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第十八話 『戦士』
 サナちゃんたちが加わったことにより、『旅人』もずっと活気が出てくるようになった。

それに付随して割と男の客が増えたような気もするが……それはまあ、置いておこう。

ちなみに、お姉さま方に制服のお礼を言ったところ、

「今度はマスターとルノ君の分も作るわね」

 と言われたが、丁重にお断りをしておいた。

正直に言えば、俺はともかくルノに用意されるものが非常に不安だったからである。

まあそれはともかく、新人が増え、新しい学年になった生徒たちもよく訪れるようになり、新学期からの滑り出しは好調のように思えた。

そんな時期のある休日のことである。

今日はアサカやサナちゃんたちは仕事がないのでルノとゆっくり室内の掃除をしていると、不意に来客を告げるベルの音が鳴った。

「マスター、以前頼まれていたものを持ってきました」

「ん?」

 誰かと思えばシトネちゃんが扉を開けながらそんなことを言ってきたが、特に思い当たることもないので訝しげにシトネちゃんの方を見てみると、その腕に抱えられたものを発見してその疑問も氷解した。

「はい、コレ」

 シトネちゃんが荷物をカウンターに置く。

それは……鞘に収められた一振りの刀。

「頼んだのはセリカちゃんだったからね、一瞬何のことかわからなかったよ」

「ふふ、そうでしたね」

 カウンターに置かれた刀を、慎重に抜いていく。

現れた刃は曇りのない見事なものだった。

「……ほぅ」

「わぁ!」

 その刀を見て、俺も隣にいたルノも感嘆の声を漏らした。

正直予想以上に立派なもので、貰うには気が退けるほどだ。

「これはもう、使わないのか?」

「ええ、それは外見はきれいに見えますけど、これを頂いたとき私の扱い方が未熟でしたから、よく見れば酷いものですよ」

 シトネちゃんに言われ、注視してみればなるほど確かに小さな刃欠けの部分が数箇所あり、根元には極小の亀裂が入っている。

自分の命を預けるには、いささか問題があるかもしれない。

「へぇ、見事なもんだ」

 新たにベルの音が鳴ったと思えば、そこには感心した様子で俺の持っている刀に目を向けるアサカがいた。

「アサカ、今日はどうしたんだ? 仕事もないのに……」

「知ってる奴らが軒並み探索に出かけてるんだよ、それに、仕事なくてもここは気に入ってるしな」

 小さく笑いながらもアサカはカウンターの方へ近づき、座る。

「少し見せてもらってもいいか?」

 アサカがそう言ったのでシトネちゃんの方を見れば頷いてくれたのを見て手渡す。

「……凄いな」

 端的に、その一言だけを言ってアサカはそのまま刃を眺める。

「自分の機工剣の手入れをまともにしない奴がわかるのか?」

「失礼な奴だな、まあ、否定はしないが」

 どこか苦笑をしながらアサカは言葉を続ける。

「俺が機工剣を使い出したのはシオンと会ってからだから……高等部に上がってからだな」

 続けられた言葉は少なからず俺やルノに驚きを与えるものだった。

「そうだったのか?」

「ボク、もっと前からの知り合いだと思ってた」

 アサカとシオンはかなり仲が良い。

それこそルノの言うとおり、もっと子供の頃からの付き合いだと。

「んにゃ、アイツとは高等部からだ、魔法具科ってのは誰かに使ってもらって評価を得るものだからな、他の科の生徒と組むことが多いんだが……シオンが熱を入れてたのが例の機工剣の類、整備なんかに金がかかるからみんな敬遠してシオンの奴は相手がいなかったんだ」

「そこでアサカさんが名乗り出たんですか?」

「ああ、機工剣には興味があったし……何より、アイツの意思が気に入った」

「意思?」

「機工剣は扱いも整備ももちろん作成も高等部からの授業でしかも高難易度だ……一回生の機工系なんかに頼む奴なんか普通はいない、それで周りからも何度も止めろって言われてたのにアイツはそうはしなかった……詳しくは聞いていないがあの機工系はアイツにとっては譲れないものらしい」

