは違う理由で赤くなって、ピオニーは謝罪した。
ようやく酒が抜けて、今は賢者モードに入っているのだ。
酒に飲まれまくる奴なんだが、記憶は割としっかり残るタイプなのだった。
「わたくしったら、お酒が入ると本当に自制が利かなくなって……そのせいで家を出てきたようなところもありますし……」
「そんなところもあるのかよ」
それに関しては完全に自業自得だぞ。
「うううう……もうお嫁に行けないよぉ……」
クルミが顔を覆っていた。
すでに嫁に行っててよかったな……。
「ええ、まあ、でもその、わたくしはいいと思いますわよ? やっぱり愛情表現の一種ですし、あのくらいラブラブのぐちょぐちょのほうが……ちょ、ちょっと羨ましいとも思いましたし?」
「傷をほじくり返すな! フォローになってない! この話は終了!」
クルミが羞恥心で発火してしまう!
服を着たおれたち3人は、ダイニングに移動して朝飯を食いながら、ずっと棚上げにしていた話に触れることにした。
「……ずっと思ってたんだけどさ。ピオニー――いや、ランドラ? どっちで呼べばいいんだ?」
「ピオニーでいいですわ。結局、今のわたくしの名前はこっちですから」
「じゃあピオニー。お前が生まれ変わってるんなら、もしかしてさ、他の二人――ホップや、それにサルビアも、同じように生まれ変わってたりするのか?」
「転生魔法のことをサルビアから話されたとき、その場にホップもいましたから、有り得なくはないと思いますわ。もちろんサルビアも」
「でも、おばあちゃんが死んだのは8年前だから、生まれ変わってたとしてもまだ8歳だよね……?」
パンを頬張りながらクルミが言う。
それもそうだよな……。
「ピオニー、何か知らないのか? ホップやサルビアについて。記憶を持って生まれ変わったりしてる奴がいたら、何かしら目立つんじゃねえかと思うんだが……」
「さあ……。少なくとも人界のほうでは、それらしい噂は聞きませんでしたわ。自分がこうですから、それなりに調べてはいたのですけれど。……でも、ホップなら、何をしているか想像がつきますわ」
「……だな」
おれは同意した。
生まれ変わったホップがしていること……目に浮かぶかのようだ。
「え? どうして? 二人とも、どうしてわかるの?」
「あいつのことだ。どうせ前世と同じだろ」
「あの女のことですものね。たとえ生まれ変わったとしても、僧侶だの修道女だのをやっているに決まっていますわ」
「根っからの信仰者なんだ、あいつは。……性欲以外」
「ええ。筋金入りの信奉者でしたから。……性欲以外」
「聞き捨てならない言葉が続けて付け加えられたんだけど!?」
それを解説するためには、女子修道院という場所の闇について語らなくてはいけなくなるので、今はおこう。
「案外、巡礼者になってあちこちを旅してたりしてな。そんでここに来たりして」
「まっさかぁー。まあ確かに、魔王城も今や聖地の一つですから、有り得ないことではありませんけれど、それはできすぎですわよ」
「だよなー」
はっはっは! と笑っていると、クルミが「あれ」と呟いて魔導書を開いた。
「ん? どうした?」
「…………いや、その」
どういうわけかおずおずと、クルミはおれたちに報告する。
「…………誰か、敷地内に入ってきたんだけど…………」
「「えっ?」」