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怪盗レオパール

作者: 愛染ほこら

 




 じりりりりりりん




 甲高い非常ベルの音が、夜を引き裂いた。


「あ、あれは何だっ!」


 帽子を目深に被った。


 若い警官の切羽詰った声に、空を見上げると。


 美術館の時計台の屋根に、一人の男が、佇んでいた。


 銀に輝く満月を背に。


 黒いマントを風になびかせて。


「怪盗が、あんなところに!」


 わたしが叫ぶと、周りにひしめいていた警官達が、一斉に、空を仰ぐ。


 そして、全員。


 口々に叫んだ。


「怪盗レオパールだ……!」



 自分を呼ぶ、警官達の声に満足したのか。


 怪盗は、風になびかせていたマントを、変化させた。


 ただの布のように見えたマントが、みるみるグライダーのような翼に変わる。


「……いかん!

 ヤツは、飛んで逃げる気だ!」


 体格の良いエレファン警部が、舌打ちして、わたしを振り返った。


「アルエット刑事は、何人か警官を引き連れて、地上からヤツを追え。

 俺は、上に登って、ヤツを引きずり降ろしてやる!

 気をつけろよ?

 相手は怪盗レオパール!

 ウチの管轄ばかりで、罪を犯す。

 時には、殺人も辞さない、悪名高き犯罪者だ!」


「はいっ!

 警部殿もお気をつけて!」


 わたしは、このてきぱきと指示を出す、エレファン警部が、大好きだ。


 お互いの無事を祈って、手早く敬礼を交わし。


 警部に背を向けると、わたしは、自分の部下を呼び集めた。


「全員、時計台の下に集結し、怪盗レオパールを捕獲せよ!

 風下には、車を待機させ、ヤツが飛んでも追えるように、準備を急げ!」


「はっ!」


 びしっと敬礼すると、警官たちが、時計台に移動すべく、動き出した。


 わたしも、後からそれに続こうとして……違和感を覚えた。




 ……時計台の怪盗が……



 ……さっきから、全く動いていないような気がする……



 いや。


 確かに。


 マントは、明らかに翼になるべく、変化していた。


 しかし……


 ……その他の、手や足が動いていないような……?


 見間違えかもしれない。


 他の誰かに確認を獲ろうとした時。


 警官の中に、不審な行動をとるものがいる事に気がついた。


 応援も含めて、何部隊もいる警官隊は、皆、時計台の下に、集結し始めているのに。


 一人、時計台とは真逆の公園に向かって歩いていく者がいる。


 それが。


 さっき怪盗を一番最初に発見し。


「あれは何だ!」と叫んだ若い警官だと気づいて、わたしの疑念は、確信に変わる。


 もしかして。


 いや。


 絶対。


「あの警官こそ、怪盗レオパールだ……!」



 時計台の上から、今、まさに飛び立とうとする怪盗に飛び掛り。


「くそ! 人形だ!」


 と毒づく、エレファン警部の声に後押しされて、わたしは、その若い警官の後を追った。



 わたしの、たった一人の追跡が始まった。


 密やかに。


 見つからないように。


 息を殺して、警官に化けた怪盗の後を追う。


 わたしは、この時。


 怪盗を捕まえる気はなかった。


 というか。


 悔しいけれど、女一人で、ヤツを捕まえられるわけがないことも知っていた。


 ……怪盗は、強かった。


 射撃の上手い。


 あるいは、武術に長けた、屈強な男の警官が、何人も。


 怪盗を追い。


 追い詰められたレオパールに殉職させられたのだ。


 ……どうやら、怪盗は。


 顔を見たヤツを容赦なく、殺す気でいるようだった。


 そのために、怪盗レオパールの素顔を知る者は、誰一人としていない。


 だから、わたしは。


 怪盗の顔を素顔を見るか。


 もしくは、アジトの手がかりを見つけられれば、それでいいと、思っていたのだ。



 ……しかし……



 真夜中で、人気の無い、公園の中央についたとたん。


 今まで追ってきた広い背中が、急に消えた。


「……しまっ……!」


 ニセ警官を見失い、思わず、今まで身を潜めていた、藪から飛び出したとき。


 ぐぃ、と後ろから、腕を掴まれた。


「きゃ……」


 思わず、悲鳴をあげそうになった口も塞がれて、今、出て来た薮の中に、ずるずると、引き込まれる。


「……!

