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異世界トリップの心得 作者:みえすく(日向そら)
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その13、困ってる人がいれば助けましょう<後編>


「……やー……うん」

 イマサライマサラ。

 うん、まぁ。
 むしろあたしがここに来た経過を考えれば、潔く死んじゃってる方が良い訳で。

 小さく溜息をつき、改めて少年を見下ろし、折り鶴の羽を閉じその手の中に返して握らせる。
 ……でも、この子はあたしとは違う。
 母親がいて、ちゃんとした父親もいて、兄弟だっていたかもしれない。

 小さな呟きが聞こえたのか、セリ? と不安気に騎士さんから呼びかけられて、慌てて何でもないです、と首を振った。と、同時に少年の口から掠れた吐息が零れる。

「……ん……」

 やはり不用意に触れたのが悪かったのか、色の無い顔をもう一度改めて見つめると微かに眉根が寄せられていた。
 目覚める気配に、騎士さんがあたしを庇う様に前に出る。

「セリ殿、下がって下さい」

 大袈裟な、と思うけれどこの部屋の現状を見れば構えるのは当然かもしれない。さっきは凄いな、と受け止めたけど、これが彼が感じた衝撃なのだとしたら痛々しくも思える。

「……大丈夫です」

 根拠は無いけどそう言ってベッドの脇にしゃがみこみ、顔を覗き込んで彼の目が開くのを待つ。

「おはよう」

 そう呼びかけると、ぱち、ぱち、と何度か目が瞬かれ、真っ黒な瞳にあたしの顔が映った。その瞬間酷く懐かしい気がして、こんな自分にも郷愁なんてものがあったのかと意外に思って苦笑する。

「おまえ、は」

 ひび割れた子供らしからぬ酷く掠れた声だった。
 大丈夫、言いたい事分かるよ。

「あたし、も同じ、ね?」

 日本人だよ、と音にならない声で呟く。カサついた手を自分の頬に押し当てて、出来るだけ優しく微笑む。自分と同じ浅い顔立ちはきっと安心材料の一つだろう。
 がばっと起き上がり縋る様に腕を掴んだ手は酷く弱くて胸が軋む。
 ごめんね。早く気づいてあげられたら良かった。

 あたしに触れたのと同時に背中から張り詰めた緊張した空気を感じたけれど、それはすぐに消えた。恐らくは団長さんと騎士さんが、少年があたしに危害を加える体力は無いと判断したんだろう。

「二人で話しても構いませんか」

 振り返って尋ねると、騎士さんは困惑したような表情で団長を見た。

「大丈夫です。もう暴れたりしないよね?」

 騎士さんの言葉を遮って確認するように問いかければ、こくん、と重そうな動きで頭が上下した。

 ほら、と視線を移せば団長は少年とあたしを交互に見る。そしてしばらく考える様な間を置いた後、重々しく頷いた。
 そして反論したそうだった騎士さんをその眼力で押さえ込むと、お医者様も促して静かに扉が閉まる。

 酷く身体が重そうな少年にまた横になるように勧めると、腕に縋りついたまま首を振った。その手を上から撫でて、解いたりせずそのままの状態でいる事にした。

「なぁ……っ……」
「うん、その前にお水飲もう。ゆっくり、ちょっとずつね?」

 勢い込んで話そうとして、むせた様に咳をした男の子に、枕元の水を入れて一気に飲まない様に手を添える。それでも何度か咽せながらも、コップ半分の水を飲むと、もういい、と緩く首を振った。

「……日本人だよな? 一体、ここどこなんだよ」
「地球には存在しないカリアバンっていう王制の国だよ。大陸にはあと何個か国があるみたいだけど、ここが一番大きくて、戦争も無い。割と平和な国」

 なるべく受け入れやすいように、聞かれてもいない情報を言い添えて答えてみる。

「それって、異世界とかって事? ――みたいな?」

 少し迷った様に呟かれたのは、有名な外国の児童文学。そうか、あたしも読んだ事がある。クローゼットの扉を開けハンガーに掛かったコートやワンピースの波を抜けていけば、そこはまっ白な『異世界』。

 そうか、普通の子ってトリップした、なんて単語自体、逆にピンと来ないのかもしれない。

 すっかりこけた頬。だけどまっ黒な瞳はずっと濡れた様に潤んでいる。
 そして。

「ここから帰れる、のか?」

 核心にはいち早く触れてしまうのは、子供だからか。出来ればもう少しここの世界の知識を入れてから、そう聞いてほしかった、と年長者の身勝手さで思う。

「多分、無理」
「っなんでだよ!」

 あたしの言葉に少年は初めて、怒鳴った。――ああ、そう言えば名前すら聞いていない。あたしもこの展開について行くのがいっぱいいっぱいなんだろう。

「落ち着いて聞いてね」

 多分、無理だと思うけど。
 半分は自分に言い聞かせる為のものだ。

「君はここに来る直前何してた?」

 静かに そう尋ねると、男の子は少し怯えたような顔をして、ぐっと顎を引いた。きっと彼はその可能性に気付いてる。

「――手術」
 呟くよりも小さな声。ああ、やっぱりそうなんだ。手の中の折り鶴を見なくたって、彼の年齢でこの細さと白さは異常だった。きっと長い闘病生活だったのだろう。その果てがコレ、だなんて救えない。きっと彼には大事な家族がいただろうに。

