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第15話 ギリク・スカーレット

 ちょっと増量中です。

 冒険者ギルドは、素材を職人に(おろ)すことが多いためか製造区とほどほどに距離が近い。

 ちなみに、冒険者ギルドがある場所は産業区になる。

 民家はなく、代わりに工房や商人の店舗、宿や飲食店などがひしめいている場所だ。

 

 製造区とは違い工房兼住居というような小さな単位での工房もなければ、やはり商業区とは違い個人の住居兼商人の店舗というような小さな店舗もない。

 どちらも従業員を多く雇っているような、規模の大きなものだ。

 何か法律的な決まりがあるのかもしれない。

 

 そして恐らく産業区にある宿や飲食店は、そこで働く従業員や関係者を狙ったものだろう。

 

「トウドウさん。お待ちしておりました」

 

 声をかけてきてくれたのは、先ほどのゆるふわ職員さんだ。

 相も変わらず、胸元もゆるふわだ。良いことだ。

 しかし、藤堂という発音が厳しそうだな。恭弥も厳しいらしく、キョーヤになる人が多いけどね。

 

「あー恭弥で良いですよ。藤堂は発音しにくいでしょうから」

「それでは、キョーヤさんとお呼びさせていただきますね。私のことは、イオとお呼びください」

「イオさんですね。改めてよろしくお願いします。それでは、依頼にあった角と魔石をお渡ししますね。で、買い取っていただく追加分の量が多いのですが、ここでお出しして大丈夫ですか?」

「どれくらいですか?」

「角と魔石は249組有りますね。それ以外の素材もそれくらいあると思ってください」

 

 肉は少し残して売るつもりだ。

 イオさんの顔が引きつっているような気がするが、気のせいだろうか?

 ああ、確かホーンラビットはすぐに逃げるから、倒そうと思ってもなかなか厳しいって話だったか。

 隣で暇そうにしていた職員さんは驚きつつもも、腕まくりを始めた。

 

「えっと、肉はありますか?」

「はい。ですが肉は少し取っておきたいので、それなりにという感じですが……200くらいは出します」

「でしたら、こちらの搬入口でお渡しいただけますか?」

 

 と言いながらカウンターから出てくる。

 隣の職員さんと、カウンターの後ろにいた職員さんも一緒だ。

 

 イオさんの案内で連れていかれた搬入口は、階段の裏手にあった。

 広さ的には、学校の教室くらいだ。

 こうして中からも入ることができるが、裏口からも入ることができる。そもそも、主として大物を狩って中に持っては入れないような場合に使用するのだから、本来の用途としてはそれが正しい。

 そして、ここから職員の手によってギルドの倉庫に送られる。

 どうやって送るか? とか、倉庫の場所がどこなのか? とかは、職員のみが知っており、冒険者をはじめ一般人は知らないらしい。

 肉は乗るだけ検品用の机の上にのせて、それ以外はとっておくことにした。

 食べ物を地べたに置くのは抵抗があったからな。

 それ以外は買い取り不可のホーンラビットの血液は残して、適当に地面に置いていくことにする。

 ちなみに、取り出しているのはアイテムボックスからだが、先ほど購入した魔法の鞄から取り出すフリをして取り出した。

 

「中身入りすぎだろう!?」

 

 とかつっこまれるかと思ったけど、特に何も言われなかった。

 さすがに、そこまで気にしないか。

 

 

 

 換金する荷物も出し終わり、後は査定を待つだけだ。

 数が多いので時間がかかるとのこと。今は職員三人がかりだが、これから混雑する時間帯になると受付に手が取られるので、更に時間がかかるそうだ。

 冒険者ギルドには喫茶室的な物はないので、壁に面して備え付けてある順番待ち用のベンチに座って待つ。

 銀行とかにある待合用の椅子みたいに背もたれがないもので、壁が背もたれ代わりだ。

 

