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ホラーシリーズ

ポスターが笑った

作者:あゆ森たろ

 かつて美術部員だった生徒が学校内に残した一枚のポスターが あった。

 人物画。週刊誌を縦に広げた程度の大きさ。輪郭の ぼやけたタッチの色彩画で、とっくに卒業し今は世界の何処かで のうのうと生きているだろう元美術部員が描いた絵だった。
 噂によると、ベートーベンを描きたかったらしい。しかし いや違う、描きたかったのはモーツァルトだ、ショパンだったと。噂の いい加減さを物語る。
 事実は さておき。実はポスターが貼られていたのは理科室だった。音楽は関係ない。

 そして このポスターには“意思”が あった。

 P君としよう。『ポスター』君と呼んであげてほしい。『ポップスター』君と無理矢理 音楽と関連づけなくとも よい。

 P君、もといPは、生徒も教師も もう帰ってしまって すっかり日が暮れた校内の この一室の隅っこで。
 退屈なので『一人にらめっこ』をしているとだ。


 ガラガララ……

 誰かがドアを引き開けて室内に入って来た。
 一人の、髪の長い女生徒だった。足が細く、肌は夏でも まだ あまり日焼けをしていない。白いブラウスの裾は濃紺のスカートに ちゃんとしまわれ、上下の制服の丈の長さも校則に違反せず きちんと守っている。清純な女の子といったイメージを人に持たせていた。

 Pは すぐに『一人にらめっこ』を止め、顔を引き締める。何の用だろうと女生徒の様子を不思議そうに ずっと見ていた。
 しかも室内が暗い中。電気も点けずに女生徒は、入り口 天井近くの壁に掛けられた文字盤時計をチラチラと気にしながら部屋の中央付近へと進み、前列から並べて置かれてある、水道付きで縦長い理科実験用 机の横の丸型イスの一つに腰かけた。
 机の、微かに入り込んでいる光を反射している黒い天板の上に肘をつきながら、窓の外の景色を見ながら……とは言っても暗いため外は何も無く見えているが。女生徒は誰かを待っているのか、指でトントンと机を叩いたり毛の先をいじくって遊んだりして暇を持て余している。

 女生徒は次に理科室内を見回す。窓を隠さない程度の高さに設置された白い棚の中には顕微鏡などの実験器具が置かれ、上には試験管やフラスコが、立てなどに収められていた。
 今日は外に月も星も見えない。黒いカーテンが各窓の両端に紐でくくりつけられているが、それを使わなくても部屋は充分に真っ暗だった。

 充分に真っ暗?

 何故、女生徒は電気を点けない。

 それは、これから……


 ボグッ。


(……!)

 Pは驚いた。

 ……女生徒が『何者か』の鈍器に よって、抵抗はしたものの頭を殴られた事による惨劇が繰り広げられたからだった。
 鈍器とは、普通に何処の店でも売っている特別 変わった物でもない金づちだった。柄の先端は白いタオルで くるまれ、殴る際に どうしても出てしまう鈍い音を最小限にしてくれる。
 そんな『用意』されていたと思われる物で殴った『犯人』は震える声で、うつ伏せに倒れた女生徒の上に吐き捨てるように言葉を放った。

「ああああなたが悪いのよ……力島(りきしま)君は 私 の もの 」

 耳元の真珠のピアスが何故かキラリと一度だけ光り、音も生み出す事 無く静かに『犯人』は、終始 開かれたままの入り口のドアから足早に出て行った。

 残された女生徒。そしてP。
 女生徒は とっくに息をしていない。もう この世界から さよなら をしている。
 Pが貼られている室内隅の壁からは、数メートル先の……部屋の中央、机と机の間で。
 仲間にしようと床は女生徒の体を次第に冷たくし体温を奪い。時が経てば経つほど(ふく)よかだった女生徒は、硬く異質なものへと変貌を遂げていく……。
 この場に動くものは存在しない。空気さえ怯えている。

(かわいそう……どうして こんな事に……)

 Pが そう思っていると、微かにボソボソと……雑音のように『声』が聞こえてきた。
(え?)
 何処から、と耳を澄ます。
『声』は確実に『現れ』た。Pの耳に侵入してくる。
 それは どうやら制服を着た女生徒の肉体から、だった……

 ……るさない ……

 …… 絶対に 許さない ……



  グォロし テ や゛る ぞ ……


 ……我が人生に悲観し絶望でも味あわされたかのように老婆めいた、重暗い底に渦響く(しわが)れた女の 声 へと変わる……Pの背中はビキリと氷点下にまで凍りつかされた。
 一応、Pは上半身を描かれている。