「へぇ」

 以前見た十字架の飾りはルノの胸で光っている。

アレもかなりのものだったが、機工系に関してはさらに本気……か。

確かに先日の機工槍の原案にしても相当な知識による高度な理論で構成されていた。

そのあたりのことを判断しても、アサカの言っていることが真実であることがわかる。

「まあ、そんなわけでそれから機工剣を使ってるわけだが……それ以前はなんでも使ってたぞ、剣槍斧弓杖打その他諸々、無論刀も扱ったことがある」

 そう言いながら、アサカは手に持つ刀を軽く振る。

直前の言葉になんと雑多にと呆れていた俺とルノとシトネちゃんだったのだが……その素振りを見た瞬間、俺たちは息を呑んだ。

その剣筋は綺麗で……無駄がなかった。

決して店内のものには傷をつけず、その上で斬り裂くような剣閃が舞う。

「……今一だな、得物が軽すぎる上に久しぶり過ぎて機工剣の感覚が抜けん」

 そのセリフに開いた口が塞がらない。

俺も自分の作ったものを扱うために各武器の型や戦い方はある程度収めてはいる……しかしそれはあくまでも手ほどきを受けた程度でありクラウやディナのような達人を相手にすれば一撃二撃で地金が出るほどに拙いものである。

だけどアサカのそれは違う……さすがに真っ向から打ち合うことは無理だとしても、俺なんかよりずっと打ち合えるだけの技量がある。

もしも全ての武器においてコレと同じかそれ以上だとすれば恐ろしいとしか言いようがない。

「アサカさん……他の武器でも同じくらい扱えるんですか?」

 同じ考えに至ったのかシトネちゃんが恐る恐る聞いていた。

「ああ、まあ、今のコレくらいにはな……しばらく使ってない武器もあるからさらに落ちるだろうけど」

 そして返ってきた答えはある種予想していた通りだった。

驚く俺たちの中でルノは拍手をしながらアサカに対して素直に称賛する。

「わふ~、アサカ凄い」

「別に凄くはねえよ、俺に武術教えた師匠が言うには『全ての事柄について中腹に行く才能』はあるけど『その一つでも頂点に登れる才はない』らしい、要するに器用貧乏ってこと」

 アサカは自嘲するように俺たちに言う……が、それは思い違いだと思うぞ。

少なくとも俺はそれだけの武器を扱えることが羨ましくてたまらない。

「そんなことはないです、アサカさんのソレは誇れるものだと思います」

 単純に器用貧乏と切り捨てるにはあまりにも惜しい、シトネちゃんもまた同じように思ったのだろう。

半ば断言するような形でシトネちゃんはアサカに告げる。

「……ありがとよ、シトネちゃん」

 アサカが視線を外しながらお礼を言う。

若干の照れが入っているのがアサカにいては珍しい……さすがに直接的に言われると誰でもああなるものだよな、などと心中で思う。

「けど、俺は一つを極められる人間になりたかったんだよな……とはいえ、既に吹っ切った話ではあるがな……それに、だからこそシオンの機工剣を使ってるんだよ」

「ん……ああ、そういうことか」

 アサカの言葉に俺はシオンに見せてもらった機工剣の仕様書を見ながら、異常に複雑で、珍しい機能がついているものだと思ったものだ。

そうか、あれは完全にアサカのためのオーダーメイドのためだったのか。

「剣から複数種の武器への、変形及び着脱機工」

「そういうこと、まだ状況に合わせて武器を使い分けることはできないけどな」

 アサカは刀を鞘に戻し、カウンターの上に丁寧に置いた。

仮にその機工剣を自由自在に変形させて戦えたのなら、それは一つの頂点と言えるのではないだろうか?

状況に応じて多くの機能を使いこなせる機工剣士、完成形ならば総合技術では高みに上れるのではないか?

そう考えてシオンが一から構築して俺たちと話し合った結果生まれたものがそのアサカの持つ機工剣なのだ。

「アサカは幸せ者だな……こんな凄いものを作り上げてくれる友達がいるんだから」

「ああ……そうだな、アイツは最高だよ」

 しみじみと呟いた俺の言葉にアサカもまた頷いた。

俺の視線の先にはアサカの背中に存在する機工剣、それが本当の意味でアサカのためだけに作られていることを知っている。

設計を話し合った時、いくつか無駄や余計な部分があることは指摘していたのだが、シオンは決してその部分を治そうとはしなかった。

そして知ったのだ……あの無駄とも思えた機工がアサカが持つ動きや癖と遭わせた時にだけ、完全に最適化した場合よりもさらに機能するのだということを。

俺やルノが、他の誰もが扱ってもアサカ以上にあの剣を使いこなすことなど誰も出来ない。

アサカ個人のことを考えた場合確かに最高の武器だと言える……まあ、アサカが色々と使えるから色々と詰め込もうとした、その結果として複雑怪奇極まりない構造になってしまっているのだが。

