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第三章 闇の胎動編
049話 激突、グレーニン・グランバルト!
――――ドォォォォォォン!!!

辺りに響く重低音。
震動は空気を伝わり体の中まで浸透してくる。
それは音速の軌道にのって、端で見守る観客達にまで届こうとしていた。

照準体勢チャージ

白く、長い槍があった。
見る者を心酔させる聖なる輝き。
先端に煌く銀の矛は、まるで空気すら引き裂いて突き刺すよう――――。

その槍の鋭い先端が今、俺を捉えている。
距離は二十。
障害はない。
さすがに受けるのは無理だろう。
残る選択肢は回避の一点。

ジャリッと砂を踏み慣らし、全神経を投入してほんの微かな変化を見極める。
張り詰めた空気が、わずかにたわむその一瞬。
研ぎ澄まされた感覚が、確かにその差異を知覚する。

神槍突撃ランスロット

察知すると同時に起点が爆発した。
槍が相手もろとも此方へと突っ込んでくる。
まさしく、音を置き去りにするほどの神速の特攻だ。
渦巻く魔力の残光だけを残して、それは敵を葬り去る一閃の光と化す。

――――ドッ!!! ゴォォォォ!!!

光線が傍らを突き抜ける。
そして耳元につんざく不快音。
大気を揺るがす鈍い重低音がその後に背後から轟く。

「こうも容易く避けるか……末恐ろしいな」

飛び散った砂埃の中から男の声がかかる。
威圧感も半端じゃなかった。

「……まだ死にたくはないんでね」

軽口を吐いても緊張は覚めやらない。
指先が凍りついたように硬く強張る。
その根底にあるのは、間違いなく恐怖だろう。

「安心しろ。お前を殺す気はない」

――――グレーニン・グランバルト。

第三回戦の俺の対戦相手だった。
知らない相手ではない。
寧ろよく知っている相手だと、俺はそう思っていた。

でもそれは間違いだったらしい。

ピリピリと感じる、この強烈なまでの気迫。
まるで怪物と対峙しているかのような鬼気迫る実感。
もはや目の前に佇む男は、俺の知っている人物ではない。

「……おっさん」
「……」

場違いな俺の呟きは、黙殺される。
試合は既に始まっているのだ。
この状況でまだ戸惑っているなんて、本当の戦場ではあってはならないことだ。

「お前の今までの戦いは見させてもらった。その上で認めよう……お前は確かに、強い」

おっさんは優しい。
だから、まずは言葉で意見を主張する。

「手加減はできない。遊びではない。私にも立場というものがある」

淡々と口から紡がれるのは、強固な意志。

「武器を取れ。真剣勝負だ」

それは敵意となって俺に突き刺さる。

これは警告。
最初から勝つ気のない俺への、最後の挑戦状だ。
優しい言葉も態と外した一撃も、俺に戦う気を起させるためだけの無用な一手に過ぎない。

(そんなことは最初からわかってる)

言わずもがな。『全力を出さない』と『全力を出せない』とでは、意味が違う。

だから、これは俺の問題だ。

「…………」

極式を取り出して構える。
空気は一層張り詰めて、肌を焦がす。
漆黒の大蛇をあしらった至高の魔導器を見て、おっさんがにやりと笑った――――。

「――――いくぞ」

交錯するは槍と鞭。
そして火蓋は切って落とされた。

――ブワァッ。

衝撃は波となって伝わる。
砂塵は風に流れて、攻撃の余波から逃げ惑う。

「せいッ!」
「っらァ!」

黒い触腕がグレーニンを襲う。
巧みに動く神槍の刃と長い柄が、その猛功を退ける。

「しっ!」
「とう!」

一撃が重く迅い、その強大な力を惜しみなく奮う極式。
与えられた能力を存分に活かした黒鞭が、手数の上では圧倒的に勝っている。
攻撃を受ける白槍は強固な柄を利用して、まさに鉄壁の守りを体現していた。

「「――――っ!」」

――――攻めあぐねている。

それがおそらく、互いに共通の見解だろう。

距離を取った俺は極式で攻撃するだけ。
危険はなく、攻撃は最大の防御を地でいく。
ただし、未だ攻撃は一片たりともおっさんには届いていない。

つまりは、攻めきれない。

(……このままじゃ分が悪い、か)