 昼間に来たときは(ほとん)ど人がいなかったが、今は少しずつ人が集まってきているようだ。混雑するというのは嘘ではなかったらしい。

 順番待ちの数こそ控えめだが、パーティで報告にくるため、相対的に人口密度が跳ね上がっている。

 

 用件の殆どが、依頼の報告と素材の買い取りだ。

 報告と同時に次の依頼を受ける者もいる。

 そうでない者は、明日の朝に改めて受けるか、明日を休日とするのだろう。

 

 掲示板にある依頼は、基本的に朝にまとめて貼り出される。

 緊急性、重要性の高い依頼はすべてCランク以上の扱いとなり、カウンターで直接受けることになるためその扱いで良いのだそうだ。

 

 店が荷物運びや荷物整理の依頼を出すときは、大抵店じまいの後だ。

 今は冒険者だけだが、もう少し後になると、依頼を出しに来る人たちと、依頼の報告をする冒険者で更に混雑するとのことだ。

 ちょうど忙しくなる時間帯に、面倒な報告をしてしまって申し訳ない気持ちになる。

 

「俺たちが売り払っておいてなんだけどさ、あんなに大量な肉をどうするんだろうな?」

「これはホーンラビットに限った話ではないですが……過剰な肉類は、内臓から油をとりそれを使って油煮(コンフィ)にして、ゲルベルンあたりに輸出しているようですよ。油煮(コンフィ)にすれば腐りにくくなりますし」

「ゲルベルンでは捕れないのか?」

「迷宮にしても、魔物の領域にしても、出る魔物の特色がありますからね。ゲルベルンは食料にならない魔物が殆どなんですよ。

 税金も高く、それでいて実入りが悪いので冒険者もあまり寄りつきません。厳しい環境ですから作物も殆ど作ることができず、酪農なんてもってのほかで、食料は殆ど輸入に頼っているようです」

 

 食糧自給率がそこまで低い国が、軍事国家なんてやっていけるのか?

 謎だけど、積極的に関わりたいとも思えないな。ご飯がまずそうな場所にはいきたくない。

 

「あれ? あいつは、イリスじゃねーか?」

「隣にいるのは、見ねぇ顔だな?」

 

 酒焼けしただみ声と、妙にかん高い声が、(ようよ)う忙しさを増すギルド内に響く。

 さほど大声というわけではなかったが、声質や口調が不快なため、耳に付く。

 見ると、四人の冒険者パーティのようだった。

 イリスも気がついたようだが、一瞬不快げに眉を寄せただけで特に気にしてはいないようだ。

 

 先頭を歩いてた齧歯類(げっしるい)のような顔つきの小男が、下卑た顔をしながらこちらへとやってくる。

 それ以外の面々も、「仕方がない」とでも言いたげな顔をしつつも、同様のにやついた嗤い顔を貼り付けてこちらにやってきた。

 

 小男の上に極度の猫背のせいか、座っている俺たちと目線は変わらない。

 その後ろに、盾と釘バットを持ったスキンヘッドひげ面の大男、弓を背中に携えたマッシュルームカットの男、ハルバードを手に持った筋肉質な男が続く。

 そしてその後ろを、イリスが持っているリュックより更に一回り大きなリュックを背負った女が、少し離れて歩いている。他の男たちとは違い武器などは持っておらず、瞳は濁り、ガリガリに痩せ、首には奴隷の首輪がつけられている。一応生きてはいるのだろうが、精気という物が殆ど感じられない。

 一瞬別グループかと思ったが、どうやら首輪の女も男たちのパーティのようだ。

 

 騒動を予感してか、他の冒険者から遠巻きにされる。

 目を合わせないようにしている者、気の毒そうな顔をする者、野次馬根性丸出しの者、様々だが、こちらに介入する気はないらしい。

 ギルド職員も気がついてはいるだろうが、同じく介入する気はないらしい。

 冒険者同士の諍いには、基本的に非介入だとかいっていたような気がする。

 

