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人格疑われそうです。(今更)
笹尾のキャットウーマンダイアリー3
作:森本エリ




今日の日記。

前略、親父殿、お袋様。

 お元気ですか?
エルニーニョ現象のせいで、ペルーではアンチョビが獲れず、米国の家畜の餌が不足し、輸入牛肉の価格上昇が危惧されていますが、
某牛丼屋が、ついに牛丼の販売を再開したらしく、あまり心配ないように思われます。
 そもそも、国産牛肉しか食わない親父殿と、それに愚痴をこぼしながらも、従順に飯の支度をしてきたお袋様には、関係のない話でしたね。

……こんな息子でごめんなさい。

 そして、もう一つ、お詫び申し上げなければ、ならないことがあります。

――おれ、未婚の父になりました。

 おれは清廉潔白で、ここ二年ほど、そういう入り組んだ関係を持った覚えもなく、中学生ばりに視線と視線、あるいは手と手の接触、くらいの清らかな関係はあったのですが、酔った勢いで……など不埒な行いもした覚えがありません。

 慎一は、名に恥じることなく、『慎み一番。』を貫き通してきました。

……それなのに、福岡の怪しげな商会屋から、ある日突然、『ネコ型美少女メイドロボット』なるものを押しつけられたんです。

おれが望んだんじゃありません。

本当です。

女っ気の乏しい、しがない焼き鳥屋ですが、そこまでおちぶれていません。

これは、本当なんです。

訳あってその娘が、自立できるまで(するのか?)預かろうと決心したのです。
どうか、おれの心配はしないで下さい。
なんとかやっていくつもりでいます。
 ちなみにエルニーニョには『神の子』という意味があるそうです。

それでは、お元気で。
       慎一より



――こんな手紙を送られて、心配しない親はいないのではないでしょうか。
 おれは、長々と文字を綴った便箋を、指定ゴミ袋に放って、朝のコーヒーでも淹れようと立ち上がりました。

「父上さま〜♪」

無邪気に練乳を口の端につけたまま、あんずが、おれのみぞおちに頭突きをかましてきました。
……結構、クるんですよ。あんずの頭突き。
 おれは一瞬呼吸を失いながらも、彼女を抱き留めました。

「父上さま?くるちいナリか?」

「……わざとか?」

「ちあーうナリ!」

 『しんいち様』もどうかと思い、こう呼ばせる事にしたんですが、あまり違和感がないのは、気のせいでしょうか……。

 あんずは一応、メイドロボットということもあり、今日の開店準備を手伝って貰ったのですが、串刺し、おれの五十倍くらい早くて、店内清掃の他に、家事なんでもこなすんです。まだ、午前中なのにスタンバイ・OKです。

 ネコ耳は困るので、バンダナを巻いてやりました。
服はとりあえず、おれの厚手のセーターや、ジーンズを切って貸しました。
 この界隈にどうやら、あんずがおれの隠し子、という暗黙の了解が出来たようで。
開店前から何人か店を覗きに来るんです。

今夜はお客さん、増えそうです。

 あんずのパッと見は、十七〜八歳で、中身は八歳くらいです。どうでもいいのですが、差し引き九歳と言ったところでしょうか。

で、おれの年齢詐称説が《再》浮上しているようですが、数え年の二十八歳には変わりありません。

 なんとも複雑な心境です……。

 さて今日は、天気がよく、風も暖かいので、あんずを連れて買い物にでも行こうと思いました。

 何故ならば、朝の生理現象につけこみ、危うくおれの精を搾り取られるところだったからです。
 それに、あの小賢しい計算をされつくしたワンピースや、無理やり男物を着せた逆効果の服装で、このまま、密室で二人きりはさすがに……。

おれ、ギリギリの今を生きている気がします。

というわけで、避難ついでに外へ行き、普通の服を買ってやろうと思ったんです。
まぁ、それが、あんなことに発展するなんて、思いも寄らなかったのですが。
 今日の占い、十二位だったなんて、知らなかったんです。
むしろ、おれが魚座なのか牡羊座なのか微妙なところですが。

「あんず、口に練乳ついてるよ」

「じゃあ、父上様の舌先で優しく拭って欲しいナリ」

あんずは上目遣い+おねだりポーズ、ねっ?と首を傾げる、という順序を踏み、確かに可愛いのですが。

「甘えるんじゃあない!!!」

「にゃあんっ!どーしてナリかぁ?!」

あんずは、ぼろぼろと大粒の涙を零して、おれの良心を覗き込んできます。いや、おれは間違ってないと思うんです。

――ハッ!!

