一人、暗闇の中を歩く。
音がしないのはもちろん、熱くも寒くもない。
自分が歩いているのかどうかすら、よくわからなかった。
目を開けても何も見えない。此処は黒一色の広大な空間なのだ。
何が起きているのかサッパリわからないまま、ただ意識だけがはっきりとしていた。
俺はあの暗闇に飲み込まれたんだと理解する。最初に自分がまだ生きていることに安堵した。
ここは何処なのか、目の前にいた九条はどうなったのか、そんなことを思いつつ身体の感覚を研ぎ澄ます。
暫く……と言っても時間の感覚は働かないが、気付けば遠くの方に一点の光が灯っていた。
今の俺に選択肢はない。取りあえずその方向に向かって走る。走っている感覚を懸命に思い出していた。
そうしている内にやがてその光が大きくなる。
これは俺が近づいているのか、それとも光が近づいているのか。
そんな事を考えていると、ふと光に身体が引き寄せられている感覚を覚えた。
「ぉわっ!?」
光を抜けると、目の前に地面があった。驚きつつも体を捻り着地する。
「いてぇっ!?」
隣を見ると九条が無様に地面と対面していた。どうやら九条も無事だったらしい。
「どこだ……ここは?」
痛がる九条を無視して、辺りを見渡す。薄暗くて良くは見えないが、なんだか遺跡の中みたいだ。
周りの石造りの壁は所々崩れてはいるが、年月を思わせるそれは思いの外神秘的な空気を醸し出している。
「皆世、ここはどこなんだ?」
「……あの公園でないことは確かだな」
肩を竦めて九条に答えた。その時、視界の端で何かが動いた。
「ん? なんかいるぞ」
「えっ、なんだ、どこだ!?」
視線を向けると白いネコがそこにいた。
この薄暗い場所でその白さが一際目立っている。
「あっ、逃げた」
九条が近寄ろうとするとネコは踵を返して逃げ去っていった。
「猫だったぞ……」
「見ればわかる」
此処にいても埒が明かないので、兎に角そのネコを追いかけてみる。少し歩くと外の光が見えた。
「よっしゃ! 出口だ」
何が嬉しいのか九条は出口へと駆けていく。と、九条が急に立ち止った。
「ん? どうした?」
俺は九条に追いついて、次の瞬間に唖然とする。目の前に屈強な騎士が佇んでいた。
それも一人じゃなく十人程並んでいる。騎士だと思ったのは彼らが鎧を纏って、さらに剣を握っているからだ。
「貴様ら、何者だ!!」
その中でも一際威圧感を放っていたおっさん(たぶん隊長だ)が、俺達を恫喝する。あんたが何者なんだ?
「どうやって此処に入った!」
「……お、おいおい」
問答無用に投げかけられる大声に、俺達はたじろぐしかない。
容易に動けないでいるのは剣先を突き付けられているからだ。
ちょっ!? ヤバさMAXだが、状況がうまく飲み込めんっ!
「ちょ、ちょっと待った!! 俺等が何したって言うんだっ!?」
俺は両手を上げて必死に無抵抗のアピール。続けて九条が口を開いた。
「気が付いたらここにいたんだ!! 俺達もわけがわからないんだって!!」
「むぅ!? 賊ではないと云うのか?」
「見りゃわかんだろ!? 一般人だよっ俺達は!!」
◇◆
数分後、何とか誤解を解いた俺達は相手の剣から開放された。
そのまま遺跡の外に出て馬車に護送されて取り調べを受ける。(やっぱりおっさんが隊長だった)
「ふうむ、嘘は吐いていないな?」
「まあ信じられないのは分かるけど……本当だからな」
これまでのあらましを聞いて苦言を有するおっさん。
一段落ついた所で、俺はこれまで気になっていたことを質問する。
「おっさん、それで、ここは何処なんだ?」
「おっさ……ここは神聖アルマ帝国の東にあるアルメキス遺跡だ」
アルマ……アルメキス……耳慣れない言葉に、危惧していた心情がざわめきだす。
頭の片隅で疑問が膨らんでいく。それもこれも、さっき見たモノのせいであった。
「ん!? 日本じゃないのか?」
「ニホン? なんだそれは?」
「「……………………」」
九条が訊き返すと、予期していた言葉が帰ってきた。もう最悪……まさかの展開?
「まさか……本当に俺達の知らない世界だって言うのか!?」
九条が俺の気持ちを代弁していた。俺が二の句を継ぐ。
「タイムスリップかもしれんが、……たぶん異世界じゃないかと思う。それか違う星とか?」
「……マジかよ」
「外に出た時に、見たか? あの赤い月……」
「………………」
俺の言葉に九条が黙り込む。やはり九条も赤い月を見ていたんだろう。気のせいであって欲しかった……!
「貴様ら、何を言っている?」
なんとか気を取り直して(まだ半分夢だと思ってる)、俺達の状況を説明すること数十分。
「なるほど……いや、しかし……黒髪も…」
ブツブツとおっさんが嘆いている。
「……お前達の国では皆、黒い髪をしているのか?」
「? ああ、染めたりしてるヤツも多いけどな」
「……そうか」
そう言っておっさんは立ち上がり、側にいた衛兵にこの場を任せて出て行ってしまう。
取り残された俺達はその場に座り込んで、時が経つのを待ち続けるしかなかった。
「…………なぁ、皆世よぉ、これからどうする?」
「そうだな……今はまだ成り行きに任せるしかないんじゃね? 情報が全然ないし」
「だな。しかし、なぁ。本当にここは何処なんだろう…………帰れるのかな? 俺達は」
少なくともその時、俺も九条も同じ思いを味わっていた。
それから暫く静かだったが、なんだか外が騒がしい音がすることに気付いた。
ダンッダンッダンッダン! と凄い勢いで足音が近づいてくる。……おっさん?
これ以上何が起るんだろうか。殺される事態だけは避けたい。そう思う間にバッと扉が開かれる。
「あなた方が、遺跡にいた二人ですね」
茫然とする俺達にそう言い放ったのは、煌びやかな衣装を纏った女の子だった。
「私は神聖アルマ帝国第二皇女、エルシア・エレゼット・アルマです」
扉から差しこんだ逆光に表情は読み取れなかったが、何故か彼女が美人であることだけは知ることができた。
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