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文フリ短編小説賞2

転生したら犯人だった件

作者:てこ
 「う……!!」

 最初は一体何が起こったのか、さっぱり分からなかった。
 婚約者に出刃包丁で刺されたのだと気づいたのは、すでに取り返しのつかないところまで切っ先が達した後だった。俺は視線を上げた。目の前にいた最愛の女性が、今まで見たこともないほど暗い、能面のように感情のない顔をしていた。その瞬間、俺の頭は一瞬で真っ白になり、次に刃が刺さった胸の辺りから、今まで感じたことのない熱と痛みが押し寄せてきた。 
 「痛い」と頭が理解する前に、既に体はコントロールが効かなくなっており、気がつくと俺は床に膝をつきそのまま彼女の足元に倒れこむところだった。

 自分の命が絶たれるまでの、ほんの数コンマ一秒。永遠とも一瞬とも取れる捩れた時間の中で、俺の頭にあったのは、映画やドラマで見たような走馬灯でも三途の川でもなく……ただただ巨大な『疑問符』だった。


 一体何故……?


 頭の中をクエスチョンマークが駆け巡りながら、俺はあっけなく事切れた。



 「……うわあああああああああああ!!」

 ……そして気がつくと、俺は訳も分からず思いっきり叫んでいた。思わず自分の胸を抑える。先ほどの痛みの感覚がまだ胸の奥に残っていて、刺されたはずの心臓が何度も早鐘を打った。
「これは……!?」
 冷や汗が止まらなかった。
 俺は確かにさっき死んだはずなのに、まだ生きていて、どう言う訳か同じ部屋に立っている。窓を叩く大粒の雨音が、やけに遠くに感じられた。俺は頭を振った。悪い夢か、幻覚でも見たのだろうか。答えを求めて宙を彷徨う視線が、ふと足元に転がった巨大な人形のようなものを捉えた。

「な……!?」

 それは、死体だった。
 魂の抜け切った、生命力を一切感じさせない表情。自分が何で殺されたのかも分かっていないのだろう。見開かれた目は瞳孔が開き切っていて、その瞳にはもう何も映っていない。胸を刺されて床に突っ伏している、何とも哀れな死体……その死体は。

「……俺じゃねーか!」

 俺は思わず叫んだ。一体、何なんだこの状況は!? 
 自分の目の前に、自分の死体が転がっている。残念なことに理解が全く追いつかず、俺は途方に暮れた。

「どうした? 大丈夫か、早苗!?」
 すると、俺の叫び声を聞きつけたのか扉の向こうから誰かが廊下を走ってくる音がした。俺は……自分がその死体を作った訳でもないというのに……思わず体を強張らせ身構えた。
「早苗?」
「お、お義兄さん……!」
 扉の向こうからやってきたのは、俺の婚約者の兄、宗介だった。そうだ、確か俺は、さっきまで婚約者の家に泊まりにきていたはずだった。宗介義兄さんは部屋に入ってくるなり、俺と、死体になって転がった俺を何度も見比べた。
「さ……早苗……! お前……!?」
「え……?」
 その言葉に、俺はハッとなって窓に映る自分の姿を確認した。

 そこに映っていたのは、俺……ではなく、婚約者の早苗だった。
 早苗が、今まで見たこともないほど目を血走らせ、俺を睨んでいる。そういえば、いつも見ている景色より何だか視点が低く感じられた。俺がぽかんと口を開けると、窓に映る早苗もぽかんと口を開けた。俺が頬に手を当てると、早苗も同じように頬に手を当てた。自分が殺されるという、あまりの非常事態の所為で全然気づいていなかったが、今の俺の体は婚約者そのものだった。

「早苗……その……それは……」
「え?」
 宗介義兄さんが、声を震わせながら俺の右手を指差した。いつの間にか、俺の右手には血塗られた出刃包丁が握られていた。

「う……うわあああ!」
 俺は思わず包丁を投げ出した。俺の命を奪って赤黒く光る凶器が、扉の前で泣きそうな顔をした宗介義兄さんの足元に転がった。
「早苗……お前……何で……!」
「い、いや……何でって、言われても……」
 ……俺が聞きたい。
 俺は何故、婚約まで交わした最愛の人に今夜刺されなければならなかったのだ!?

「あれか……浮気か? それとも借金か? ……だから言っただろ、そいつは碌でもない奴だって! 顔に書いてあるんだよ、『私は悪人です』ってな!」
「そ……そんなこと」
 お義兄さんとはあんなに、あんなに仲良くしていたのに、実はそんな風に思われていたのか。
 俺は床に転がった自分の死に顔を確認してみた。確かに凡庸で情けない顔つきだが、そんなに悪人顔だろうか。少し傷つきながら俺は首を振った。浮気をしたことなど一度もないし、借金をするほど生活には困っていない。宗介義兄さんが俺の肩に手を置いて、震えながら声を絞り出した。 

