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隠煉坊
作:遥風 覇鵺渡


姉ちゃんとケンカした。


むかつく奴だぜ。


『おまえはガキなんだから、年上に逆らうんじゃねぇ!』

なんて言いやがる。口の悪い奴だ。だけどオレだって負けなかった。

『姉ちゃんだって、まだ小5じゃねぇかっ。大体! 年上ならそれらしくしろよ! オレのプリン返せよバカっっっ。』

う……でも、プリンがケンカの発端だったのは……今考えると、ちょっくらダサイ。



かぁ…っと遠くで烏が鳴いた。それでも空は真っ青で、日暮れはまだまだだと……照りつける太陽が証明している。


「くそヤろーーーーー。」


近所の小さな寂れた神社で、タケシは石段に寝転がってぶつくさ言っている。彼は姉と喧嘩すると、必ずここに来る……些細なことでも言い争うものだから、彼がここに来るのはいつもの事だった。


木陰にある石段は、ひんやりとして火照った手足に心地いい。空のところで風があばれて、木々が暗い葉を揺らしながら、タケシを威嚇している。


ふと……視界の下の方で、外の世界とこちらとを隔てている鳥居が、ニヤリと笑った気がして……背筋を寒くする。


「な、何だよ!」


そんな恐ろしい想像を打ち消したくてか、しばし忘れていた怒りで再び腹の底を煮えくりかえした。


 僕が言い返したあと、姉ちゃんは意地悪く笑って、お前がガキらしくしたらアタシも姉らしくしてやるよ、と言った。その顔が憎らしくて僕は本気で殴ってやった。姉ちゃんの頬は真っ赤になって見る間に青く腫れ上がった。こんな時に限って、母さんがやってくる。


『いい加減にしなさいっ。
手を挙げるなんて最低よ?! プリンなんてまた買ってくればいいでしょうが!』


嘘だ、とタケシは思った。プリンのことなんて大人は、すぐに忘れてしまう。ただでさえ母さんは忘れっぽい。そんな母さんを楯にして、姉ちゃんが…、べぇっと変な顔をして笑った。

僕は堪らなくなった。あのプリンは僕のなのに……悪いのは姉ちゃんなのに……。


『お前なんかが本当の姉ちゃんな訳ない!』


だから、そう叫んで飛びだして来てしまった。
姉ちゃんの顔は見れなかった……きっと崩れそうな表情になったはずだ。姉ちゃんは…その言葉に弱かったから。……でも後悔なんてしてないぜ、ふん。



「はぁ…。」拙い溜め息をつくと木々が震えた。じぃん……とまばらに鳴く蝉の声が静かな境内を余計に寂しくさせている。



「おっ、ゴウダ タケシじゃん?」

ぼんやりしていると、聞き慣れた嫌な声がした。恐る恐る起き上がって下を見やるとタケシと同じ3ー2のいじめっ子、カズヤとその仲間達がニヤニヤ突っ立っていた。




「もやしっ子のゴウダ タケシっ! のび太君より弱いんじゃねぇ?」


……なんて、くだらないことまで言ってくる。 タケシは魚の腹みたいに白い手足を伸ばして立ち上がると、黙って社殿の方へと歩いた。


いじめられるのは苦手だ……一対五なんて理不尽だし。けど、カズヤ達はしつこい。


「おい!待てよっ!かくれんぼ、しようぜぇ。」
「はあ?!」

そんなカズヤの言葉に、タケシは思わず振り返ってしまった。今時かくれんぼなんかすんのかよ?今は鬼ごっこの時代だろう、と思ったからである。


「ここで、かくれんぼすると面白いことになるらしいからよ。」ということらしい。



「コイツに鬼やらせようと思ってたんだけど、お前でいいや。」



カズヤの後ろでは仲間とは認識されていない六人目がビクリと背を揺らした。カズヤ達にやられただろう痣の群れが痛々しい。


「びびるなよ。」


いつの間にか隣にまできていたカズヤは、口元を歪めて、だまりこくるタケシに囁いた。


何にびびるの?馬鹿じゃない?

タケシはそう思ったけれど、カズヤの機嫌を損ねるのも難なので、口に出すのは止めておいた。


…………………………………………………………



「も‐いーかい。」


神社の真ん中でタケシが声を張り上げている。馬鹿馬鹿しくて、反吐がでる。だって………もーいーかい、まぁだだよ、もーいーかい、まぁだだよ…………………いつまで経ってもこの繰り返しなんだもん。


何だよ、もう。



「もういいかいっっっ?!」

痺れを切らして叫んでみる。

だが、返事はない。


ああ、そういうことか。みんな逃げたんだな。


やっとカズヤ達の真意を悟ったタケシ。


僕を独りぼっちにさせるつもりだったんだ………馬鹿みたい。馬鹿正直に視界を覆っていた掌を外すと、空気が歪んでいるような気がした。


……変だな…何だろう…。辺りが急に静かになった気がする。
蝉も鳴くのを止めていた。
風も動かない。
木々も死んだみたいに固まっている。
空は切り取られた絵画のようで……雲一つ動かないし、鳥も虫も飛行機も飛ばない。
タケシは暫く呆けたみたいになって動けなかった。意味が分からなくて意味が分からなくて、息苦しくて、気味が悪かった。


「帰らなくちゃ……。」何かに自らの恐怖を悟られないように…そぅっと呟く。腹の辺りがすぅすぅして……姉ちゃんと喧嘩していたことなんか忘れてしまっていた。


何かやだ………怖い。


タケシは必死に石段を駆け下りた。だが……すぐそこにあるはずの鳥居との距離は……一向に縮まらない。


怖い。タケシは狂ったように石段を駆けた。


怖い、怖い怖い、怖い……。


何段目かでつまずいて、一番下まで転がり落ちた。あちこち、じんじんじりじりして、身体に力が入らない。



「でもやっと、外に出れる……」

喜びに涙しそうになったタケシだったが、自分の現状を知るなり、 喉の奥で舌が絡まって声が出なくなった。

どうして………?         石段の下は道路じゃないの?


