ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第五十五話 『決着』
 闇の中で伸ばされた手を掴んだとき、視界が『王城』の内装へと戻った。

だけど目覚めたばかりのせいかぼんやりとした視界で、それでも辺りを見回していると……自分の身体に二つの温もりがあることをようやく感じた。

「いい加減、戻りなさい!」

「マスター……マスター!」

 俺の身体を押さえるように、サナちゃんとカレンが俺に抱きついていた。

おそらく、俺がどうなるかを予想してリアンナとクラウが壁を一時的に解いたのだろう。

自分で踏みとどまりはしたものの……それがわからなかったであろう二人が俺の身体を必死で制止していた……そんなところだろうか。

「……あれだ……こういうときはマスターじゃなくて名前で呼んでくれるほうが嬉しいな」

「え……」

「あ……」

「なんだ……その、心配かけたな二人とも」

 正直なところ、自分がどういう状態だったのかは正確にはわからないため、どう言っていいのかわからない。

だけど、そんな俺の言葉に二人は驚いたようにこちらを見つめ返してきて、それからいっそう力を強めて抱き着いてくる。

「本当に、心配したのよ!」

「そうです……いきなり動かなくなって、膝をついたと思ったら自分の首を斬ろうとしていて……どれだけ!」

「悪かったよ……本当に」

 左右から両腕に抱きつかれた状態のため、両側から怒りの声が耳に入る。

その本気の心配は胸が温かくなるのだが……かなり至近からの怒鳴り声のため普通に耳が痛くなってくる。

「あらあら両手に花ね」

 そんな俺の状態をニヤニヤしながら見るのはリアンナ。

「……確かにな、まあ、俺としてはいい思いなので置いておくとして、ルノは?」

「あの子もまた、あなたの記憶が解けると同時に記憶が戻ったわ……まあ、その反動か眠ってしまったけど」

「……俺並みの悪夢じゃないことを祈るのみだな……まあ、今のルノなら立ち上がれるだろう」

 無駄に色々旅して回ったわけではない、今でもハードではあるが俺と同じく受け入れることができるはずだ。

だとすれば……目が覚めるまでに俺がやることなど一つしかない。

「さて……二人とも、そろそろ放してくれないか? 決着はつけないといけないからな」

 俺はそう告げたのだが、そんな俺の言葉に反して抱き着いていた二人はさらに力が込められてしまう。

「ちょっと……まだやる気? 見た感じ劣勢でしょ?」

「マスター……」

「やるさ……おおよその目的は達しちまったけど、まあ、これは俺の意地だ」

 ここまでしてもらって、このまま負けっぱなしというのはさすがにいただけない。

一泡吹かせるぐらいのことはしたいのである。

「意地って……大体ねえ、羞恥心を抑えて体を密着させているのに反応薄いってどうなのよ」

「それを口にするお前に羞恥心があるのか俺は知りたいぞ」

 つか、必要以上に当ててくると思えばやっぱりそういうこと考えてやがったか。

ジト目でカレンを見ながら呆れた声を出し、それから俺は反対側を見る。

「え、ええ!? 私はその、そんなこと考えてませんよ!?」

 視線を向けられてバッと俺の腕を解放させたサナちゃんは顔を真っ赤にして否定してくる。

だけど意識がなかったときはそうだろうが、戻ってからはカレンへの対抗心が半分くらいあったと思う。

まあ、それはともかく……俺は自由になった手でサナちゃんの頭を撫でる。

「あ……」

「ありがとう、サナちゃんの声、聞こえたよ……だから戻ってこれた」

 俺にできる最大限の笑顔でそう言ってやる。

「ちょっと、私もずっと呼びかけてたんだよ?」

「ん、ああ、聞こえてたよ、助かった」

「っ……反応が違い過ぎない!?」

 大してカレンとはいつもどおりな馬鹿な会話で済ませる。

その実では、視線で俺がサナちゃんを選んだことを告げ、カレンは驚きながらも諦める気はないからといった返答をしてくれた。