 俺は脅すように全身に魔力を纏いながら、それに紛れて【真理の魔眼】を発動させた。

 【真理の魔眼】は、発動するときに目に魔力を集めるため、俺みたいに【魔力感知】を持っていれば「何かを見られた」ことに気がつかれる。

 そのため、脅すために活性化させた魔力を隠れ蓑に発動させたのだ。それでも、魔術が得意ならそれでも何となく気がつくかもしれないが、見た感じ男たちの中に魔術師タイプはいない。

 そして調べた結果、実際に【魔力感知】を持っている者はいなかったし、魔術スキルを持っている者もいなかった。

 まず女だけど、レベルは5で【気配察知】レベル3以外のスキルも持っていない。戦闘職ではないのだろう。それで【気配察知】レベル3なのはすごいと思うが。

 ハルバードの男を除く、3人はイリスとさほど変わらないレベルだ。但し種族的な問題だろうか? ステータスは断然イリスの方が上のようだ。

 スキルに関しても特筆するべきことはない。剣術技も、俺やイリスの方が多く覚えている上に、すべてかぶっている。

 唯一、齧歯類(げっしるい)の男が【加速】というスキルを持っているくらいだ。

 但し、ハルバードの男だけ突出してレベルが高く25となっている。恐らく、コイツがリーダー格なのだろう。

 が、【槍術】も【斧術】もレベル2だ。同じくらいのレベルだった、盗賊リーダーは【斧術】レベル3だったのだが。

 

 経験を複製できないので仕方ないことだが、得るものも見るべき者もあまりない集団だ。

 

 それ以外にも気になることといえば……

 

 ──────────

 状態異常 : 病気 タイプC:血液感染

 ──────────

 

 全員がこの状態だということだ。

 

 残念ながら、病名までは見ることができないようだ。

 【真理の魔眼】がまた上がればわかるようになるかもしれないが、こいつ等のためにそれをしてやる義理はないだろう。

 

 魔力を纏う程度では脅しにならないのか、【魔力感知】がなく脅しが通じないのかはしらないが、絡む姿勢を崩す様子はない。

 

「イリス、知り合いか?」

「いえ、私の知り合いというよりは、前のパーティにいた男たちの知り合いのようです。私自身は殆ど面識がありません」

 

 ちなみに『犯罪』は、齧歯類の男に窃盗と暴行傷害が、それ以外の三人に、暴行傷害が付いている。

 そうそう、殺人やら強姦やらが付いているわけもないか。比較対象がアレなおかげで、窃盗や暴行傷害が軽い罪に見えてくるのが不思議だ。

 

「おい、ガルデたちはどうした? 逃げたのか? ガルデたちも失敗して大恥だな」

 リーダー格の男が、酒焼けした声で訊ねてくる。

 普通に聞けば、「盗賊退治から逃げだしたのか?」というような意味に聞こえるだろうが……

 顔には嘲るような笑みを浮かべており、元々の容姿と相まってとても醜悪だ。

 

 こいつ、例の賞金稼ぎたちが何を企んでいたのか知っているな?

 周りには、それとわからないように会話を()かす程度の知識はあるようだが……

 

 

不埒(ふらち)なことを考えていただけではなく、ことに起こそうとしたからな。もうこの世にはいない」

「はっ、C級とD級4人を一人で殺っちまったってのか?」

「そう言っている」

「ちっ、おい」

 

 “リーダー格”が舌打ちをしながら、窓口に向かってあごをしゃくる。

 心得たとばかりに“スキンヘッド”が今正に対応中の受付に歩み寄り、採集物らしい薬草を提出していた冒険者を押しのけた。

 抗議の声を上げようとしたが、血がこびりついた釘バット(モーニングスター?)を見て引っ込める。

 

「ドドンさん。窓口にご用でしたら、順番票を取って並んでください」

 