 ……!!」


 パニックを起こしかけている、わたしの耳元で、ヤツがささやいた。


「良い勘、しているじゃないか?

 キレイな警官のマドモアゼル(お嬢さん)……?

 俺が、怪盗レオパールだと踏んで、ここまでつけて来たんだろう?」


 口から手が離れたとたん。


 悲鳴をあげて、側にいるはずのほかの刑事を呼ぼうと息を吸い込んだ時には、もう。


 大降りのナイフが、わたしの胸元に突きつけられていた。


「大声を上げたら、殺すよ……?

 ……判っているとは、思うけど」


「わ……判ったわ」


 鋭く、いかにも切れそうなナイフに、わたしが、がくがくとうなづくと。


 怪盗は、笑ったように、わたしの首筋に、息を吹きかけた。


「せっかく会えたコトだし、ゲームをしようよ?

 あんたの手錠は、どこだ?」


「……わたしの……上着の内ポケットに……」

 


 わたしがしぶしぶ答えると。


 怪盗は、太い木にわたしを手錠で縛り付けて、油断無くナイフを突きつけたまま。


 ゆっくりとわたしの前に回りこんできた。


 ……わたしに、素顔をさらす気だ……!


 そして、殺す……?


 怪盗レオパールが、目深に被った帽子をぽい、と捨てて。


 怪盗の素顔を見た、わたしは。


 ……思わず息を呑んだ。


「う……ぁ……」


 綺麗……だった。


 月光に、半分照らされた怪盗の素顔は。


 人形のように完璧に整い……


 悪魔が、魂を込めて造形の仕上げをしたかのように。


 妖しい花の美しさを漂わせていた。



「はじめまして、かな?

 アルエット刑事?」


 呆然と顔を眺めているわたしに、怪盗は、天使の微笑で笑いかけた。


「……わたしの……名前……知ってる……の……?」


 ナイフを突きつけられている、からばかりではない。


 怪盗の雰囲気に、呑まれて、咽が渇いて……


 声が、自然とかすれる。



「もちろん。

 俺の知っている中で、一番賢い刑事だもん。

 ……そして、俺好みの……キレイな、女」


 怪盗は、ナイフの先で、そっとわたしの首筋をなで上げて言った。


「う……っ……」


 鋭いナイフは、わたしの首をかすかに傷つけ。


 紅く、細い糸のような流れを作る。


「お前の顔を見た……

 ……わたしを、殺すの……?」


「……死にたいの……?

 イヤだよ。

 殺してなんか、やらない。

 俺は、あんたとゲームをしたいんだ」


 レオパールは、微笑むと、自分のポケットから、あめ玉ぐらいの赤い石を取り出した。


「紅の泪……!」


「そう。

 俺の、今日の獲物だよ。

 ……欲しい……?」


「……決まっているじゃない……!」


 今日、この怪盗に取られた、世界でも類を見ないほどの価値のある宝石は。


 最近になってようやく、平和条約を結んだ外国からの借り物で。


 命に代えても、無くすわけには、行かない宝石だったから。


「じゃあ。

 アルエット刑事に、あげる」


「本当……!?」


「もちろん。アルエット刑事は、俺のお気に入りだから。

 ここまで追ってきた記念に、特別にプレゼントするよ。

 ……ただし」


 レオパールは、にっこり笑うと。


 宝石を自分の口の中に放り込んだ。


「俺から、取り上げることが出来たら、ね」

 


「な……何を……!」


「……キス、して?」


「……えっ……?」


「今、アルエットは、両手を使えないでしょ?

