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異世界トリップの心得 作者:みえすく(日向そら)
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幕間二、ゆめ マスター(ランド)視点


「なぁ、お前そんな金貯めてどうすんの」

 すっかり仕込みが終わった夕方よりも早い時間。
 俺は、手持ち無沙汰にグラスを拭きながら酒場のカウンターの端っこで、ちまちまと製本作業しているセリに話し掛けた。
 手伝う、と言いたい所だが、うっかり中身を読んで反応しない自信が無い。

 何となく手伝えない後ろめたさを誤魔化すように声を掛けれて見れば、セリは作業する手を止めて俺を見た。 

「いやもうしばらく経ったら孤児院出なきゃいけないし、自立資金です」
「あ、ワリィ、作業しながらでいい」

 身体ごと向き直ろうとしたセリに慌てて首を振る。こういう所セリは真面目だと思う。でもまたそれがいいんだけど……とか何言ってんだ俺は!

 じゃあすみません、と律儀に断りを入れてセリはまた作業に戻る。ちょっと動悸が激しくなった胸を押さえて、さり気無く踵を上げて手元を覗き込めば、結構な冊子が積まれていた。店が始まる前には並べたいと言っていたが、どうやら間に合いそうでほっとした。

 に、してもだ。

「でも結構稼いだじゃねぇか。騎士隊まで出て来たしもういいんじゃないか」

 セリが仕事場にしていた小屋に騎士隊が押し入ったのは記憶に新しい。しかも騎士団長と言う大物が。……何の因果か、何故か交流を持つ事になったが。不本意な事にオレまでもが。

 その日店を開けて最初に入ってきた客から聞いた時は、正直血の気が引いた。
 ――セリが書く小説が酒場の良い宣伝になっている事は間違い無く、強い事は言えないが、本音を言えばあまり危険な事はしてほしくない。

「あ、そっちは王弟殿下が止めてくれるのでガサ入れとかはもう大丈夫です。目標金額まではまだちょっとあるから頑張らないと……あたし、家買うつもりなんですよ」

「買う? 貸家で十分じゃないか」

 真面目な口調で呟かれた予想外な言葉に、手を止める。商売する以外で家を持つ事はこの辺りでは珍しい。独身なら尚更で、一瞬、所帯を持つ――と言う最悪な答えが頭をよぎった。

「えー……嫌です。いいじゃないですか。あたしのささやかな夢なんですから」

 まぁ他人の家だと落ち着かない、と言う年寄りもいるし、理解出来ない訳でもない。もしかしたらカラタ族がそういう思想の持ち主だったのかもしれない、と思い至り、俺は追求するのを止めた。

 しがない酒場の店主でも知っているあの事件から二年、彼女は一切自分の一族について語った事は無い。――それが時々不安にもなるが、無理やり聞き出す事もしたくない。

 しかし、これは良いチャンスでは無いだろうか。

「……ならよ、」

 自然と乾いた唇を舐めて注意深く、口を開く。
 ここだって貸屋じゃなく一応持ち家である。孤児院を出たら嫁に来ないかとか言う絶好のタイミングでは無いだろうか。

「なんですか」

 最後の一冊を丁寧に山の一番上に積み上げて、オレを見るセリ。
 大きな黒い瞳が、じぃっと自分を見つめて、こてりと首が傾いた。

「いやっ……じゃあ、さ」
 とりあえず今目合わせてくれなくていいから! 緊張がピークに達し、だらだらと背中に流れる嫌な汗。ごくり、と唾を飲む音が、嫌に響いた気がした。
 
「っいい家なら、仲介人紹介してやんよ! ここもそいつに紹介して貰ったしなっ」

 ……っ俺のへたれが……!

「……じゃあ、お金貯まったらお願いします」

 何だかセリの目が生温く見えるのは気のせいだと思いたい。

 とんとん、と冊子の角を揃える小さな音。
 換気の為に開けていた窓から、夕方の冷たい風と共に、子供の賑やかな笑い声。それに若い夫婦の声がそれに重なって、響く。

 ……あー……あーあー……。

 流れた時間もチャンスも戻ってこない。
 もうマジでオレもそろそろ身を固めたい。
 実家に帰るたびに、所帯を持てとうるさかった母親の視線が、年々、まさか何か特殊な嗜好でも持ってるの的な疑惑を含んだものになってきていて、正直精神的に辛い。


「……そろそろ開けるか」

 険しい母親の顔を思い出し慌てて首を振った俺は、取り繕う様にそう呟いた。窓を見れば、差し込んでいた赤い光が少しずつ薄くなり、昼間とはまた種類の違う喧騒が少しずつ大きくなって溢れ出す。



「……本当は叶わない方が良いかもしれませんけど」

 窓を閉め、本格的に準備を始めたオレは、セリの独り言の様な呟きを聞き逃した。


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