もしや、これはおれを試すエルニーニョ(神の子)か?!

――落ち着け、おれ。

 エルニーニョ現象ってのは、単に赤道辺りの海水の温度がちょっと上昇しっ放し、みたいな話なんだ。

そう……赤道近くの,太平洋東部の海面の水温が高くなる――いったら、海が風邪引いちゃって、微熱が続いてる感じなんだ。

いいや、慎一!
現役・中高生に謝れ!!ペルー辺りの人達にも!
そんなメルヘンな問題じゃあないんだ!!

 モリモト商会の代表取締役みたいなのが、神ならば……、

……確かに……、

世の中……、狂ってるけど。
 いっそ、このまま世の中の理不尽をアイツのせいにしてもいいような気がします……。

――かちゃかちゃ、

……ん?

ふと、金属的な音がして下に視線を落とすと、おれの貞操帯《家の中でも、スエットを廃止、ジーンズ+ベルトを装着し、安易に引きずり下ろされないよう対策していた》が、開封されようとしていたんです。

「こらっ!オイタしたら昼・夕飯抜きだぞ!」

「父上さま、どうせお預けばかりナリ〜〜!」

「練乳あげてるだろ!」

「甘いのばっかりは嫌ナリよ」

「ひなたぼっこでもしてなさい!ソーラーパネルがあるだろ!」

「ぶうぅぅぅ〜〜!」

なんとか、魔の手を振り払い、部屋の隅に避難したおれ。

こんなことしている暇があったら、さっさと外へ行ってこのエルニーニョ……いや、小悪魔の気を紛らわしてやるのが最善策かも知れません。

「あんず、外に行こうか」

おれの提案にあんずの顔がパッと明るくなりました。

「野外プレイナリか?」

「ううん。全然違うよ」

……どっから、知識を引用してインプットされたんだろう。
そんな疑問を胸に秘めつつ、おれは、ベルトを締め直しジャケットを羽織り、外へ避難する準備をしました。

「さあ、いく……」

準備が済んで、ふと、あんずの方を振り向くと、

「◎◇□◇◆※▽★」

あんずが訳の分からない呪文《?》を唱えながら発光しています。
元祖ネコ型ロボットも、こんな感じでラリッたのを見たことがありますが。実写版で見ると本気で怖いです。
感電したら嫌じゃないですか。

一際眩しい光があんずから放射され、おれは思わず目を閉じてしまいました。
 光とともに消滅してしまったら、いいな。
と、少し思ったのですが、むしろおれの存在が消滅してたら嫌だなと思いました。
それに、少し情が湧いていたので自己嫌悪も感じました。
ということは、おれは消滅していない。
そして、発光も済んだようなので、目を開けてみました。

「――え。」

おれ、腰が抜けたの、人生で二度目です。

「えへ。ご主人様、いかがですか?」

口調がバリッと変わって、そこには、二十三歳くらいの、華奢な割に、グラビアモデルばりの体つきをした、黒猫っぽい女性が立っていたのです。

「メタモルフォーゼ、完了。十人中九人が欲情すると思われる体系に変換……」

しなくていいですから。

おれは混乱しながらも、冷静な部分でつっこんでみたのですが、どうも、動悸が激しくて、声に出来ませんでした。

「ママぁ〜!これでい〜い?」

……ママ……?
あんずは一人で喋り出しました。

『アーハー!アンジェラchan☆バッチリやーん!よッ!このエ・ロ・テ・ロ・リ・ス・ト!』

あんずの胸の辺りから聞き覚えのある呪われた声が……。

「もりもとおぉッ!!!」

おれは誰かを憎しみを込めて呼び捨てしたことなんて、今まで一度も、なかったんです。
気付けば、罪のないあんずの胸倉を掴んで、詰め寄っていました。

『やーん、えりりんって呼んで☆残念な男前のくせにゴ・ウ・イ・ン☆』

おれは、手許の、溢れんばかりの谷間に驚いて二メートルくらい後退りました。

いっ……今までの電話代はなんだったのでしょう。

『アナタが電話代を犠牲にしてまで、あたしの声を聞きたがってる姿に胸キュン☆みたいな?』

――殺意とは、まるで切っ先の一ひらの閃光の様に、胸に過ぎるものだと、そのとき、確かに感じたのです。

今まですっかすかだった衣服に充実した肉が、おれの視線を誘います。
所詮、十人中九人のおれ。
殺意があやふやにされていきます。

『ところで、残念な男前』

言い切りやがった。
しかも、それが当然のあだ名のごとく呼び捨て。茫然としているおれを無視して、忌々しい声は続けました。

『たった10ccあるかないかの蛋白質くらい、ケチケチしてねーで、とっとと放出しちまいなよ』

たった10ccの蛋白質でおれは二十八年間培ってきた人間性を失わなければならないわけで……。そこまで性欲を優先したい性格でもなく……。

「ていうか、なんでお前にそんな指図されなきゃなんないんだ」

『……可愛いアンジェラchanが死んでもいいのか』

――何?

