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七人の勇者と咎の龍 作者:ホライゾン

第一章 終わりの始まり

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1-16 悪夢の先に見える母性

 辺り一面、暗闇に包まれていた。いや、正確には真っ暗闇の地面が彼方まで続いており、空気も真っ暗に淀んでいる。しかし、空を見上げると太陽が出ており昼間だということが分かる。

 飛鳥はこの見知らぬ土地に立っていた。しばらく、正面を歩いてみたが人はおろか動植物の類すら全く見当たらず、何かが生きていたという痕跡すら何もなかった。

 さらに歩いてみる。しばらく歩き続けて気付いたがここは空気が物凄い澄んでいた。陰鬱な雰囲気とは裏腹にとても空気が綺麗なのだ。そうして、歩いているうちに何か重たい物が足元を蹴った。何かドロッとしたものだ。何かと思い、足元を見てみるとそこには信じられないものが横たわっていた。

 それは死体だった。しかも人の死体だ。

 大量の血に浸るようにして、仰向けの状態で死んでいた。どうやら、血で濡れた体を蹴飛ばしてしまったようだ。そして、飛鳥はその死体の顔を見て驚いた。

 死体は見間違うはずもない、霧島飛鳥本人だった。

「なっ…………!」

 大量の血を流し、横たわっている霧島飛鳥はもう蘇生のしようもないほどに手遅れだと分かる。飛鳥は茫然自失していた。一体何がどうなっているのか? そもそも、この死体が霧島飛鳥なのならば、今それを見ている霧島飛鳥は誰なのか? 一体何者なのか? 分からない。何も分からない。

「飛鳥…………」

 不意に死体をのぞいていた飛鳥の頭上から名前が呼ばれる。声は低く、重圧感のある声だ。声につられて顔をあげるとそこには巨大な龍が足をつき、佇んでいた。所謂、飛鳥の元居た世界における西洋龍と呼ばれるもの、巨大なトカゲのような体躯に二本足で立つ。背中には立派な翼が二対鮮やかに伸び、見るものを圧倒する絶大な存在感がそこにあった。

「な、なんだお前……?」

 龍は答えない。よく見れば視線は死体の方に向けられていた。

「飛鳥………………済まなかった。また失敗した」

 おそらく、死体にはもう届いていないであろう言葉を呟くと、龍は顔を上げ、今度は誰に行ったか分からい言葉をぼそりと呟く。

「また、二年か…………」

 それきり、世界は真っ白となり飛鳥の意識は途絶えた。



 ここは森の中、とても荘厳で、意識すらも呑みこまれそうになるほどの無限の広がり。風一つなく、草木以外何もない、動物も一切見当たらない。

「ここは……?」

 弥生は見知らぬ土地の広大な森に突っ立っていた。空気は澄んでいて、巨木がおよそ十数メートル間隔で生えており、空は木の枝に囲まれていて見えず、地面には草が生い茂っているが、歩くのには不自由しない。ここがどこなのか調べるためにしばらく歩いていると二つの人影が見えた。一人は横に倒れている。もう一人は傍で両膝を突き、寄り添っている。もう少し近寄ってみると、二人の姿がはっきりと見えてきた。倒れている人はかなり小柄な少年のような姿をしていた。そして、寄り添っている人はもう少しだけ歳のいっている女性だった。体はがっしりとしているものの線は細い。そして、この女性どこかで見たことある気がする。

「あ、あの……」

 声を掛けるが返事はない。弥生は近づき、女性の顔を覗き込む。そうすると、弥生は声を上げそうになった。声を上げるのを必死に堪えた。おそらく、声を発しても聞こえはしないだろうことはなんとなく察している。今この瞬間も目の前の二人は私に気付いていないのだから。しかし、それでも口元を無意識に押さえてしまった。少年に寄り添っていた女性は見間違うはずもない、紛れもなく霧雨弥生本人であった。そして、この膝をついて寄り添っている霧島弥生は涙を流しながら声を張り上げていた。

