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われはゴーレム(第1部)

作者:支援BIS
 1

 目が覚めたら、いつもと同じ天井だった。
 日付情報を取得して、二百三十八年が経過したことを知った。

 うむ。
 二百三十八年前と変わりない。
 さて。
 私の目が覚めたということは、「こちら側」への侵入者があったということである。
 ただちに排除しなければならない。
 それが私の使命である。

 起き上がって、祭壇に目をやる。
 うむ。
 きれいだ。
 ブラウニーたちは、今もよい仕事をしているようだ。

 (こうべ)を垂れて、わが造物主とその奥方様に拝礼する。
 片膝を突くことができれば格好がよいのであるが、身体の構造上それは難しい。
 角度が少し深すぎたのか、前につんのめってしまう。

 おっ、とっ、とっ、とっ、とっ、とっ、とっ。

 ずしん、ずしんと音を立てながら、何とかバランスを取り戻そうとする。
 が、神経回路が再起動しきっていないのか、思うように重心調整ができない。

 ずがん。

 わが造物主の(ひつぎ)に、頭突きをかましてしまった。
 少し、ひび割れが?
 ま、まあ、大丈夫だろう。
 どのみち、完全に死んでいるのだし。
 柩の傷は、あとでブラウニーたちが修復してくれる。
 サーチをかけて、私自身の損傷を確認する。

 無傷。

 うむ。
 さすがは、わがあるじの被造物である。
 頑丈さは、私の何よりの取り柄である。

「ぼけっとしてる場合じゃないんじゃないの?」

 そうだった。
 体の向きを変え、コンソールに近づく。
 コンソールの前には、小妖精のフィエラがいて、迷宮内の全容と、侵入者の位置を表示させている。
 私は、緑のシグナルを点滅させて、フィエラに目覚めのあいさつを送る。

「うふふ。
 おはよ。
 二百三十八年ぶりのお目覚めだね。
 ちょっと寂しかったよ」

 フィエラの役目はシステムの維持であるから、私のように用があるときだけ起きる、というわけにはいかない。
 長い孤独の時間を過ごしたのだろう。
 かわいそうに。
 だが、私のような大飯ぐらいが、いつも起きて活動していたのでは、膨大な備蓄を誇るエネルギーも、やがて枯渇してしまう。

「モンスターたちは正常に行動しているわ。
 数も各階の標準範囲数に収まってる。
 侵入者がモンスターと戦っているから、三番スクリーンに映像を出すね」

「こちら側」の最初の階層のモンスターは、ピンクスライムである。
 こんな階層で今さらスライムかと思う侵入者たちの感想を裏切る、やっかいな仕様になっている。
 物理攻撃は無効で、魔法攻撃にも耐性が強いうえ、生き物を溶かす胃液を吐き続けるのである。

 お、溶けてる、溶けてる。
 ふっふっふ。
 驚いているな。
 あ、逃げた。

 侵入者は、「あちら側」に撤退し、「こちら側」には、侵入者がいなくなった。
 ということは。

「ちょ、ちょ。
 寝ないで〜!
 寝ちゃ、いや〜〜〜!!」

 寝台に移動して横たわろうとする私の周りをフィエラが飛び回る。

「また、すぐ来るかも知れないでしょ?
 せんりゃくてきてったい、だよ?
 少し、様子見てないとだめじゃん!」

 なるほど。
 それもそうだ。

「それに、世の中も、けっこう変わったから、情報更新しといたほうがいいよ?
 あたしがレクチャーしてあげるから」

 うむ。
 論理的である。
 私は、あらためて、部屋の中を見回した。

 部屋の最奥には祭壇があり、二つの柩が安置されている。
 柩の周りには、色とりどりの水晶が配置され、柔らかな光が降り注いでいる。
 花が咲き誇っているかのようである。

 ブラウニーたちが何体か、天井の穴で待機している。
 ほとんどの個体は、迷宮内を回って修復に当たっているだろう。
 この部屋で活動しているのは、フィエラと私だけである。
 モルトナはいない。
 もちろん、いるはずもない。