死ぬって……、

ロボットだろ?

『――限り無く人間に近く造られし、禁じられた存在……』

――え?あんた誰ですか。

いきなりシリアス口調で語られると、なんか、こっちまで神妙な気分になるじゃないですか。

『その存在を維持するために、生命体に近い成分を必要とする。……血液だとちょっと、グロいし……、アレだったら、なんか……楽しいってくらいで済むかなって……』

あ。難しい言葉分からなくなってボロが出てきた。だんだん小声になって聞き取りにくいんですが。
 とりあえず、人間性蛋白質を補給しないとやっていけないとかなんとかで、なんでまたそんな厄介なもの造ったのか謎ですが。
 最初の話じゃ、動物性蛋白質って言ってたくせに。

『とっ、とにかく!あたしじゃアンジェラchanの維持が大変ったい?ね?わかる?まだ母乳出らんしさ?!』

――あんたがどうとか、聞きたくなかったんですけど。なんか泣きそうな声だったんで、一応恥ずかしがってるみたいですね。

「……なんで、おれなんですか」

『モロ好みのタイプだったから』

「てか、どっからその情報仕入れてくるんですか?!新しいカタチのストーカーですかアンタ!」

『時代を先取り?ケ・セラ・セラ〜〜ワットウィルビ〜〜ルビ〜〜アイルビルビ〜〜』

「何言ってるのか分かりませんけど」

『気にすんなよ』

「うるせぇよ」

『なぁ!旦那ぁぅ!後生だよぅ!人助けだと思って、ぴゅっぴゅと一発ヌいてくれよぅ!!』

「おれは絶対あんたを女と認めない。てか、なんだよその迷子ネタの兄口調」

『メメ〜〜〜〜ッ!!』

「うるせぇよ」

ついに、弟までパクりやがったコイツ。

『まぁ、よろしくなっ』

へへっ、とあんずが人差し指で鼻の下を擦りました。
遠隔操作可能っ?!

「おいっ!聞きたいことが山程できたぞ!!」

『あ。ごめん。国防庁とNASAから怪電波察知されちゃったみたい。じゃあね』

――嘘だ!!

絶対、ありえない!!

『ブツン!つー、つー、つー、つー、ざーーーー』

「口で言ってんじゃねえか!!」


いきなり、がくんっ、とあんずが床に崩れ落ちて、おれはツッコミをやめ、彼女の方へ近付きました。

「あんず……?」

元凶は置いといて、おれは一応、この不運なアンドロイドには情が湧いてしまっていたのです。

「ご主人様……」

喘ぐような声と、豊満な肉体に心を動かされた訳じゃないんです。
名前を付けると言霊が宿り、愛着さえ湧いてくるんです。

「あんず……、死ぬなんて……冗談だろ?」

おれは、弱々しく伸びて来た手を握りました。
あんずは、微かに微笑みを浮かべ、首を横に振りました。

「……本当、なのか?」

「……でも、ご主人様、あんずがお嫌いでしょう……?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「いいんです……。ご主人様は意志の強いお方ですから……」

あんずは蚊の鳴くような声になっていきます。

「あんずは、もっと……ご主人様とご一緒して……ご主人様の……」

だんだん瞼が下りていきます。

 おれは、小さい自尊心のために、紛い物といえど、この無垢な生命体を見殺しにするべきなのか。
(癪ですが)あの(変態)女のいう通り、10ccの蛋白質くらい与えてもいいのではないかと、思えてきました。
 でも、この期に及んで、自尊心が邪魔をするのです。

「あんず……すまない」

目頭が熱くなり、情けなさと、悔しさとともに、込み上げてくるものが視界を曇らせていきました。

「……あんずは、ご主人様をお慕いしておりま………」

再び、あんずが発光し、おれは目を開けられなかったのですが、彼女をしっかりと抱きしめました。
腕の中に感じた柔らかさと体温が、造り物だとは思えません。
その感触が、薄れていくというか、本当に消滅していくのが分かりました。