諦めてくれればいいのに……これから先も胃が痛くなりそうだなぁ……

ようやく離れるカレンとサナちゃんにそれぞれもう一度礼を言って、節々痛む身体をほぐしていく。

そういえば自爆技を使ったんだったなと思い出しながら、一度だけルノの眠る方を見る。

アーミアに膝枕されていて何気にいい思いしているよなぁ、などとどうでもいい話を思いながら……その視線を横へとずらす。

全てを知っていて黙っていた者、この戦いを仕組んだ者は真っ直ぐに俺を見ていた……言葉はいらなかった。

カレンとサナちゃんの安全が再び確保されたのを見て、俺は相対するべき相手と相対する。

「もういいのか?」

「ああ、もういい」

 どれくらい意識を失っていたのかはわからないが、外見的には互いにもう目に見えた傷はない。

自分のほうが若干中がまだ傷んでいるあたりがマイナスと言ったところか。

「知ったんだな?」

「ああ!」

 だからそれを証明してやると言わんばかりに俺は一歩を踏み出してアイネルへと肉薄する。

そして振るわれた剣が、アイネルの剣と打ち合わされる。

「うぉっ!?」

 予想よりも力が大きかったのだろう、俺の剣を受けたアイネルは少し目を見開いて体勢を崩した。

ハッキリ言って身体の状態は悪い、少なくとも良いとは言えないだろう……だけど、今だけはそんなことどうでもいい。

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

「む!」

 振るわれた斬撃は重く、その一撃はアイネルの顔を歪ませる。

予想以上の攻撃力に驚いているのだろうアイネルは驚いた表情でそこから離れようとする……だけど、俺はそれだけで済ます気などない。

この胸の内に溜まった想いを、すべて吐き出すまでは……衝動に突き動かされるままに剣を振るう!

「はは、ははははは……よくもやってくれたよなぁっ!!」

 アイネルのおかげでその真実を知ることができた。

それは悪夢とも言っていいものだったけど、それでも大切な思い出を取り戻すこともできた。

感謝をしてもし足りない……だけどそれはそれとして、あんなものを見せられた俺としては全力で怒りをぶつけるのだった。

「ちょ、八つ当たりかよ!?」

「いや、張本人だろうが!?」

 思わずと言ったように叫んだアイネルに俺は負けないように叫びながら突っ込んだ。

よりにもよってアザゼルで思い出させることはないだろうが……ガチで死にかけたぞ、俺!?

「黒幕はクラウだろ!?」

「乗ったのはお前だろうが!?」

 さらに文句を言ってくるアイネルに俺もまた叫ぶ。

正直、何故に自分と同じ顔の相手に対してこんなことを言わなければならないのかと非常に複雑な気分にはなるものの、とりあえず未だに燃え盛る激情のままに猛攻を加えていく。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 全力を持って剣を振るう。

形なんてものはない……ただ、想いのままに剣を振るう。

だからこそ、今この状態というのは決して悪いものではない。

今の俺の精神状態は普通とは言い難い……だからこそ、アイネルにとっては攻撃を読むことは難しい。

俺の常態を基本にアイネルは戦うから常態ではない今の俺は俺であるアイネルの外の存在である。

「ぐ……けど、いつまでも通じる思うな!」

 アイネルが吼え、俺の頬を突きが掠める。

さすがにこのまま押し切ることはできないようだ、読むことができないならできないでそれをしなければ対応することはたやすい。

一撃を与えればこちらも一撃を貰う……感情が昂ってなければ絶対にこんな打ち合いは避けたいところである。

内心冷や汗をかきながらも、俺はさらに苛烈に攻撃を加えていく。

「フッ!」

「せあぁぁっ!」

 アイネルは冷静に、俺は感情的に剣を打ち合わせる。

今だけ、今だけは何も考えずに剣を振るえ、感情をその刃に乗せろ!

