序章
夜の帳が下り、不確かな足元を気にする事なく、少女は夜の森をひた走る。木々の色は闇色に染まり、その視界は塗り込めた黒一色になりつつある。
しかし、彼女を狙う人間達の気配は確実にその距離を縮めつつあった。
肩に掛かるくらいの翠がかった金色の細い毛には小枝や葉が絡まり、年の頃は十二歳くらいの少女の潤んだ翠の瞳には恐怖が見え、頬には流れた涙の跡が残っている。
走る少女の息遣いは荒く、もつれそうになりながら駆けるも森の木々や藪によって手足にいくつもの傷が増えていく。
森の民の特徴である長く尖った耳には、幾人もの人間の駆ける音が聞こえてくる。しかし辺りを見回しても少女の眼にはその人間達を視認できない。少女が同じ森の民のダークエルフ族ならば、その一族の得意とする夜目を持って視認できただろうが、昼の森ならばいざ知らず、夜の森ではエルフ族の彼女にはそれを見通す事が出来ない。
エルフ族は気配を察知するのは得意ではあったが、少女はまだ幼く戦士としての鍛錬も十分ではなく、落ち着いて辺りの状況を判断する術を持っていなかった。
必死に逃げているつもりの少女だったが、追跡する人間達は着実にその包囲網を狭めつつあった。
ヒュン。
不意に風切り音が聞こえたと思った刹那、少女の右足に矢が突き刺さる。足を取られた少女はその場で派手に転んだ。
少女が自分の右足を見る。それを見た瞬間急激に痛みを認識したのか、悲鳴が上がる。
「あぁっあぁぁっ!!」
少女は瞳から大粒の雫を流しながら、そのあまりの痛みに足を押さえて、呻きながらその場で転げ回る。
周囲の藪が大きく揺れて人間の男達が姿を現した。
男達は皆それぞれ、厚めの長袖長裾の服を着て革鎧を装備し、腰には思い思いの武器となる剣や短剣、弓を持っている者など、様々な出で立ちであった。
男達の顔には下卑た笑みがあるものの、辺りを油断なく見回しつつ素早い動きで少女に近付いて来る様は、かなりの手練れであることが窺える。
「早く首輪を付けろ」
一人の男が油断なく腰の武器に手を掛けつつも、他の男に指示を出す。すると少女の背後から出てきた男の一人が、素早く近付いて黒い金属製の首輪を少女の首に嵌め、さらには猿轡を噛ませる。
「こいつの治療は後だ。さっさとずらからねぇとエルフ共に見つかるぞ。罠は回収したんだろうな?」
男の質問に近くに居た別の男が小さく頷いて答える。
「よし、一旦捕えた四人はディエントまで運ぶぞ」
集団の指揮を取っていた男が撤退の合図を出すと、集団は夜の闇の森の中を慣れた足運びで森を抜け、消えていった。
初作品ですが、よろしくお願い致します。
第一部終了まで毎日投稿予定です。