 するとだ……
 倒れていた女生徒の体から、透き通った全身の『もう一人』の同じ女生徒が地に手をついた格好でヌルリと起き上がった……同じ制服を着た同じ人物がいるという、おかしな事象。体から生まれ出た もう一人の『女生徒』はビクンッ! と一度だけ痙攣(けいれん)を起こし頭を垂れた後、おとなしくなった。
 始め白眼がちだった眼は徐々に吊り上がり、これ以上は無理だ開けられないぞというほど大きく見開いていった。冷たい眼球かと思えば それは ただ一時(いっとき)の事にしかすぎず、次第に熱を帯びていき血管を浮き上がらせ、地獄か業をも焼き溶かし尽くすほどの灼熱 温度の熱視線へと移り変わる。全てを焦がせえ……こがせえぇえへへと愛欲 苦しく恋焦がれる我が身をこの爪で斬り裂き、(あえ)ぎ叫ぶ亡者と なりて敵に針を奥深くまで刺し突き貫き確実な痛みを伝わしめようとする鋭い眼の線を()にへと……。
 汗を一滴も かかない冷笑の床の何処か一点に向けられ、ふふ、うふふ……と。そして……

 あは……ははあはは……ははぁ……

 身軽と なり のけぞり、皮肉に酔いしれたのか愉快な高笑いを発する。長く潤しかったはずの麗しい髪は もはや生気亡き肌に遊びのようにグチャグチャと乱れ吸いへばり絡まりつき混乱している。
 やがて腐りゆく肉体を捨て残し、消えない透き通った体だけが理科室をフラリ、フラリと左と右を浮遊しながら出て行った。笑いの残響音は耳に こびりつき あとにも消えず。いつまでも、いつまで、も。しつこく彷徨い 例えば あ な た の背や足の裏にでも憑きまとうだろう……。
 この世に『産まれ』出た女生徒は何処かへと。
 しかし彼女に、足、は、無い……。

 Pは思う。



 どうしましょ。


 Pの苦難が始まろうとしている。



 次の日の朝に。女生徒の屍は教師の一人に発見された。
 女生徒の名は、新間(あらま)  (きょう)。中学3年生。所属は吹奏楽部でフルート担当だったという。

 性格は明るく後輩達にも親しまれ、人から恨まれるような女の子では決して なかったらしい。
 発見現場に刑事達が集まり、そんな情報を手に入れる事がPは出来た。
 刑事は3人で、それぞれが渋い顔を崩す事なく腕を組みながら延々と唸っていた。
 やれ通り魔だ、逆恨みを抱いた生徒の誰かがと。場の惨状から犯行の経過や動機などを探ろうとしている。現場の有様は時間をかけて じっくりとカメラの中へ。後々に写真として収められ、立ち入り禁止と札をぶら下げられたロープは長くグルリと取り囲むように張られて。女生徒の成れの果ては収拾されていった。

 夕方遅くまで かかった仕事は終えて刑事や鑑識といった関係者達は疲れた顔をしてゾロゾロと帰って行った。無人と化す理科室は きちんと施錠を確認される。
 赤い空の中でカラスが悩みの無い調子で『カー♪』とだけ鳴いた。

(……犯人は、南 手(みなみで)  琴 菜(ことな) 先生なんだけどなぁ)

 Pは、誰も居なくなった室内で気持ちだけの ため息をついた。

 どうにか真実を誰かに伝えられないだろうか。
 ……無理だ。手も足も出やしない。声だって発せられない。
 せめて あの女生徒のように透き通っていてもいいから、身を絵から引き離せられたり自由に動かす事が できたらいいのに、と。

 Pの悩みは重く のしかかるばかりで、何の解決策も思い浮かばなかった。
(ん……?)
 まだ日が沈みきらない外のうちに。鍵をかけられていたはずのドアが開き誰かが やって来る。
 現れたのはPによる噂の女教師、南手琴菜。理科担当だからか、白衣を着ている。立ち見が美しく、軽くパーマがかった髪は肩に下ろされていた。本日も着けた真珠のピアスが耳元で安っぽく輝く。
 誰も居なくなって数刻 経つ現場に鍵を持って堂々と登場し、沈んでいたと思った表情は徐々に気持ちが高揚してきたのか、突然 堰を切ったように面白おかしく笑い始めた。

「あはははは! ざまあみるのよ! ……私は勝った! 勝ったのよぉ!」……

 キリリと端整に化粧で こしらえられた目のラインも眉も だらしなく垂れ下がり、右側の頬肉が左よりも吊り上がり盛り上がり顔の両方に いびつな小山をつくる。普段 可愛らしく目視できる えくぼは今では全く役に立たず、言の塊を吐かれた口は獣の如く大きく横に開かれ狂いと言われる笑いを落とす。
 誰かに聞こえたら どうするんだろうかと思いながら、Pは それを ただ見ているばかりだった。
 ぐにゃりと歪みきった顔。
 棒で耳を突くような嘲笑。
 一体、どういう理屈の頭で『勝った』と思うのだろうか。
 確かに、女生徒は事態をすでに予想してはいたのか。電気は点けずに、ブラウスとスカートの間に裁縫用のハサミを護身用として隠し挟み持っていたらしいけれど。

 Pは知っている……Pは見ていたのだ。昨夕すぎ、女生徒と女教師の交わした言い争いを。「あの人は渡さない」「諦めてよ!」「嫌ね!」「冗談じゃないわクソのババア」と、一人の男を捕り合い お互いが お互いに罵倒を浴びせ両方 神経を擦り減らしていくさまを……倒れたのは隙を先に見せてしまった女生徒の方になったという事を。