 2

「ううむ。
 なんという、しつこい人間たちだ。
 えらい目にあった。
 ヴォーグ、お前も、手ひどくやられたな」

 いや、私を手ひどく痛めつけたのは君が最後に放ったメテオだよ、と言いたかったが、あいにく私には発声器官がなかった。

「む。
 左手を見せてみろ。
 親指が欠けているではないか」

 モルトナが、私の左手を持ち上げて、そう言った。
 人間なら、この重い手を持ち上げることなど、できはしない。
 私の体のすべては、石で出来ているのだから。

 それができるモルトナは、人間ではない。
 人間だったころの名前は知らない。
 私が、あるじに生み出されたころ、すでにモルトナはリッチであった。

 リッチ。
 肉弾戦にも凶悪な威力を発揮するが、アンデッド系モンスターの最上位の一角たる真骨頂は、強大な魔法攻撃と無尽蔵ともいえる魔力量にある。
 リッチは、人間の魔術師であった者が、永遠の命を求めて変成したモンスターである。
 モルトナは、あるじの弟子であったらしい。
 死後もアンデッドとなってあるじに仕えたいと強く願い、リッチになった。

 生前に高位の魔術師であった者しか、リッチにはなれない。
 したがって、リッチは、人間の知る最上位の魔術を操る。
 しかも、人間にはない特殊な能力と、底なしのエネルギーを持つ。
 リッチがいれば、人間は避けて通るものなのである。
 そのはずなのだが。

「まったく、あの、近ごろ出来た冒険者とかいう恩寵職は、困ったものだ。
 以前は、ここに踏み込めるのは、騎士と神官の組み合わせに限られていた。
 有力な騎士や高位の神官には迷宮探索などする暇はないからな。
 めったに人間には遭わずに済んだのだが」

 そうだ。
 最近、神々が人間に与える加護の中に、冒険者という恩寵職が発見された。
 剣士だとか、魔法使いだとか、弓使いだとかいう職能を保持したまま、冒険者という恩寵職を得ることができるのである。
 冒険者は異常な成長力を持っている。
 凡庸な神官でも、強い冒険者たちとパーティーを組むと、リッチにとってさえ脅威となり得る。
 盗賊の短剣や、弓使いの弓に、聖属性が付与されていたりするからである。
「こちら側」のモンスターには、アンデッド系が多いので、実際、困りものなのである。

「このままでは、いかん。
 今のところ、各階層に配置したモンスターたちとお前と私の働きで、この祭壇の部屋に侵入者は近づけない。
 しかし、こう頻繁に侵入者が現れるようでは、いつか突破する者が現れる。
 各階層のモンスターを、少々底上げしたところで、同じことだ」

 そうなのだ。
 それにしても、人間というのは不思議だ。
「こちら側」では、モンスターを倒しても、アイテムドロップがない。
 そういう場所なのだ。
 なのに、なぜ命を懸けて、次々と「こちら側」に侵入して来るのだろうか。

 モルトナに言わせれば、「こちら側」のモンスターを強力にしすぎたためなのだという。
 つまり、「こんなに手強い守りをしているのだから、奥にはすごい値打ちの宝物があるに違いない」、と人間は考えるのだという。
 それは、ひねくれた物の捉え方である、と説教してやりたい。
 ここには宝などない。
 あるじと奥方様の柩があるだけなのだ。

「あのかたとお別れしてから、もう五百年近く、ここを守ってきた。
 今後も守りたいと思う。
 しかし、アンデッドたる俺も、その存在は永遠ではない。
 いつかは滅びる日が来るだろう。
 お前も永遠には生きられん」

 欠けた私の指を見ながら、モルトナは、そう言った。
 私は、物理、魔法どちらの攻撃にも、ほとんどダメージを受けない。
 地水火風光闇聖魔など、あるゆる属性に耐性を持つ。
 単なる頑丈さなら、金属系のゴーレムのほうが上らしいが、あらゆる干渉をはねつけるという点では、ストーンゴーレムに軍配が上がるという。
 まあ、私には難しいことは分からないが。
 脳みそも石だし。

 とにかく、長持ちするようにということで、いろいろな石の成分を混ぜ合わせて、私が造られたと聞いている。
 私は、超一流の職人たるあるじが、最高の素材を選び、手間暇かけて創造した、特別製一点物のストーンゴーレムなのである。
 しかも、保存液に漬かることにより安定性は更新される。
 ただ、大きな弱点が、一つある。