 注意したのは、先ほど腕まくりをしながら手伝ってくれた女性職員さんだ、

 ぎりぎりまでイオさんを手伝っていたようだったが、窓口が混み合ってきたので戻ってきたのだ。

 

「ああん?」

 

 脅すように、釘バットをちらつかせるが、先ほどの冒険者とは違いひるむ様子はない。

 冒険者同士の軽いいざこざならまだしも、職員に手を出せばさすがにただでは済まない。

 

 いや、冒険者同士であったとしても、やり過ぎると冒険者ギルドから懲罰を受ける。

 

 良くて、ギルドポイントの減算や、ギルドランクの降格、冒険者ギルドからの除名。

 最悪の場合は、ギルドから高額の討伐依頼が発令される。

 そうなれば、もうどこにも逃げ場はない。

 冒険者ギルドが存在しない獣人国に逃げ込んだところで、包囲網から逃げられるわけはないのだ。

 

 

 まぁ、“スキンヘッド”にそこまでの頭があるかは謎だ。知力低いし。

 

 しかし、職員の胆力がすごいのか、慣れの問題か、これくらいでびびるような職員ならそもそも冒険者ギルドの職員になんてならないのか。

 どれもありそうだな。

 

「落ち着け、聞きたいのはガルデたちのことだ。どうしてる?」

 

 “マッシュルームカット”が“スキンヘッド”を宥めながら用件を告げる。宥めてはいるが職員の指示通りに並び直す気はないらしい。

 

「あちらの相談窓口にお並び頂けますか?」

 

 冷たく返す職員。

 

「んだと!? ごるぁ!!」

 

 瞬間湯沸かし機のように激高する、“スキンヘッド”。

 こりゃ駄目か?

 と、立ち上がりかけた瞬間、

 

「おいおい、どうした? 騒がしいな」

 

 階段から二本の大剣を背負った男が降りてくる。一本一本が身の丈以上大きさだ。

 短く切りそろえられた炎のような赤い髪と、氷のように青い目が印象的な男だ。体躯は大きく筋肉の鎧は巌のようだ。

 

 特徴的なのはその大剣とそれを隠すように着用しているマントだが、大剣を支えるベルトには、投げナイフとボウガンの矢がランボーの銃弾のように結わえられている。

 また、腰にはボウガンと、短剣を佩いており、他には小さな革鞄が結わえられている。さらに、右手だけに、黒いガントレットをつけ、左手肘には小盾を装備している。

 対して、防具は最低限で鎧は着ておらず、イリスのように心臓を守ることすらしていない。但し、股間だけは黒い金属で守られている。

 ズボンがゆったりしているところをみると、中にプロテクターを着用しているのかも知れない。

 周りを見ても、これだけ全身に武器を装備している冒険者はいない。

 

 が、このおっさん……強い。

 

 例の針子さんと同じく【真理の魔眼】は通用しなかったが、感覚が彼を強者だと伝えてくる。そして、装備一つ一つ取っても、強力なものだとわかる。

 なにせ、あれだけ装備していても、動きに一切のよどみがないのだ。

 

 俺でも少々荷が勝ちすぎているかも知れない。

 

 あの、赤髪のオッサンが敵なら……だが。

 

「アイツは、『双大剣』じゃないか。帰ってきてたのか」

「『双大剣』……Aランクの?」

 と野次馬の誰かがつぶやく。

 

「冒険者が職員に絡むんじゃねーよ」

 

 赤髪が近づくとそれに釣られるように、“スキンヘッド”と“マッシュルームカット”が下がる。

 

 気丈に見えても、気が張っていたのだろう。職員さんはどこかほっとしたような表情をしている。

 

「俺たちは、知り合いの冒険者がどうなったか知りたいだけだ」

 

 つばを飛ばすように叫ぶ“スキンヘッド”。

 声は荒らげているが、腰は引けている。

 

