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第一部―竜殺―09
黎治が用事を済ませて、なゆたくらいにしかわからないほど上機嫌で帰ってくると、リースの家に見知らぬ人間がいた。
黎治にとっては村のほとんどが見知らぬ人間ではあったが、何度かリースの家に家を運んできた人間位は覚えている。
リースの家の食卓に座っていたのはリースとなゆたと見知らぬ金髪の女だった。
女を視界にいれた瞬間、黎治は警戒するが、次の予想外の行動に警戒心は霧消することになる。
黎治が扉を開け音に反応したのだろう振り向いた女と黎治の目が合った瞬間、金髪の女は、ガバっと立ち上がってから電光石火の身のこなしで黎治の手を取り――ぎゅっと握りしめた。
「あなたが英雄レージ殿か! 話は聞かせてもらったぞ! なんたる武勇、なんたる献身! 不肖の身ではあるが私も――」
手を両手で握られたまま、感極まった表情で、ぶんぶんと振り回される。
そして残念なことに、黎治はなゆた以外の敵意ない女との接触は苦手だった。
「な、なんだ、誰だ!? て、手を、はな――」
「――最強種たる竜に立ち向かう大勇、真の勇者とはレージ殿の様な人間のことを――」
「うぉっ、なゆたっ、止めて、くれ」
竜と互角の戦闘力を誇る黎治でも、まるで信仰している神が目の前に現れたかのようなキラキラとした瞳で見つめられながら手を握ってくる女は怖い。
黎治は竜と退治したときよりも、恐ろしい思いをしていた。
「お嬢様、レージ様が困惑しております」
「いたっ!?」
「なっ!?」
最初の声は、金髪の女が横から現れた女に頭を叩かれた驚きの声。二つめの声は全く気配を感じさせずにこれほど接近してきた女に驚愕する黎治の声だ。
「す、すまない。少しだけ興奮していたようだ」
椅子に座ったなゆたが珍しい黎治の動揺を見て、くすくすと笑っている。
黎治は少しどころでは無いだろうというツッコミを入れたたいところではあったが、隣の侍女から目を離せなくなっている。
「気配を感じなかった……」
「侍女ですから」
と理由になっていない理由と有無を言わさぬ笑顔でごまかされるしか無い黎治であった。
ようやく場が落ち着いたところで、自己紹介をかわし、侍女――リザがお茶をいれる。リースがお茶を入れようとしたところ、リザが『メイドですから』と主張し、『お客様に入れさせるわけには』とお互いの仕事を奪い合う一幕もあったが、それは余談だ。
ようやくお茶が入ったとき、金色の女――グズルーンがそれまでの経緯を説明し終えたところだった。
「そういうわけで、私は領主たる貴族の女として竜退治に名を上げたのだ」
予期せぬ襲撃を受けた黎治は少し不機嫌になっていた。外見からそれを理解できるのはやはり、なゆただけであったが。
「なるほど、良くわかった。足手まといだ」
黎治は即座に否定した。
「なっ! 勇者殿であってもそれは納得できん。確かに未だ不肖の身、されど剣術と刻印術についてはそれなりの成績を修めている! それに勇者殿の山刀よりは良い剣を持っているつもりだぞ!」
伝家の宝刀だと言わんばかりに腰に差した剣を黎治に見せつける。
確かに細身のその剣はよく手入れをされているものだ。名剣と言っていい類のものだろう。鞘は装飾を施されているが、剣の持つ実用性部分――抜きやすさや、いざという時の防御用の硬度は損なわれてはいなさそうだ。
対人戦ならかなりの威力を持っているものだと黎治は判断した。
だが、わざわざ拾いに行った自らの山刀をばかにされては黎治も黙ってはいられない。
「俺の山刀はただの山刀ではない。アマツ刀の作りを踏襲した、緋鉄製のものだ。その辺の物と比べられても困る」
なゆたが嬉しそうに黎治を見ていたが、それに黎治は気づかない。
「緋鉄製なのか!? み、見せてもらってもいいだろうか?」
黎治には珍しい得意げな笑顔を浮かべながら――といっても僅かなものであったが――腰の鞘からさっき拾ってきたばかりの山刀を一振り抜き放つ。