「――解放ぉぉぉぉっ!――」

 今も一撃を与えてこちらも貰う状態……これでは再生力の差でいつかこちらが負けてしまう。

だからこそ、一撃の威力において向こうを越えなければならない……防御しかない、そんなタイミングで結晶剣を解放して振りぬいた。

行っていることはアザゼルを喰らう前に自爆した時と同じ、だけどその時とは違いしっかりと指向性を持たせ、アイネルだけを吹き飛ばさんと純粋な力による斬撃が放たれる。

避けることはできない、どう防御しようが大きなダメージを喰らう……そんな状況に持っていってあお、アイネルが簡単に喰らうほど弱い相手ではない。

「させるか……よ!」

「ぐっ……おおおおぉぉぉぉぉっ!」

 アイネルが放ったのは膝蹴り。

体勢も何も考えていない力任せの一撃であったが、それだけにダメージはありその衝撃で俺が吹き飛び、斬撃と共に放たれる力の奔流もある程度散らされてしまった。

命中はしただろうしダメージも相応に受けていることだろう……だけど倒せていないことは絶対である。

だからこそ、轟音と粉塵が舞い上がる中で俺は次なる一手を打つ。


――孤高の焔は立ち尽くす

  目前見えるは風の踊り子――


 それは今までと同じ古代魔法の詠のようで、違う。

その詠には孤高の焔と風の踊り子、その二つの存在が歌われている。

イフリートとシルフィールによる合わせ歌、連奏……古代魔法を理解した今だからこそ使うことができる。

構想自体は以前から考えていたもの、だけど実際に行うことはできなかった……成功することがなかったのだ。

手に精製するのは赤と緑の結晶剣、片方ずつを手に持って俺は粉塵の中の敵を待つ。

「その詠……させると思っているのか!?」

 粉塵の中、当たり前のように生還していたアイネルがこちらに向かって姿を現す。

現れたと同時の攻撃を俺は二本の結晶剣で受け止めながら、なおも詠を紡ぐ。


――寄らば燃やす呪いの身体

  踊り子は燃えぬ風に護られ――


 以前は連奏の詠を作ることができなかった、だけど今は違う。

古代魔法は願い、想いの力が具現したものであると言え、とりわけ今までにない新たな魔法を作り出すというのはそれだけ非常に強い願いを持たなければならない。

重要なのは願いに即した魔法を使いたいと言う願いか、あるいは使うことができるという確信。

俺が『大迷宮』の古代魔法を読んで使用できるのは、過去に存在しており使うことができると言う確信が存在しているからだ。

既存の古代魔法は使いたいと思う願いと同時に使えるという確信、その二つが揃っているからこそ魔法は発動する。

また、既存の古代魔法の改変に関しても、改変して使いたいという願いから生み出すことができるし、じいさんも行っていたようでできると言う自信もあった。

しかし、連奏ともなれば改変とは難易度が違う……だからこそ、できるのかという疑念が湧いてしまい、魔法は失敗してしまう。