俺の頭は冷静に結果を弾き出していた。

今はまだ俺に有利な状況に見える。
が、決定的に決め手に欠けている。
このまま攻撃しても、おっさんを仕留めきれない。
何より、向こうはまだ俺に攻撃さえしていないのだ。
つまりそこから導き出される結論は――――。

「はあああっっっ!!」

――――均衡はいずれ崩れる。

「ちっ!」

いずれ攻撃を読まれることは分かりきっていた。
隙がないのなら、自分で作り出す……まるでお手本のような戦い方だ。

近接突装アサルト
「極式!」

わずかな間にも、敵は目前にまで迫っていた。
雷電のような速度の槍を、疾風のような機敏さの鞭で防御する。
鉄鋼よりも分厚い極式の“腹”が、向かってくる刃の先をなんとか弾く。

照準体勢チャージ……」
「!?」

手が届くほどの近距離で“溜め”を行うおっさん。
この距離で隙のある大技を出すのは、どう考えても理にそぐわないはずだ。
それが分かっていながら、しかし俺はその“誘い”に乗った。

「先に潰す!」

攻撃は俺の方が速い。
素早く出した鞭は、思惑通り槍に受け流された。
そして不可解な溜めを行ったおっさんの手には――――二本目の槍がっ?!

「くっ!?」
近接突装アサルト

――――ドォォォォォン!!!

爆発と共に、高く舞い上がった砂柱が視界を塞いだ。
砂が晴れるまで、辺りは一時の静寂に包まれる。

「二装一式型の“神槍ベイオルグ”。この二つの刃を避けられた者はまだいない」

埃が止んでいく。
おっさんの声が頭に響く。
腹の辺りが妙に熱くなっていた。

「さあ、これを受けてお前はどう出る?」

――――どう出る?

(何を、悠長なことを……)

喋る暇があるのなら、追撃をかければいい。

(言ってやがる……!)

そうすれば勝負はもうついていたかもしれないのに――――。

「――――俺は、まだまだやれるぜ?」
「ぬっ!?」

煙の中から横一線に剣筋が閃く。
おっさんは頬を押さえて距離を取った。
振り抜いた俺の刃には、赤い水滴が張り付いている。

「短刀か……笑止」

鞭は放り出して、俺は士さんを握っていた。
極式を手に入れてから、使う機会が遠のいていた俺の愛刀である。
決め手には少し欠けるが、近接戦闘においては極式よりも幾分使い勝手はいい。

「その程度の武具で“神槍ベイオルグ”は止められんぞ!」
「はんっ……それはどうかな」

そして勇猛果敢に攻めてくるおっさん。
俺も合わせるように前へ出て。

「かっ!」
「くっ!?」

一つに戻った神槍が強烈な突きを生み出す。
凄いのは突きの威力だけではなく、その余波。
少々避けたくらいでは衝撃波に見舞われてしまう。
それほどの、威力……!

「どうした……!」
「る……せぇっ!」

だから、渾身の力で受け流すことしかできない。
余波に耐え、攻撃を躱し続けることで精一杯だ。

「先程とは立場が逆転したな……一体いつまで避け続けるつもりだ?」
「――――っ」

繰り出される神速の矛先は、それ一刀で致命傷となるレベル。
俺はその死突の連打を、避けて、流して、耐えて、相殺する。
それは文字通り、体に限界が訪れるまで続くのかもしれない。

強化した身体は攻撃を耐えるづける代わりに、悲鳴を上げ始めている。
しかし、ここで半端な反撃をしてもまず間違いなく逆効果になるだろう。
経験が少ない俺でも、それくらいはわかるつもりだ。

(ああ、……強ぇな)

無駄な思考は危険を増すが、そう思わずにはいられない。

おっさんは自然魔法を使用しない。
今までの俺の戦いを見ていたとしても、効果的な魔法はいくらでもあるはずだ。
それでも自然魔法を使ってこないということは、おっさんはそもそも自然魔法を使えないのかもしれない。

