バンザイクリフの生存者(いきのこり)PDFで表示縦書き表示RDF


この作品は、ファンタジーに分類しましたが、SFやハイテクスリラーにも分類可能な作品です。
バンザイクリフの生存者(いきのこり)
作:小田中 慎



・1

 バンザイクリフという異名を持つ岬は、我々の世界ではサイパン島最北端にあり、玉砕という言葉と共に第二次大戦の悲惨な断章として、今日まで語り継がれている。
 しかし、リバースのある世界では、その名を標す候補が多過ぎ、今日では内外10ヶ所以上が、我こそはその名に最も価する戦跡である、と主張、そのため地元以外ではその場所を『○○のバンザイクリフ』と地名を冠にするのが一般的だった。
 第二次大戦の最終段階、米英軍による関東上陸『コロネット』作戦によって、軍属や国民義勇隊が追い詰められ、少なく見積もっても4千人が自決したと見られる三浦半島にあるこの岬も、横須賀のバンザイクリフ、と呼ばれていた。

                         *

 異常心理や集団心理と呼ばれる判断力の異常については、後知恵や安全地帯から見ている他人ならば、即座に過誤を指摘することが出来る。
 しかしその状況下に置かれた人間にそれを指摘したところで、誤った判断を正すことに繋がるとは思えない。 何故ならば大抵の場合、彼らは正常な判断を下す能力が無い、のではなく、考える時間が無いからだ。

 その地下壕に身を寄せた人々も正にそのような状況下にあり、彼らの多くの者にとって、命ある時間も残り僅かだった。

「皆、良く聞け!」

 20歳を幾らも越えていない様に見えるその将校は、頭から左頬に掛けて巻いた血の滲む包帯から覗く右目だけを異様に光らせている。

「まもなく、敵は火炎放射機で我々を焼き殺そうとするだろう。 だがむざむざ殺されるのを待つことなど愚の骨頂、これから総員、敵に対し渾身一滴、苛烈なる反撃を行なう。」

 人々は静まり声もない。 将校はその人々を睨み付けながら、

「夜を待ち夜襲を行なう方が成功の確率が高い事は良く分かっている。 しかし、敵は夜を待たずに攻撃へと移るだろう。 我々には、もう時間が無いのだ。
 動ける者は我に続け。 武器を持つ者が先に立て。 動けぬ者は伍長とここに残れ。 残った者は簡単に死んではならない。 敵がここまで入って来るのを待つ。 苦しそうにして見せろ、そして敵が目の前に来たら手榴弾を爆発させるのだ。
 一人一殺。 貴様たちも皇国の尖兵である。 最期まで報国の念を忘れず、大義に殉じた先人に続け。 判ったか!」

「はい!」

 数名がそれに和したが男は満足せず、腰から拳銃を抜くともう一度、

「判ったか!」

 今度は彼がぎりぎり納得するだけの人間が、

「判りました少尉殿!」

 と叫ぶ。

「では行くぞ。 付いて来い。」

 最後は妙に平板な調子で言う少尉に続き、30人ほどが狭い連絡壕へと進む。
 それを見送ったのは、女子供と中高年の男たち、およそ40名。 両足に深い銃創を負った50男がリーダーだった。 その伍長は涙を流して寝転がったまま敬礼し、彼だけではない嗚咽や啜り泣きは、狭い洞窟状の掩敝壕の中、不気味に木霊した。

 主陣地を結ぶ交通壕の、途中に設けられた哨戒所に過ぎない、その拠点の出入口周辺に密かに陣取っていたのは、西部の田舎者が中心の州兵たち、指揮する少尉も正に彼の敵、出てくる少尉と年格好も同じ、違う時代に出会おうものなら友好の挨拶を交わしたであろう童顔の青年だった。 
 
 外の少尉は、中から敵が出てくるのを1時間余りも待っていた。 最初の人影が見えた瞬間、思わず抱えたカービン銃の引金を引きそうになるが、敵を充分に引き付けて撃て、と命じたのは自分自身である事に危ういところで気付き、指を離す。
 撃つのは30メートルほど前方、あの目立つ岩の前を敵が過ぎてから、と彼の小隊には命じてある。 最初の人影はそろりと地下壕を出ると、身を伏せながら小走りに手近な草地へ駆け込み、身体を投げ出す。 続けて出てきたのは軍服とは名ばかりのボロを纏った集団、みな一様に眩しさに目をしばたき、手をかざす。