「なんで…………なんで死んじゃったのよ!! リク! リクが死んじゃったら私どうすれば……………………」

 リクというのは倒れている小柄の少年の名だろうか? 分からないが、この私とこのリクという少年の関係性とは何なのだろうか? 恋人? それにしては年齢差があるようにも見える。だが、今はそんなことはどうでもいい。今はこの不可解な状況の方が疑問だ。目の前にいる私は誰なのか? それならば、それを見ている私は誰なのか? 疑問が次々と出てくる。しかし、それらの答えは見つけ出せそうにもなかった。

「リクの居ない世界なんて…………要らない」

 目の前の私が傍に落ちていた木の枝で自分の首を刺し貫いた。程なくして目の前の霧雨弥生は絶命した。



 和弥は壮絶な場面に遭遇していた。

 ここがどこなのかは分からない。だが、見るからに港町でありここは港だ。海水が音を立てながら満ち引きを繰り返しており、仄かに磯野の香りが漂ってきている。そこに二人の男女が距離を置いて向かい合って立っていた。二人の剣幕からただ事ではないことは理解した。しかし、何故こんな状況になっているのか、何故こんな状況に出くわしているのか、理解が追い付かない。

「和弥……なんで見殺しにしたの?」

 女は拳銃を構えている。銃口は相手の額を捉えている。そして、向けられているのは和弥、しかし和弥ではない。西島和弥はもう一人の自分が拳銃を突き付けられている場面に遭遇していた。そして、拳銃を突き付けているのはもう一人の和弥も一緒だった。

「あの時は仕方なかったんだよね。どうしようもなかった」

「嘘付かないで! 和弥が全力を出していればリクだってサーシャだって少なくとも死ぬのは避けられたはずよ! それなのに、和弥は全力を出さなかった。ねえ? リクが死んだことをどうやって弥生に伝えればいいの? サーシャのことだって飛鳥にどう伝えれば…………」

「責任転嫁はやめてくれないかなあ? そもそも何故、俺にばかり責めるのかなあ? セシリアだって、責任があるはずだよ。君だって現場にいたんだからさあ」

「そんなことは分かってる! それでも和弥、あなたのことは許すことは出来ない……」

 セシリアの瞳から一筋の涙が零れる。

「俺を殺すのかい?」

「…………」

「いいよ。殺しなよ」

 もう一人の和弥が拳銃を下ろす。そして、地面に放り投げる。

「…………」

「どうしたの? 俺が憎いんだろう?」

「……殺せるわけないでしょ! 私はこれでも和弥のことが本気で好きだった! だから、だからこそ許せないのよ! 和弥のことも、私のことも……。だから、もうここまでにして終わりにしましょう」

「……! 馬鹿! やめろ!」

 セシリアは自らのこめかみに銃口を当て、そのまま引き金を引いた。セシリアは血を撒き散らしながらそのまま垂直に倒れ込み、即座に絶命した。



 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

 森を全速力で走り抜ける馬車にウィルオー・ザ・ウィスプはしつこく食らい付いていた。飛鳥、弥生、和弥の三人が悪夢に落とされ、気絶してから既に三十分もの時間が経過していた。その間、レイス、レスカ、セシリア、サーシャは必死に馬車を守っていた。

「そこの馬鹿三人はまだ起きないのか? そろそろマジで疲れてきたんだけど」

 レイスがぼやく。飛鳥達は依然、目覚める気配を見せていなかった。レイスだけはウィルオー・ザ・ウィスプが現れる以前からずっと戦いっぱなしで一度も休んでおらず、体力も回復していなかった。さすがに、体力を切らしてきているのだ。

「団長さん! 私が回復させるのですよ! 私も治癒や体力回復の魔法の心得があるのですよ!」

「悪い。頼む」

 レイスが馬車の座席にどかっと座り込み、サーシャがレイスの体に手を触れ、治癒魔法を掛ける。

「全く、あなた方二人が同時に動けなくなったらこちらの負担が……!」

「いいよ、レスカさん。私達二人で何とかしましょう。きっと出来るよ」

「どちらにしろ、何とかするしかないでしょうに」

 レスカとセシリアの二人掛かりで、周囲を警戒する。ウィルオー・ザ・ウィスプが現れると同時に攻撃し、体を霧散させることで時間稼ぎをする。今、行っている作戦がこれなのだ。というよりは、これくらいしか出来ないわけなのであるが。現状、ウィルオー・ザ・ウィスプを倒す手段を持ち合わせていない以上は時間稼ぎしか出来ないのだ。

