あなたの死を望みます
誕生日なのに怒っていた。
出張から帰る彼に、何か欲しいお土産有る? と聞かれて、スノードロップの球根を頼んだのに。
買ってきたのはスノーフレークだった。肩の雪を払いながら、済まなそうな表情の彼が、ケーキの入った箱を差し出す。
有名店の限定品シナモン・フィナンシェだ。ほんのちょっとだけ怒りが収まった。
「それがさぁ、店員さんにこっちの方がいいって、すすめられたんだよ」
「わたしはスノードロップがいいって、言ったじゃない。こ・れ・よ、この可愛いお花!」
コーヒーカップを模した鉢植えには、「待雪草」と書かれた、銀色のお洒落なラベルがささっている。下を向いた白く可愛い花は、プロペラみたいで面白いかたちをしている。
「んー、なんか、その花って恐い花言葉があるらしいぞ。それにもう、球根売ってなかったんだよ。11月には売り切れるんだって。どしたんだい、それ?」
「一月前に越してきた、近所の奥さんに頂いたのよ。佐々木さんって言ったかな」
ふーんと言う彼から渡されたのは、黒いポットに植えられた大きな球根だった。もちろん花もないし、葉だって出ていない。
まったく可愛くない。
「だからって、これは無いでしょ」
「そりゃ、花が咲くのは春だからなぁ。明日にでもプランターに植えてやってよ。桜の頃に咲くってさ」
白いプラスチックのラベルに、油性マジックでスノーフレークと書かれている。いかにも近所のおばさんが手書きしましたって雰囲気だった。
「雪子にぴったりの花だと思うんだけどなぁ。花言葉、知ってる?」
「え? し、知らないわよ。どうせ変な意味なんでしょ」
彼はこう言う時いつも、わざとわたしを怒らせるような、ふざけた事を言う。
「店員さんが教えてくれたんだけどさ、スノーフレークの花言葉は、純粋、純潔、汚れなき心、あと一つは……慈愛だったかな」
屈託の無い笑顔の彼に、ドキッとした。わたしを見詰める彼から目が離せない。
「ね? 君その物の花だろう?」
触れられた左の頬が熱い。ゆっくりと彼の顔が近付いて、目を閉じる……
<バシュッ! バシュッ!>
ドサリ、と音がして、目の前の彼が床に倒れた。薄く開いた扉から、麻痺銃の銃口がこちらを向いている。ドタドタと足音が響いて、制服姿の男たちが駆け込んできた。
「大丈夫ですかっ」
「はい、問題ありません」
「ご協力、並びに通報を感謝しますっ!」
彼らはこの地域を管轄する市の職員で、異種対策課の機動隊員だ。床に倒れた彼、サイレント・フェイカーを手際よく拘束して、連行していった。
「それで、もう一人は?」
「はい、佐々木文代(32歳)は残念ながら行方不明です。通報を頂いて駆けつけた時には、既にもぬけの殻でした」
「そうですか。ご苦労さまでした」
それでは失礼しますと、現場を片付けていた数人も一緒に帰って行った。彼が買ってきたケーキは、念の為と回収されてしまった。球根入りの黒いポットは残っている。
家の周囲に人気が無いのを確認して、左のイヤリングに向かって話し掛ける。
『状況終了。どう? 聞こえる?』
『イエス、マスター。周囲に反応はありません。探査範囲を広げますか?』
『そうね……半径50kmまで広げて、必要なら非公開通信にも割り込んで』
『了解』
一人逃がしてしまったけど、カレの目ならすぐに見付かるだろう。衛星軌道上で待機していた自立型機動外骨格、通称スノーフレークは私たちの種族が、宇宙で活動する際の大切なパートナーだ。
この惑星の先住民は、近年ある種の侵略を受けている。静かなる模造者、サイレント・フェイカーと言われる、外宇宙の知的生命体が先住民のふりをして、生活圏に入り込んでいる。
いつ頃からか、どれ程の規模かは、私たち以外は正確に把握出来ていないだろう。侵略者は実に巧妙に住民に溶け込む。
記憶を少しずつ改ざんするからだ。最初は贈り物から始まる。それに記憶改ざんの為の仕掛をしている。
元からの家族のように、仲の良い夫婦のように、あるいは友達のように振る舞った、日常の記憶を誤想起させる物質を仕込んであるのだ。匂いで、音で、光で、五感を刺激して偽りの記憶を植え付ける。
でも、それは私たちの種族には効果が無い。だからこうして先住民に協力している。
『マスター、15km先の新X品普○会跡地に潜伏しているようです』
あのSF商法で騒がれた、悪徳商法の建物か。いかにもな感じがある。
『分かったわ、対策課の須田課長に連絡して。そこから逃げないか、監視を続けてちょうだい』
『了解』
これで一安心だろう。私たちがどれ程慎重に、丁寧にこの惑星に恭順してきたか、新参の奴らには分からない。これまで1500年掛かっているのだ、いまさらぽっと出に掠われるなんて冗談じゃ無い。
この星の先住民は、全てわたしたちの種族の物だ。ゆっくりと、気付かれないように、少しずつ収穫する。その為に技術を与え、文化を与え、育ててきたのだから。
スノードロップの鉢植えを見ながら、わたしたちのこれからを思って、薄く笑った。