 後知恵で言うならば、彼らは正にその瞬間、撃てば良かったのだ。 しかし待ち受ける少尉はまだ実戦参加10日目、本来なら経験で彼をサポートすべき軍曹も、昨日の明け方、敵のバンザイ突撃による乱戦の最中に戦死、まだ後任は来ていなかった。 地下壕をおっかなびっくり出て来て、先頭に立って辺りをきょろきょろと見回す、比較的身綺麗な軍服の男が指揮官に違いない。 先に出て来て草地に伏せた男が立ち上がり、その指揮官の方へ歩み寄る。 まだ未熟な少尉から見ても、敵は全く恐ろしいほど無防備で、軍隊とは名ばかり、素人の集団らしい。

 少尉は相手のこの有様に正直ほっとして、額の汗を吹く。 しかし、直後に起きた事態に彼は凍り付いた。 誰がドジを踏んだか結局分からなかった。 永久に分からないだろう。 彼の小隊は、地下壕の出口から50メートルほど離れて弧を描いて隠れていたが、その中程で一発の銃声がする。 一瞬全てが、時間までもが止まったか、と思えたその直後。 

 もう、双方の少尉にも事態の統制など不可能だった。 敵も味方も一斉に武器を乱射、バタバタと人が倒れる。
 待ち構えていた側が断然有利かと思えたが、流れ弾が火炎放射機を扱う兵に当たり、兵が倒れた瞬間、彼の脇に置かれた放射機の燃料タンクが引火爆発、付近の兵が5、6人、火だるまとなってしまった。

 結果だけ見れば、地下壕から出て来た少尉は願いを適えたことになる。 彼はこの乱戦の結果を知らずに戦死したが、もし知ったとすれば、大いに満足した事だろう。

 彼が死ぬまでに、敵は指揮官を含む9名が戦死、17名が重軽傷を負った。 味方の損害はそれ以上、28名中たった2人が瀕死の重傷で残り、他は全員死んでしまったが、敵に与えた損害は、この戦区の戦いでも最大に近いものと記録されている。

                      *

 竹崎稔は珍しく、多摩制限地帯から外出していた。 埼玉・大宮にあるグリックの上級官庁、国務省総務局へ予算案の説明に赴いたのだった。

 グリックも首相直属とはいえ、国家予算により運営されている政府機関である以上、毎年予算案を計上し、折衝の末獲得して行かなくてはならない。

 特につい2ヶ月ほど前、凶悪なテロ組織である『エンジェル』にグリック本部を襲撃され、『実験対象』を拉致され、秘密の存在であるリヴァイアサンにまで迫られる、という組織的失態を演じた後だけに、交渉は難航するものと思われた。
 組織は未だに物的・人的両面で損害の回復中であり、人事面での処分もつい先頃終わったばかりだった。 竹崎は当時、本部に居なかった事が幸いしたのか、一切お咎めはなく、逆に所長を始めとする上級職が処分された関係から、実質的に組織での発言力が増したとも言えた。

 彼がこうして、逆境の組織を代表して予算折衝に赴いたのは、その表れでもあった。

「思ったより時間が掛からなかったね。」

 竹崎は助手席に乗り込みながら、運転席の多村に声を掛ける。 竹崎は多村と2人切りの場合、後部座席ではなく助手席に座る事が多い。 その方が会話をし易いからだ。

「局長は理解が早かった。 多分、君のお陰なんだろうね、多村君。」

 すると多村は、

「私のロビー活動で、そんなに円滑にはならないと思いますが。」

と言い、少し表情を弛めて見せる。

「首席補佐官から大臣に話をして頂けたのではないか、という想像は出来ますが。」

 すると竹崎は声を上げて笑い、

「ならばやはり君のお手柄だろう。 首席補佐官は、君を秘蔵っ子、と考えているようだからね。」

「そのようなことは、ないと思いますが・・・」
ややトーンを下げて多村が謙遜する。 そして、

「よろしいですか? 出しますが。」

「ああ、そうだね、」

と、竹崎は少し考えると、

「多村君、このまま帰っても良いが、時間も余った事ではあるし、少し寄り道をしても構わないだろうか?」

「ええ、結構です。 どちらへ?」

「では、君が宜しかったら、日比谷に行って貰えないだろうか。」

・2

 それは1950年までは、日比谷公園と呼ばれていた場所だ。 

 51年の戦争で、霞ヶ関・永田町を狙った水爆の爆心地となる。 この水爆は不完全爆発フィズルだった、と言われている。 爆弾が完璧に作動したならば、こんなものでは済まなかった筈だ、というのである。