そして一度失敗してしまえばそれ以降その疑念は消えることなく残り、永続的に使うことができなくなる。

願いや想いによりある程度の自由が効いてしまうため、同じく願いや想いによって落とし穴へと嵌ってしまう……だけど、それも終わろう。


――焔は歓喜しさらに猛り

  火の粉乱れる中舞踊は続く――


 俺の詠唱を本気で止めに来ているアイネル。

だけど、俺はそれを脅威だとは感じない……なぜならば同じなのだ。

歌うアイネル()とそれを止められない(アイネル)……向こうにできたことが俺にできないはずがない。

向こうの方が経験などで俺を上回っていようとも関係ない……どちらにせよやり遂げなければいけない。

「はぁっ!」

 アイネルのフェイントを織り交ぜた蹴り、それを避けきれずにまともに喰らってしまう。

途切れそうになる詠……それを必死に繋ぎ止めて俺は紡ぎ続ける。

「よく……耐える」

 さらに続けられる猛攻。

やはり俺よりもそれは一枚上手で、こちらの必死の防御をすり抜けるかのように向こうの攻撃が襲い掛かってくる。

寸前でかわし、さらに集中力を高めていく。

ああ、止めさせなどしない……目覚めて初めての詠なのだ、失敗させてなるものか。


――風炎合わさる甘美の宴

  焔は孤独を忘れ踊り子へ喝采の拍手を打ち鳴らす――


 詠が終わる、それに合わせるように俺はアイネルの攻撃を弾き、全力でその身体を吹き飛ばした。

ここまで来ることができた……アイネルのように余裕とまではいかないが、確かに歌いきっている。

あとは引き金となる魔法の名を呼べばいい。

尤も、向こうに命中させなければ意味はないのだけど。

「マズイ……か」

 向こうも詠が終わったことを理解しているのだろう、その表情には焦燥に近いものが感じられた。

今この場において作り上げた詠……向こうの知識である程度予想はできていても、具体的なものまではわからないだろう。

ならばどうする……俺ならばこの場でどんな行動をする?

それを一瞬で考え、俺は赤の結晶剣をアイネルに向かって投擲した。

「こんなもの!」

 当然ではあるが、向こうはその剣を弾くといった愚行を犯すことはない。

弾いた瞬間に発動されてはいくらなんでもそれを防ぐことなどできはしない……だからこそ取れる手段は二択。

離れるか、防御するかのどちらか。

そしてアイネルが選ぶのは……

「ッ!」

 すぐさま防御の準備へと移っている。

ああ、そうだろうな……俺もアイネルも古代魔法というものの威力をよく知っている。

起点から離れた程度でどうにかなるほどの規模ではないこと、そんなことはよくわかっているさ……だからこそ、取る手段は防御の一択のみ。

ティアマトを使用した全体防御、それだけに意識を注いでの防御であればアザゼルのような精神系でない限りは対応できる。

そして詠の内容からしてイフリートとシルフィール……攻撃系以外は考えられない。

だからこそ……そうするとわかっているからこそ、この魔法は最大の力を発揮する!

