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第一章 旅立ち編
005話 夜の終わり ~雅樹編~
明けない夜はまだ続いている。頬を撫でる夜風が心地良かった。

辺りの闇が一層深くなってきた頃だが、俺達はまだ活動している。
一仕切り笑った後はこのまま眠ってしまってもいいかな、とも思ったが、やることは沢山あった。

「そっち縛ったか?」
「おう、終わった」

さすがにここまで暗くなると夜目は利かなかったが、鈍く赤みがかった月の光がその助けとなっていた。

とりあえず倒れた男を縛り上げる。道具は男のコートを破いて使った。
さらに折れた枝にも布を巻いて猿轡みたいに咬ませておく。たぶん、これで呪文(詠唱?)も唱えられないはず。
もしかしたら無言でも発動できるかもしれないので、一応目隠しもしておいた。万一の対策は今はこの程度しかできない。

しかし夜間に男二人で、これまた男を縛り上げることになるとは。事が事だけに複雑な心境である。きっと秋人も同じ気持ちだろう。

あとは村に戻ろうということになったが、人一人を担ぎながら森を抜けるのは今の状態では厳しかった。
しかし村の状況は一刻も早く知りたい。おっちゃんは、エルシアは無事でいるだろうか? 村の様子は?

「じゃ、俺が見張っておくから、頼めるか?」

そんな俺の思いを読み取ったのかのように、秋人が提案する。
見張りか……確かに秋人ならこいつが目を覚ましても大丈夫だろう。

「俺が一人で村へ行って、状況を確かめてくるのか?」
「ああ。あと3、4人連れてこい。連絡は携帯で……って電波ないな。まあ…他はお前に任せる。出来れば早めにな」
「わかった。んじゃ、ちょっと待っててくれ」
「その必要はない」

二人して弾かれたように顔を向ける。
突如会話に入り込んできた謎の主は、川のほとりに立っていた。一体いつからそこに居たのか……。

「――誰だっ!?」

警戒心を露わにして問いかける。そいつは頭からローブを被っているので、顔は見えない。

「聞いても無駄」

もう一度声を聞いて、女であることに気付く。
しかし漂う不気味さに舌打ちした。こいつは、十中八九敵だ。

「こいつの仲間か!!」
「仲間? 違う。そいつはただの駒」
「駒、だと? 目的は何だ!!」
「……話は終わり。死にゆく者に、答えはいらない」

その時、女の纏う雰囲気が変わった。

ザァァァ、と全身の毛が逆立っていく。辺りの空気は軋み、その女から溢れ出る威圧感が俺達を襲う。
勝てるとか勝てないとか、そういうレベルではない。得体の知れない感覚が警鐘を鳴らしていた。
それは死を予言する死神の言葉であり、物理的なまでの圧迫感に体の自由を奪われる。ドロリ、と何かに飲み込まれたようだった。

「あ……」

経験したことのない恐怖に身が竦み、声が出ない。圧倒的な力の差を肌で感じ、俺はこいつに殺されるんだと本能で理解した。

「――」

秋人の声が聴こえた気がしたが、それに気を回す余裕なんて俺には残っていなかった。
目の前の女が恐ろしい死神に視える。もはや、体を動かすことも目を逸らすこともできない。

いななけ、氷の尖槍アイス・ネイル

その女の肩上に二つ、先端の尖った氷の結晶が出来上がる。直後、それらが目標・・に向かって発射された。
氷の槍が空気を切り裂く鋭い音波が耳に届く。けれども避けようとする意志さえ浮かんでこなかった。ああ、俺は――――死ぬ。

「――っ!!!」

ドサッ! と頭を打ったことで、漸く自分が倒れていることに気付いた。
やられたのかとも思ったが、やってくるはずの激痛はいくら待ってもこない。

あれ? と不審に思い、そう思ったことで顔を上げて。

「な……!!?」

さっきとは別の意味で呼吸を忘れる。目の前に、氷の槍に貫かれた秋人が立っていた。
左の脇腹に一つ、さらに右腕にも氷の槍が突き刺ささっている。傷口から流れ出す赤い血がなければ、なんの冗談だと思ったことだろう。

「あ、き…ひと……?」
「……………」

信じられない気持ちで秋人を見上げて、目が合った――――。

――俺を助けたのか?

「……反応した。さすがは勇者、か」

ローブの女は意外そうに言って、右手を翳す。

「でも、少し時間が延びただけ。氷の花アイス・フレア

秋人に刺さっていた氷が傷口から放射状に拡大していく。次の瞬間、左の脇腹にあった氷が弾け飛んだ。

――やめろ。

その衝撃に数歩よろめいて秋人はたたらを踏む。そしてもう一度、今度は右腕の氷が弾けた。

――やめてくれ。

秋人はピエロのように踊り狂って、血を振り撒きながら倒れ込む。

――俺達が何をしたんだよ。

そのままザバン、と秋人は川に落ちた。

まるで、スローモーションの映像を見ているようだった。
事態に追いつけず混乱していた俺は、自分の置かれた状況も忘れて夢中で駆けだす。

「秋人ぉぉぉ!!」
氷の尖槍アイス・ネイル
「――っ!?」

そして当然の如く、俺は氷の槍に貫かれた。

目線を下に向けると、腹のど真ん中に氷の塊がそびえたっていた。
最初に感じたのは違和感。徐々に熱を持ち始めた患部に不思議さを覚えた時、同時に強烈な痛みが体を襲う。

腹が中から焼けていくような激痛に、思わず悲鳴が上がる。
氷の槍を抜こうとしたが、力が入らない。そうしてしばらく悶えていると不思議と痛みが引いていった。
おそらく麻痺し始めただろう痛覚に助けられ、俺は少しだけ思考する余裕を取り戻した。

妙な温かさに包まれているような感覚に、俺は自分の死を予感する。脳裏に秋人が倒れる様が過ぎった。

わりぃ、秋人……。たすけ、られ……な――――。

急速に遠のいていく意識に、俺はもう抗うことができなかった。


☆★☆★☆★


「……任務完了」

雅樹が意識を失ったのを見て、女は呟く。
少し静観してから、徐に歩いてもう一人の男の前に立った。

「油断したな、ガリム。使えない駒は、いらない。それがルール」

女は淡々と言葉を紡ぐ。

氷の尖槍アイス・ネイル

女が唱えるは氷の魔法。

彼女の紅い瞳が映すのは、どんなに熱く滾る炎でさえも冷たく覆い隠してしまうような、そんな魔法だった。

消えるように女は立ち去り、森に静寂が訪れる。
川のせせらぎが森を包み込み、潜んでいた虫達が静寂に色を添えた。

と、ようやく訪れた静寂をまたも破る者が現れる。

「はぁ、はぁ、あっ……!? マ、マサキ様!?」

駆け寄る少女。そしてさらにもう一つ、ここから走り去る小さな影があった。



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