 とは言うものの、その後20年間は、半径3キロほどの巨大なクレーターと化した爆心地(日比谷を中心に北は後楽園、東は門前仲町、南は泉岳寺、西は霞ヶ丘までのほぼ都心全域)付近一帯は放射能濃度が異常に高く、全面立ち入り禁止となった。

 東京の首都機能は完全に崩壊、現在まで続く首都機能分散はこの時に始まる。 大宮、千葉、横浜などに中央省庁が点在するのは、東京の機能不全のためばかりでなく、一箇所に固まる危険を避ける、リスク分散のためである。

 1970年代後半、ようやく荒地のまま封鎖・放置されていたこのクレーター、不気味な沼地と化し、野生動物も棲むこの場所にも開発の手が入る。 
 特に旧・日比谷から永田町までの一帯は、戦災保存地区とされ、戦後(第三次大戦の)30年経ってから両大戦の戦没者慰霊公園として整備された。

 日比谷には高さ300メートルの巨大な慰霊塔、東京タワーが聳え、東京の名所となっている。 全国から訪れた遺族や観光客は、この爆心地から、無残に焼け爛れた姿を今も晒す『水爆ドーム』―― 旧国会議事堂までを厳粛な面持ちで歩き、周辺に点在する戦災と平和祈願のシンボルに花や香を手向けるのだった。

 グリックの公用車は、赤坂見附ジャンクションから首都高を降り、その先に広がる戦災保存地区の脇、外堀通りを新橋方面へと走る。 
 勿論国家優先レーンを行くので、左側車線をノロノロと走る車列を追い抜いて行く。

 多村が、

「戦没者慰霊公園でよろしいですか?」

 と聞くと竹崎は無言で頷き、多村は新たな目標の指示をシステムへ囁く。

 車は水爆ドームが見えたところで旧桜田通り、今は平和公園通りへと左折、大戦時には海軍省や司法省があった場所に広がる、広大な駐車場に入って停まった。

 竹崎は、車が東京に入ってから何時になく口数が少なくなって行ったが、車から降りた今は、殆ど口を聞かなくなった。 政府公用車用の駐車スペースに車を停めると、多村は竹崎を先に歩かせ、自身は邪魔にならないように、何時もより距離を取って続く。

 大型観光バスが30台ほど、ぞろぞろと人を降ろしている。 東北から来たらしい観光団の人々に混じりながら、竹崎は背筋を伸ばして歩いて行く。 公園の入り口にはワンボックスに庇を付けた土産物屋と花屋が並んでいる。 竹崎はその一軒から、花束と線香一束を買い、ヒマラヤ杉が一列に植林された美しい公園の外壁をちらり、と眺め、内へと入っていった。

 公園は全面石畳が敷かれ、中央に聳える東京タワーから桜並木や花壇が放射状に伸びる。 竹崎は多村を供に真っ直ぐタワーへと歩いて行く。

 広大な石畳に点在するモニュメント。 それぞれ第二次大戦での激戦地や人物を記念している。 銅像やオブジェの周りには、花束や手向けられた様々な品物、そして香の煙が漂う。 

 第三次大戦。 日本は参戦した訳ではないのに、開戦一日目にして第二次大戦5年間での戦死者とほぼ同数の人間が死んだ。 最終的には、更に同数が後遺症と核の冬により死亡する。

 犠牲者1,900万人。 その第三次大戦の『戦死者』を祀る唯一最大のモニュメント、それが東京タワーだった。

 そのタワーへと竹崎は入って行く。 高速エレベーターで200m、展望所は四周ガラス張りで東京一の高さを誇る。 その西側、遠く丹沢箱根を望み、富士が覗く秋晴れ快晴の午後、竹崎が眺めていたのは富士でも箱根でもなかった。