――――故に、ただ純粋シンプルに強い。

力や速度、判断力、持久力、槍を操る技術力。
単純に、人としてのスペックにおいて、おっさんは俺を遥かに上回っている。
それでも俺がなんとか戦えているのは、偏に俺の魔力量とその質が、その距離を縮めてくれているだけにすぎない。
逆に言えば、俺の強化した身体能力だけは、一面だけでもおっさんを上回っているのだろう。

――――ならば。

そこには勝機がある。
命がけの綱渡りをした先に、対等以上に戦える舞台がある。
攻撃を受けながら、苦痛に耐えながら、俺は頭の片隅でそう思っている。

――――頑張れば、俺は勝てるかもしれない。

その時、もう一人の俺が囁いた。

――――それで?

水面にこぼれ落ちた、一滴の波紋のように。

――――勝った後はどうする?

それは俺の心の隅まで浸透していく。





「すごい……」

オスカーの呟く波紋は綺麗に空へと流れた。

闘技場の戦いを目の当たりにした観客達は、誰もがしんと静まり返っている。
そこで起きていることが信じられないわけではない。
皆、理解が追いついていないのだ。

常人の目には戦いを見ることすら、難しい。
たとえ魔力を扱える素養がある者にも、その戦いは許容の範疇を越えていた。
この会場内で真に試合を観戦できている者など、ほんの一握りの数でしかないだろう。

「苦しいわね……」
「むぅ」

そのほんの一握りの人物の内の二人が、キャルルとディズであった。
試合は彼女等の予想外にも、秋人の劣勢で進行している。

「秋人……今度は防戦一方ね」
「近接戦では主も負けてはおらぬはずじゃが……やはり手数の差が大きいか」

状況に応じて戦法を変えるグレーニンに、秋人は手が出せずにいた。
針の穴を突くような精密な槍術が、秋人の体力を確実に削っていく。
それは力と知恵と努力によって積み上げられた、勝利の方程式と言えなくもない。

「厄介な……!」

故に、その戦法を突き崩すのは至難を極める。

「まるで槍の雨ね……私だったら全身穴だらけになっちゃいそう」
「え!? そんなに危ないの!?」

ミズリーが驚く。

「俺にはおっさんの腕から先が消えて見える。アキヒトに至ってはブレすぎてよく見えねー」
「……僕には槍が見えません。線が走っているとしか……」

大抵の人にはそう見えている。
ただ断続的に響く剣と槍の衝突音だけが、戦いの熾烈さを訴えていた。

「貴様等は修業が足りんな」
「う……それならリーファさんはどう見えてるんですか?」
「アキヒトが不利なのはわかっている」
「え、でも、戦えているじゃないですか」
「本当よ」

キャルルが堅い声で答えた。

「あのアキヒトさんが……」
「まだだよ、まだ負けてないでしょ!」
「……そうね」

まだ負けていない。確かにその通りだとキャルルは思う。

それは時間の問題だ。

秋人は確かに強い。
並の魔術師では束になっても足元にさえ及ばない。
その理由には、彼の持つ魔法無効化能力が大きく影響していると言える。

――――魔法無効化マジック・キャンセラー

それは脅威だ。
おそらく全ての魔術師にとっての弱点。
故に秋人は対魔法戦闘において、無比無類の強さを誇る。

だからこそ、と言えるかもしれない。
秋人は試合において、相手に関する直接的な魔力介入を自ら禁じている。(例外もあったが)
よって彼の魔法無効化能力が効果を発揮できるのは、相手の自然魔法だけに限定されている。

「でも……」

この試合に関してだけ言えば、そのアドバンテージは無きに等しい。
自然魔法を使わない、単純な力と力の衝突。
対等な条件下での優劣を競う試合だ。
それはたぶん、グレーニンが唯一、秋人に勝てる状況でもあるだろう。