 だから。

 自分から濃厚なキスをして、俺の口から宝石を奪ってみせて……?」


「そんな……そんなこと、できるわけっ……!」


 レオパールは、口の中で、ころん、と宝石を転がして。


 天使の顔で微笑んだ。


「コレが無いと……また、無益な戦いが起きるんじゃないかな……?

 ……アルエットのせいで」


「……!」


 ……負け、だった。


 後ろ手に縛られたままのわたしには、他に、何もできるわけも無く……


 ゆっくりと、近づいてくる怪盗レオパールを拒否することなんて、出来なかった。




 怪盗が、わたしの唇を、奪う。


 乱暴では、ない。


 思いのほか、優しく、甘い口付けをしながら、レオパールは、ささやいた。


「……好き、だよ?」


「……え…?」


 怪盗の告白に、わたしは、目を見開いた。

 


「アルエットは仕事で……俺を追いかけている……でしょう?

 だけど……俺は。

 一生懸命、俺を追いかけてきてくれるアルエットのコトが、好きになっちゃった。

 あんたのコトが好きで……愛しくて。

 本当は。

 今までずっと……俺の方が追いかけて……いたんだよ?」


「う……そ……」


 口の中をレオパールに、甘く、切なく犯されて。


 思考までも、怪盗に、奪われそうに、なる。


『気持ちいい……』なんて。


 口が裂けても……刑事のプライドにかけて……言えない。


「うそ……なものか……

 だから……俺は……アルエットの……管轄ばかりで……罪を犯すんだよ……?

 俺が……殺したヤツらも……みな、アルエットに触って……泣かしたやつばかりだ……」


「あっ……くっ……っうん」


 わたしの息が。


 レオパールの息が。


 あがり、絡まって。


 いつの間にか、ナイフを捨てた怪盗の手が、わたしを激しく抱き寄せる。


「アルエット……

 アルエット……

 俺の大事なアルエット……!

 このまま、俺にあんたのすべてを奪わせて……?

 ココロを

 カラダを

 ……イノチを……」


 すべてを?


 ……うん。


 全部……あげてもいいかな……?


 こんなに……優しい……


 気持ちの良い……


 ……レオパールに……


 


 全部を。


 わたしの全部を本当に、怪盗に差し出そうとした寸前だった。


 ……その時。


 わたしの口に、ころん、と何か丸くてすべすべしたものが当たった。


 ……あ。


 紅の泪……!


 と思った瞬間。


 エレファン警部の顔が頭によぎった。


 わたし……!


 こんなところで。


 こんな風に。


 怪盗なんかに負けている場合じゃ……ない!


 このヒトは、わたしの同僚を殺した。


 そして、戦いの火種になりかねない、モノを人質に……わたしを脅してしているんだ……!


 わたしは、隙だらけのレオパールの口から、宝石を奪い取って怪盗から身体を離した。


「取った……わよ?

 怪盗……!

 ゲームは、わたし勝ち……ね?」


 ……身体が、熱い。


 カラダが、アツイ。


 まだ、わたしのカラダ……レオパールに、触って?って悲鳴をあげてる。


 だけど……


 ……だけど!


 きっ、と睨むわたしに、レオパールは、傷ついたみたいに目を伏せた。


「……負けた……のか?

 あんたのカラダは、こんなに濡れて……いるのに。

 ……拒否されるなんて思わなかったよ……

 ……でも、俺は、あんたを追うのをやめない……!」


 楽しかったよ。

 また、ゲーム、しようぜ?


 といいながら闇に消えていく怪盗を見送って……


 わたしは、まだ縛られたまま……


 口に宝石を入れたまま。


 いつまでも、涙を流していた。


 もう二度と逃れられない……


 ……今度は、もう、拒否できないかもしれない。


 激しく、狂った愛に翻弄される予感に。


 強く、恐怖を覚えていた。



 (了)



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― 新着の感想 ―
[一言] とても楽しかったです!!あとできれば、続きを書いてください!!!!!
[一言] はじめまして。12月の風と申します。 一文一文を短く区切って、しかも一行空けて書いているのは、意図的なのでしょうか。 読みやすいと感じる人もいるのかもしれませんが、こういう手法は強調したい…
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