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七人の勇者と咎の龍 作者:ホライゾン

第二章 龍の咆哮

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2-1 再び

「はい、こちらの階段より三階に上りました向かい側の五つ目のお部屋でございます」

「ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 宿屋『ホーネスト』は今日も順風満帆に営業していた。飛鳥、和弥、弥生の三人はある程度雑務もこなし、客対応も問題なくこなせるようになっていた。

 経営者であるジャック・ホーネストはいつも事務所で書類と向き合っており、宿屋の実質二番手のレスカ・アルティミリアはいつものようにフロントに立ち、入れ替わり立ち代わりやってくる客を片端から捌いていた。

 ちなみ、サーシャ・アーネローゼは盗賊団及びウィルオー・ザ・ウィスプとの騒動の後、結局は宿屋にてジャックが即採用し、飛鳥達と共に新人として働いていた。サーシャは毎日楽しく仕事をしており、怒られることも多々あるがめげずに働き続けている。「今まで、故郷の村以外に出るのは歌う時だけで村の外で歌以外の仕事をするのは初めて」とのことでいつも一生懸命だ。

「レスカさん、休憩入ります」

「了解しました。一時間で戻りなさい」

 ちょうど昼過ぎ午後二時に差し掛かり、飛鳥、和弥、弥生、セシリア、サーシャが休憩に入る。この五人が同時に休憩に入るのもおかしな話だが、ジャックが気を利かせてシフト調整をしたそうだ。

 休憩室に入ると真っ先に飛鳥がお茶の入った水筒をあおる。

「ふう、疲れた」

「アスカはすぐ疲れるんだから」

「やめなさい、セシリア。男は頑張ってる風を演出しないと死んじゃう病気なのよ。特に飛鳥は重症レベル」

 弥生がさらに煽る。

「じゃあ、カズヤも?」

「んー? 俺ー? 俺は飛鳥と違ってひ弱じゃないからねえ」

 和弥がいつものようにのほほんと答える。だが、その言葉に飛鳥はしっかりと反応を示す。

「あ? 言ってくれるな。久しぶりに勝負してやろうか? この世界に来てから一年弱経つが修行してたのはお前だけじゃないんだぞ」

「止めときなよ。また、飛鳥が無駄に恥かくだけなんだからさ」

 お互いに睨みあう。休憩室に緊張が走る。傍で見ていたサーシャが慌てて制止しようとする。

「あわわ……、喧嘩は良くないのですよ! 仲良くした方がいいのですよ!」

「サーシャは黙ってろ」
「サーシャは黙ってて」

「はうう…………」

 お互い睨みあう飛鳥と和弥。今にも爆発しそうな火花を散らしている。

「弥生、机を」

「これでいい?」

 飛鳥が弥生に指示を出す。弥生は手近にあった一人用の小さな机を引っ張り飛鳥と和弥に挟まれる形で置かれた。

「さて、二人の勝負は久しぶりだったわね。さあさあ、肘を突いて手を組んで」

 弥生の掛け声とともに中背になり机に肘を突き、お互いの手を握手をするようにして組む。そこまでしてさらに両者の覇気が増す。そのあまりの覇気にまだ状況が呑みこめていないセシリアとサーシャは困惑顔だ。

「一体何が始まるの……?」

 弥生が二人の組んだ手を包み込むようにして両手で握る。そして、そっとカウントをする。

「三、二、一、ゴー!」

 弥生がぱっと手を放す。同時に飛鳥と和弥の手と腕がプルプル震え出す。お互いの額と手には汗がじわじわと流れる。しばらく、膠着状態が続く。

 一分ほど経過してから、飛鳥の腕が天辺から勢いよく押し倒されて手の甲が机にぶつかった。

「くっそーー!」

「また、勝ってしまったなあ」

 飛鳥は悔しそうに右手首を押さえ、手をぶらぶらと左右に振っている。和弥は対照的に余裕の表情で飛鳥を見て口笛を吹く真似までしている。

「これはなんなの?」

 セシリアが我慢できずに質問してくる。勝負も終わったので弥生は漸く答えた。

「これは腕相撲と言って、私や飛鳥、和弥の故郷での力比べの遊びなのよ。ルールは簡単、お互いに手を握り肘を突き、合図とともにスタート。先に相手の腕と手の甲を押し倒した方が勝ち」