シオンは絶対天才型だ……俺は設計図があっても同じものを作れる自信がない、一応理解はしてるから整備ぐらいは手伝えるが……大破した場合はシオン以外には修理不可能だろう。

「ま……あれだ、それに応えるためにも手入れはきちんとやれ、シオンが泣くぞ」

「へいへい、わかってますよー」

 実際、結構な頻度で俺が状態を見てアサカにシオンのもとへ行くよう命令している。

整備をしてもいいのだがその場合シオンが別の意味で泣きかねないのでしない……うん、こういうことで人の仕事を取るのはよくない、自分に置き換えると腹が立ってくる。

まあ、とにもかくにも話を切るために茶化した言葉を入れて、それにアサカも苦笑を浮かべながら頷くのだった……心なしかふてくされているような気もしたが。

「アサカさん」

 不意に、そんなアサカに後ろからシトネちゃんが声をかけてきた。

その声は真剣なもので、俺は少し驚いてシトネちゃんを見る。

「ん、どうしたシト……ネちゃん?」

 アサカが振り向きながらそう言いかけて、俺と同じようにシトネちゃんの様子が違うのを見て言葉が詰まった。

余裕のあるお嬢様といった感じでなく、もっと鋭くて剣呑な感じの雰囲気。

「……いきなりだな、どうしたってんだい?」

「その目標に、その目標を目指すアサカさんに興味がわきました……一手お願いできませんか?」

 アサカを見据えながら言うシトネちゃんには冗談などという雰囲気は一切ない。

これは……戦う者、挑む者が持っている戦士の眼。

どうやらアサカの動きを見て火が付いたらしい、彼女も戦士科に属している内の一人ということだろう。

「…………遊びじゃないんだな?」

「ええ、本気で見てみたくなりました、全を扱う一を極めようとしている人、その片鱗を」

 念を押すアサカの言葉に当然と言うようにシトネちゃんも返す。

いつの間にかアサカの目も真剣で、シトネちゃんの様子を推し量るように見つめ続ける。

「……ったく、ああは言ったけど、過大評価もいいところだ」

「そうですか? 先ほど振って見せた刀、決して伊達には見えませんでしたよ?」

 少しだけ面倒そうに頭をかきながらアサカが小さく口にするが、向こうも撤回する気はないようだ。

「……仕方ねえなあ、一度やらねえと納得しそうにないな」

「はい」

 諦めたような言葉が出れば、それに反比例して笑顔になるシトネちゃん。

「わふ……ピリピリする」

 とはいえ戦意が隠れていない、やる気満々のその気配にルノの毛が一部逆立っている。

「シトネちゃ~ん、笑顔が怖いよ、冷静に冷静に」

「あらマスター、私はいつもこんな感じですよ?」

「嘘付けよ!」

「本当ですよ……戦闘前のって言葉がつきますけど」

「それはそれで逆に怖ぇって……」

 笑顔の戦意を振りまくシトネちゃんにげんなりとした感じで俺は言う。

そういえば前にサナちゃんとセリカちゃんから聞いた気がする。

戦闘能力は中等部トップクラスの実力を持っているけど、他のトップクラスの人と違って戦闘訓練では一緒に訓練をする相手がいないことが有名らしい……その理由がよぉくわかったよ、こんな怖い笑顔の相手と訓練でも戦いたくないって。