「――ムースペール!――」

 瞬間、未だ俺の握っていた緑の結晶剣が消え去り、暴風が吹き荒れた。

それは赤い結晶剣と防御を張ったアイネル、その二つの存在だけを覆う風のドームへとその姿を変えていく。

「これは……しまった!?」

 アイネルがこの魔法の意味に気づき、声を上げるが遅い……既に隔離は完了している。

「さあ、燃え尽きろ」

 瞬間、風のドームの中で赤い結晶剣が起動し、創造されるのは炎の世界。

風のドームの中を一部の隙もなく炎が埋め尽くし、その中にいる存在を灰も残さず焼き尽くす。

大規模の範囲攻撃である古代魔法、それを極々小範囲の隔離された世界に限定して発動させる連奏古代魔法……相手をドームの中に入れることができれば必中となる大技である。

とは言え欠陥技もいいところである……相手が抜け出ないよう、炎が外に漏れないよう風のドームにもそれなりの力の配分をしなければならない。

それだけでも炎の威力は下がってしまうのに、聖獣のような巨大生物では範囲が広くなるほどにそれは顕著になる。

今回は俺の行動を見越して最少範囲での攻撃力のため相当の威力を出しているものの、基本的には人間相手にしか通用しないオーバーキル専用魔法にしかならない。

しかし今回の結果だけを見れば大成功と言えるだろう……だけど、それでもこれだけで倒せている気はしなかった。

「さあ……次だ」

 俺ならばあの局面で諦めない。

どんな手段を用いてでもあの炎の中で生き残ろうとする……行動を移す時間はほとんどなかったはずだが、それでも俺は生きている、生き残ろうとしている。

だから向こうだって今でも防ぎ続けているだろう……それを俺は許さない。


――世界は嘘に覆われた

  霧の中を歩くかのような盲目の世界――


 様々な面で欠陥魔法なのは自覚している。

抜け道を探すことだってできるだろう……風のドームにも力を割り振っている関係威力は若干低くなる。

それでも極小範囲で放たれたそれは普通の古代魔法など、前に防いでいたシルフィールよりも威力が上であるのは確かなはずである。

それでも、同じように古代魔法のティアマトであれば、防ぐことも可能なはずである。


――木々は人、山は家

  霧の中己が目は硝子と化す――


 それは容易いことではないだろうし、その身体にかかる負担だって相当なものだろう。

それでも俺は防ぐ……ぶっちゃけて言ってしまえば死ななければ十分である、全霊を持って防ぎきるだろう。

その要となるのはやはり防御魔法であるティアマト……だからこそ、今歌っているのはそれを封じる方法。

ティアマトの使用に限らず、おそらくはアイネルにとって致命的とも言える存在の詠。


――目を失い、膝を折る人々

  ただ一人手を伸ばす者――


 詠の途中、何かがごっそりなくなっていくような感覚を覚える。

どうやら、完全な古代魔法の二連続ともなるとその負担や疲労というのも相当なもののようだ……それは魔力ではない何かがなくなっていく感覚。

古代魔法の鍵は願いや想いだとすれば、使用するたびにそれらの願いや想いまでもを魔力や結晶と一緒に消費していてもおかしくはない……特に完全な古代魔法の連続となればそれも大きい。

だけど、休むわけにはいかない……この詠に関してはムースペールが発動している間に使わなければ意味がない。


――真実を求めその手は剣を掴む

  霧払うその剣の名は――


 この詠は真実を見破る幻術破りの詠。

当然、俺は幻術にかかっているわけでも魔法の霧などに包まれているわけでもない……この戦闘では何の役にも立たない古代魔法のはずなのである。

古代魔法の真実を知らなければこれを思いつくことはできなかった……この詠は真実を見たいと言う願いから生まれたもの、ならばこそそれは幻術や霧などだけでなく、偽りそのものにも大きな効果を発揮するはずである。

「――ハイムドール!――」

 そうであるとすれば、俺の姿を写し取っているアイネルは偽りではないだろうか。

もし偽りの姿として認識できるのであれば、おそらくアイネルが写し取った俺という姿は消えてしまうだろう……それは同時に、ティアマトを模している防御魔法も消えると言うことである。

もちろんこれはただの想像であり、ただの空撃ちだったかもしれない……炎に包まれた状態ではその成功の是非を問うことはできない、ただ待つしかなかった。

正直なところ、これが決まっていなければこれ以上手が思いつかないところである。

夜の王を倒すことを願えばその詠が完成するかもしれないが……そもそも俺がそんな想像をすることができないため、確信が足りず作れない。

さらに言えばクラウたちを消すことを俺は心から望まないから、純粋な願いでも足りていない。

だからこそこれで終わっていて欲しい……そう願いながら、ムースペールが終わりを告げ、よく見えるようになったその場所を見る。

そこには……

「見事……そう言っておくよ」

 俺の姿をしたアイネルが存在していた。

見れば怪我などもしている様子が見えない……まさか完全に防がれたのか?

