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異世界トリップの心得 作者:みえすく(日向そら)
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その六、去るものは追いかけてみましょう


 シャンデリアに細かい細工が施されたテーブル、ノーブルなカーテンからクッションまで、目蓋に焼き付ける勢いで観察していたら、重厚な扉が開け放たれて、大柄な騎士さんが……いや、エリオスさんが入って来た。なんとがさ入れに来た騎士さんは、国でも有数の剣の遣い手がいるという騎士団の総まとめ――騎士団長だった。そりゃ階級を示すエンブレムの色に見覚えがある訳無い。

 骨が出てきた園長室とは比べものならない位、ふかふかのソファから立ち上がり、園長先生とあたしは頭を下げる。その長い足で部屋を横切った団長は、「顔を上げて下さい」と、苦笑混じりに口を開いた。

「この度は孤児院に多額の寄付を頂きまして有難うございます」

 あたしの隣に立つ園長先生がそう言ってまた深々と頭を下げたので、あたしもそれに倣う。
 なんとあのガサ入れ騒動の時にやって来た団長が、あたしを送った時に目にした孤児院のあまりのボロさに心を痛め寄付を申し出てくれたのだ。

 改めてお礼を言いに行くのに、顔見知りだからと園長先生のお供に指名され、こうして王城まで来たんだけど、……リアルなぴかぴかのお城にあたしはすっかり興奮し、おのぼりさん状態だ。……ほとぼり覚めたら次の舞台は王城にしよう。ああああ忘れないうちにどこかに書き留めておきたい……! と切実に思うあたしは立派な物書きになったかもしれない。

「いや、こちらこそわざわざこんな所まで来て貰ってすまない」
「いえ、寧ろご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。――セリ」

 促されて足元に置いていた籠を差し出す。

「あの、有難うございます。これ子供達みんなで感謝の気持ちを込めて作りました」

 大きな籠の中には、エリオスさんがこの前美味しいと言ってくれたオレンジのお茶が入っている。さすがに手ぶらでは行けないし、お菓子は男の人にどうかしら、と先生達が困っていたので、この前出したお茶の話をしたのだ。

 他に思い付かないし、じゃあそれで、と、話はまとまり、市場で少し高めのオレンジを買って、みんなで皮を刻んで砂糖につけた。……ちなみに実はその日の内に美味しく頂き、それってどうなのかしら、と先生達は微妙な顔をしていたけど問題無い。

 まぁ、それは置いといて、何となくお世辞は言わない人だと思うから、美味しそうにおかわりまでしたし、多分大丈夫じゃないかなぁ、と思う。幾つか小瓶に分けたから飲みきれなかったら誰かにあげれるようにしておいたし。

 とりあえず、だ。子供達代表としてのあたしの仕事はこれで終了。

「どうぞ」

 王城からこの部屋に案内してくれた従騎士さんが、お茶と美味しそうな焼き菓子を出してくれて、思わず見つめてしまう。

 ああああ美味しそう……! 
 孤児院ではお菓子と言えばふかしたお芋か、パンケーキだ。
 約一年ぶりとなる正真正銘の甘味に、思わず生唾を飲み込む。
 冷めないうちに、と勧められ、ちらりと二人を見る。二人は身を乗り出し、区長がどうのこうの、予算がどうのこうのと話していた。

 ……うん、ここからは大人の話だ。
 遠慮無く頂く事にしよう。

 取っ手の部分が薔薇の蔦になっているお洒落なカップを慎重に持ち上げ、口を付ける。
 ……あーさすがにお城のお茶は美味しいわ。味に深みがあって香り高い。普段安いお茶っ葉を何倍も薄めて飲んでるから、ものすごく濃くて贅沢に思える。……ああ子供達にこれが本物の紅茶だと教えてあげたい。

 お前はどこの評論家だ、とセルフ突っ込みしたりして、飲めない子供達の分までお茶を味わう。焼き菓子もバターをたっぷり使った贅沢品で香ばしくて美味しい。元の世界では、どっちかって言うとあんまり甘いもの好きじゃ無かったんだけど、人間食べられないとなると無性に欲しくなるものだ。ああ美味しい。久し振りの甘味、奥歯が痛くなるほど超美味しい。