「それより……早く始めましょう?」

 笑顔で、本当にイイ笑顔でシトネちゃんが言う。

「……はぁ、ヒサメ、ちょっと行ってくるわ、街の外の草原でいいな?」

「ええ」

 その笑顔を見て、何か色々と諦めたようにアサカはため息をついて出口のほうへ歩き始める。

「それではマスター、行ってきますね」

 対照的に笑顔のまま、アサカの後を追うようにシトネちゃんも外へと向かう。

「さてルノ、俺たちはどうする?」

「わう……行こうヒサメ、見てみたい!」

「了解、二人とも加減は知ってるだろうが……もしもの時のために控えておいたほうがいいしね」

 どれだけすごい人間でも事故ってものは存在する……それを止めるにしても、治療するにしてもまずは行かないと始まらない。

俺とルノは、手早く店の戸締りを済ませると、二人を追って走ったのだった……



 草原にたどり着くと、そこではちょうど戦いが始まるところであった。

先手を取ったシトネちゃんの放つ斬撃を防いで続けざま反撃に機工剣を振るアサカだったが、その一撃は簡単にかわされてしまう。

「チッ……速いな」

「あら、まだまだ速くできますよ? 今が速いと思うんでしたらきっとそっちが遅いんですよ」

「言ってろ!」

「フフ、頑張ってくださいね、でないと、退屈です」

 一切の力を感じさせない脱力したシトネちゃんの体勢……しかし一歩を踏み出した瞬間には既にトップスピードでアサカに迫っている。

初歩にて最速の歩法、それがシトネちゃんの武器のようだ。

そしてアサカの懐に潜り込む一歩を踏み出した瞬間、神速の勢いでその刃が抜かれる。

「ま、そう簡単にはいかさねえよ」

 アサカは小さく笑いながらその刃を防ぐ。

そして剣での一撃をシトネちゃんに当てようとするフェイントをかけ、すぐさま拳をシトネちゃんに向かって突き出した。

「っ!」

 剣を注視していたシトネちゃんはその拳への反応が一瞬遅れてしまう。

それでもすぐさまその場から跳んで距離を取る、その判断は普通なら正しくて……アサカには通用しない。

「甘いぜ」

 機工剣だったものが弓へと姿を変えてアサカは弦を引く。

その弓に矢はつがえられていない……しかしそこには確かに矢が存在しているのだ。

アサカが弦から指を離した瞬間、空を斬り裂くように風が走った。

それは速く、直線的ではあれど生半可な実力ではかわすことは出来ないだろう。

「……甘いのは、どっちでしょうね!?」

 シトネちゃんはかわさない、自分目がけて突き進む矢を一切臆することなくその手に持つ刀で斬り払う。

その斬閃は流麗で、とても中等部の生徒とは思えないほどの冴えを見せている。

矢を斬り払ったシトネちゃんはアサカの方を見て笑う、それはいつものシトネちゃんとは違う挑発的な笑み。

「この程度ですか?」

「言ってくれるな……」

 それに対するアサカの返礼も笑み。

互いに相手の実力がどれほどのものかを理解し、闘志を燃やし始める。

戦闘狂などと人は言うかもしれないが、最前線で戦う戦士科の人間にとってそれは絶対に持っていなくてはならないもの。

前線が絶えず闘志を持って率いれば後衛もそれについてくる、逆もまた然りであり、間違っても前線が敵に怯んではいけないのだ。

そのためにも力で戦うアサカのようなタイプも、技と速さで戦うシトネちゃんのようなタイプも等しく闘争心を抱えていなければならないだろう。

そういった意味ではアサカもシトネちゃんも前線を率いる者としての素質があると言える。

「せぇいっ!」

「はぁっ!」

 シトネちゃんの突撃に対してアサカが剣の形で叩きつけるように返す。

当然だが力ではアサカの方がいくらも上だ、シトネちゃんも受けるわけにはいかず横に跳んで攻撃をかわす。

そのまま、アサカの死角を突こうと不規則な動きでアサカの周囲を回り続ける。

アサカも隙を見せずに周囲を移動し続けるシトネちゃんの動きを追い、警戒を続けている。

「喰らえ」

 動きを追うことは出来ても状況打破するにはアサカの速度は足りない。

だからこそアサカは強引にでもその状況を変えるために動く。

剣を担ぎ上げるような隙の多い構え、傍から見ればどう考えても空振りするとしか思えないほど大振りに剣を水平に振るう。

普通であれば刃の届かない位置で空振りを見届け、即座に突撃して隙を突くことが正しいだろう……だけど、シトネちゃんを含め俺たちはそれでは絶対に不味いのだと本能的に悟る。

その横からの大振りに対してシトネちゃんがとった行動は退避、元々剣の届かない位置で隙を狙っていたはずなのにさらに遠くへとアサカの攻撃から逃げる。

そしてそれは正解、剣幅が狭く、そして刀身を二倍以上に伸ばした剣が辺りを薙ぎ払う。

その剣にもまた魔法具が使われているのか風を纏い、剣の外側にまで影響を及ぼす風の衝撃が薙ぎ払った周囲に巻き起こった。

剣の長さ、そして風を纏った一撃の届いた範囲はもとの剣の長さの三倍以上の範囲に及んでいる……シトネちゃんも後ろへ下がらなければダメージを追っていたことは確かだろう。