「ハイムドールは意味がなかったのか……」

「いや、効いていたさ……だけど、元の姿のまま君と話すのは不都合だったから、もう一度写させてもらっただけだ」

 最悪の予想を呟いた俺に、アイネルは否定する。

そして向けられたのは拍手……そこには惜しみのない称賛の意が込められていた。

それにより俺もまた既にアイネルに戦意がないことを理解する。

「完全に自分の行動を読んでのあの魔法、さらにハイムドールとは……正直なところまともに喰らうとは思っていなかったよ」

「その割には無傷のようにも見えるんだが……」

「喰らってから写し取ったしな、そして俺は写し取る前の状態ならまず無敵だ」

「あ? どういうことだよ?」

「詳しいことは秘密だ、少なくとも君の努力は無駄ではなかった、それだけは伝えておくよ……これにて試験は終了、よくやったと思うぞ?」

「……そっか」

 終了の宣言を出され、俺は全身から力が抜けていくのを感じながら座り込んだ。

正直疲れ切っていて、しばらくは立てそうにない。

「もうやりたくない……こんな経験一度で十分だ」

 自分自身と戦うということもそうであるし、アザゼルなどもう二度と喰らいたくない。

加えて古代魔法の連発である……相変わらずではあるが『大迷宮』の試練はとんでもないことの連続である。

「ま……疲れるのも無理はないけど、しゃんとしろ、仮にも合格したのだから」

「すまん、無理……もうしばらくはこのままだ」

 呆れるようなアイネルの言葉に、俺は手を振りながら応える。

そのまま休みたいなどと考えていて……俺は顔を引きつらせる。

視線の先にいるのはルノ、それはいいのだが……全速力で飛びついてくるのはいかがなものか。

「わぅぅぅぅぅっ!」

「ちょ……待て、マジで!?」

 座り込んだままの俺は当然のことながら回避を行うことはできない。

結果として正面からルノを受け止めることになり、受け止めたルノと一緒にぶっ飛んだ。

「……ぐふ」

 ぶっ飛んだ上受け身も取れずに後頭部が床に激突する。

衝撃で視界がチカチカとするものの気絶などはしなかったようだ……その分痛みが酷いから幸か不幸かと言われると悩むんだけど。

「ルノ……お前……」

 そんな登場をしたルノに文句を言おうとして、止めた。

どうしてそんなことをしたのか、わかってしまったから。

「……そうだよな、お前も思い出したんだよな」

「わぅ……」

 しがみついたままのルノは震えていた。

ああ、俺と同じように悪夢を見たのだろう……俺にしがみついて震えるその小さな身体を少しでも安心させるように背中を撫ぜる。

ルノが落ち着くまそれをずっと続けていた。

「……もう大丈夫」

「そっか」

 そう言ってルノが俺から離れ、俺もまたある程度回復したことで立ち上がる。

それからルノを見て笑いかけてみれば、ルノもまた笑みを返してくれた……それはちょっとばかり涙で汚れた不格好な笑みだったけど、しっかりと笑えていた。

これならばきっと大丈夫……そうホッとして、空気を読んだのか遠くで見守っていたサナちゃんたちに声をかける。

「おーい、もういいぞ」

 掛け声に反応してサナちゃんやカレンが駆け寄り、その後ろにクラウたちもついてくる。

「おめでとう、ヒサメ!」

「凄かったです、とても」

 興奮したように二人が俺に声をかけてくる。

羨望や称賛の込められたそんな視線を間近で受けて少々気恥ずかしいながらもそれにありがとうと返した。

そこまではいいのだが……

「おい、何故に腕を取る」

「え……と、その」

「いいじゃない、役得役得」

「自分で言うなっての……はぁ」

 サナちゃんとカレンがそれぞれ片腕ずつ自分の胸に抱き寄せてくるのを呆れ半分羞恥半分でため息をつく。

そんな様子をニヤニヤとして見ているリアンナが腹立たしい、ニヤニヤとまではしていなくともこちらを見て微笑んでいるアーミアも色々と物申したくなる。

そんな二人にジト目を送りつつなんとか腕を解放してもらい、俺は何も言わない彼に向き合った。

「……手間、かけたなクラウ」

「フ……よくやったな」

 余計な話など無用とばかりにただ賛辞だけを口にするクラウ。

口元だけでなく眼差しさえ緩めて笑みを浮かべるその姿はとても珍しく……それだけで十分だと思った。

「あとは……」

 俺は最後に自分の姿をしたアイネルの前へ歩いていく。

「今さら言うこともないが……ま、よくやったな」

「自分と同じ顔に褒められると言うのも、落ち着いてみると変な感覚だよな」

「我慢しろ、まあ……俺から言えるのは、今日伝えたことをもう忘れるなってことぐらいか」

 アイネルの言葉に俺は強く頷く。

「当然、忘れないさ……もう二度と、忘れるものか」

「そうか、ならいいんじゃないか……帰るといい、お前のいるべき場所に」

「ああ……そうさせてもらうよ」

 再度俺は頷き、アイネルから視線を外す。

その先には、外へとつながる空間のゆがみが出現していた。

「ここの聖獣が気を利かせてくれたみたいだな」

「ありがとうございます」

 そんなアイネルの言葉に、俺はその聖獣に謝辞を告げる。

返答のないところを見るに顔を出す気はないようだ。

「さて……」

 目的は全て達した……俺は振り返りルノやサナちゃんたちに告げる。

「帰ろう、『旅人』へ」





 大迷宮『王城』、試練……終了!


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。