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鏡の独白

作者:穂崎りつ

彼女は、それはもう綺麗な方でした。


すっと通った鼻筋に、形の良い唇、綺麗に結い上げられた美しい髪、そして凛した佇まい…
彼女の体を隅々まで調べ上げたとしても、美しくないところなど1つも見つからなかったに違いありません。

けれど彼女は、その瞳に悲しみと迷いの色を宿していました。そしてそれは日を重ねるごとにどんどん濃くなっていくのです。

どうして気づいていたかですって?
そりゃもう、私は毎日彼女と一緒でしたから。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」

彼女はいつも私にそう問いかけました。

「それは女王様です」

私はいつも彼女にそう答えました。
彼女はそれを聞くと安心したように、ふふっと小さく笑いベッドに入るのです。
私は毎晩彼女が眠りにつくのを見届けてから休みました。
その時の彼女がまるで小さな女の子のように可愛らしかったこと、今でも昨日のことのように覚えています。
なのに、そんなひと時の安らぎさえ奪われてしまうなんて、一体誰が想像したでしょう。

彼女には1人の娘がいました。
名前は白雪姫。ご存じかと思いますが、彼女と白雪姫には血の繋がりはありません。けれどもそんなことを微塵も感じさせないほど、彼女は白雪姫を深い愛情を持って育てました。
王様が亡くなられてもそれは変わりませんでした。
おや、信じられませんか?まあ無理もありません。

白雪姫は彼女の愛情を一身に受け、どんどん成長していきました。心優しく、美しく。

そんな時でした。彼女は私に向かってぽつりとこう漏らしたのです。

「どんどんあの人に似てきた」

私はすぐに前のお妃のことだとわかりました。
たしかにここ最近の白雪姫を見ていると、お妃の面影をふと感じることがあります。

そして彼女はこう続けました。

「私が、殺したあの人に…」

私は一瞬耳を疑いました。
しかし我に返ると、すぐに強く否定しました。

「あれは事故です。あなたは悪くありません」

彼女は力なく首を振ると、ふらりと部屋を後にしました。
私にはその思い詰めたような表情が胸の奥にじっとりと貼りつき、どうにも良い心地はしませんでした。

そう、あれは事故なのです。

今ではもうあまり知られていないことですが、お妃と彼女は幼馴染でした。
姉妹のように仲睦まじいお二人の関係は年頃になっても変わらず、私が彼女と知り合った当初も、微笑ましいお話をよく聞いたものです。

しかし、ある日、お二人の友情に亀裂が入る事件が起こったのです。

事の発端は王様、いえあの頃はまだ王子様でしたが、とにかく王様の花嫁を選ぶための催しでした。良家の娘たちを集めたお見合いパーティーといえばわかりやすいでしょうか。
お二人とももちろん良家の出身であったため、参加資格があります。
しかし、驚いたことに彼女たちは全く乗り気ではなく、お妃はもう辞退してしまったと言うのです。
王家に嫁げるまたとないチャンスであるにも関わらず、「一体なぜなのか」と私はドレス姿でまだ迷う彼女に問いました。

「王子様がどんな人かもわからないし…それにどうせ私が行っても、可能性なんてないわ」

彼女は胸を張り、凛と答えました。
おかしな話ですが、彼女はその見た目とは裏腹に、いつも自分に自信がなかったのです。
そこで私は「とにかく行ってらっしゃい。大丈夫。あなたほど素敵な方はいませんよ」と言葉を返し、彼女を送り出しました。


一体私の言葉にどれほどの力があったのかはわかりませんが、なんと彼女は見事王様の心を射止めました。
今思い返しても、そこからの彼女は本当に、本当に幸せそうでした。

「君は世界で一番美しい」

王様はいつも彼女にそう言いました。
そして嬉しそうに王様との逢瀬の様子を語る彼女の中に、愛と、それから自信が確かに育っているのがわかりました。



彼女が王様をお妃に紹介したのは、

そんな時でした。


もちろん彼女とお妃は友人だったのでそれは何ら不自然ではない、当たり前のことでした。
しかし今でも私は、2人が、王様とお妃が一生会わなければ、と思ってしまいます。
でも、これもきっと運命なのでしょう。

王様とお妃は、すぐに惹かれ合いました。


お互いを一目見た瞬間、

春に花が咲くように、

朝に日が昇るように、

鳥たちが飛び立つように、

まるでずっとずっと前から決まっていたように、彼女にはそれが自然なことのように思えたそうです。

「あんなに綺麗な人がこの世にいたなんて…」

それでも思わず出た王様のその一言は、彼女を絶望の淵に落とすには十分すぎるくらいでした。
彼女にはもうどうすることもできませんでした。
王様とお妃の美しく残酷な愛を前に彼女が唯一できたことは、大きく育った愛と自信を跡形もなく消し去ることだけです。

彼女はお二人に別れを告げました。

そして彼女とお妃の友情は壊れてしまったのです。

それから何年かして、彼女はお妃から何通目かの手紙を受け取りました。
「娘が産まれた」という内容の手紙です。
彼女はもうずっと返事を出していませんでしたし、外にも出ていませんでした。
けれどあまりに必死なその文面に、彼女は意を決して会う決意をしました。