「へえ、中々面白いね。私もやってみたい。ヤヨイやろうよ」

「まずは飛鳥とやってみたら? 私ら三人の中じゃ最弱だし。ちなみに一番強いのは私」

「じゃあ、アスカやろっか?」

 飛鳥は赤くなった右手の甲をいまだ押さえていた。飛鳥はセシリアの申し出を聞き、セシリアの方に向き直る。

「セシリア、和弥とやったらどうだ? ちょっとまだ手が痛いから休息していたい」

「カズヤ、それでいい?」

「んー? 俺は別に構わないよ」

 和弥とセシリアがお互いに頷き、机に肘を突けた。先程と同じように手を握る。

「それじゃあ、イクヨ」

 弥生の合図。

「三、二、一、ゴー!」

 一斉にセシリアと和弥の腕に力が入る。飛鳥の時と同じようにお互いの力が加わり、両者の腕全体がぶるぶると震える。

「セシリア……飛鳥よりもずっと強いじゃないか……」

「カズヤこそ、中々やるじゃない……」

「和弥、さりげなく俺を下げるな」

 脇で飛鳥が何やら文句を垂れているが弥生と和弥は完全に無視していた。なにせ、本当に弱いんだから言われても仕方がないのだ。そもそもが、飛鳥は二人に腕相撲でろくに勝てたことはない。弥生相手に至っては和弥も含めてもほとんど勝てたことはないのだ。この三人にはそれほどの力量差が出てしまっていた。

「さ、す、が、に女の子に負けるのプライドに、関わるよ」

 和弥が力を振り絞り、セシリアの手の甲を机に押し倒す。バンと大きな音を立てて決着が着いた。セシリアは痛そうに手の甲を押さえており、和弥は肩で息をしている。よほど、力一杯だったようだ。そして、その様子を見た弥生は皆に見えるように大きく頷いた。

「うんうん、意外にも和弥が勝ったのね。でも和弥はというより飛鳥もだけど私に勝ったことって人生で五回もないよね。小さい時から結構な回数やっていると思うけど。レスカさんなんてもっと強いしねー」

「弥生はゴリラ、レスカさんは魔女だから」

「まあ私はゴリラじゃないけど、レスカさんはある意味私たちの故郷じゃ魔女といっても差し支えないけどね」


「誰が魔女ですって?」

 休憩所のドアが開かれると同時に声が発せられる。そこにはレスカ・アルティミリアが立っていた。彼女は宿屋の正装に身を包んだまま、飛鳥達のいる休憩室へとツカツカと入ってきた、弥生と飛鳥は、冷や汗を流しながら必死に弁明する。

「いや、レスカさんこれはその、聞き間違いですよ」

レスカは目を瞑り一度溜息を突き、もう一度休憩室全体を見据える。

「まあ、別にその事は今はいいです。後で死んでもらうだけですので。それよりも今、――往生より連絡が入りました」

 レスカから発せられた言葉に気を引き締められる。直前の物騒な言葉などはもはや流されてしまった。そして、余計な部分は省略して、王城からの書が読まれる。

「『一週間後、十の月の十五刻に霊森にてウィルオー・ザ・ウィスプの討伐を開始する。武装宿屋の諸君にも奮って参加していただきたい、特に先の戦いにおいて既にウィルオー・ザ・ウィスプとの戦闘経験のある六名の者については必ず参加することとする。この言伝が伝わり次第、我が城に参られよ』」

「遂にか」

 遂に一年越しにウィルオー・ザ・ウィスプの討伐が始まるのだ。かつて突如襲われ、無様に逃げることしか出来なかった凶悪な魔獣。それを遂にこちらから討伐に向かうこととなった。飛鳥達にとってみれば待ちに待った機会だった。

