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七 行きはよいよい
 また、変な夢を見た。
 小さな子供が泣いている。普通の人間ではない。背中にある、小さな羽はぼさぼさで、ところどころ、折れている羽が飛び出ている。周りの子供たちは一様に心配そうな顔をしているが、どうしたらいいのか分からないようで、じっとその子を見つめているだけだ。
 そんな子の肩に手を置いたのは、天狗。
 優しく抱き上げて、あやす様に背をさすり、彼はずっと、その子供が泣きやむまで、続けていた。
 そんな、夢だった。












 夢から覚めた時、どこか空虚で、冷たい空気が流れていたのを覚えている。寒い、と思い、腕をさすると、傷口に手が当たる。不意の痛みに肩を跳ね上げて周囲を見ると、まだ夜が明ける前なのか、不気味に青い光だけがさしている。
 静かだ。静か過ぎだ。
 不安になった示天が廊下に出ると、迎えてくれたのは白夜樹。白い花は、酷く温かいように思えて、木の下まで歩く。そして見つけたのは、赤い紐。上等なもので、依里がよく髪を止めるのに持ち歩いていた。その紐が、どうしてここに。
 そう思って拾い上げると、その紐の先に何かが付いていた。いや、絡まっていた。絡まっていたのは、見覚えのある羽で。

「……」

 背筋が凍るというのは、このことだろうか、と。霧が晴れるような、穴が埋まっていくような。頭が、考えろ、考えろ、と命令してくる。
 そして示天は行動に出た。自分の隣の部屋をのぞいて、誰もいない事に不安を覚える。そして、お都木さんの部屋にいるのだろうかと思い、その部屋を見ると。

「三縁さん! お都木さん!?」

 見ようによっては普通に眠っている状態のお都木。しかし、傍らにいる三縁は、眠っていると言うより、倒れている、と言った方が正しいように思える。お都木と生まれた子供にかぶさるようにして倒れていたであろう三縁だが、そこに赤ん坊はいない。

「三縁さん! 三縁さん!」

 いくら肩を揺さぶっても、彼は眼を覚まさない。それはお都木も同じこと。まさか死んでいるのでは、とも思ったが、それはないようだ。呼吸もしているし、怪我はない。
 ひとまず安心して、屋敷中を探し回ったが、起きている人間、起きてくれる人間は誰一人としていなかった。そして、赤ん坊も。それから、依里も、居なかった。

「……」

 考えられる可能性は一つだけ。たったそれだけ。赤ん坊と、依里は、天狗に連れていかれた。そして、連れていかれた場所が分かるのは、示天しかいない。
 示天と母が別たれた場所、白夜樹の道、空にある寺、天狗の住処。
 あの場所へ、示天は戻ることを拒まなかった。













「とおりゃんせ、とおりゃんせ…ここはどこの細道じゃ…天神さまの細道じゃ」

 寺の境内。石段に座り静かに眠っている赤ん坊を抱いた依里は、ちらりとその男を見た。隠しもしない羽。鋭い眼光は、今は依里にも赤ん坊にも向けられていない。
 つい昨日の夜、屋敷を襲った天狗の男は、まだほとぼりも冷めないうちに、否、示天が眠り込んだのを見計らって、また現れた。赤ん坊を攫おうとして、お都木と三縁に阻まれるも、特に苦戦することなく子供を取り上げた。そこまでは計画通りだった。
 だが。

「ちょっと通してくだしゃんせ…御用のないもの」
「娘」
「!」

 不意にこちらを向いた天狗に、依里は身を固くして相手を睨むように見る。だが天狗にしてみれば、それはただの強がりにしか見えない。

「行きが良く、帰りがこわいのは何故だ?」
「え」

 思いもしない問いに、依里は天狗から視線を外せずに、じっと見詰めたままで考える。どんな経緯でどの問いにつながるのか、一瞬分からなくなった。けれども、直ぐに思い出す。自分が歌っていた歌を。

「お、お札が…」
「ん?」
「お札が、ない、から」

 何とか思いついた事を言葉にした依里だったが、天狗の方はきょとんとした顔で、暫く依里を見ていた。それから漸く表情が変わったかと思えば、天を見上げて、腹の底から笑い始めた。それに周囲の林がざわめく。
 その不気味さに、赤ん坊を強く抱きしめて、依里は寺の外へと続く階段を見やる。今の自分には、あそこまで走ることすらできない。

「そのような答えを我に言ってのけたのは貴様くらいよ、娘」

 覗き込むように近づかれて、依里は恐怖に思わずうつむき、目を瞑る。天狗は小さく笑うだけで、直ぐ依里から離れた。そして、鳥居に向き直り、呟いた。

「それほどまでに、明確であり単純な答えならば、この世は、もっと生きやすいだろうにな」

 それはどういう意味か。立ち上がりかけた依里の目に飛び込んできたのは、石段を駆け上がり、そして天狗を睨んだ示天だった。

「御無事で、お嬢様」

 一瞬だけ微笑んだ示天に何とか依里はうなずくと、いきなり吹いた突風に驚いて、赤ん坊を庇うようにうずくまった。その風の主は、考えるまでもなく、あの天狗。

「待っていたよ、小僧。どうも、貴様がいると、後味が悪くてな」
「……」
「餌を餌で釣るのは、釣りの基本であろう」

 その言葉に、示天は短刀を構え、天狗は大きく羽を広げた。依里はただ赤ん坊を抱いて、林に隠れた子供たちは、じっとその風景を見つめているだけだった。







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