 欠けた部分は修復できないのである。

 だから、私は少しずつ欠けてゆく。
 頭部には、ぼこぼこと、へこみがある。
 頭部だけではない。
 全身のいろいろな部分に傷がある。
 右手の人差し指と、左手の親指と、右足の親指が欠けている。

 やがて損傷が積み重なり、機能が維持できなくなれば、私は滅びる。
 だが、その日は、まだまだ先のことである。
 今、私は元気だ。
 いつか動けなくなるその日まで、私は、あるじの柩を守り続ける。
 わが友モルトナと共に。





 3

「この迷宮に来たときのことを、覚えているか」

 もちろん、覚えているとも、モルトナ。
 あのころは、あるじも奥方様も、お元気だった。

「当時、この近くには、人間の国はなかった。
 ここサザードン迷宮は、人間にとり、不可思議で不可侵の領域だった。
 何階層まであるか見当もつかず、下層のモンスターは強力すぎて、探索は困難だった。
 私は、あるじに、最下層にお住まいを作られるよう提案した」

 あのとき、モルトナと私の二人で、最下層まで行った。
 われわれは無敵だった。
 堂々と、ただ歩いた。
 百階層で出遭ったバジリスクは、驚いていたなあ。
 何しろ、いくらにらみつけても、私は石にならない。
 というか、初めから石である。
 モルトナは、伸ばした爪でヒュドラを輪切りにして、心臓を食べた。

 露払いを済ませて、モルトナは、瞬間移動の魔術で、あるじと奥方様をご案内した。
 お二人から、「ご苦労さま」と言われたときの誇らしい気持ちを、今でも思い出すよ。

「だが、結局、あるじは、その案を退けられた。
 ここは到達困難であるけれど、困難に見合う見返りがある場所だから、やがて人間は必ずここに来る、とあるじは仰せであった。
 そのときには、来た人間を殺せば済むことではないかと、私は内心では思っていた。
 だが、結局、あるじは正しかった。
 人間から隠れ住むのであれば、たどり着けない場所よりも、気付かれない場所がよいのだ」

 うん。
 それでも、みんなこの迷宮が気に入ったから、分岐を設けて、その最下層に住まいを作ることにした。
 だけど、工事を始めて間もなく、あの悲しい出来事が起きた。

「まさか、地上で安らいでいた奥方様が、人間どもに殺されるとは。
 人間との軋轢を避けて、この地に移ってきたのになあ。
 奥方様を殺した人間どもを、私は皆殺しにしたかったが、あるじはお許しくださらなかった。
 あるじは、奥方様とともに永遠の眠りにつくとおっしゃり、新居は霊廟に設計変更された。
 つましい、つましい霊廟に。
 あるじは人間であり、奥方様はドラゴンであられたが、お二人は、心から愛し合い、お互いを必要としておられた」

 うんうん。
 ほんとにお二人は、仲睦まじくあられた。

「こちら側に来るための入り口は、十階層のボス部屋の奥にあり、人間が気付きにくくするための魔法が掛けてある。
 だが、こうした魔法は時とともに効果が薄れていくものであり、何年かに一度は掛け直さなくてはならない。
 そのうえ、近ごろは、ボス部屋に入ってボスを倒す人間が増えてきた。
 そのため、ここの入り口に気付く人間も増えてきたのだ。
 この状況を変えなくてはならん」

 よし、分かった。
 私が、入り口の向こう側に立って、人間を追い払うよ。

「何を考えてるか知らんが、それはするな。
 いいか。
 これから、迷宮の改造をする。
 また、モンスターの仕様を変更する」

 うむ。
 あるじは、ダンジョンクリエイトという系列の魔法を使いこなすことができた。
 モルトナは、あるじからその魔法を教わっている。

「まず、十階層のボス部屋の奥に、湖を作る。
 その中に、こちら側への入り口を沈める」

 いっそ、「こちら側」への入り口なんか、なくしてしまえばよいと、私は思う。
 しかし、それをすると、「こちら側」全体が消滅してしまうらしい。

「次に、十階層のボスであるミノタウロスだ。
 今は、必ず身体強化のスキルドロップがある。
 このスキルドロップを全面的に廃止する。
 ミノタウロスだけスキルドロップなしにしたのでは、不自然かな。
 一階層から九階層まではスキルドロップをなくそう。
 また、ミノタウロスのアイテムのドロップ率を、うんと低くする。
 その分、アイテムを強力な物にして、バランスを取る。
 それから、そうだな、特殊攻撃を付けよう。
 状態異常系がいいだろう」

