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異世界トリップの心得 作者:みえすく(日向そら)
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その17、優しさには形があったり無かったりします

 高級住宅街を抜けて市場が並んでいる広場に来た時には、脇腹と心臓が悲鳴を上げていた。その苦しさで込み上げる感情を誤魔化して、一旦息を整えるべく胸に手を当て立ち止まった。

「――邪魔だよ」
「あ、すみません」

 脇に避けたつもりだったけど、足りなかったらしい。
 咄嗟に謝るけど、ぶつかったおじさんは振り向く事無く人ごみの中に消えていった。

 脇目も振らず走ってきたせいで気付かなかったけれど、ちょうど仕事を終えて家に帰る人でごったがえす時間と被ってしまったらしい。市場も残り物を売り切ってしまおうと普段より大きな声掛けがあちこちから聞こえてくる。

 ここでは小柄な部類に入るあたしは、埋もれながらも人ごみの中を縫い、少し離れた新しい我が家へと足早に向かう。早歩きのせいかずきずきと、脇腹が痛い。また息も上がって、汗ばんだ背中に張りついたシャツが、少し気持ち悪い。


「着いたぁ……」

 街から少し離れた一軒屋。
 赤い屋根じゃないけど、しっかりした造りだとマスターが太鼓判を押してくれたので即決した物件である。

 小走りに近づいていくと、その手前で花屋さんをやっているお隣さんの奥さんとたまたま顔を合わせた。お互い同時に気付いて、あたしから挨拶する。
 うん、第一印象は大事ですからね!
 
「あら、お隣さんね? 話を聞いて楽しみにしていたのよ。新婚さんかしら?」

 にこにこ、営業用だけじゃない親し気な笑顔に、釣られるように笑って首を振る。
 まだ若い、あたしと同じ位の年齢の奥さん。むしろそちらがそうでは? と聞き返したのは、その奥さんのエプロンの下のお腹が大きく膨らんでいたからだった。もう産み月? って聞きたいくらい、目立つ。

「いいえ。姉弟で住む予定なんです。宜しくお願いしますね」

 愛想よく笑ってそう説明する、と同時に、頭――おそらく髪に視線が向けられたのが分かった。この国では珍しい黒髪に、奥さんの目が驚きに見開かれた。どうやらあたしが『カラタ族』という事にすぐ気付いたらしい。両親は? なんて事は聞かずに、ただ「そうなの」と頷いてくれて、ほっとする。これ以上嘘を重ねるのは、今は正直勘弁して欲しいです。

「この辺りは若い人がいないから嬉しいわ。こちらこそよろしくね」

 産み月はいつですか? と差し障りのない会話をしていると奥から彼女を呼ぶ男の人の声がした。夕方近いし片付けている途中なのだろう。

 手伝おうかな、と思ったけど初対面でそれはおせっかいすぎるかな、と遠慮する。慣れてないとお手伝いだって邪魔にしかならないからね。

「じゃあ、引っ越してきたら改めて挨拶に来ますね。お仕事お邪魔してすみませんでした」
「いいのよ。楽しみにしてるわね」

 会話を切り上げて軽く頭を下げて別れる。お隣さんと言っても街のはずれだから結構な距離があるのだ。
 いい人っぽくてで良かったなぁ。やっぱり隣近所っていうのは気になるよね。
 鬱々した気持ちが、ほんの少し上を向く。

 ……あの人の赤ちゃんなら可愛いだろうなぁ。
 楽しみが出来た、とポケットから扉の方へと回って鍵を空けようとしたら、小さく扉が開いている事に気付いて、ぎくりと身体が強張った。

「……え」

 もしかして前に来た時に閉め忘れてしまったのだろうか。
 掃除道具や備え付けの家具以外置いてないから、盗むものなんて無いけれど、物盗りと鉢合わせしたら危険である。

 そろりと扉を開けて、その隙間から中を窺う。
 あまり広いとは言えない部屋の真ん中に――大きな影!