「何でこうなる前に、俺に相談してくれなかった……?」
「ち、違う。俺はやってない……」
「早苗……。混乱する気持ちは分かる。今のお前は、言葉遣いも態度も、何だかいつものお前とは別人みたいだ」
「…………」
「安心してくれ、俺が必ず守ってやる。だってお前は、俺に残された唯一の肉親じゃないか。お前にいるのは、やっぱり俺だけさ。お前を傷つける奴は俺が許さない。たとえ地獄の果てにだって追いかけて殺してやる」
「う……」
 抱きついてきた宗介義兄さんが気持ち悪くって、俺は思わず唸り声をあげた。
「お前の敵を殺すのは、俺の役目だ。だから早く、いつもの早苗に戻っておくれ」
「う……うわあああ!」
 潤んだ目で見つめられて、俺は思わず義理の兄を突き飛ばした。宗介義兄さんが普段彼女にどんな感情を抱いていたのか知らないが、少なくとも今の早苗の中にいるのは早苗ではない。唇が触れ合いそうな距離でそんなことを囁かれても、俺には嫌悪感しか湧いてこなかった。

 「早苗、待ってくれ!」
 宗介義兄さんを部屋に置き去りにし、血で汚れたスカートを捲り上げて俺は薄暗い廊下を走った。
「待って、早苗……待つんだ! この俺から逃げようったって、そうはいかんぞ!」
 背中に追い縋る悲痛な声を振り解き外に飛び出すと、路駐していた早苗の軽自動車に飛び乗った。雨に濡れるフロントガラスに、怯えた表情の早苗の顔が歪んで浮かび上がる。俺は早苗の目をじっと見つめた。


 一体何故……。

 どうして俺は殺されたのか? 
 どうして早苗になっているのか? 
 どうして……どうして……。


 殺される前より強く、頭に焼き付いて離れない疑問符の記号。心を飲み込まんとするそれらを振り払うように、俺は思い切りアクセルを踏み込み夜の帳の中へと突っ込んで行った。



「まあ……どうしたの早苗ちゃん! こんな時間に……」
「姉貴……」

 気がつくと、俺は車を走らせ、実家へと舞い戻っていた。傘も差さずに玄関に立ち尽くす俺を、姉貴は慌てて中に向かい入れてくれた。


「今日は健太と向こうに泊まるんじゃなかったの? 健太はどこ?」
「姉貴……俺……俺……!」
 姉貴は俺を椅子に座らせ、暖かいココアを淹れてくれた。それからふかふかのバスタオルを持ってくると、後ろから俺の頭を包み込んでくしゃくしゃっと拭き始めた。

「まるで子供の頃の健太が帰ってきたみたいだわ」
 姉貴はそう言って苦笑した。だが俺は、何とか俺を落ち着かせようとする姉貴の言葉など耳に入らず、ただ一点を見つめたまま呆然としていた。
 すると、突然携帯電話が鳴り出した。画面に浮かび上がった、『宗介兄さん』の文字……その文字を見て、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。もしかして、俺を……いや、早苗を追ってきているのだろうか。こうしちゃいられない。一刻も早く、誰かに匿ってもらわなければ。

「姉貴……俺、実は殺されて……!」
「そう……とうとう殺ったのね」
「!」

 ところが、姉は驚くほど冷静だった。俺は後ろからぎゅっと姉貴に抱きしめられた。
「何も言わないで……。分かってたわ、その顔。健太を殺したんでしょう? それに、お兄さんも。ずっと私に相談してたものね。『もう我慢の限界だ』って」
「!?」
 突然の告白に、俺はその場で固まってしまった。早苗が、俺の姉貴に何かを相談していた? もう我慢の限界って、一体何が?

「早苗ちゃんからその話を聞くたびに、いつか弟を殺しちゃうんじゃないかって内心不安だったわ。でも、確かにあなたの言う通りなら、二人は殺されても文句言えないと思う」
「え!?」
 頭の整理が追いつかない。殺されても文句が言えないって、俺は婚約者に一体何をしたって言うんだ??
「でもね……でも、早苗ちゃん」
 姉貴が悲しそうに声を震わせた。その瞬間。

「え……」

 俺の背中に、暖かい物が走る。この感覚に、俺は覚えがあった。つい先ほど、自分が何で殺されたのかも知らず、背中を刺された男と同じ感覚。俺はそっと後ろを振り返った。

 姉貴が俺を片手で抱きしめたまま、早苗の体に果物ナイフを突き刺していた。

「でも、健太は……私にとってたった一人の肉親だったの」
 そう呟いた姉貴は、今まで見たこともないほど暗い、能面のように感情のない顔をしていた。俺は姉貴の手に握られた果物ナイフをじっと見つめた。そして今夜再び襲ってきた絶命の痛みに、二度目の『人生最後』を喉の奥から振り絞った。



 一体何故……。


 何も分からない。
 それを知っている人も、もうこの世にはいなくなってしまった。きっともう、その疑問に答えが出ることはないのだろう。そんな絶望が、死に際の早苗の顔に浮かんでいた。
 そして俺は。

 気がつくとその顔を『自分』の足元に見つめながら……『果物ナイフ』を握りしめていた。 
 

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