 彼は南西方面、横浜方向を見ていた。 正確には横浜の、その先を。

                        *

 あの時、米兵の気紛れと思える感情の揺れが、彼らを救った。

 余りにも多くの死を目前に、それは敵ばかりでなく味方にも容赦無く訪れる。
 自身、生きているのが単なる偶然であると気付く。 それが、死を厭わないかに見える敵に立ち向かう兵士たちの心境、列を幼児に踏みにじられる蟻の様に、全てが運次第なのだ。

 あの時、岩盤がむき出しの交通壕の奥、これ以上逃げ場のない、行き止まりに追い詰められた20人の婦女子も蟻だった。 

 生き残るを恥と刷り込まれ、たとえ恥を忍んで生き延びたとしても、凌辱され、結局は殺されると教えられた者たちは、取るべき道は一つしかない、と覚悟した。 しかし、乳飲み子や、事情など判断するすべのない幼児となると話は別、教条的な少尉から敵と刺し違えるよう命じられた、あの重傷を負った伍長も、まだ戦える国民義勇隊の中高年たちを残し、子供を抱えた女たちを交通壕の奥へ、微かに生存の可能性が残る方向を黙って示す。

 女たちは、絶望が顔に張り付き、既に感情を顕にすることも出来ない男たちを後に闇の奥へ、湿気とうだるような熱の籠もる、恐ろしい煉獄へと進む。
 先へと進んでも結局は行き止まり、安全な出口などない。 それが分かっていても女たちは進むしかなかった。 何よりも大切な我が子、命に替えても守りたいと願う子供たちを、少しでも鬼畜と呼ばれる悪魔から遠避けたい、そう思った。

 交通壕の終点は、切り場に仕掛けられた発破の跡も生々しい、岩と廃材が打ち捨てられた場所だった。 それぞれが自分の子供たちを固く抱きしめ、この先は無い事を確認した後、女たちはその場に座り込み、成す術の無い遣る瀬なさを噛み締めていた。

 そうして時が過ぎて行き、時折響く爆発音にも慣れて、誰も反応しなくなった頃、引っ切り無しに続く、大地を揺るがす砲撃や爆撃の音ではない銃声と爆発音、そして微かに響く悲鳴が壕の先、女たちがやって来た方向から聞こえてくる。

 あれは伍長たちの居た場所からではないのか? ついに敵がやって来たのか?

 思い思いに恐怖の表情を浮かべ、女たちは音のした方向を見る。 暗闇に鈍く光る通路灯の明かり、辛うじて電源供給がされている証拠だったが、その明かりがふっと消えてしまう。 子供が数人、恐怖の余り泣き出す。 

 すると先程の通路灯よりも数倍明るい光が赤々と、通路の壁面、剥き出しの岩盤を照らし出す。

 途端に強烈な熱風が切り場に吹き込んで来た。 一旦明かりと熱風は収まるが、間を置かず、赤い光と熱風は再び女たちへと吹き付けた。 その意味は子供ですら知っていた。 火炎放射機が仕事を始めたのだ。

「わたし、死にます!」

 若い1人の女が突然立ち上がり、自分にしがみ付く3歳くらいの女の子を抱き上げ、叫んだ。 恐怖と緊張に麻痺していた女たちは、何も言えないでいた。

 立ち上がった女は、子供をしっかり横抱えにすると短い髪を振り乱して、明かりの方へ駆け出した。 そして、カーブする通路の先へ見えなくなった途端、赤い光が突然オレンジ色に輝き壁面を照らすと同時に、女の断末魔の声が響き渡った。

 思わず目を閉じ耳を塞ぐが、その声は生き残る者たちに一生残った。 その一生も既に分単位、すすり泣きと嗚咽、そして突然の銃声。 

 女の1人が、バンザイ突撃に出て行く夫から譲り受けた拳銃で、自分の頭を吹き飛ばしたのだった。 そして感覚が麻痺した女たちの前に彼らが現われた。

・3

「テイコウはムダです。 みんな、デてきなさい。」

 落ち着いた男の声だった。 イントネーションから外人である事は間違いない。

「だいじょうぶ。 ミナさんをコロしたりしません。」

 その男は、ゆっくりと通路を歩いて来た。 直ぐ後に、銃を構えた兵士のシルエットも見えるが、真ん中を堂々と歩く男は丸腰に見えた。

「さあ、みなさん。 ダイジョウブです。どうか、ミえるところまで、デてきてください。」

 すると1人の中年女性が立ち上がる。 よろよろと、歩き出し、岩の陰から、敵が照らす懐中電灯の光の中へと出て行く。

「そうです、ダイジョウブです。 ホカのヒト、どうしましたか? ダイジョウブ、ナニもしません、ホントです。」

 男はゆっくりと歩き続ける。 女はその男に向って歩く。 足に力が入らず、マラリアの罹患患者のように体が小刻みに揺れている。 男も女へ歩み寄り、ふら付く女の肩に手を掛ける。 その時、だった。