 Pは昨夜の女生徒の姿をまた脳裏に蘇らせてしまった。一度 植えつけられた印象の顔は全然消去できる気配すら無い。全く無い。
 あの、憎しみに満ちた顔。この世のもの残す事 無く当人他人関係無く、恨みで何もかもを焼き尽くすような執念を切望または欲望する激情な両の眼。
 あの女生徒は さ迷うだろう。
 あの女生徒は 苦しむだろう。
 いつまで続くのだろう。終わりがない。終わらない。どうして? ……

 そんな女生徒の今後を思うと、せめて この不快 極まり 際限の無い者に一矢を報いる事ぐらいは できないのか。どうなんだと……

 ……Pは女教師を睨んだ。
 まるで女生徒の悔恨の念が、自分にも伝染したかのように。
 自然とPは女教師を憎んでいた。

「は……」

 断続的に狂い笑いを披露していた女教師の動きがピタリと止まった。停止した。
 ギ、ギ、ギと ゆっくり……と、その目を壁に貼られたポスターに移す。
 ……女教師はゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らした。
「今……顔が動かなかった? このポスター……」

 そんな馬鹿な、錯覚だと。口の片端をヒクヒク引きつらせてポスターの方へと歩み寄って来た。
 始末の終わった現場を触らぬよう、心落ち着き払いながらソロリと……。
 そして やっと辿り着き、ポスターの すぐ前に出る。立つ。

 水彩で描かれた豊かな色彩の。モーツァルトかベートーベンかは わからない人物の上半身を描かれた絵。じいい、と まずは見て観察し、まばたきを繰り返し繰り返し自分の目の疑いが晴れるまで繰り返した。
「まさかね……見間違いよ。紛らわしい、下手くそな絵」

 プチン。

 何かがキレタ音がした。しかしそれはPにしか わからない音。
「ん?」
 女教師は眉をひそめた。ジロジロと もう一度 絵を凝視する。


 よ く も 。


 両目が上向く弓のようにハッキリと見えるほどに。Pはウニャリと口元を上横に吊り動かし、その肉付き豊かな表情をバッチリと見せた。そして音の出ない声で……そう言ってみた。

「ヒッ!」

 代わりに声を上げたのは女教師の方だった。ビクゥッ、と背筋の筋を反り張り徐々に肩を小震わせて目を、両目を、慌てて激しく こすった。
 調子に のったPは また意地悪く、音も無く口だけで こう言う。


 ゆ る さ な い


 ブ厚いPの口唇の明らかに見てとれた動きから、そう読み取った女教師は金切り声を。「キィヤアアアア アア ア!」
 信じられないものを見た顔で恐れおののき、数歩、数歩と後ろを見もせずに離れ下がる。
 その時だ。

 ツルリと、床に足元を滑らせた。「きゃあ!」
 そして後ろへと体が倒れて行った時に。

 ガツッ。

 実験用机の角に、後頭部が激しく ぶつかる。

 バタリ。

 手足が不恰好で仰向けに、女教師の体は床に崩れ沈んだ。()しくも、そこは昨夜に女生徒が絶命した所と重なる。女生徒の体は今は無いが。
 時間を違えて2人は……女教師は生を突如 ()めてしまった。

( …… )

 ……Pの中に『何か』が塊となって残る。それは言葉では言い表せない『何か』の、気持ちの悪さだった。
(これで よかったのかなぁ……?)

 気がつくと日は いつの間にか沈み、空間は これから夜の幕なんだなと佇み待ちわびている。
 女教師は いつ発見されるのだろう。明日の朝だろうか。そんな事を考えながら空気と共に暗闇を迎えようとしているP。
 もしかしたら今日は月も星も出てくるかもしれないとPは思っていた。
 すると窓は開いていないのに風が何処からか吹いてきていたのを感じた……

 フウ。

 Pが感じた吐息のような風と一緒に、紛れて『姿』が現れる。
 倒れた女教師の傍らにボウッ、と。ともし火のように消え入りそうな儚い存在で現れて、壁に向かって……Pに向かって『姿』は……言った。


『 ありがとう 』


 微笑んだ。

 昨日見た、可笑(おか)しな笑いとは まるまる違う。
 とても可愛らしい笑みだった。可愛らしい。
 思わずPも つられて笑った。


 恨みは消えた? うふふふふ……

 ……今度は霧のように かき消えた『姿』のあと。
 Pは これから永遠のような時を過ごすと わかっている。
『生』の無い沈黙の空間の中で、ただ ひっそりと……一人きりだ。
(暇だから、『一人百面相』でもしようかな……)

 ……Pは涙を 流せない……。



 翌朝。
 女教師は発見され、これまでの状況証拠と共に時の経過は進んで行き、事件解決という温かくもない光が差し込めていった。


《END》



 名前で遊ぶ作者。

 お姉さまの方々にモテモテらしいP。
 ハーレム、ハーレム。

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