 うむ、それはいい。
 ステータスも、ぐっと上げよう。
 メタルドラゴンぐらいまで。

「何を考えてるか、分かるぞ。
 それは、駄目だ。
 強さそのものを底上げすると、獲得経験値が上がってしまう。
 そうすると、階層のわりにはうまい相手、ということになってしまうからな。
 戦う苦労のわりには倒す価値の低い相手にしなければ、意味がない」

 む、なるほど。
 論理的だ。

「ついでに、同じ十階層の灰色狼も、仕様を少し変更しよう。
 まず、部屋で待機するのでなく、回廊を徘徊させる。
 さらに、敵探知を敏感にするとともに、アクティブエリアを広げる」

 うむ、いいぞ。
 だが、アクティブエリアというのは何だ?

「人間から攻撃されなくても人間を攻撃する性質を、アクティブと呼ぶ。
 そして、この範囲内に敵が入ったら攻撃モードになるという距離が、アクティブエリアだ。
 アクティブ度も五に上げる。
 これなら、戦っているうちに、どんどん灰色狼が集まって来ることになる。
 ステータスの底上げはしないで、人間にとっては脅威が増すわけだ。
 くっくっく」

 おお。
 いいぞ、その悪役っぷり。

「これで、すぐに下の階層に降りたくなるだろう。
 つまり、こちら側に来ずに、あちら側に行くことになる。
 そして、だんだんとこちら側の存在が、人間たちから忘れ去られていけばよい」

 すばらしい。
 すぐやろう。

「いや。
 突然に大きな変更をするのは、よくない。
 不自然さが、人間に何かを気付かせないとも限らん。
 時間をかけて、ゆっくり仕様変更をしていこう」





 4

 時間をかけて慎重に、仕様変更をした。
 最初の何年かは、効果があるのかないのか、はっきりしなかった。
 しかし、十年目には、効果が見え始めた。
 百年が過ぎるころには、モルトナや私が直接戦うことは、ほとんどなくなった。
 そして、二百年たったころ、ほぼ二十年、「こちら側」に侵入がない期間があった。
 しかも、最後の一年間は、十階層のボス部屋そのものに侵入者がなかった。
 絶好の機会である。
 モルトナは、入り口を湖に沈めた。

 以来、「こちら側」に人間が来ることはなくなった。
 平安の時が訪れた。
 モルトナと私は、幸せに暮らした。

 だから、私は、気付かなかった。
 別れの時が近づいていることに。

 ある日、「こちら側」の迷宮内部で通路が崩れ、モンスターの通行ができなくなった。
 私は、修理するから現場まで瞬間移動させてくれ、とモルトナに頼んだ。

「お前が行くまでもあるまい。
 ブラウニーどもに任せておけ」

 まあそうだけど、と思いながらモルトナの顔を見た。
 顔色が悪い。
 いや、アンデッドモンスターなんだから顔色は悪いものなのだが、何というか、覇気が感じられない。
 そのまましばらくモルトナを見つめていたら、椅子に座り込んで、私にこう言った。

「まあ、強がっても仕方ないな。
 もう、大きな魔法は使えん」

 私は、そのとき、突然気付いた。
 人間が、ずいぶん長いこと、来ていない。
 モルトナは、人間の生命力を吸い取っておのれの活力とする存在である。

「外に行って人間を食って来てもよかったんだがなあ。
 そんなことを続けていると、いつか人間にここを突きとめられるかもしれんからな。
 お前も、奥方様が、なぜ人間に憎まれたかは、分かってるだろう」