「あーもうめんどくせぇな。リンデちゃん、教えてやってくれ。これじゃあ、業務に差し障るだろう?」

「……ギリクさんがそう仰るなら。ガルデさんたちパーティは、一時パーティメンバーに暴行を加え強姦しようとした為、反撃を受けて死亡しました。

 ギルドカードの回収とステータスカードの確認も終えており、犯罪履歴も記録されておりましたので、ギルドカードの提出者には、問題なしと言うことでギルドカード回収の報奨金をお支払いしております」

 

 赤髪は、一瞬不快そうに眉をひそめると、

「コレで満足したか? 満足したら、とっとと失せろ」

 と冷たく言い放つ。

 

 それが耳に入っているのかいないのか、“スキンヘッド”が叫ぶ。

「イリスぅ! 本当にてめぇがやりやがったってのか? ああ?」

 

 野次馬の目が集まる。

 ギリクと呼ばれた男もこちらは無関係だと思っていたのか、こちらに意識を向けていなかったが、野次馬の視線と“スキンヘッド”に促されるようにこちらに視線を向ける。

 

「だからそう言っている。屑らしく死んだとな」

 

 カシャン

 と金属が擦れるような音。

「きぃええええ」

 小男のグローブから爪が生え、叫声とともに飛びかかってくる。

 

 剣を抜こうとしたイリスを手で制すると、立ち上がる勢いを利用して小男を投げ落とす。

 腕から落としたので死ぬことはないだろうが、鉄の爪が折れる音に混ざって骨が折れる音が聞こえた気がする。

 

「てめぇ、よくもキースを……」

 

 “リーダー格”が怒気と共にハルバードを抜こうとする。が、それが叶うことはなかった。

 その巨躯に似合わぬ速度で飛び込んだギリクが、大剣を俺たちの間に差し込んだからだ。もちろん、剣は鞘に入ったままだ。

 俺やイリスはともかく、“リーダー格”は何が起こったか把握できていないようだった。

 

(イリスはキチンと見えていたのか……目は良いみたいだな)

 胸中でごちる。

 

 イリスはいつの間にか立ち上がり、俺の傍に控えるようにして立っている。

 とはいえギリクがこちらを傷つける意思がなさそうなのを見て、俺と同じく無視したようだったが。

 「突き」じゃなく、「差し込んだだけ」だからな。

 

「こんなところで暴れんな。それに、ありゃあ自業自得だ。――で、お前等見ない顔だな。新人か?」

 “リーダー格”を脅しつけてから、こちらを見据え訊ねてくる。

 こちらに対しては、脅す様子もない。

 

「ああ。俺は今日登録したばかりの新人冒険者だ。コイツも、今日までFランクだった新人冒険者だな」

「おい、おまえら、新人に絡んでるんじゃねーよ」

「ガルデたちを殺し、その上キースをこんな目に遭わせてただで済むと思ってるのか!?」

 ギリクのことは無視らしい。離れた位置で“スキンヘッド”が叫ぶ。

 それを受けて、“リーダー格”を睨む目つきが鋭さを増す。

 

 折れたのは“リーダー格”だった。

「ちっ、お前等いくぞっ! ドドン、キースを背負ってやれ」

「おっおい」

 “リーダー格”があっさり引き下がり、“マッシュルームカット”がそれに続くと、“スキンヘッド”も不服そうにしながらそれに従う。

 四人はそのまま、人をかき分けるようにして歩き始める。

 いつの間にか、しわぶき一つ聞こえない程静かになっている。

 

「おい! ヒルダぁ何ぼさっとしてやがる。付いてこねぇか!」

 “リーダー格”が声を荒らげる。

 と同時に、リュックの女の首輪に魔力が集まり俺の中に何かが入ってくる感覚。

 さっきと同じだ。

 但し、今回は【闇魔術】レベル4だ。経験もかなり豊富だ。

 

 おいおい、こんな強力な魔術を使えるやつが何で、奴隷魔術なんかを……?