「天誅!」

 女は震える声で叫ぶ。 女を支えた男は驚くと同時に女を突き飛ばし、自身は壕の入口方向へ駆け出す。 男は続いていた兵士たちに大声で何かを叫んだ。 その兵士たちも驚いて走り出した時、時間が訪れる。

 狭い空間での爆発は、瞬時に通路の両方向へ爆風を送る。 立っていた者は弾き飛ばされ、壁に付いた配管や灯具は剥がされて弾け飛ぶ。 目に沁みる刺激の強い火薬の臭いが漂う。 胸に抱いた手榴弾を2個とも爆発させた女は跡形も無く、道連れにされたのは3人。 兵士2名と立ち上がり掛けていた女が1人、飛んで来た岩の破片に倒された。

 日本語を喋って投降を促していた将校は、死んだ2名の兵士が盾となったのか、奇跡的に掠り傷程度で助かった。

 あらゆる意味での衝撃を、双方が受け止める一瞬。 

 後に続いていた兵士たちは、自分たちの仲間と、日本語を操る諜報部の士官が倒れた事実に、余裕が無くなった。

 前に出た兵士2名が手榴弾のピンを抜く。 2人で同時にアンダースローで壕の奥へ投げ入れると、その場に伏せる。 新たな爆発音と悲鳴。 そして兵士たちは壕の奥へと雪崩れ込み、動くもの、動かないもの構わずに銃を向け、発砲を繰り返した。

                         *

 竹崎は随分と長い間、南西の方向を眺めていた。

 慰霊のために作られた塔である。 展望所にも華美な装飾は一切無く、ガラス窓の反対側、内側の壁には第二次大戦敗戦直後、焼け野原の東京の航空写真や今は無き建造物の写真、第三次大戦後の被災地帯の惨状などが記され、飾られている。

 竹崎と同じように、無言で一方向を見つめる者も1人や2人ではない。 しかし、あれから50年が過ぎているのだ、と竹崎は思う。

 あれほどの大損害、その後訪れた核の冬のおよそ10年間。 恐ろしい時代を知る者も国民の半数以下となった。 人口は54年当時の3800万人から、昨年は8000万人とほぼ倍増した。 南北に分断された国家が統一された、冬の時代の解放戦争も既に40年前、戦争は遠く離れたように思える。 今もこの展望所には若者の明るい声が響き、子供が数人走り回っている。 

 しかし、この瞬間にも、世界では4つの地域戦争と10を超える内戦やテロとの戦いが続いているのだ。 日本も各地に軍隊を派遣、今は同盟関係にある自由主義国家群の一員として血と汗を流している。 危機は見え隠れしながら、あの水平線の向こうからチャンスを伺っているのだ。 

 声が大き過ぎた若者のグループが、陸軍の制服を着た中年の将校に注意された。 走る子供は、右翼系政党のバッジを付けた老年の婦人数人に注意され、母親が慌てて侘びを言っている。

 そう、この国にはまだ、自由奔放に個人主義を謳歌する余裕など無いのだ。 精神的には国民が一つの方向を見ていなくてはならない。 そうでないと、国土が再び戦場になる可能性が高まる。 核兵器が、簡単には消し去れない教訓を世界に与えたため、逆に悲惨な、手間の掛かる通常戦争が高度に進化している。 全面核戦争の恐怖こそないものの、いつ何時、あの時の様に外国軍が相模湾に、九十九里に現れるかも知れないのだ。

 竹崎は『あちらの世界』を知っている。 自由を謳歌し、経済的にも恵まれ、徴兵など無縁な世界。 

 この世界もああなる予定だった。 なのに先人達が馬鹿な真似をした。 目先に囚われ勝てる訳が無い戦争をあくまで完結しようとし、挙句の果て、たかが面子のために国として自決を図ろうとした。