「アハッ……凄い、凄いですよアサカさん! こんな無茶なこと普通やりませんよ」

「ったく、勘がいい……初見じゃ結構な確率で引っかかるんだぞ?」

 隙が大きく、そして一度見れば初動で分かってしまう。

だけど、初撃ならば好機と近寄ってきた敵をまとめて薙ぎ払えるであろう攻撃だ、なにより攻撃範囲が広すぎて攻撃後の隙をつくことが難しい。

効果的ではあるが実際にやるのは中々難しい……特にシトネちゃんのような速い相手には初動で潰される可能性すらあるのだ。

ついでに言えば剣の長さも破壊の範囲も広すぎて仲間がいると使えない……リスクリターンがともに大き過ぎる、俺は絶対に使わない……というよりは使えないと言った方がいいのか。

とにもかくにも失敗板したアサカは機工剣を通常の状態に戻してシトネちゃんと相対する。

「凄いもの見せてもらいましたし……今度はこっちから行きますよ!」

「ああ、来い!」

 残像が残るほどの速度、その速度で不規則な動きのフェイントを入れながらアサカへと近づいていく。

傍から見てる俺も驚くほどの速さと動き、中等部ってのは才能の塊みたいな子がどれだけいるんだっていう話である。

「チッ……」

「奪ったわよ!」

 背後に回ったシトネちゃんにアサカも反応だけはしているが身体がついてきていない。

時間にして半秒ほどの遅れ、だがシトネちゃんの攻撃が決まるには十分なほどの時間である。

逡巡する時間すらないこの状況でアサカがとったのは魔法……いや、そう言うほど高等なものではないか。

自分の持っている魔力で炎の精霊に一つだけ頼んだのだ、自分を気にせずに燃え上がれと。

結果としてアサカとシトネちゃんの間に炎が爆発した。

当然近距離でこんな無茶をしたアサカにも攻撃に移っていたシトネちゃんにも避けることが出来ないまま二人は爆発により吹き飛ばされた。

「っつ! 何てことするの!?」

「うるせぇ! これしか方法がなかったんだよ!」

 互いにダメージはそれなり、一方的に斬撃を喰らわずに済んだアサカとしては上々の結果だろうか。

しかし、速度で上をいかれているアサカの方が総じて不利であるのは間違いない、問題はここからアサカがどういう行動をするかだろう。

「でも、何度も同じことは出来ない……このまま決めさせてもらうわ!」

「そう簡単にいかせるかよ!」

 再度残像を残しながら接近を行うシトネちゃんに対してアサカは眼前の地面に機工剣を叩きつける。

その瞬間に立ち昇ったのは爆煙、火のない煙がアサカの姿を覆い隠していく。

「煙幕……そんなもの!」

 その行動にシトネちゃんは臆さず突撃、煙の先に映る影に向かってそのまま刃を振り……金属音が鳴った。

煙の中でシトネちゃんに見えたのは地面に突き立てられた機工剣の姿。

「剣だけ? アサカさんは!?」

「ここだぜ?」

 機工剣を残して跳躍、剣の姿を自分と勘違いしたシトネちゃんを上空から強襲する。

一時とは言え戦闘中に自分の武器を手放すことのできるアイツの行動力と度胸には驚嘆を覚えるしかない。

「くっ……」

 予想の範囲外だったシトネちゃんにその襲撃をかわすことは出来ず、蹴りを喰らい吹き飛んでいく。

そのままアサカは着地し、素早く機工剣を構えてシトネちゃんと対峙する。

「久しぶりかな……こんなに綺麗にもらうのは……ああ、楽しいわ」

「一撃当てりゃなんとかなると思ったんだけどな……」

 一撃を喰らって逆に笑みを深めるシトネちゃんと今の攻撃に手ごたえを感じなかったために苦い表情をするアサカ。

攻撃を喰らう瞬間に自分から跳んで衝撃を逃がしたのだろうが……実戦経験は少ないはずなのによくもまあ成功させるもんである。

「さあ、さあ、さあ! 次の攻防に移りましょう!」