そして、街はずれの森を待合わせ場所にし、お二人は会うことになります。

そこからはもう、思い出すのも痛ましいことです。

そこは当時山賊たちが隠れ家にしていた森でした。
そんなこと外に出ていない彼女が、ましてや私が、知るはずもありません。
そしてお妃も、やっともらえた返事に水を差したくなかったのでしょう。
こうして悲劇は起こるべくして起きたのです。

山賊は彼女たちを襲い、

お妃は間一髪のところで、

咄嗟に彼女を庇いました。

そして、彼女だけが生き残ってしまった。



これが彼女が殺したことになりますか?
いいえ、そんなはずはありません。
だから彼女は自分を責めなくてもよいのです。
けれど、彼女はお妃が自分を恨んでいると思い込みました。
周りの目も冷たいものでした。
王様の後妻として嫁いだことで、「お妃の全てを奪った魔女」「前のお妃の美しさにはとても敵わない」と陰口を叩かれ続けたのです。
彼女と私の例の問答が始まったのも、その頃でした。
彼女の一度奪われたプライドや自信、そして心は、私にそう問いかけることでしか保てなかったのです。
そして彼女は罪滅ぼしのように白雪姫に愛情を注ぎ育てました。


その白雪姫がお妃に似てきたというのはなんと残酷なことでしょう。

彼女の親友で、彼女が「自分が殺した」と思い込んでいるあのお妃に。

「世界で一番美しい」という言葉でやっと得られた自信を図らずも奪った、あのお妃に。




そこから彼女はどんどんおかしくなっていきました。



「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」

「それは女王様です」

「…嘘よ」

「え?」

「嘘よ!白雪姫の方が美しいわ!だってあの人に、あの人にそっくりなの!」

「女王様…?」

目を見開き、怒鳴るその人は、私が知っている彼女ではありませんでした。

「ねぇ、鏡?美しいのは誰?ねぇ私?あの子?」

戸惑う私に彼女は問い続けました。
私は必死に言い聞かせました。

「女王様!女王様あなたです!」

「……そう」

すると女王はまたいつもの凛とした表情に戻り、ベッドに入りました。
あの小さな女の子のような笑顔を見せることは、もう二度とありませんでした。

そんな中でも時間というものは残酷で、白雪姫はますます美しく成長していきました。

そしてそれに比例するように、彼女が私に向かい合う時間は長くなったのです。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?」

「…それは女王様あなたです」

「本当?ねぇ本当にそう?」

「ええ、あなたは世界で一番美しい」

「そう、よかったわ」

いつしかその問答は、一日中続くようになりました。

もう、限界でした。

想像できますか?

毎日毎日、同じことを聞かれ同じことを答えるのです。それも何時間も、ずっと、ずっと。

辛かった。気が狂いそうだった。

でもそれ以上に、彼女が壊れていくのを見るのが私は本当に辛かったのです。

そしてついに私は、取り返しのつかないことをしてしまいました。

その日、何十回目かの問答の時でした。

「ねぇ、本当に?本当に私が一番綺麗?」

「ええ、もちろん」

「嘘!!嘘よ!!」

彼女はいつものように、また声を荒げました。

「女王様…」

「あなたも本当は白雪姫の方が綺麗って思ってるんでしょ?ねぇ、あの人にそっくりな白雪姫が綺麗だと思ってるんでしょ?彼と同じように!ねぇそうでしょう?」

「女王様、世界で一番綺麗なのはあなたです」

「嘘よ!!ねぇ私と白雪姫、どっちが綺麗?ねぇどっちなの?」

「それは」

今となっては言い訳にしか聞こえませんが、私は本当に彼女が一番綺麗だとおもっていたのです。
でもそれは「うっかり」だとか「口が滑った」という言葉では表現するにはあまりに罪深く、取り返しのつかないことでした。

「白雪姫です」

口に出した瞬間、しまったと思いました。
本当に、後悔してもしきれません。

あの時の彼女の顔が、今も瞼の裏に焼き付いて離れないのです。

彼女はまるで頭を鈍器で殴られたような、胸を貫かれたような顔をしました。
何が起きたかわかっていない、という方が正しいでしょうか。

「違います!女王様、今のは…」
「ふふふふふふ…あははははははは!!」

我に返り弁明しようとする私の言葉を掻き消すほどの、大きな笑い声でした。

「ほら!ね!やっぱりそうじゃない!あはははははは!」

正直に言ってしまえば、本当に恐ろしかった。
人が壊れる瞬間を初めて目の当たりにしたことももちろんですし、なにより壊した張本人が私であることが、自身に死んでしまいたいほどの恐怖と後悔を与えたのです。

もう私の知っている彼女はどこにもいませんでした。

私との問答が、かろうじて彼女をとどめていたのだと思います。

ギリギリの綱渡りをしていた彼女のロープを、私は無情にも切り落としてしまったのです。




あとは、もうご存知の通りでしょう。
彼女はもう、前の彼女でなくなってしまった。

ああ、あなた方にとってはそちらの方がイメージ通り、と言ったところでしょうか。

でも本当に彼女は優しい人だったのです。

ただいつも自分に自信がなかった。

だから私なんかに縋って……本当に悔やんでも悔やみきれません。

だって私は本当に彼女が美しいと思っていたのです。
そして本当に心から彼女のことを……いいえ、やめておきましょう。

美しく哀れな悪い女王の話は、これで終わりです。

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