「……ごめんな。あんず」

腕の中の肉体が、砂の様に分解され、一際眩しい光となり、消えてしまいました。

目を開けると、立てた膝の上には、中身を亡くしたおれのセーターと、切りっ放しのジーンズが、床に落ちているだけでした。


生まれて初めて、喪失感というものを強く感じました。

――人とは、自分のエゴのために、罪もないものをないがしろにしてしまうものなのです。

おれは、所詮、そんな人間だったわけです。

押しつけられたとはいえ、やはり、自責と後悔の念が拭えません。

謝ってすむ問題ではない。

そう思ったのですが、おれは心の中で、何度も、あんずに謝り続けました。


おれは、やはり、残念な男だったようです。


……しっかり、しなければ。
おれは、このまま、残念な男でいるわけにはいかないのですから―――



2007年3月7日(水)

笹尾のキャットウーマンダイアリーより、抜粋。





――あれから、数年が経ちました。
人の噂も七十五日。

おれの隠し子説も、年齢詐称説も忘れられ、店には普通に常連がつき始めました。

 店全体を改築しインテリアも、和とモダンを融合させ、ジャズを流すお洒落な焼き鳥屋に変えました。

「……なんか、店もだけど、お前も変わったな」

閉店間際の午前四時。
飯田さんが、カウンターで、バーボンを傾けながら笑いました。

「そうっスかぁ……?」

おれは微苦笑を返しながら、煙草を銜えました。

「……あの娘は、母親に貰われちまったのか……?」

飯田さんが表情を曇らせて、おれをチラ見しました。

「飯田さん……、アンジェラって、“天使”って意味があるの知ってますか?」

「はぁ?」

「……いや、この前なんかの本で見たんスよ」

「それがあの娘の名前だったのか?どっかの芸能人の娘ばりに変わった名前だな」

「いや……、あの娘はあんずって名前だったんですよ」

「ふぅん……」

飯田さんはそれ以上聞く気は無い、といった調子で、バーボンを啜りました。

「……そういや、変わったと言えばよぉ、最近、彰太さんの様子がどーも変なんだよなぁ……」

「え……?」

そのとき、店の電話が鳴りました。

「あ、ちょっとすみません」

おれは飯田さんに頭を下げて電話の方へ向かいました。

「はい。毎度ありがとうございま『ハーイ☆男前の笹尾さん!!』

この、会話のハイウェイ衝突事故は……

「最低な……森本さん……」

『なにアレンジしてカバーしんだよ』

「あ……。今、残念な……が」

『そうだよ!お前が残念な……男前卒業しちまったから、こっちは転送でアンジェラchan☆回収したあと、作戦変更したんだよっ!!』

「は……?転送?作戦変更?」

このひと相変わらず、神出鬼没で意味不明なんですけど……。
転送したってことは、あんずは……

『残念な男前を造るために、今度は完璧な男前をおとす事にしたのさ』

「米軍かNASAかFBIに掴まってしまえ」

『ばっか!!あたしは逃げ切るぜ!!』

――普通、一般人には無理ですが、コイツならやりかねない。

「……で?何の用なんですか?」

『あんたが折角残念な男前卒業したんで、新生アンジェラchanの消息をお伝えしてんだよ』

「……消滅したんじゃなかったのか?」

『してね〜よ。単細胞』

「うるせぇよ」

『まぁ、アンジェラchan☆は改良を加え、健在で、近々、あんたの前に現れるかもね〜〜☆』

「えっ?!それって……」

相変わらず、おれの(自分に不都合な)質問には一切答えないまま、電話が切られました。

「どーした?笹尾?」

飯田さんの声で我に返り、おれは受話器を置きました。

「いや……、魔界からの悪戯電話でした」

ココ大丈夫か?」

飯田さんがこめかみに指を当てて首を傾げました。

「さぁ?どうでしょう。あ、飯田さん、天使にネコ耳ついてるって知ってました?」

「はぁっ?!本気で大丈夫か!お前」


どうやら、おれは、イカれてしまったかもしれません。
今度、あの娘に会ったなら、うれしくて自尊心など、どこかに置き忘れてしまいそうな気がするのです。



 そして、この後、彰太さんの隠し子発覚により、おれは可愛い女の子と知り合うのですが、その娘にネコ耳がついていたかは、皆さんの御想像にお任せします。


それでは、さようなら。

お元気で。



日付不詳――
笹尾のキャットウーマンダイアリー最終頁より、抜粋。


いや〜〜、予想外の展開でした。自分にとって。こんなんも、ありかな……。(自己満度120%)いつか、お客様満足度120%を目指して。……ケ・セラ・セラ……(拳をグッ!)













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