「戦闘中の人格変わる奴は意外と多いけど、またえらくハイな感じになるんだなシトネちゃん」

 つぶやくアサカに心の中で同意しつつ、俺はシトネちゃんを見る。

いつものお嬢様とはまた違う様相でアサカへと突撃する姿はなかなかにギャップを感じさせてしまう。

ルノもシトネちゃんの様子には驚いているようだ。

「さあ、次はどうするの!?」

「そう催促するなって、見せすぎなんだよ!」

 求めるようなシトネちゃんの叫びにアサカもまた応えるように機工剣を振るう。

既にその接近の仕方も三度目、しっかりと対応できるようになっていたのであろうアサカの振り下ろしが、接近していたシトネちゃんとタイミングが完全に重なる。

「っ、せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 こんなにも早くに対応されるとは思っていなかったのだろう、避けるタイミングを逸したシトネちゃんは刀を最大限に使い、アサカの重い機工剣の一撃と対する。

受けることはしない、さすがにアレを受けては耐久力のそこまで高くない刀では折れるのが目に見えている。

だからこそ、その一撃をどうにか逸らそうとして予想以上に軽い一撃にシトネちゃんが疑問に思った時には遅い。

「ふ……ぐぅ!?」

 振り下ろした機工剣を手放したアサカの掌底が、逸らす構えのまま動けなかったシトネちゃんに直撃する。

今度は間違いなく大きなダメージが入っている、決着か、よしんば倒れなくても先ほどまでのようには戦えないだろう。

「けほっ……けほっ……女の子の腹部を攻撃するなんてひどい人ですね」

「悪いとは思うぞ……だけど、これは勝負だからな」

「そうですね……」

 身体をふらつかせながらシトネちゃんが刀を構える。

ダメージは大きいだろうにその眼には微塵の諦めも入っていない、アサカもそれに応えるように油断なく構えていた。

痛みも疲労もあるだろう……それでもシトネちゃんは速く、この局面で最高速度を叩きだすことは驚愕に値する。

「っ!」

 アサカとしては計算外、その速度が落ちるどころかさらに速い一撃に防ぐことは出来たが、その重い機工剣ごと吹き飛ばされる。

「アハハ、この程度じゃ終わらない、終わらないんですよ!」

 シトネちゃんはそう叫びながらも疾走。

劣勢であるはずなのに、いや、だからこそなのか……猛るシトネちゃんはおそらく相手が強ければ強いほど力を発揮するタイプなのだろう。

「さあ、これはかわせる!?」

「っの!」

 シトネちゃんの斬撃を受け、反撃に出ようとしたアサカだったが……シトネちゃんは既にアサカの近くから離れている。

アサカがシトネちゃんの動きを捉えたようにシトネちゃんもまたアサカに対して有効な方法を見出したようだ。

武器の扱いであればアサカよりもシトネちゃんの方が高いと言えるだろう……だけど、総合的な近接技術ではアサカの方が巧い。

必要な際に武器を組み換え、あるいは手放すことのできるアサカの攻撃にシトネちゃんは対応出来ていない……ならば近接で戦い続けるよりも一撃離脱、攻撃の後にアサカの反撃の範囲外に逃げればいいのだ。

「チッ!」

 アサカは舌打ちをしながら武器を弓にして風の矢を連射する。

弓に剣、他にもあるだろうが複数の武器を持つアサカに苦手な距離はないと言える、だけど苦手な距離はないと言えど弓の遠距離では決め手がない。

十数にも及ぶ矢を放ち続けるがシトネちゃんには掠りもしない、矢が直線的な軌道を描くそれにシトネちゃんがかわせないはずがないのだ。

アサカの矢は風の魔法の矢、使い方次第で如何様にも変化を起こすことが出来るようにシオンも作ってはいるのだが、今のアサカでは弓として当たり前の軌道でしか放つことが出来なかった。