「――たいか?」

 しみじみと味わっていたら、ふいに園長先生と団長に見つめられている事に気付いた。
 ……や、ごめん。夢中になりすぎて話聞いてませんでした。

「はい……?」

 とりあえず返事しとけ、と微妙なニュアンスで吐き出した言葉を団長は、肯定と受け取ったらし
い。すくっと立ち上がると、あたしの手を取り扉に向かう。
 あ、今日は手袋してないや。まぁ普段から着けてたらさすがに優雅な騎士さんと言えども蒸れるだろうしな。

「セリ。ついてこい」
「えっあ……」

 あれ、あたし名乗ったっけ?
 園長先生を見れば、にこにこ笑っているから、いつのまにか紹介もしてくれたんだろうか。やばい。あたしガン無視してたよ。けれど園長先生は気にする事無く、いってらっしゃい、とにこにこ笑って手を振ってくれる。

 さりげなく先回りした従騎士さんが扉を開けてくれたので、エリオスさんとあたしはそのまま廊下に出て、来た方向とは反対の方へと歩いていく。

「あの、どうしたん、ですか……!?」

 手を取ったままずんずん歩く団長に、聞いてみる。自然に弾んだ声に団長は、一度振り返って歩く速度を緩めてくれた。

「……悪かったな。前に言ったろう。お前に紹介したい奴がいる」
「はぁ」

 言いながら、エリオスさんはあたしの手を繋いだまま、長い廊下をひたすら歩く。
 紹介したい人……?
 って、誰?

「お前と同じカラタ族の男だ。母親がそうでこちらに嫁いで来たらしい」
「……げ」

 思わず蛙が潰れたみたいな声が漏れた。幸か不幸か先を急ぐエリオスさんには聞こえなかったらしい。

 そう言えばそんな事言ってた! 
 なんてあたしの鳥頭。ああミーハー心出してお城見たいとか思うんじゃなかった……!

 廊下を突っ切ると、大きな広場みたいなとこに出る。たくさんの怒声と金属のぶつかる音。
 景色を見て納得する。どうやら騎士さん達の鍛練場らしい。
 エリオスさんが広場に降りるなり、騎士さん達が打ち合いを止め、側へと駆け寄ってきた。そして視線を落とし、あたしを見るとみんな驚いた様に目を瞬いた。

「どうしたんですか、その子」
「妹さんがいるとは聞いてませんが……」

 和気藹々と掛かる声に団長は律儀に答え、その間も視線を巡らせる。そしてよく響く声で誰かの名前を呼んだ。

「あいつだ」

 ひょいっと持ち上げられ、同じ目線になる。

 ――確かにいた、黒髪の男の人。 
 派手な色合いの髪が多い中、一つだけ浮いて見え遠目からでもそれはよく分かった。

 やばい、と思いながらも、今は鏡以外全く見る事の出来ないその髪色を一瞬懐かしいと思う。

 何か言わなきゃ。と、口を開いた途端、その黒髪の騎士さんは――



 ――逃げた。



 
 うん、見事な逃げっぷり……!
 いやむしろそれ私の役って言うか、そんな化け物見た! みたいに顔歪ませて逃げなくてもいいじゃない。ほら周りの騎士さん達もこいつ何者みたいな目で見上げてくるし、物凄くいたたまれないんだけど!

「……気付かなかったのか?」

 団長は不思議そうに首を傾げて、ぽつりと呟く。
 いやむしろばっちし目が合いました。この人鈍いのかそうで無いのか分からない。

「母親は幼い頃に亡くしているし、あいつ自身もカラタ族の事は何も聞かされていない以上、思い出話も無いと思うが、お前の話をしていた時酷く気にしていた」

 周囲に聞こえないように抱き上げたまま耳元で説明される。
 ……カラタ族の事何も知らない?
 それは……あたしにとってはセーフ……? 
 こうして逃げたって事は彼の方に何か事情があるっていうこと?

