20 はじめての依頼
アスランの夜中の突然訪問の次の日、私は昼近くに目が覚めた。
どうやら十時間近く眠っていたらしく、日はもうかなり高い所にある。
久しぶりにカーテンを開け、窓を開けてアトリエ内の淀んだ空気を一掃する。
「今日は家の片づけをするぞー!」
気合を入れて、溜まっていた洗濯物を手に井戸へと向かったのだった。
数時間かけて家事を済ませ、買い物に出かけた。
食料置き場には保存の利くイモの一つもない。あるのは乾燥したトーン茶とミスティカのみ。
ズユース草は調合分はまだいくらか残っているが、食用は切れてしまっていた。
「本格的に買い溜めしとくかぁ…」
今日のメニューを考えながら、新鮮な肉や保存の効く塩漬けの肉を買う。
正直塩漬けの肉を買うのは、ちょっと懐が痛いが、手間を省くために余分にお金がかかっても仕方がない。
ある程度まとめて買い物をしたら、手持ちのお金が随分と寂しい事になった。
「仕事をしなくては…」
そう言えば、一回も仕事を請けていなかった事を思い出した。
確か毎月一のの付く日に依頼の更新があった筈だから…、ロクな依頼がないかもしれないなぁ。
条件の良い依頼は早い者勝ちなのだ。
外出したついでに飛翔亭によることにした。
「こんにちは~」
飛翔亭は夜と比べるとやはり人は少なかったが、何人か食事を取っていた。
「おう、いらっしゃい」
ディオさんがグラスを片手に出迎えてくれた。
「随分と根を詰めて調合していたみたいだな。イヴァンが慌てて城に走って行ったぞ」
「あちゃー。あれ、イヴァンはいないの?」
昼間は大体ここにいると言っていたイヴァンの姿が見えなかった。
「今日は近くの森へ護衛に出てるよ」
「あ、そ。じゃあ、今日の夕食食べにくるなぁ…」
頭の中で買ってきた物使ってのメニューを変更する。
イヴァンたちが来るなら、もうちょっとボリュームがあったほうがいい。
「で、イヴァンの予定を聞きに着たのか?」
「いや、あの依頼何かありますかね?」
「依頼なぁ…。嬢ちゃん、何が作れる?」
束ねた紙を捲りながら、ディオが聞いて来た。
「実はまだ中和剤二種類と、作り方を知ってるのは研磨剤ぐらいですかね」
「もうそんなに作れるのか?中和剤は現物はあるのか?」
ディオが一枚の紙まで来たときに指が止まった。
「えぇ。緑と青はアトリエに作って置いてますよ」
「だったらこれだな。別の奴が受けたのだが、ちょっと品質に問題があってな。依頼主が錬金術士だから、きちんとした品質のヤツを欲しがっているんだ」
一人前の錬金術士が、調合の労力を減らすために酒場に依頼を出すのは良くある事だ。
私達後進の資金稼ぎにもなるし、調合する手間と時間を減らすことも出来る。
中和剤(緑)が三つ。銀貨182枚。締め切りは三日後。
「後は、これも大丈夫だな」
中和剤(青)が五つ。銀貨248枚。締め切りは一週間後。
「あぁ、これなら在庫がありますから二つとも今から持ってきますね」
「おう。あと、こんなのもあるがどうする?」
見せられたのは研磨剤の依頼。量は二つで銀貨150枚。
締め切りは十日後とある。
材料は最初に配られた基本的な調合素材の中に、フェストは確か五つ入っていたので、一度失敗したとしても問題はない。
確か一つに付き一日かかる仕事だから、時間的な余裕もある。
「それも受けておきますね」
「判った」
ディオが未達成の束から依頼済みの束へと、紙を移動した。
私は依頼だけ受けると、ディオに頭を下げて飛翔亭を後にした。
家に帰り買ってきた品物を置き、作り置いていた中和剤二種類を袋に入れてアトリエを出た。
まだ日は十分高いので、家に帰るまで十分持つだろう。
さすが治安の良いザールブルグも、女が夜一人で外出するのは勧められない。
ちょっと小走りに走り、飛翔亭のドアを開ける。
ちょっと酒場としての時間には早いのか、まだ客もまばらだ。
「ディオさん、持ってきました」
袋から中和剤を取り出し、カウンターに並べる。
ディオはその中から一つを取り出し、揺らしてじーっと見つめる。
「問題はなさそうだな。ほら、これが報酬だ。また頼む」
受け取った銀貨は430枚。
たった二件の依頼で、ジークさんの月収を超えてしまった事に、改めて錬金術はお金が稼げる技術なんだなと思った。
「ありがとうございます」
銀貨を手早く懐にしまい込み、カウンターに座りトーン茶を注文する。
さっき頼まなかったのは、懐に余裕がまったくなかったからだ。
ちびりちびりと飲みながら、人を観察する。
冒険者以外にも様々な人がいて、見ているだけでも結構面白い。
「あ、ディオさん。ここら辺で採取できる場所ってありますかね?私が知ってるの三箇所だけなんですよねー」
銀貨20枚をカウンターに乗せる。
「採取ねー…。あぁ、ストルデル川なんてどうだい?昔は上流の滝まで行っていたが、そこまで行かなくても取れるらしいな。この間錬金術士の連中が話していた」
銀貨が流れるようにディオの手の中に消えた。
「ストルデル川ね。それと、上流の滝と…。地図的にはどこらへん?」
持っていた簡易な地図をカウンターに乗せた。
地図は非常に重要なものなので、詳しい地図は私達一般にはまず回ってこない。
持っているのは騎士団ぐらいで、私たちはある程度の地形と都市が書かれた簡単な地図しか入手出来ないのだ。
「この川のここぐらいだな。滝は、ここだ」
ディオが指した場所を覚えておく。帰ったらこの地図に書き込んで忘れないようにしておこう。
「ありがとう、それとごちそうさま」
「あぁ。依頼の締め切りは守ってくれよ」
「はーい」
懐が暖かくなり、足取りも軽やかに私は飛翔亭を後にした。
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