何でまた境内に居るの? 僕。


タケシは絶望的に石段を眺めた。
鳥居の向こうは真っ暗になっている。
境内は相変わらず明るかった。



「もういいや。」

僕は閉じ込められてしまったんだ。もう、出られない。……うっすら、そんなことがわかった。

僕はここから一生出られないんだ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐もう何日経っただろう。それともまだ……何時間しか経ってないのかな?

涙でぐしゃぐしゃの顔。お腹はすきすぎて痛かった。「母さん……父さん…。」


しわがれた声で何ども何ども、そう呼んだ。諦めつつも諦め切れなかった。


「なんなんだよもう…………。」

誰も答えない。もう嫌だ、いやだ。

「もう………っ!死にたいっ!!」

喉が張り裂けるかと思った。実際どこかが切れたようで口中に血の味が広がった。それでもタケシは構わなかった。何かの気配はあるのに、何も出て来ない……身体中に広がった痛みよりも、孤独感の方に耐えられなかった。



どうせ、誰も出て来ないんだ……出て来てみろよ……このヤロー。


「殺してやろうか?馬鹿。」



久しぶりに耳に入った人間の声に、タケシは口を開いて固まった。


姉ちゃんの声が聞こえた気がしたからだ。


嘘……?


期待に高鳴る胸を抑えながら……乾いた目を石段に向ける。目が石ころみたいにころころした。



「あ……………、姉ちゃん。」
掠れた声を聞き取ったのか、姉ちゃんは鳥居の向こうでニッコリ笑うと、焦るでもなく……ゆったりゆったり登ってくる。色褪せたジーンズのスーカトがひらひらしている………伸びきってしまった、見慣れた白のティーシャツが眩しい。ふわふわふわふわ……いつもながら寝癖の酷い黒い髪を揺らして、最後の一段を登り終える。



「ばぁかっ、心配させんじゃねぇよっ。」


姉ちゃんは相変わらずぶっきらぼうにタケシを睨み付けた。


それでもいい。来てくれてありがとう。

「姉ちゃんが……来てくれるとは…思わなかった…。」


姉ちゃんは、ふん、て鼻を鳴らすと思い出したようにスカートのポケットから何か出す。波打ったカップ……もしかして。



「プリン。買ってきた。」


僕はあちこち痛いのを堪えながらも笑った……嬉しくて可笑しくて笑った。


「プリンなんて持ってきてどうすんのっ。」姉ちゃんは、それもそうだ、と再びポケットに戻すと、おらよっと何でもなさそうにタケシを背負った。


「女のクセに……凄ぇちから…。」


「ふふふ、惚れんなよ」


誰が惚れるかよ。


得意げに笑った姉はよいしょ、よいしょ石段を下りて……さっさと真っ赤な鳥居をくぐり抜けた。‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「彼方ちゃんそれ……剛君!!」

誰かが叫ぶと、遠くから父さんと母さんが走ってきた。父さんは少し痩けていて、母さんは目を腫らして泣いていた。

タケシは堪らなくなる。

……ごめんなさい…ごめんなさい。


涙が幾重も頬っぺたを転がった。
父さんは不思議そうに姉を見つめた後、そっと僕を抱き上げた。どこかで救急車の音がする。姉ちゃんが、夏休み終わっちゃったねと言った。言い終わるかどうかの所で、僕は眠りに引き込まれた。‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


それから僕は………不思議な子、とか神様に選ばれた子とか言って村では、敬遠されることになった。

誰も、あまり近付かなくなちゃって……まぁ元々、友達なんかいなかったからいいんだけど。あとはねぇ、いじめっ子の和哉達も僕を見ると飛ぶように逃げていくようになったんだ。

それを見た姉ちゃんが満足そうに微笑むのは何故だろう……と不安になることもあるにはあるけど、まあいいや。


ああそうだ、姉ちゃんといえば、

何であの時、あの場所に来れたのか尋ねてみたのだけれど………あーとか、うーとか言うばかりで絶対に答えてくれない。


ただ、山とか川とか海とか寺社では絶対にカクレンボなんかしちゃだめよ、と言われました。何でってきいたら、カクレンボは隠煉坊って言うのよ、坊やを煉獄に隠すって意味。神様とか何かがいる所でなんかやったら、永久に隠されてしまうわよ、だって……。


何だかよく分からなくて、母さんに聞いたけど……知らないわ、あははははと笑われました。


結論ですが、
僕は姉ちゃんの方が不思議な子の称号に相応しいのじゃないかと思う。



3年2組
ごうだ たけし
『夏休みの事件簿』


長々と読んでくださり、有り難う御座います。最近めっきり寒くななり、夏が恋しくなったので、勢いに任せて書いてしまいました。

ジャンルが曖昧なのですが、楽しんで頂けたら幸いです。 有り難う御座いました(^ー^;













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