「そちら、現れましたよ!」

 セシリアの正面にウィルオー・ザ・ウィスプが現れる。すかさず、セシリアが錬金術の陣を造り上げる。それも、右手と左手で一つずつ。

「くらいなさい!」

 左手の陣からは雷が、右手の陣からは氷が飛び出し、ウィルオー・ザ・ウィスプの体を抉る。ウィルオー・ザ・ウィスプは霧散するが同時にウィルオー・ザ・ウィスプもセシリアに向けて攻撃を放っていた。

「三つ目!」

 右手で再度、陣を形成。等身大の氷の壁が出来る。ウィルオー・ザ・ウィスプが放ったのは人魂状の炎だ。それは氷の壁を勢いよく溶かすが溶かしきったところで炎が消える。相撃ちだ。

「セシリア、いつの間に陣の同時展開なんて出来るようになっていたんですね」

「今、ぶっつけ本番で試していた。けど、うまく行って良かったわ」

 その言葉にレスカは少々驚いていた。簡単に同時展開とはいうがこれは相当難しく、レイスのような実力者ならともかく、セシリアが行うには本来実力的に無理な筈ですらあるのだ。それをぶっつけ本番で成功させたのだから内に秘める才能が徐々に開花していっていることが分かるのだ。

「やはり、才能だけは旦那様にも引けを取りませんね。才能だけは」

「だけってどういう意味なんですか!? そっち現れた」

「了解しました。――そのままの意味ですよ」

 レスカとセシリアは軽口を叩き合いながら、ウィルオー・ザ・ウィスプを処理していく。ウィルオー・ザ・ウィスプの攻撃力があまり高くないことが幸いして、対応に大分慣れてきていた。しかし、それでも七人いた動ける人間が、今では二人にまで減っている。手間が増えているため、疲労が溜まりやすいのだ。

 レイスの回復はまだ終わらない。やはり、専門家ではないということか、サーシャの治療は少し時間を要していた。

「ありがとう、サーシャ。もう十分だ」

「え? あ、ま、まだ終わっていないのですよ!」

 サーシャが慌ててレイスを制止させようとするが、レイスが逆にサーシャを制止した。

「これ以上は過剰だ。今ここから抜け出すだけならこれだけで十分。むしろ、よくやってくれた」

「…………ならいいのですが」

 サーシャが消え入るようにそう呟く。サーシャの中で何かが引っ掛かる。口では十分と言っているがサーシャからしてみれば明らかに十分ではないのだ。今までずっと休みなく戦い続けて、今たったの三分少々の回復ではたかが知れているのだ。サーシャは不安になる気持ちを必死で抑えた。

 確かに、レイス・レオンハートという男は敵だ。ましてや宿屋『ホーネスト』、通称武装宿屋を襲撃し、大規模な被害をもたらした憎き敵だ。サーシャはまだ付き合いは薄い方だが、これから長い間お世話になろうという場所を荒らされて、当然何も思わないわけではない。憎い相手だ。だが今、サーシャ達がここまで生き延びているのはこの男の力が大きなウェイトを占めているのは間違いなかったのだ。レイスがいて、協力していなければもっと状況はひっ迫していただろう。サーシャにだってそのくらいは分かる。だからこそ、憎んでいながらも感謝しており、回復も躊躇わずに行える。そして、レイスがそれなりに無茶しているのもなんとなくサーシャは察している。というよりはサーシャ以外の全員がそれについては察している。そして、今も大分無茶しているに違いないというのが治療をしていたサーシャが分かっていた。だからこそ、心配なのだ。