「ということですので、いつも急ですいませんが出発の準備をしてください。とは言っても大したことはないでしょうが」

「待ってて義姉さん! すぐに準備する」

「あまり無理しないでくださいね。セシリア」

 セシリアは豊かな胸を左手でポンと叩く。ちなみに、彼女は今ではレスカのことを義姉さんと呼んで慕っている。今ではレスカも満更ではない様子だ。

 飛鳥達は休憩を中断し、急いで身支度を整える。服装も従業員用の制服から外用の柔らかい生地で動きやすい軽装の服に着替える。その後、事務室に一度集まり出発の最終チェックをする。事務室では飛鳥達の他にレスカや事務作業を中断させているジャックが話し合っていた。飛鳥達が事務室に入ると、二人ともこちらに気付き近寄ってきた。

「おう、お前ら。ウィルオー・ザ・ウィスプの討伐に行かされるそうだな。あの王様(くそじじい)の勅命だから突っぱねることも出来ん。だから、死なないよう無理しないで戦ってくれ。レスカも十分気を付けてくれ」

「分かっています。ですが、旦那様の方も十分に気を付けてください。何があるか分かりませんから」

「分かっている。慎重に行く」

 ジャックとレスカが頷き合うとそれを見たセシリアは疑問の声を上げる。

「お父さんもどこかに行くの?」

 ジャックは頷く。

「ああ、俺もお前らと別件で呼ばれていてな。最果ての調査を頼まれたんだ。どうやら、航海ルートの開拓が見つかったようでな。ちょっくら、西の方に行ってくる」

 最果て――それはこの国が長い時間を掛けて行き方を模索し続けてきた秘境だ。それが、今回遂にルートの開拓に成功したようだ。

「俺も行きてえ……」

「何言ってんの? 私達にはウィルオー・ザ・ウィスプがいるでしょ? 負けっぱなしでいいの?」

 飛鳥としては最果ても気にはなるのだが今はウィルオー・ザ・ウィスプの方が先だ。あの魔獣とは決着を着けなければならなかった。

「分かってる、言ってみただけだって。俺だってこの一年、ウィルオー・ザ・ウィスプと決着を着ける時を待っていたんだ」

「でしょ? さっさとぶっ倒しに行くわよ」

「さすがはゴリ……」

 言い切る前に弥生の拳によって飛鳥の脳天が揺さぶられた。飛鳥は頭を押さえてしゃがみ込み、それを見たジャックが溜息をついた。

「おいおい、出発する前から戦闘不能になってどうする」

「全く、何を遊んでいるのですか」

「これが遊んでいるように見えますかね……?」

「見えますね」

 飛鳥は必死に抗議するが当たり前のように聞き流されてしまった。飛鳥は味方がいないことを悲しみつつも痛いのを我慢しつつ立ち上がった。そこで、ジャックが一度両手を叩き、皆の視線を集める。

「さて、さっきも話した通り俺は最果てを目指し、辿り着ければそのまま現地調査、お前達は一度城に立ち寄ってそれから霊森に向かい、ウィルオー・ザ・ウィスプの討伐。特にお前らの方は過酷な戦いになると思う。俺が付いて行ってやれんのは残念で仕方ない。だが、強力な助っ人を調達してあるはずだから頑張ってくれ」

「強力な助っ人?」

「会ってからのお楽しみだ」

 ジャックは一度一呼吸おいて言葉を続ける。

「さあ、長話をしていても仕方がない。お前達はもう迎えが来ているようだし早速、行ってきてくれ。レスカ、後は頼むぞ」

「分かっております。旦那様もどうか無理をなさらないでください」

 レスカが一礼してから飛鳥達を引き連れ、宿屋の外で待機していた馬車に乗り込む。


 そして、また一日掛けて城へと到着し、謁見の間にて王との謁見が行われた。


「宿屋の諸君、久しいのう。この一年、城から依頼を出したことはあったのじゃが、ワシが直接口頭で説明したことはほとんどなかったからのう。まあ、なんにせよ今回の作戦はこの神龍王国の歴史に刻まれる重要な任務となる。心して事にあたって欲しい。ついては作戦の概要を説明せねばなるまいな」