 結果、この世界がある。 竹崎は踵を返すとエレベーターへ直行する。 多村は竹崎が眺めている30分ほどの時間、じっと彼の後姿を見つめていたが、竹崎が何かを振り切るようにエレベーターへ向うと、まるで影のように距離を置かずにその後を追い、エレベーターへ滑り込む。

 竹崎にはそんな多村が目に入っていなかった。 虚空を見つめる彼の意識は、あの真っ暗な地下壕の中に居たのだ。

・4
    
 折り重なる無惨な遺体と瓦礫。 最早、見慣れた光景に兵士たちは倒れた者を1人づつ検分して行き、呻く者には容赦のない止めの一発を与える。 それが女であろうが変りはない。 ついさっきも彼らの仲間が女と言うことで油断したツケを払わされているからだ。 情けは死を呼ぶ。 敵は捕虜など捕らない。 ここは殲滅戦の戦場なのだ。 

 その兵士は20歳を迎えたばかり。 湘南海岸へ第2陣として上陸、3日間の待機の後、いきなり激戦の横須賀前面の戦線へ投入され、地獄の1週間を経験する。
 たった10日で彼は20年は老けた感じがしていた。 若さ故の喜怒哀楽の感情が一切湧いて来ない。 

 バンザイを叫びながら、武器らしい武器も持たずに突撃してくる敵。 10歳位の子供が竹槍を翳す姿に驚愕し、その子供を表情も変えずに射殺する友軍の軍曹に絶句したのは序の口だった。

 あの時、包丁を竹竿に括り付け、鬼の形相で彼に向ってきた老女。 思わず目を瞑って銃剣を突き刺す。 その感触は未だに彼の手に残り、それ以来、右手の微かな震えが止まらない。 

 女も子供も年寄も関係は無い、全てが敵。 その恐怖と無情。 彼は今も、目の前の惨状を見ている様で見ていなかった。 

 機械的に処理をしている。 どう見ても死んでいる遺体は無視し、損傷の少ない遺体を小銃の先で探る。 小突いて反応があれば、そのまま頭を撃った。 心が考える事を拒否していた。 人間が行なう事ではない。 これは地獄の鬼の仕事だ。 彼は鬼と化していた。 

 そしてその鬼が、2対の目を、闇の中、切り裂くような懐中電灯の光にきらりと光るその目を捉えたのだ。

 それは30代のやや大柄な女の遺体の下、うつ伏せに斃れた女の腕に、庇われたかのように見える小さな頭と大きな目だった。 兵士は心の呪縛が解け、銃を逆さに台尻を遺体の下に入れ、梃子のようにして女を転がすと、下から出て来たのは4、5歳の男の子と更にその腕に抱えられた2歳位の幼児だった。

 異様だった。子供は2人とも、煤に汚れた真っ黒な顔にぎょろりと目ばかりが目立つ。 その4つの目は兵士を捉え、2人は全く動かず、言葉も発しない。

 呪縛の解けた心は、その目を恐れた。

「おれをそんな目で見るな。」

 兵士は呟くが、子供たちに通じる訳は無い。 兵士が動くと、その目も追った。 見つめられる恐怖。 あの老婆の目の様に、彼を・・・

「見るんじゃない!」

 兵士は叫んで銃の台尻を振り被り、その男の子の顔に振り下ろした。

 だが、正に子供の頭が潰されるかという瞬間、突然兵士は足首を掴まれ、バランスを崩した彼は前のめりに倒れる。 その際に、銃の台尻は子供の顔、数センチ上を掠めて岩床にぶつかり、兵士の手から離れて落ちた。

 兵士は完全に我に返る。 そして彼の足首を掴んだ手の正体を知って息を呑んだ。

 死んだ筈の女の右手だった。 彼の足首を強く掴み、その顔は半分が爆発の衝撃で潰されていたが、目はやはり彼を見ていた。 恐怖を感じて然るべきだった。 
 だが、不思議なことに兵士が感じていたのは深い悲しみだった。

 女はどう見ても死んでいる。 その女が死を超えても守ろうとした者、それが彼を見つめている。 

 兵士は、どうした?と近寄る戦友を手で押し止め、自分で足を掴んだ手を解く。 かなり力を込めなければ解けないほど、女の手は彼の足首を強く掴んでいた。
 兵士はその手をそっと女の胸へ戻す。 女の信じる神は彼の神とは違うだろうが、そういうことはこの際、関係が無いような気がした。 