「一族の再会に何か思う所があるのだろう。すまないが追いかけてやってくれないか?」

 今日の団長は前回と比べて饒舌だ。騎士団を纏める団長って言う位だから部下の事も気になるのだろう。うん、すっごいいい上司だけど、正直嫌だ。触らぬ神に祟りなし。出来ればもうこのまま一生会わないでいたい。

 多分、あの方向なら、控え室だ、と言われて、嫌々歩き出す。
 気を利かせてくれたのか、団長はその場に留まって見送ってくれた。

 建物の裏に周り、裏口らしき所から廊下に入る。開けっ放しの扉を覗くと、『考える人』みたいな格好で椅子に座っている黒髪の人を見つけた。

「……お兄さん」

 ああ、ほんとにいた。
 がっかりだ……! なんでこんな分かり易い所にいるの! 
 ここにいなかったら、エリオスさんに見つからなかったって報告してさっさと家に帰ろうと思ってたのに!

「……君」

 さっきは遠目すぎて髪色しか分からなかったけど、目の色は空みたいな青色で、顔の造作も深い。誰だ、一族はのっぺりした顔してるって言ったのは。明らかにDNAのDからして違いますよこの人!
 お兄さんは、逃げようか一瞬迷ったみたいに足を浮かせた。でも拳に力を込めてそれを押し留める。
 なにあたし何かした?
 むしろ全滅した一族の幽霊だとか思われてる?

 ……この人が裏から手引きして一族を全滅した黒幕とかだったりしたら嫌だな。ああもしかして死亡フラグはここに繫がるのか、嫌過ぎる。
 
「……すまない」

 すっかり名探偵気分で、推理にはなってない妄想を繰り広げてたら、お兄さんは俯いたままぽつりと謝罪の言葉を口にした。

「はぁ」

 とりあえず頷いてみる。
 なんだか奇妙な沈黙が続き、やっぱり面倒だけど理由とか聞いた方がいいのかなか、とか迷ってたら、またお兄さんは口を開いた。溜め長いな!

「私は一人で安寧と暮らしていた。同朋が苦しんでいると言うのに」

 顔を上げてあたしを見たお兄さんは死刑囚の様な悲壮さだ。でも美形だからそれがまた絵になるんだけど、いやいやちょっと待て。
 だって、お兄さん、一族が住んでる場所から数千キロ離れたここにいたんだよね?
 そんなの分かる訳無いし、正直しょうがなくね? って感じだ。……いや双子の片割れが一族に残ってて最後の断末魔がテレパシー的な何かで伝わったって言うなら、納得しない事もないけど。……ああ、うん妄想が過ぎました、うん。自重します。

「謝られても困ります」

 心からそう言ってみる。
 仕方の無い事ですよ、とあたしが言ってもいいんだろうか、とかちょっと思うけど。
 非人道的と言うならむしろその経緯を利用してるあたしの方が卑怯だ。こ、これでも気にしてるんだからね……! 心の中でマスターの真似してみるけど、一瞬で鳥肌立った。駄目だ。あたしにデレは無理。

 しかしでも本当に、100パー悪いのはお姫様に横恋慕した馬鹿王だ。
 引っ越した同郷の人が助けに来ない! ……なんて一族の人だって言わないだろう。むしろものスゴイ広範囲の八つ当たりだ。

 お兄さんはなんだか酷い怪我を見る様な痛ましい顔であたしを見る。
 正確には一族の特徴であるあたしの髪と瞳なのだろう。震える指先は怖がってる、に近い。

「この髪が気になりますか」
「いや……そんな事は無い」

 目は口ほどにものを言う。ものすごいガン見。
 睨みあい。眼を逸らしちゃ駄目的な雰囲気に呑まれてじーっと見つめてると、お兄さんは、少しの間を置いて耐えられない、とばかりに目を両手で覆った。

「……嘘だ。その目と髪が毎日私を責める……その度に死にたくなる……!」

 くぐもった掠れた声は嗚咽混じりだ。

 ……ああもうめんどくさいな!