「あっ!?」

場内で秋人の動きが乱れる。
その一瞬で腕と足が切れ裂かれた。
これでもう、今までのような俊敏な動きは期待できない。

「なんで急に……!?」
「……急ではない。綻びは既にあった」
「え?」

士さんで反撃した時だ。
その前の攻撃を受け切れず、秋人は腹を裂かれていた。

「そんな……それじゃあアキヒトは傷を負ったまま、あんなに無茶をしていたの……!」
「無茶? ……キャルルにはそう見えるか」
「? どういうこと?」
「…………」

ディズはその先を言い淀む。

「ディズ?」
「否――――」

ディズは違和感を感じていた。
小さな、普段なら決して気に留めることのないような、微妙な差違。

「あ――――っ!?」

試合は緊迫を迎える。
終わりは近い。
誰もがグレーニンの勝利を予感した。

その中で――――。

「――――やはり」

おかしい、と。
ディズは違和感を拭えない。
拭えないどころか、意識するほど違和感は大きくなる。

「主……」

違和感の正体は掴めないまま、しかしディズは、その本質を見抜きつつあった。





痛みはもう尋常じゃない。
腕は擦り傷、裂傷のオンパレード。血がだらだらと流れて模様のようだ。
足なんて新手のファッションかと思うくらいに綺麗な赤筋が幾重にも刻まれている。
そんな身体を動かし続けているのだから、感覚としてはもう“痛い”というよりも、“辛い”に近い。
そんな時だった――――。

「そろそろ潮時か」
「っ!?」

――――キン。

それは、あまりにあっけなく訪れた。
見惚れるほどに綺麗な一突。
砕け散った銀色の刃。

「……か……はっ……!?」

ボトッと音を立てて、俺の手から刃を失った士さんが地面に落ちる。

ただただ熱かった。
けれども痛みは思ったほどじゃない。
そもそも全身がすでに痛いのだから、いよいよ俺の痛覚も麻痺してきたのかもしれないが。

――――腹に、槍が突き刺さっていた。

意識はとても明瞭だ。
不思議と身体に力は入らないが、自分の状態くらいはわかる。
いとも簡単に俺の腹へとめり込んだ矛先は、しかしそこから一滴の血すら流させない。
たぶん致命傷を避けてくれているのだろう。さすがだ。
実際はもっと痛くて苦しいものかと思っていたのだが……まあ、なんでもいい。

これで終わりだと思うと、解放感が沸き上がった。

「何故、本気を出さなかった?」

そして、不意に舞い込んできたおっさんの言葉。
そこには俺を糾弾するかのような、鋭く尖った響きが混じっていた。

「――――出したさ」

言いつつ、俺は驚いている。

「嘘だな。お前には私を倒す気はなかった。違うか?」
「……さあな」
「真剣勝負と言ったはずだが」
「全力は出したぜ?」

間違ってはいない。これ以上の力は、今は出せる気がしない。

「ふん、ものは言いようだな。それでも一時とはいえ本気で剣を交えたのだ。解かることもある」
「俺には何のことだか……」
「お前の本気には戦う意志が全くと言っていいほど感じられないかった。……何故だ?」
「…………」
「お前は最初から負けるつもりだったのだろう! 私に勝ちを譲ったつもりか? そんなことで私が喜ぶとでも思っているのかっ!?」

今まで感情を表に出さなかったおっさんが、怒気を孕む。
でも俺はそうなると知っていて、そうなるように仕向けた。
だから、おっさんが勘違いするのは当然のことだ。
出来ればそうならないようにと、多少粘った結果が……この様だ。

(もう、いいかな……)

そう思った。
俺の浅はかな考えは、すべて見透かされている。
だったらもう隠す意味さえない。
だから――――。

「――――それはおっさんの理屈だ」

俺は白状した。

「なん……だと……?」
「俺は別におっさんに勝ちを譲ったわけじゃない。おっさんを喜ばせようとも思わない。俺はただ……戦うのが嫌になっただけさ」

自分勝手な我儘でしかない。
きっと、おっさんは怒るだろう。
応援してくれる皆にも悪いとは思う。

けれども。

「痛いのは嫌だ。戦うのも嫌いだ。賞金も特に興味はないし好き好んで戦う理由もない。勝ち負けなんて、俺にとっては二の次でしかないんだよ」

戦うのは俺だ。
痛い思いをするのも、相手を傷つけるのも。
当事者が俺だと言うなら、俺は自分の意思を尊重したい。

「だから、これは俺の問題だ」

……だったら、初めから試合に出るなという話。
わかってる。でもしょうがない。今さら後悔しても後の祭りだ。
勿論、途中棄権も考えたけど……きっと皆、今と似たような反応をするに違いない。