 そうだ。
 奥方様も、人間を食べた。
 好きで食されたわけではないが。

 古き時代より、奥方様は、人に知恵を与え、道具を与え、加護を与えた。
 強大な魔力で、天災から人の集落を守った。

 人間たちは、感謝のしるしに、少女を差し出した。
 絶大な恩顧に報いるにはそれしかない、と人間たちは思い込んでいた。
 本人から涙ながらに懇願され、嫌悪感を我慢して、一呑みにされたそうだ。
 以来、それは慣例となった。

 奥方様の加護のもと、人は国を作った。
 その国は、富み栄えた。

 周りの国々は、ねたみうらやんだ。
 奥方様の加護が強力であったがゆえに、加護から洩れた国は、奥方様を邪竜と呼んで憎んだ。
 人を食らうことが、何よりの証拠とされた。

 やがて奥方様とその眷属が、大陸南部の強力な妖魔を狩り尽くしたとき、周囲の国々は牙をむいた。
 あまたの神霊を巻き込んだ長い長いいくさの末に、奥方様の加護する国は滅び、奥方様は追い払われた。
 もしも奥方様が人間を殺すことを強く忌避されるのでなければ、戦争はまったく逆の結果になったろうに。

「今さら、何百年か余分に生るために、この場所を危険にさらしたくはないからなあ。
 せっかく、こうして、忘れられた迷宮となったんだ。
 この平安が、いつまでも続くといいなあ。
 俺も、あるじとともに、眠りにつくよ」

 待て。
 待て。
 私を置いていくのか。
 私だけを残していくのか。

「お前だけを残していくのじゃ申し訳ないからな。
 自分で考えて動ける妖精種の使い魔を作っておいたよ。
 しゃべることもできる。
 フィエラと名付けた。
 ここの設備は、一通り使えるようにしておいた。
 かわいがってやってくれ」

 そう言うと、モルトナは魔力を放った。
 コンソールの前の椅子に、小さな妖精が現れ、モルトナの魔力を吸収して、目を開けた。
 最後の魔力を放出したモルトナは、灰となって崩れ落ち、消えた。

 行くな、モルトナ!
 行かないでくれ!
 こんな妖精では駄目だ!
 お前にいてほしいんだ!

 私の叫びは、言葉にさえならなかった。

 それから、私はフィエラと、迷宮の管理にあたった。
 やがて私は、「こちら側」に侵入者があれば目覚めるようにして、眠りについたのである。





 5

 なんだ、これは?

 私は、目の前に表示された数字を、理解できなかった。
 そこには、毎月何人の人間が十階層のボス部屋に踏み込んだかが、表示されている。

 私が休眠に入ってから百年近くのあいだは、年に数人である。
 やがて突然、月に十回程度になっている。
 妙なことに、必ず一人で来ている。

 階層の割には手強くて、手強さの割にはうまみのないボスに設定してあるのに?
 しかも、なぜ一人で?

「今から二百年ほど前、冒険者ギルドができたの。
 ギルドでは、冒険者に、情報や各種アイテムを斡旋して支援したわ。
 冒険者の質は、どんどん高くなっていったの。
 それと、それまでは秘匿されていた攻略情報が、組織的に収集され、公開されていったのね」

 なんという余計なことを。

「百年ほど前には、ついに百階層に到達するパーティーが現れたわ。
 二年後には、メタルドラゴンが倒されちゃったわけ。
 それからは、あるゆる階層で、レベルに応じた狩りが続けられてきてるの」

 信じられん。
 人間が、あの階層に到達できるとは。
 ましてや、メタルドラゴンを倒すとは。

「ミノタウロスについては、倒し方は分かったんだけど、あまりに見返りがしょぼいので、誰も手をださなくなっちゃったのね」

 よしよし。
 計算通りである。
 モルトナ。
 君は正しかった。

「ところが、そこにギルドが目を付けたの。
 ミノタウロスを一人で倒したら、それだけでBクラス冒険者になれます、という決まりを作ったのね」

 なんですとーーー!