それをすることが出来ればこの場で勝利することも出来たのだろうが……ないものねだりをしたところでどうしようもない、互いに今できることでやるしかないのだから。

速度で追い立てるシトネちゃんと手を変え品を変え粘り続けるアサカで一種の膠着状態となりつつあるが……それでも有利なのはアサカか。

「はぁっ……はぁっ……」

 元々体力であればアサカが有利、さらに少なくないダメージをシトネちゃんは貰ってしまっている。

それを感じさせない速度を出しているが、それもいつまで続くかわからないような状態だ……だからこそ、動くのなら今の状況以外にはない。

「「「っ!」」」

 そう考えていたときに空気が変わった。

体力がそろそろ限界なのだろう、どうやらシトネちゃんが決着をつけに来たらしい。

一際大きな大地を踏み抜く音が聞こえてシトネちゃんの姿か消える、そして動きを追い切れず見失ったアサカの背後に回った。

「終わりです!」

「負け……るかよ!」

 刃を振るうシトネちゃんに背後を振り向くアサカは間に合わない。

避けられないアサカは斬撃の軌道上に片腕を入れてその斬撃を止めようと身体を動かす。

ハッキリ言って無謀でしかない、シトネちゃんの斬撃ならなんの防衛にもならないまま腕を切断して身体を届かすだろう。

シトネちゃんにしても寸止めをするつもりであったはずがそこに腕を入れられ、驚愕するも今更止めることも出来ない、しかしてアサカの腕はシトネちゃんの刃によって両断……されなかった。

響いたのは金属音。

「な……」

 シトネちゃんは今度こそ完全な驚愕。

自分の斬撃が腕によって弾かれていた、その腕には服越しではわからなかった非常に薄い金属板、ちょうど簡易的な籠手のようなものがそこにはあったのだ。

「これで……終わりだ!」

 決めに来ていたシトネちゃんにはもう攻撃をかわす余裕はない、アサカの回し蹴りがシトネちゃんを横へと吹き飛ばしたのだった。

そこから先のことは一瞬のこと、吹き飛ばされたシトネちゃんはすぐさま体勢を立て直してアサカに向かって突撃、今のダメージすらもなかったかのような動きでその突きはアサカへと迫り、