 どう考えても、奴隷商人に使われるようなレベルじゃないぞ?

 

 命令を受けたリュックの女は、一瞬ビクッと硬直するとそのままフラフラと入り口まで歩いていく。

 

 そうして、彼等が出ていった後はまた元のような喧噪に包まれていた。

 何にせよ、これはどう考えてもこのまま終わらなさそうなパターンだな。

 

「主様。申し訳ありませんでした。かくなる上は私があいつ等を……」

「“とりあえずやっかいそうだから、やられる前に()っとこう”みたいなのは、やめようぜ……」

 剣の柄を握り目に剣呑な光を(たた)えるイリスを、諫める。

 

 下手したら、こっちの犯罪歴に『殺人』が追加されそうだ。

 

「よう、俺はギリク・スカーレット。Aランク冒険者をやってる。まぁ、気軽にギリクとでも呼んでくれ。よろしくな新人」

 ニカッと笑って自己紹介してくる。

 スカーレットってそのままな家名だな。仮名か? いや、だじゃれじゃなくて。

 

「俺は、藤堂恭弥。藤堂がファミリーネームで、恭弥がファーストネームだ」

「へぇ、アシハラの出か。珍しいな」

 出た。アシハラ・サブリミナル。だんだん気になってくるから不思議だ。

 

「で、こっちが……」

「キョーヤ様の従者をしております、イリスと申します」

「ん? なんだ、お前、従者を使ってハメたのか?」

 

 なるほど、そういう考え方もできるか。

 

「いえ、不埒者たちを返り討ちにした後、紆余曲折あり主様に命を助けていただき、その恩に報いる為に仕えさせていただくことにしたのです」

「なんつーか、嬢ちゃんも懲りねーっつーか。普通そんな目に遭ったら、男とパーティ組もうなんて思わねぇんじゃないか?」

「仕えるというのは、剣のみにあらず。身も心も捧げるということですから、問題ありません」

「そっ、そうか。変わってるな……」

 

 と、ギリクがイリスの勢いに押されたところで、

「キョーヤさん、お待たせしました。査定が完了しました」

 とイオさんからお呼びがかかった。

 

「査定が終わったみたいだから、俺たちはもういくよ。ギリク、世話になったな」

「おう、あいつ等しつこそうだったから、気をつけろよ」

 

 そうだな。実際、外にあいつ等の気配を感じるしな。確実に待ち伏せされているのだろう。

 

 ギリクと別れて、窓口へ向かう。

 

「で、いくらになりましたか?」

「18万6950リコが買い取り金額となります」

 

 なんと、日本円にして約187万円か。

 あの短時間でこれだけ稼げるなら十分なんじゃなかろうか。

 

 魔寄せの香を、どうせモンスターPK用だろう? とか思っててごめんなさい。

 いや、それは事実だろうけど、俺が使えばこれだけで随分と稼げそうだ。

 後数回繰り返したら、今日使った分を全部取り返せるな。問題は、魔寄せの香があと1つしかないことだけど。

 

 というか、よくよく考えたら俺はアルバイトすらしたことがない為これは初めて自分で稼いだお金だ。

 まぁ、盗賊から奪った金は除いてだけどね。

 そう考えると、少し感慨深いものがある。

 

「あ……主様! 凄いです! 凄い金額です!!」

「ですよねぇ。Cランクでも一日でこれだけ稼ぐ人ってそうそういませんよ?」

「まぁ、今回は運が良かっただけですよ。それに、イリスがアイテムを提供してくれたからだな」

 

 謙遜しながら、トレーに乗せられた金額を受け取る。

 

「それで、Dランク昇格試験の件ですが……こちらが指定するランクB以上の冒険者と戦って実力を見せていただく必要があります。先方の都合で、最短で明後日の昼となりますが……」

「わかりました。では、明後日の昼にお伺いします」

 

 

 

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