「っひ……」
「馬鹿。俺だ」

 影の先で聞きなれた声がして、慌てて自分で自分の口を塞ぐ。

「クマさん、来てたんですか……って」

 何故か院長やマスターを差し置いて、保証人になってくれたクマさんは合鍵を持っている。
 もしかして掃除しに寄る、って言ったから、様子を見に来てくれたのだろうか。
 もしくは世話好きなクマさんの事だから、聞いた時から手伝ってくれるつもりだったのかもしれない。
 
 もう驚かせないで下さいよ、とまだどきどきいってる胸を押さえて部屋に足を踏み入れ――目を疑った。
 続きの部屋から現れたのは、大きなもふもふ、いやクマさんだった。

 そう『クマ』だ。正しく。森で初めて会った時のあの姿。

「なんでクマなんですか」

 驚きに目が瞬いてみるけど、間違いなくクマさん。
 王弟の魔法でクマにしてもらっただけで、普段は何の変哲も無い人間だと言っていたのは記憶に新しい。そのせいで王弟に借りが出来たのだとも。

 のそり、と部屋と部屋とを繋ぐ扉を屈んであたしの元へと歩み寄る。
 開けっ放しだった扉をあたしの代わりに閉じると、呆然とするあたしの視線に困ったように頭を掻いた。

「……お前こっちのが好きだろうが」
「は?」

 思わずそう口に出してしまった。
 いや、もふもふは好きだけど。特に懐かしき柔軟剤の香り漂うクマさんの毛が。

 あたしのあまりよろしくない態度に、かちんと来たのか、クマさんはむっとしたように腕を下ろして続きの部屋の奥を手で示した。本人的には親指で指してる、つもりなんだと思うけどクマさんの指は短い。

「さっき隣の女と喋ってんの、そこの窓から見てたけどよ。貼り付けたような不自然な顔で笑ってんじゃねぇよ」

 咄嗟に言葉が出なくて、苦し紛れに笑えばそれはそのまんま指摘通り。どんな顔をすればいいか分からなくなった。
 道の真ん中で泣くなんてあたしの美学に反するし、一番取り繕うのが楽なのが笑顔なんだから仕方無いじゃない。

「……なかなか嫌なトコ突きますね」
「違う。……ああ、今のは嫌味じゃねぇ、悪かった」

 半笑いで呟いた言葉に、逆にクマさんが痛そうな表情をした。眉間と言うか顔の中心に皺がぎゅっと寄る感じ。

 まぁ、そんな事は置いといて。

「で、どうしたんですか」

 なんでそんな姿でここにいるのか。肝心な答えを貰っていない。
 さっきの問いを繰り返すと、クマさんはちょっと視線を逸らしてごにょごにょと実に聞き取りにくい声で呟いた。  

「……この姿なら意地っ張りなお前でも甘えられるんだろ」

 はい? と聞き返すよりも先に、ぐいっと引っ張り込まれて、ふわっとした柔らかい毛皮に身体全体が包まれた。

 温かい、柔らかい、懐かしい匂い。
 抵抗すらその柔らかい感触に吸い込まれて、そのまま身を任せると、上から声が降ってきた。
 
「手紙、王弟にちゃんと渡しといたからな。夜には目を通すって言ってた。でもあいつはお前がカラタ族じゃないっていうの多分知ってる。心配いらねぇよ」

 ――ああ、やっぱり。
 ふわふわの毛皮に我慢しきれず、頬を擦りつけてそう思う。

 団長さんが知っていた時点で、王弟も同様だと考えるのは自然だろう。
 王弟の場合、何の為に黙ってまま、騙されてる振りをしてくれているのか考えるのが怖いけど。

「……あ、じゃあ、また王弟殿下に頼んで姿を変えて貰ったんですか」

 毛皮に押し付けられたせいでくぐもった声で問いかける。いつまで経っても返事は無い。
 まさか、これだけの為に王弟に頼んだのだろうか。
 慌てて顔を上げようとするけど、ぎゅっと抱き込まれて身体が動かせない。

 きっとまた、クマのくせに表情豊かに苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。

「まぁた、王弟殿下に借り作ってどうすんですか。馬鹿ですねぇ」

 苦笑してそう呟いた。否定しないと言う事はつまりそうなのだろう。
 背中に回った手に、ほんの少し力が加わる。
 でも、森で最初に抱きつかれた時みたいに苦しくない。それは正しく抱擁だった。

「……お前に言われんでも分かってる。ほら、そういう意味でも勿体無ぇんだから、満喫しやがれ」

 そうとだけ言ってクマさんは黙り込んだ。
 クマさんはきっとあたしが傷ついて帰ってくると分かっていたのだろう。

 そんなの自分だって覚悟していた。
 でもやっぱり今まで優しかった人の拒絶は、思っていたよりもキた。

 何よりあの自分とよく似た騎士さんの目に浮かんだ嫌悪が、自然と翔太や『カラタ族』を思い出させて、責められているような気持ちにさせた。おそらくは以前の騎士さん、みたいに。――ああ、今更ら、だ。ようやく少しだけ騎士さんの気持ちが分かったかもしれない。