もう一振りは竜に刺さったままだ。
「減るものではない、構わない」
「おぉ、……美しい刃紋だ。一度だけだがアマツ刀を見たことがあるんだ。大陸の剣にはない美しさがあると常々思っていた、しかも緋鉄製……」
グズルーンは『むぅ、美しい』としばらくうっとりしていたが、はっと何かに気づいたように自分の剣を鞘にいれたまま黎治に突き出す。
「私の刀も見てくれ。手入れは欠かしていない」
黎治はゆっくりと剣を抜く。鞘に引っかかるような感触はない。綺麗な擦過音と共に剣の全容が見える。
木目上に走る模様が美しい両刃の剣だ。
「これはダマスカス鋼か。ふむ、模様だけの似非ダマスカスでは無いな。しっかりと造られている……」
「あ、あの~……」
リースの控えめな声も二人には聞こえていない。
黎治は『初めて見た……』と光にかざしてみたり、刃をなぞってみたり、指で弾いてその音をじっくり聞いたりしている。
そして二人は全く同時に言った。
「良い剣だ」「良い刀だ」
二人は武器に対して非常に高度な専門的知識を持っており、それを目の前にすると他が目に入らないほど没頭してしまう人種――平たく言うとオタクであった。
二人の争いは平和的な解決をしたので、かなり和らいだ雰囲気で話は続く。
「これで、武器について問題はないだろう。これからは対竜についての話し合いを――」
「武器を使うほどの接近は無理だ。一撃でも食らったらグズルーンは死ぬか大怪我だろう」
「そうだが、食らわなければいいのだろう?」
「それはあり得ない。前提にしてはいけない条件だ。先程、刻印術が使えると言ったろう? どれほど使える?」
「空中描画くらいはできる。魔力量も人より多いぞ。リザも私の補助刻印くらいはできる」
刻印術というのは、地面や空中に『力ある文字』を描くことで、通常ではあり得ないことを引き起こす術だ。専門的にはそれを秘術と呼ぶが、一般には魔法と呼ばれる。これは使う人間が『魔』法と言われることを嫌うからだ。だが、使えない一般人や、こだわりのない術者は単に『魔法』と呼ぶ。
刻印術は一般的には大地や羊皮紙に描画するより、空中に魔法陣を描く空中描画は難易度が高いと言われている。つまり、グズルーンはそれなりに『使える』術者ということになる。
「なるほど、悪くはない。俺が前線、グズルーンたちが後方火力支援という形なら共同戦線を張れる」
「む~……。後方だというのは納得ができないが、……理解しよう。とりあえず後方支援だな」
「いや、絶対に後方支援だ」
「……なるべく、後方支援だな?」
「完全に後方支援だ」
「……出来る限り、後方支援でいいよな……」
「徹頭徹尾、後方支援だ」
「なぜだ!? 私も戦えるのだぞ!?」
「俺が竜を止められなかったとき、避難誘導を頼みたい。それ用の術式も考えておいてくれ」
その言葉になゆたが反応する。
「じぃ、負けるかもしれないの?」
「いや、ただの保険だ」
「おい、私は今ちょっと完全後方支援でもいいかなと思ったところなんだぞ!?」
「よろしく頼む。万が一というのは起こり得るということだ」
あまり表情の変わらない黎治にグズルーンは振り回され気味だった。
なゆたもリースも話には入れないが、その姿が少し面白く見えていたことで退屈はしていない。
「むぅ。そういうことなら、涙を飲もう」
「明後日辺りに襲撃を掛けるつもりだ。気配は朧気だが掴んでいるからな。いきなりですまないが、グズルーンは攻勢術式と防御術式の用意を頼む」
「いざという時の逃亡術式も、だろう?」
その言葉に黎治は肩を小さく竦める。
決戦は近い。
最近気づいたんですが、自分は日常を書くのは苦手のようです。
あと二話ほどで、竜との戦いまで行けると思います。
行きたいなぁ。
行けるといいなぁ。
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