 一同が息を呑む。間を置き、王が話し始める。

「基本的に難しいことはせん。霊森に行き、ウィルオー・ザ・ウィスプと接触し討ち倒す。それだけじゃ、難しい戦略も小賢しい作戦もなし。真正面からぶつかって、ぶっ倒す。それが作戦内容じゃ」

 あまりに単純な作戦内容に拍子抜けしてしまう。だが、その場にいる全員が感じた。明らかに説明していない部分がある。これだけでは肝心な部分が足りていない。ウィルオー・ザ・ウィスプが何故長い間討伐されていないのか、それに起因する部分だ。それは王も分かっていた。

「どうやって攻撃するのか? そう思ったじゃろう? なにせ、奴は全ての攻撃が通じない無敵の特性があるのじゃからな。だが、この一年の調査で対策を講じることができた。地道な、本当に地道な調査によってな」

「対策は簡単じゃ。奴に攻撃が通らないのなら、通るようにすればよい。そして、その方法を調べつくした。その過程で少なからず犠牲は発生してしまっているがの」

「そしてその結果作られたのが、『地縛憑器(じばくひょうき)』じゃ」

 王はそう言って懐から筒状の固く細長い入れ物のような物を取り出した。それは薄黒く、どこか陶器のような焼いた痕跡が見える。だが、そこからは薄気味悪いような背中を刺すような寒気のする気配を放っていた。普通の武器と違う。何か根本的に普通の武器とは違う何かがそこにはあった。飛鳥達は冷や汗を流す。

「ほっほっほっ、やはりおぬしらは感じ取っておるか。この武器は端的に言うと、生物の精気を吸い取る武器じゃ。それは人間に留まらず、全ての動植物が対象じゃ。今は機能をほぼ停止させておるのじゃが、ここにひと度、魔法や錬金術を使用すればこの武器は稼働を始める。生命力を吸収し、ウィルオー・ザ・ウィスプにダメージを与えることが可能になる」

「何故?」

 疑問を口にする。

「それは奴の生態と関係しておるのじゃ。奴が何故無敵なのか、それは奴が霊に近い存在ということからきておる。つまり、奴はこの世とあの世の狭間の境界線に生きておるのじゃ。この世の人間が攻撃してもあの世には攻撃は届かない。あの世の生物でもあるウィルオー・ザ・ウィスプには届かない。だからこそこの世の人間である我々が攻撃を加えても奴はダメージを受けないのじゃ。もちろん、この世にも片足突っ込んでるのじゃから、完全に不干渉というわけじゃない。それは一年前に戦った時もそうだったじゃろう? そしてこの『地縛憑器』はウィルオー・ザ・ウィスプとあの世との繋がりを断ち切る武器なのじゃ」

「そして、あの世との繋がり――つまりあの世との因果を断ち切られたウィルオー・ザ・ウィスプは存在が完全にこの世に定着する。そうすればこの世の攻撃も届くはずじゃ。だが、一つ難しい点がある」

「難しい点とはなんでしょうか?」

 レスカが問う。それに王は答える。

「単純に技術の問題じゃ。いくら専用の武器を作ろうとも、上手くピンポイントに、正確に、一寸の狂いもなく、地縛憑器で斬り込みあの世との因果を断ち切らねばならぬ。並大抵の技術じゃ果てしなく難しいじゃろう」

「失礼ですが、私でも駄目でしょうか?」

 レスカの問いに首を縦に振る。

「おそらくはレスカ程の実力者でも厳しいじゃろう。じゃから、助っ人を一人用意しておる。はっきり言って頼みたくないし、腹も立つ相手じゃ。だが、実力はあるし、嘘は付かない男じゃよ」


「とまあ、そこで俺の出番ってわけさ」

 突然、どこからか声が聞こえてきた。声の方を見るとそこはこの謁見の間の両サイドに下がっている垂れ幕の飛鳥から見て左側の方、垂れ幕の傍に立っている男から発せられていた。その男は――

「レイス・レオンハート!」

「よっ! 一年ぶりだな。元気にしてた?」

 そこにはあの幽霊盗賊団団長のレイス・レオンハートが立っていた。
十の月の十五刻は十月十五日くらいに思っておいてください。
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