 兵士は女の手を組ませようとしたのだが、よく見ると、女の左腕は左肘から先が無かった。 兵士は女から子供に視線を移す。 子供2人は未だ彼を目で追っている。

「もう、たくさんだ。」

 彼は呟くと、子供を2人同時に抱き上げる。 子供は成されるがまま、彼に抱き上げられると、その肩にしがみ付いた。 兵士はそのまま2人を抱いたまま、交通壕を出口へ向う。 戦友たちは何も言わずに道を空けた。 その先に、爆発のショックが未だ収まらない、あの日本語の達者な将校が座り込んで居る。 兵士と目が会うと、将校は立ち上がり、兵士に続いて出口へ向った。

「中尉殿。」

 兵士は真っ直ぐ前を見ながら、後に続く将校に声を掛ける。

「何だい?」

「ごめんなさい、許してください。 これを日本語で何と言うのですか?」

 中尉は兵士の後姿を見つめながら、静かに答えた。

「『ゴメン、ユルシテ』、だ。」
「ゴ・・メン、ユゥルステ。」

 兵士が口にすると、中尉は正して、

「ゴメン、ユ・ル・シ・テ。」
「ゴメン、ユゥルシティ。」
「ユルシ、テ。」
「ユルシテ。」
「そうだ。」

 すると兵士はその言葉を、箴言を唱える様に繰り返し繰り返し口にする。

「ゴメン、ユルシテ・・・ゴメン、ユルシテ・・・。」

 子供は変らず無表情のまま兵士の顔を見つめている。 兵士は大粒の涙を流しながら、それでもしっかりした足取りで、壕の中を光に向かって歩いて行った。

                         *

 タワーから出ると、竹崎は公園を北へ向かって歩いて行く。 放射状に伸びる桜並木の一つに沿った、公園の外れに近い場所にそのモニュメントはあった。

 二等辺三角錐の枠組み、その中央に慈愛の表情を浮かべる観音像、そして像の足元に折り重なる苦悶の表情を浮かべる人々、その手は全てが観音像へと伸ばされて・・・。

 高さ3メートルほどのモニュメントの台座には「観音崎1946・鎮魂59825名」と刻まれている。

 竹崎は繁々とその像を見る。 彼はこのモニュメントが嫌いだった。 この作者は高名な彫刻家かもしれないが、あの地獄を示すには、余りにも精錬された感じがしてならない。
 否、そもそもあの世界をこのようなオブジェにすること自体、死者に対する冒涜の様な気がしてならないのだった。 

 だが、そんな竹崎も、彼の母と父が死んだ地を記念する場所を、国が公営の慰霊地に設ける意義を認めない訳にはいかない。 それは、忘れない、という国家の意志であり、彼らの死を無駄にはしない、という国家の約束であるからだった。

 竹崎は既に多数が手向けられている台座の周りの花束に、自分の手にした花束を重ねた。 そして線香を取り出すと、モニュメントの直ぐ脇にある、熾し炭の入った香炉の中へと落とした。

 漂う香の煙の中、竹崎はモニュメントに手を合わす。 暫くそうやって動かなかった。

 5分が経ち、竹崎は背筋を伸ばすと、初めて多村に気付いたかのように、

「ああ、済まなかったね、多村君。」

 多村は無言で首を振る。

「さあ、帰ろう。」

 多村はこの教授然とした男が、地獄からの生還者である事を知っていた。

 あらゆる意味で、竹崎はあの地獄が再現しないために最善を尽くそうとしている。 彼の信念が揺らいだり、何かの節目の折、ここに来る事も知っていた。 大抵は1人で来るようだが、今日は多村の同行を許してくれた。 竹崎の原点、神聖な儀式に立ち会っているような、そんな気が多村にはした。

 竹崎は、新たな力を得たかったのだ、もう一度原点に返り、彼が積み上げ、現在に至ったその道を振り返り、そして・・・

 戦場の悲哀を、余りにもたくさん見続けて来た多村には、彼の気持ちが痛いほど良く分かった。

 竹崎は力強く大股に歩いて行く。 いつもの教授に戻っていた。 

 秋の午後、爽やかな日差しが、コスモスの咲き乱れる花壇に降り注ぐ。 来週にも木枯らしが吹き出すだろう。 東京の短い秋は、既に長い冬にバトンを渡そうとしていた。

― 了














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