 同情が顔に出ない様に気を付けて、あたしはね、と返す。

「うっかりマンションの五階から落ちちゃったんだよね」

 わざと軽く言って肩を竦めると、少年は信じられないような顔をしてあたしを見ていた。

「じゃあ僕は、手術が失敗して……死んだって事?」
「分からない。でもその可能性はあるし、あたしはそうだと思ってる」
「嘘、だ……」

 本当は戻れるかもしれない、と言おうかと思った。彼がここに来て二、三日だったならそう言ったかもしれない。だけどもう二週間も経っていて彼はその間に色んな事に気づいたと思うから。

「辛いね」

 この世界でそう言えるのはきっとあたしだけだろう。経験を伴った感情と感想。
 ぎり、と掴まれた腕の痛みをこらえながら、よしよし、頭を撫でるとより一層抱擁がきつくなる。
 本当はもっと暴れて抵抗するかと思ったけど、この二週間でそんな体力は底をついてしまったのか。そう考えて違うんだろうな、と思う。

 多分彼は長い闘病生活で諦める事に慣れてしまっている。
 今だって嗚咽を静かに噛み殺して泣いていて、震える肩が酷く寒そうだった。
 体温を分ける様に抱き締めて抱え込む。

 しゃくり上げながら問われた言葉に、私は、ただ静かに首を振った。

「……分からない」

 やっぱり子供の一番は母親なのだな、と実感する。自分はこの頃どうだったろうか、考えてみるけれど思い出せない。
 優しく髪を梳りながら彼の母親もこんな風に撫でたのかな、と思う。

 長い時間、そうして。

 打ち付けられた板の隙間から差し込んだ赤い光に、もう夕方になったのが分かった。

 嗚咽はなくなりただただ黙ってしがみつく彼は眠っているのかと思ったけれど、ちゃんと起きてるのが時々身じろきする様子で分かる。


 ……あのさ、と話し出した自分の声も酷く掠れていた。


「一緒にいようよ」

 その言葉は思っていた以上に静かな部屋に響いた。自分らしくない気弱な声を誤魔化す様に今度は少し明るいトーンで続ける。

「元の世界に戻る方法を諦めずに探すのもいいと思うし、新しくやりたい事見つけても良いよね。だけど一緒にいよう?」

 それは彼に、と言うより自分自身に向けた言葉だったかもしれない。だってそれはあたしの夢だったから。

 あたしは恵まれていた。
 着るものも、食べるものも、住む場所すら用意されていた。
 だからこの世界に同じ地球人が迷い込んで来たら、男でも女でも老人でも子供でも、自立出来るまで衣食住を提供して必ず助けようと決めていた。

 そして小説を売ってお金を貯めて小さくてもいいから家を買って、この世界にあたしと同じように迷い込んだ『だれか』と家族の様に暮らしたいと願っていた。傷を舐め合う関係だと揶揄されても良い。でも同じ家で日々を過ごすならば、それは『家族』だ。それは、向こうでは決して叶わなかった夢。

「……家族になろうよ。あたし一人っ子だから、兄弟欲しかったんだよね」

 なるべく気負いなくそう言う。一応否定出来るように。彼が幾つか分からないけど、ここがどこか分からない以上、衣食住がタダでは無い事が分かる位には年を重ねている気がした。

「……ずっと一緒にいてくれる?」

 胸の中で呟かれた言葉に、あたしはしっかりと頷いた。

「うん、そりゃもちろん。家族だしね。ほらご飯食べよう? 元気出ないよ」

 軽いものなら食べられるだろうか。何より今は体力をつけなくてはならない。病気の事も詳しく聞かなきゃいけないだろう。扉の向こうにいるであろう団長と騎士さんに呼び掛けると、すぐに入って来た。何か軽く食べられるものありますか、と尋ねると、騎士さんは驚いた様に少年を見て、ええ、と頷きまた部屋から出ていった。

 すぐにメイドさんが運んできた、スープの上澄みのようなもの。一口掬って口に運んでやると、「味噌汁が飲みたい」とぽつりと漏らした少年に、あたしは笑って「そうだね」と、同意した。 



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