「あ。
 クラスとかいっても分からないよね。
 冒険者ギルドでは、迷宮内での探索の目安にするためと、クエストを引き受けるときの目安にするために、等級を設定してるのね。
 冒険者のレベルは覚えてるよね。
 冒険者のレベルでいうとレベル一からレベル五で、Fクラス。
 レベル六から十で、Eクラス。
 そんな感じでいって、レベル六十一以上が、Sクラスということになってるわ。
 これは基本的な目安にすぎなくて、クラスの認定には、いろんな場合に応じての基準があるの」

 うむ。
 よく分からんぞ。

「だって、町中でクエストをこなしている冒険者は、レベルは上がりにくいけど、経験を積んでいれば、きめ細やかな仕事もできるでしょ。
 逆に、レベルは高いけれど、社会経験のない無知で若い冒険者だと、簡単なお使いにも不向きなことがあるわ」

 若いときには、誰でも、無知で無鉄砲なものなのだよ。

「そのへんを加味して、クラスは認定されるの。
 固定した職業や職場がある人は、あまりクラスに関係なく生活が成り立つわ。
 でもね。
 そんな人は、あんまりいないの。
 普通は、採取も、お遣いも、護衛も、いろんなことをするわけなの。
 するとね。
 危険な地域での薬草採取とか、魔獣や盗賊の多い地域を通る隊商の護衛とかもあるわけで、ある程度のクラスを持っていないと、仕事が請けられないわけなのよ。
 で、超危険な仕事は請けなくていいし請けられないけど、たいがいの仕事は請けられるというクラスが、B。
 Bクラスへの昇級査定を求める人は、ものすごく多いの。
 ギルドでも、対応に困るほどにね。
 それで、ミケーヌの町の冒険者ギルドは、ミノタウロスに目を付けた」

 ミケーヌ?
 聞かない名前だが、どこだ?

「あまりにまずくて、迷宮探索の冒険者たちからはスルーされるモンスター。
 十階層だから、レベル十ぐらいあれば、下りて来られなくない。
 そんなミノタウロスを単独撃破すればBクラスになれる。
 たった一匹のモンスターを倒すだけで、すぐにBクラスになれるのよ」

 うん?
 なんだか不穏な成り行きではないか?

「採取系とかばっかりやってた冒険者でも、赤ポと青ポと黄ポをたっぷり準備して、手順を守ってじっくり攻めれば、まずミノタウロスには負けないの。
 だから、このやり方は、ものすごく人気を呼んだわ。
 けっこう遠い所からも、冒険者が集まって来たのよ」

 おお。
 何だか知らんが、ミノタウロスが、いろんな人に喜ばれたということかな?

「というわけで、普段迷宮にもぐらない冒険者が、ミノタウロスを倒すためだけに、十階層のボス部屋に来るようになったわけ。
 あと、早くBクラスのパーティーに入れてほしい迷宮探索者とかがね。
 つまり、人気スポットになっちゃったの」

 なんてことだーーー。
 冒険者ギルト、許すまじ。
 人の苦労と工夫を、何だと思ってるんだ。

「でも、そのときは、まだよかったの。
 だって、みんな、ミノタウロスを倒すことだけが目的だったから。
 ミノタウロスを倒したら、さっさと部屋を出て行ったわ。
 ところが、あるとき、事情が変わったのよ」

 お、一番最近に、表示を移動したな。
 ふむふむ。
 おお、部屋に来る者が、急にゼロになっておるではないか。
 何か手を打ったのか?
 ありゃ?

 な、な、な、な、何じゃ、これはーーーーーーーーーーー!!??
 毎日、二百人以上、来ているではないか?

「あるとき、ミノタウロスが消えたの」

 すぐにリポップするではないか。

「リポップしないので、妙だなあ〜、と思ったの。
 それで、手動でリポップさせようとしたら」

 したら?

「すでにリポップしています、ってアラートが出て、エラーになっちゃうの」

 では、部屋のどこかに隠れていたのだろう。
 湖の中は探したかね?

「何を考えてるか知らないけど、たぶん違うわ。
 ミノタウロスは、五十階層にいたの。
 しばらく観察してたんだけど、モンスターや人間を倒してた。
 そして、人間を倒したときは、経験値を獲得して、レベルアップもしてたのよ」

 レベルアップ?
 ボス部屋を出た?
 そんな仕様には、していないぞ?