「分かりました、その腰元の剣くれませんか。あ、小さい方で」

あたしの言葉にびくっとお兄さんが身体を強張らせてたのは一瞬。泣きそうな顔で微笑むとあたしに鞘から抜いた抜き身の剣を素直に差し出した。
 なんだこの人Mか。
 こういう人の感覚だと、あたしに殺して貰えれば本望とか思ってそうだよなぁ。
 むしろそれあたしに得ないじゃん! 死体工作しなきゃいけないし、何より騎士さんって貴族だろうし、殺して見つかったら間違いなく死刑じゃん!
 それに反射的に反撃されたら間違いなく返り討ちだと思うし。

 あたしは一つに束ねていた毛先を掴み、剣を引いた。重いのでさして力も入れずにすむのは良かった。 うわ、でもこれ超切れる! あぶな……っ!
 お兄さんの目が驚愕に見開いて、掴み切れなかった髪がはらはらと絨毯に落ちた。

 よし、綺麗に切れた。
 ばっさりと切った髪を見下ろし、頷く。ちょうどリボンで縛っていたのでそんなに散らばらなくて良かった。
 明日にでも小物屋に持っていって売ってみよう。大分痛んでるけど、油かなんか塗ったら誤魔化せるだろう。

「……なんて事を……っ」
「ちょうど切りたいと思ってたんです」

 彼の理屈で言うなら、これで死にたくはならないだろう。目は勘弁して。どうにもならないし、抉るとか想像しただけで痛い。

「私があんな事を言ったから……っ」

 初めて目が合った時と同じ位、お兄さんは取り乱して、あたしを凝視する。
 はい、と剣を返して、あたしは口を開いた。

「あー違います。そろそろ切るつもりだったし。売ろうかなーと思っていたので」
「髪を……?」
「ええ」

 この人気にするな、って言っても気にするタイプの人だ。
 多分、申し訳なさすぎてもう顔も合わせられない……! とか思いそうな気がするので、あえてそれに乗っかろう。じゃあ、もう会わずにすむし。
 別に髪に対して思い入れはないし、この世界には髪の短い女の人がいない、なんてありがちな縛りもない。実際本当にそろそろ切ろうと思っていたので全く問題はないのだ。


 お兄さんはあたしの手の中の髪と肩でばっつんと切られた髪を見比べて、なんともいえない顔をした。美形が台無しなので、その描写は省く。
 そしてたっぷり数分経ってから、呻く様に呟いた。

「私が買います……!」
「はぁ……?」
 いやあんたこれ見るの嫌って言ったじゃん!
 むしろ毎日見たいのか、とんだドMだ。付き合ってられん。


 結局お兄さんはあたしの髪を引き取り、即金で金貨を一枚くれた……金貨だよ! 金貨!
 値段調べた事なかったけど、多分明らかに高い。迷惑料と慰謝料も込みだと考えて有難く頂いた。だって寄付はしてもらったけどあたしの貯金は貯まってないし!

 とりあえず高く買って貰ったお礼を兼ねて、慰め言葉を掛けるべきかな、と考える。

 例えばあたしが本当に生き残りだったら、……と考えてみた。

 一、最後の二人だし仲良くしましょう――却下。出来るならもう会いたくない。
 二、カラタ族の跡地にいきませんか――却下。そんな辛気臭い旅行嫌だ、むしろ旅費が無い。
 三、会えて嬉しかった――よし無難だ、これで行こう。実際もう見る事は出来ない黒髪を見て、懐かしいなぁ、とは思ったし。

「あたしはあなたに会えて嬉しかったです」

 別れ間際、そう言って彼の髪をじっと見つめる。この世界は派手な髪色の人が多いから、自分と同じ地味な色合いにほっとしたのは嘘では無い。
 目が合ってさすがに失礼だったかと、にへらっと愛想笑いしたら、次の瞬間には抱き締められていた。

「……ッ……」

 ありがとう、とくぐもった声が聞こえて、あたしは訳が分からないながらも、とりあえず子供をあやす要領で背中をポンポン叩いてあげた。

 




2010.04.28
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