「そこまで……」

 割り込んだ俺の剣によって受け止められた。

決まれば確実に殺していたであろう今の突き、どうしたことかと見れば防がれたことで崩れ落ちるシトネちゃんを見て、意識ないまま最後の攻撃を行っていたのだと判断した。

「負けず嫌いだな……おい」

 とりあえず地面に倒れこまないようにシトネちゃんを支えてアサカの方を見る。

「今のは……結果はどうなんだろうな?」

 俺が間に入らなければ死んでいた、それがわかっているアサカはぼやくように言う。

確かに……今の勝敗を明確に決めるのは非常に難しかった。

「さあな、試合ならお前の勝ちだろうし、殺し合いならお前の負けってところじゃないか」

 実際、アサカがシトネちゃんを吹き飛ばした時点で決着はついたと見ていい。

俺だってそう思ったし、シトネちゃんがさらに動きだし、なおかつ完全に殺しに来ていたときは本気で焦った。

止めなかったらアサカは死んでいたのだから、最終的にはシトネちゃんが勝ったと言えなくもない。

まあ、アサカが殺す気だったのなら蹴りではなく斬撃であったろうからまあ、アサカの勝ちだったのではないだろうか。

「……まあいいか、ほらアサカ、帰るからシトネちゃんを運べ」

「ちょ……俺も疲労してるんだけど!?」

「気絶させたのはお前の蹴りだろ、責任とれ……つうかやりすぎなんだよ、もう少し穏便に出来なかったのか」

「ぐ……それを言われると……」

 アサカがバツの悪そうな顔をして俺からシトネちゃんを受け取って背負う。

それと同時に、戦闘終了後から少し離れていたルノが戻ってくる。

「ヒサメ、早く戻った方がいいかも、少し不味い気配」

「了解、さ、アサカ行くぞ」

「おう」

 周囲の哨戒を終えたルノの報告に俺たちは歩き始める。

本当は急ぎたいところではあるが、アサカの疲労もそれなりだし、シトネちゃんも出来ればゆっくりと運んだほうがいいだろう。

「しっかしアサカお前本当に学生かよ、下手な探索者よりよほど強いぞお前」

「わう、凄かった」

「そうでもねぇって、学園には俺より強い奴いるぞ? それに、俺よりシトネちゃんの方が異常だろ」

「マジか……学園って思ったより魔窟じゃねぇか……ああ、うん、シトネちゃんに関してはもう色々とアウトだ」

 学園の評価を見直そう……高等部にあまり関心を払ってなかったが、予想以上に凄そうだ。

シトネちゃんに関しては天才とか鬼才とかそう呼んでしかるべき人間だろう……中等部であの剣閃はない。

「わう……ヒサメよりも凄かった」

「その通りだが、へこむから言うなよルノ……」

 戦って負けるとは思わないが技術に関しては劣っているのはわかっている、俺の場合は力任せもいいところだからなぁ……

「ん……」

 そんな話をしているうちにシトネちゃんが目覚めたようである。

背負われているシトネちゃんはゆっくりと自分の状況を確認して、口を開く。

「……ごめんなさい、アサカさん」

 そう言ったシトネちゃんの表情は暗い、どうやら最後の攻撃を覚えてはいるようだ。

俺が止めに入らなかったことを考えて少し震えているようにも思える。

「……別に謝る必要はねえよ、勝手に終わったって思って油断したのは俺だからな」

「ですけど……」

「いいって言ってんだろ、実際に無事で済んでるんだから」

 有無を言わさないアサカの言葉にシトネちゃんは少し困ったような顔をしていたけど、やがて安心した顔で呟く。

「……ありがとうございます」

「おう」

 シトネちゃんの礼を受け取り、アサカは安心させるように笑う……つってもその笑いはシトネちゃんからは見えないのだけど。

それでも込められた思いは通じたようで、シトネちゃんは小さく笑みを見せるのだった。

そのことをアサカに伝え、アサカもまた少し安堵したように息を吐いた。

「……話は変わるんですが、その」

 背負われたままのシトネちゃんが言いづらそうに口を開き始める。

「シトネ姉ちゃん、どうしたの?」

 そんなシトネちゃんにルノが聞き返せば、シトネちゃんも意を決したように切り出した。

「私……口調変わっていたりしました?」

「あぁ……それは」

「まあ……変わったと言うよりか……なあ?」

「シトネ姉ちゃん、気づいていなかったの?」

 ルノの疑問にシトネちゃんはそうらしいというのは聞いているんですけど……と、赤くなりながら話す。

どうやら自覚症状はゼロとは言わないようだがあまりないらしい。

「まあ……色々とあれではあるよなぁ……」

「いつもとのギャップは激しいよね」

「わう、シトネ姉ちゃんじゃないみたいだった」

「あぁう……」

 俺たちの感想にシトネちゃんが顔を赤くして口ごもる。

いかん……シトネちゃんのこんな顔は滅多に見れないから貴重なものかもしれん。

「まあ、俺もアサカも大して気にしてはいないから……なぁ?」

「そうだな……そりゃ最初は面食らったけど、まあ、許容範囲内だろ」

 普段のシトネちゃんの姿を知っているだけにその感覚も大きい。

色々終わったことを言ってしまえば俺の経験上今更その程度のことは何でもない……うん、言ってて悲しくなるからやめよう。

落ち込んだ俺を不思議に思うアサカたちと街までの道を歩いていると、ルノの眼が急に鋭くなる。

「うぅぅ」

「ったく、結局来たのか」

 その様子に俺は剣を取り出し、視線の先に現れた数匹の狼型の魔物たちを捉える。

強くはないから特に問題はないのだが……和やかな気分を害されたことには文句を言いたい。

「どうするんです、マスター?」

「ああ、任せてくれ……危険な目には合わせないから」

「まあ、さっきの止めに入った動きからして心配する要素はねぇな」

 そう言ってアサカは緊張する素振りも見せない……まあ、信頼されているとみておこう。

剣を構えて狼たちに一歩近づく。

「ルノはアサカの護衛な」

「わん、任せて!」

 万一のための後ろへの保険もかけて、俺は狼たちへと向かって疾走したのだった。

……結果は言うまでもなく楽勝、初めて見た俺の戦闘にアサカやシトネちゃんは感心していたが、少々照れくさい……ぶっちゃけ才能では二人の方が上なためやるせなくもある。

それはともかくとして、周囲の安全を確認した時にはシトネちゃんも回復してきたようでアサカの背から降りていた。

それから喫茶店に戻ってきたときには日も傾きかけていたので、二人に夕飯を振舞って本日を終えるのだった。

後日その話を聞いたサナちゃんとセリカちゃんが苦笑いをすして聞いていたが……まあ、同じくギャップに悩まされた口だろうからね。

ちなみにセリカちゃんにしてもサナちゃんにしても、シトネちゃんとグループを組んでいるので個人能力が高く、チームの実力は高等部顔負けのレベルらしいというのは余談である。





 喫茶店『旅人』、店員全員実力が無駄に高いようです。


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