――――結局、同じだ。

あまつさえ、穏便に事を済ますことさえ出来やしない。

情けない。

俺はとことん中途半端だ。

「お前は……私との試合に何とも思わなかったのか……?」
「……もう疲れたよ」
「――――っ」

でも、これで終わりだ。
皆には無責任だと罵られるかもしれない。
少なくともおっさんには……何を言われても仕方ないとも思う。

全部本当のことだ。

裏切ったのは俺。
ならば叱責は甘んじて受けよう。
責任なんて取りようもないが、俺が悪いというならそれでいい。

「……いいのか?」
「え?」

おっさんは俺の瞳に語りかける。
覗きこむ感情は何の恨みもなく、怒りもなく、憐れみもない。
そこあるのはただ、純粋で、強大で、真摯な思い。
そんな瞳が、俺に問う――――。

「お前はそれで、満足か?」

――――と。

自分のとった行動に。
その過程に。
その結果に。
本当に、“俺/お前”は満足しているのか……と。

答えは――――――――否だ。

「満足は……していない。そんな、こと……」

できるわけがない。
していいはずもない。
こんな無様な醜態を晒しておいて、一体何に満足すればいい?

「ならばお前は何を望む」
「……望む?」
「我を通して戦わないことを望むか? 黙して皆の歓待を望むか? それとも他の何かを望むか?」
「俺が、望んでいること?」
「そう、お前が望んでいることだ!」

言われて、はっとする。
満足していない……悔いが残る、ということは俺が納得していない証拠ではないのか。
満足のいく選択をしたならば、その先に後悔などあろうはずがない。

でも――――。

(ならば、俺は間違っていたのだろうか?)

進むことも、引くことも満足できないと言うのなら、後悔すると言うのなら。
それ以外に満足できる道が、俺には残されているのだろうか?
そんな贅沢な道が、本当に許されるのだろうか?

(俺は――――)




――――“ドクン”。




瞬間、心臓が飛び跳ねた。

「――――え」
「?」

突然の異変に、思考が止まる。
気のせいかとも思った。
しかし――――。

――――ドクン。

「……っ!」

血管が膨張し、はずみで身体が痙攣する。

(なにが……?)

急すぎる異変に、頭が追いつかない。

(心臓が……)

――――ドクン。

(“死”――――?)

体中の傷口から血が噴き出す。
激しすぎる体の異変に、死が近づいたのかと錯覚する。
だが変化はそれだけに留まらない。

――――ドクン!

……熱い!
なんだ、これは!?
体中が……焼けているのかっ!?

――――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン!!!!

(やば――――――――っ)

あまりの熱さに、意識が飛びそうになる。咄嗟に身構えて。

――――ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン!!!!!!!!!

プツン、と意識が途切れた。





目の前の、アキヒトの動きが止まっていた。
私からの問いかけには何も答えない。まるで心あらずといった面持ちだ。
臓器を避けたつもりで、間違って傷つけてしまっていたのかもしれないと不安になるも、アキヒトの目はしっかりと見開かれている。

「……おい、どうした!?」
「…………」

明らかに様子がおかしい。
つい先程までは、ちゃんと受け答えしていたはずだった。
これはもう、試合を終わりにして医者に見せた方がいいかもしれない――――。

ギョロリ。

「!?」

不意にアキヒトの眼が動いた。

「おい、私がわかるか!?」
「…………」

声を掛けるが、聞こえてはいないようだった。
そして夢遊者のように泳いでいたアキヒトの目が、やがて一点で止まる。
何を思ったのか、アキヒトは腹を突き刺していた槍を掴んで、思いっきり引っこ抜いた。

「なっ!? おい! 何をしている……っ!!」

槍で押さえられていた血が一気に溢れ出す。
すぐにアキヒトを止めようとして、ぐらっと視界が傾いた。

「っ……ばか、な……!」

凄まじい力で、アキヒトが私ごと槍を持ち上げたのだ。
宙に浮いたまま抵抗しようにも、槍はビクともしない。
まるで万力のような力で、槍が固定されている。

「く……いったい、どこにこれだけの力が……なっ!?」

考える暇もなく、アキヒトが槍を振り被った。

「やめ――――っ!!?」

次の瞬間、視界が回っていた。





――――アツイ。

夢だと思って視ていた。

――――アツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイ。

とにかく熱くて、何もかもが熱くて、どうしようもない夢。
虚ろな意識の中、悪夢を見させられている。
そんな気分だった。

――――ナンデ。アツイ。ナンダ? 熱イ。コレハ?