「レスカ、セシリア。しゃがんでいてくれ。それで、気絶している三人を支えていてくれ」

「どうするおつもりですか?」

「馬車を一気に加速させて、ウィルオー・ザ・ウィスプを一気に引き離す。次現れて、消し飛ばしたら直ぐに加速する」

「分かりました。セシリア、サーシャ一人ずつ支えててください」

 セシリアとサーシャは頷くとそれぞれ和弥と飛鳥をがっちりと支える。弥生はレスカが押さえている。

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

「くらいやがれ!」

 レイスは右手を突きだすと、逆手にぐっと握る。そうすると、ウィルオー・ザ・ウィスプは霧散するというより押し潰され、その後に爆発するように消え去った。そして、今度は左手を馬車に向ける。

「加速しやがれ!」

 今度は左手から淡い色の光が生まれたのと同時に馬車がとてつもない速度で走り出した。

「うわっ!」

 セシリアが危うくバランスを崩し、馬車から落ち掛ける。だが、寸前でなんとか踏ん張り体勢を立て直す。

「これなら大丈夫だろう。ウィルオー・ザ・ウィスプも追い付けないはずだ。これだけ早ければ半日で森を抜けられるはずだ。俺は少し疲れたから寝る。城に着いたら起こしてくれ」

 そして、返事を待たずにその場に座り、目を閉じてしまった。

「…………うっ…………」

 突然に呻き声がした。なにかと思い、見てみるとそれは飛鳥から発せられたものだ。飛鳥はゆっくりと目を開けると意識が戻ってくる。

「アスカ!」

「ここは…………?」

「ウィルオー・ザ・ウィスプから逃げ切ったのよ!」

「……! そうだった! 逃げ切れたのか!? 済まない、気絶してしまっていた」

 飛鳥ははっとして辺りを見回す。だが、馬車がいつも以上に高速で走っていることと寝ている人間が数人いること以外は平常通りだ。どうやら、逃げ切れたというのは本当らしいことを飛鳥は確認した。

「安心して、悔しいけど盗賊団のボスがガンバてくれたおかげで逃げ切れたから。今は疲れて寝ているようだけど」

「そうか…………」

 飛鳥はぐっすり寝ているレイス・レオンハートを睨むように見た。しかし、あまりにも無防備に堂々とぐっすり寝ているためうっかり毒気を抜かれてしまった。

「…………うっ…………」

 そして順次、和弥と弥生が目を覚ました。和弥が目を覚ました際にセシリアは涙ぐんでいた。しかし、それはいいのだが、和弥の意識がはっきりと戻ると、最初にセシリアを視界に捉え、なんと黙ってセシリアに抱きついていた。その場の起きている全員が度肝を抜かれた。和弥にしてはかなり大胆な行為なのである。

「ちょっと、カズヤ!? 急にどうしたの? ちょっと苦しいから離して」

「セシリア、ごめん!…………ごめんよ……」

 セシリアは手足をじたばたさせている。だが、なおも和弥はセシリアを抱きしめたままだった。周りは止めることはせずに温かい目で見守り、飛鳥、弥生、サーシャはひそひそと話し合っている。レスカでさえどこか嬉しそうに見守っている。

 そして、ひとしきり抱き締めた後にようやく我に帰った和弥がセシリアを離す。

「あっ…………ごめん、セシリア」

 セシリアは首を横に振る。そして、逆に今度はセシリアが和弥の頭を抱え自分の胸に抱きかかえた。セシリアの豊かな胸が和弥に当てられる。

「ちょっと驚いたけど別に気にしていないからいいよ。気絶している間に悪い夢でも見たんでしょ? ウィルオー・ザ・ウィスプは悪夢を見せるって話だし」

「いや、いいんだ。何も見ていないよ。本当に何もないんだ。だから離してほしい」

「いいよ。話したくなったらでいいからいつか話して? だから、元気出して」

 そう言ってからセシリアは和弥を離す。そしてその後、変な空気に包まれたままに戦いの疲れから全員無事でいた。



 半日ほどして、森を抜けるといつもの中央に大きな城がそびえ立つ、城下町が姿を現した。ここからは馬車が速度を落とし、ゆっくりに走っていた。おそらくこれも、今も寝ているレイスが調整したことなのだろう。結局、あれ以降にウィルオー・ザ・ウィスプが追いかけてくることはなかった。と、同時に無様に敗走したのが確定した瞬間でもあったのだった。
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