 ずきずきと痛む胸、呼吸が苦しい。
 あれ、あたし、こんなにメンタル弱かったっけ、なんて自嘲気味に思った。

「ほら、全部吐き出しちまえ」
「……クマさん」

 ――だから、この前も言ったじゃん。
 弱ってる時に優しくしないでよ。


「っ……う……」

 ふわふわの毛皮に閉じた瞼を押し付ける。
 この人の前では泣いてばかりだ。……いいや、だってクマさんだもん。人間じゃないし、泣いたっていい。

 そもそも、あれだけ適当にあしらって気持ちをないがしろにしてたくせに、嫌われたら嫌だなんて、どんな性悪なのあたし。あの人達のおかげでここ一年寂しいと思う暇さえなかった事すら、感謝しないままにここまでやってきた。

 きっと騎士さんは傷ついているだろう。
 わざとじゃないけど、あたしはあの人にとって『大切』な人になってしまった。執着とか依存とかそんなどろどろした感情。あたしにはトラウマなんて無いし、多分一生彼の気持ちは理解出来ない。

 団長だって神官長様だって、ああ言って許してくれたけれど、騙されていたと聞いて良い気持ちになる人なんていない。だけど彼らは大人で――優しいから、許してくれた。それが居た堪れなくて。騎士さんみたいに罵ってくれれば――、ううん、騎士さんにだってそれほどきつい言い方をされた訳じゃない。

 言わなきゃ良かったかもしれない、っていうずるい気持ちを未だにずるずる引きずってる、そんな自分が嫌だ。


「……」

 でも、ちゃんと『決着』はつけた。
 それだけは自分を褒めてあげたいと思う。

 柔らかい毛皮の中で、気持ちを立て直す事が出来た時には、既に窓から西日が入り、カーテン無い部屋の中を赤く染め上げていた。 


「クマさん、ありがとう」
「……おぅ」

 ひとしきり泣いてすっきりした後は、目が腫れない様に瞼を冷やして、孤児院に戻ったのはすっかり日が落ちた後だった。クマさんは送る、って言ってくれたんだけど、クマ姿である。そもそもどうやって来たの? と尋ねれば王弟がここまで馬車を出してくれたらしい。

 しばらくすると迎えも来たので、そのついでに孤児院の近くまで送ってもらった。やたらと重装備の御者さんに生気が無いのは、やっぱりアレかな。あの魔法人形的な何かだろうか。魔法とホラーで若干紙一重なトコあるよね!

「じゃあな」
「はい」

 勢いよく馬車から飛び降りて、窓越しに頭を下げる。
 四角く切り取られた窓の枠に入るべく屈みこみ、ぶらぶらって感じに手を振られてその可愛さに頬が緩むのが分かった。

 これこそあたしは、クマさんにおっきな借りが出来たんじゃないだろうか。
 ……これがと後ろ髪引かれる、という感情だろうか。

 なかなか立ち去りがたかったけれど、あたしは一旦深呼吸してから、さようなら、と振り切るように背中を向け孤児院まで走った。



 遅かったのもあるだろう、玄関先で翔太が出迎えてくれて、その勢いにびっくりした。

「セリ、大丈夫!? 酷い事言われなかった?」

 ただいま、と先に言ってから、翔太を目の前に少し考える。
 毎週の様に来ていた騎士さんが来なかったら、いつかバレるだろうし、ここは正直に言っておくべきだろうなぁ。

「うん、大丈夫。……騎士さんは怒らせちゃったけどね」

 当然ながら、と付け足せば翔太は苦い顔をした。少し大人びた表情につい、手が伸びる。まだまだ翔太には子供でいて欲しい、そう思うのは大人のエゴかもしれない。

「やっぱり僕もついていけば良かった」

 少し拗ねたように頬を膨らませ、ぽつりと呟いた翔太にあたしは首を振る。

「大丈夫。団長さんはね、前から知ってたんだって。騎士さんの事も任せろ、って言ってくれたし。神官長様はね『あなたが辛い想いをしていなくて良かった」って言ってくれたの。優しい人だよね」
「へぇ」

 騎士さんやクマさんに次いで嫌いな神官長の話だったけど、予想外に翔太は噛み付いたりしなかった。ちなみに団長は自分の父親に何となく雰囲気が似ているらしくて、苦手意識が強いらしい。