夢の中の『誰か』は、相当に苛立っている。いや、苦しんでいると言った方が正しいかもしれない。

――――邪魔ダ――――抜コウ。

その熱さをどうにかしたくて、足掻いている。
少しでも楽になれるように、異物を排除する。
そして、少しだけ熱さが和らいだ。

(……?)

同時に感覚が鋭敏になる。
夢が、現実へと近づいた。

「――――どこに――――力が――――」

ノイズが走る。

――――ウルサイ。アツイ。マダ熱イ。

夢の中の『俺』は焦っている。
体の熱が、まだ治まっていないからだ。
早くどうにかしないと、『俺』は危ないかもしれない。

「そうか――――それがお前の――――か……!」

雑音が頭に響く。邪魔だ。

「その傷――――戦うか――――ヒト!」

熱さとノイズに苛立ちが募る。
今はそれどころではない。
解決法を見つけなければ。

――――熱イ。苦シイ。熱イ。クソッタレ……!

「ならば――――敬意を表し――――終わらせて――――“照準体勢チャージ”!!」

アレ・・がくる。
危険だ。『俺』を狙っている。
どうして『俺』を放っておいてくれない。

「――――“神槍突撃ランスロット”!!!」

攻撃が来る。が、今はダメだ。
そんなことよりも、この体の熱さをどうにかしなければならない。
今はおっさんに構っている暇はないのだ。

―――ドン!

「……バカ、な……」

左手が痛んだ。
衝撃は大きい。当然矛先は突き刺さる。
穴が開いたが、気にはならない。それよりもこの熱さだ。

「ぬあっ!」

おっさんは止まった刃から二本目の槍を引きぬいた。
今度は右手で掴む――――血が出た。

「…………っ」
「…………?」

また、少しだけ熱さが和いでいることに気付く。
何故だろう? 痛いから? 血を流したから? わからない。とにかくもう一度同じことをしてみるか?

「……だ」
「?」
「まだだ!」

おっさんが叫ぶ。
両手に掴んでいる槍の矛先も光り出した。

――――まだ邪魔をするつもりなのか。

我慢の限界だった。
それはどうしようもなく、愚かな行為だったから。

(もう少し、もう少しだけ待ってくれれば、この“熱”が治まるかもしれないのに……!)

右手が払われる。

(いい加減にしてくれ! どうして邪魔をする! 何がしたいんだ!)

左手は逃さない。

「“特攻神技ジャベリン”――――」




(もう俺の邪魔はしないでくれ)




――――ドス。

と、低い音がした。

「ごぼっ!!??」

おっさんの口から赤い物が落ちる。
それは俺の右腕に垂れて散る。
熱いのはそれだけだった。

「…………」

おっさんは気を失う。
腹を貫いていた右腕を抜くと、地面に倒れた。
ドクドクと溢れだす血は砂に沁み込んでいき、やがて飽和して血だまりを作る。

そして俺は理解した。

あの熱いマグマ。
煮え滾るような赤い血潮。
全てを飲み込んだあの熱の正体は――――“破壊衝動”。

自分を傷つけて。
相手を傷つけて。
全てを傷つけて。
そうして熱だけが冷めていく。

「……おっさん?」

我を取り戻した俺は焦っていた。

「おっさん! おい、おっさん!!」

自分の仕出かしてしまったことが、信じられなかった。

「マジかよ、くそっ!! 返事しろよ、ちくしょうっ!!!」

自分の怪我のことも忘れて、俺は必死におっさんの傷を治そうとしていた。

これからはもっと短くしてみよう。


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