「セリ。僕、セリの事大好きだよ」
「うん? どうしたの。いきなり」

 一瞬離れたのにまた抱きついてきた翔太の頭を撫でた。
 ちょっと癖のある柔らかい髪。
 ……きっと待ってる間不安だったんだろうな、と、もう少し早く帰るべきだったと反省していると、不意に翔太が顔を上げた。

 思いのほか近い距離で目が合う。今更ながら随分身長が伸びたな、と思う。
 本当にこの時期の男の子の成長は凄い。

「なんかセリいい匂いする」
「いい匂い?」

 ……ああそれはは○ング、と言いかけて慌てて口を閉じる。
 こんな風にクマさんに抱っこして貰った、とか言うの恥ずかしいし、何より翔太はクマさんを目の仇にしている。

 ……そういえば、クマさんもこんな風に心配そうな顔をして、馬車の窓越しにあたしを見送ってくれたっけ?


「……」

 ……あたしって幸せ者だよなぁ。
 こんな風に馬鹿な事してそれをぶちまけて台無しにしても、心配してくれる人達がいて。

 罰当たり、だ。

 それでも出来れば許してもらい、なんて心の隅っこで思っていたりするズルイ自分もいて、自分の未練がましさに天井を仰ぐ。

「まぁ、なるようになるよ」

 せめて翔太だけでも安心させよう。
 あたしは、そう軽く呟いてちょっと強引に手を繋いで、みんなが待っている居間へ向かった。












 


 そして数週間後。


 孤児院に大きな箱が届いた。
 送り主は騎士さんで、今までと違ってリボンも掛かっていないシンプルな荷物だった。

「何だろう……」

 どうしよう。今更ながら翔太が壊した家具とか医療費の請求書だったら。
 ちょうど一緒にいた翔太も不安になったらしく、自分の部屋に持っていこうとしたあたしの後についてくる。

 ベッドの上に箱を置いて、二人でせーの、で中を上げて驚いた。

「うわぁ! これ!」

 丁寧に梱包された包みを解いて、あたしよりも先に翔太から歓声が上がった。
 煌びやかで目が眩む程、色鮮やかな生地。

「……すごいね」

 慎重に中から取り出して、そのひやりとした感触に少し緊張して広げる。
 あたしの手の中にあるのは、蝶と白い大きな花が豪華な着物、違う、袖が長いから振袖だろう。
 その下には振袖によく似合う控えめな色合いの帯、紐飾り、帯止め、後は名前も知らない小物、と一揃い入っていた。

 その全てが、その手触りの良さとか刺繍の細かさとか、ぱっと見て高価なものだと分かる。
 よっぽど手入れが良かったのか、少しの色褪せはあるけれど、虫食いの痕どころか落ちも見当たらなかった。

「着物だね……」
「……うん。どうしてこんなものが騎士さんから」

 目の前に広げたまま首を傾げる。
 明らかに日本のものだけど、どうしてそれを騎士さんが持っているのか。

 ……まさか、お母さんのものとか?
 そうか、騎士さんのお母さんは、これを着てこの世界にトリップしてきたのだろうか。
 でも、どうしてそんな大事なものを送ってきたんだろう。

「あ、セリ手紙入ってるよ」

 訝し気に箱を引っ繰り返していた翔太は、一番下に入っていた、と白い封筒を差し出した。

「……僕が先に読んでもいい?」

 真剣な顔でそう尋ねてきた翔太に、苦笑する。
 きっと酷い言葉や恨みつらみが書かれていたら、あたしには見せないつもりなんだろう。
 少々腹黒いけど、優しい子に育ってるよね、と自称保護者としては嬉しい限りです。

「一緒に読もう」

 ただ、そういう訳にはいかない。
 むしろ翔太を巻き込んでしまったのはあたしなのだ。

 慎重に蝋を剥がして、便箋を取り出す。
 何度か見たことがある几帳面な字で書かれていた内容は――


『母親が唯一こちらに来る時に持ってきた衣装です。今度着て見せてください。それで許しましょう』
 
 短くそれだけ書かれた便箋。


 ああ、許して――くれたんだ。

「……良かったね」

 翔太はそんなあたしの背中にぎゅっと抱きついてきて、その温かさに負けた。
 もう最近涙の大安売りだ。翔太の前だと言うのに涙が止まらなくて、ただ、うん、と頷いて、翔太から受け取った手紙を握り締めた。







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