「解析したところ、大地神ボーラ様の加護だと分かったわ。
 そのミノタウロスは、大地神様認定の冒険者になってたっていうわけ」

 ……ずいぶん、世の中は変わったんだなあ。

「考えてること、だいたい分かるけど、違うわよ、それ。
 そんな例は、ほかにはないんだから。
 まったくのイレギュラーね。
 詳しいことは省くけど、とにかく、そのミノタウロスは、どんどん下に下りて、どんどん強くなって、ついには、メタルドラゴンを百回倒したの」

 ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 メタルドラゴン百人組み手、クリアしちゃったのーーーーー!?
 まさか、ほんとにやるやつがいるとはーーーーーーーっ
 だって、途中で外に出たら、カウントがゼロに戻るんだよ?

「驚いてるわね。
 わたしも驚いたわよ。
 でもね。
 最初は、全然かなわなかったの。
 諦めないで、何度も何度も挑戦して。
 襲ってくる人間を撃破してレベルアップして。
 どんどん強くなっていったわ。
 最初にメタルドラゴンに勝ったときには、半死半生だったけど、かっこよかったわあ。
 あたし、思わず拍手しちゃったもん」

 君は、それをずっとモニターで観戦していたのかね?
 い、いや、そんなことより。
 つまり、ゆがんだ神の迷宮への通路がオープンされたのか?

「通路がオープンしちゃったの。
 でも、ミノタウロスは、百階層のボス部屋から出ないから、今のところ、通路には気付いてないみたい」

 うーむ。
 驚いたなあ。
 でもまあ、いいか。
 あっちに行っても、それこそ即死するだけのことだ。
 それより、問題は、十階層のボス部屋だ。

「ごめんね。
 ほんとは、すぐにミノタウロスを排除すべきだったかも。
 でも、ミノちゃん、あんまり一生懸命だし。
 かっこよかったし。
 それに、ボーラ神様の加護持ちでしょ。
 変に手出ししたら、どんな反動があるかも、って思って。
 この迷宮自体、ボーラ神様の恩寵で成り立ってるんだし」

 うむ。
 論理的だ。
 ところで、この二百人は?

「ミノタウロスのいたボス部屋は空き部屋になってるわけ。
 広い部屋だし、湖もある。
 モンスターは入って来ない。
 優良物件よね。
 ギルドが、そこに目をつけたの」

 ミケーヌの冒険者ギルドとやらを、嫌いになりそうだよ。

「そこに、ギルドの出張所を置いて、各種消耗品の販売やドロップアイテムの買い取り、情報提供その他のサービスを始めたのね。
 たちまち初級中級の冒険者たちの人気を呼び、今では大勢が休憩や情報交換の広場として活用している、ってわけ」

 誰にも来てほしくない場所が、最も人の集まる場所になっているわけか。
 なんてことだ。





 6

 それからというもの、私とフィエラは、侵入を監視し、モンスターの配置やリポップを調整しながら、人間たちを食い止めるために奮闘した。
 冒険者ギルドには虫型の使い魔を常駐させ、情報を収集した。
 初め、ギルドは「こちら側」の探索に直接関与しなかった。

「こちら側」は、ドロップ皆無でモンスターは性悪であったから、来たがる冒険者は少なかった。
 それでも、次第に探索は進んでいった。
 私は、いっそ通路を埋めてしまえばよいと思ったが、それをするとエネルギーの循環が止まり、迷宮は死んでしまうらしい。
 そうなれば、この部屋も維持できないという。

「ね、ねえ、ヴォーグ。
 マスターの柩、なんか、中が黒ずんでない?」

 うむ?
 気のせいではないか?

「あっ!!
 マ、マスターが、今、そこにっ」

 驚いた私は、フィエラの指すほうを見たが、何もない。

「間違いなく、マスターよ。
 あなたのほうを見て、にっこり笑って、消えたわ。
 透き通ってたわ。
 あれはきっと、マスターの霊体よ」

 ううむ?
 お前は、あるじにお会いしたことはないではないか。

「私の記憶は、モルトナからもらってるの!
 マスターだったんだってばっ」

 私には見えなかったぞ。
 仮にあるじの霊体が復活なさるようなことがあるとしてもだ。
 昨日今日生まれたしもべに姿をお見せになって、千五百年以上お仕えしている私に姿をお見せにならないというようなことを、あのあるじがなさるだろうか。
 いや、それは論理的でない。
 つまり、フィエラの幻覚である。
 そうに違いない。

「ちょっと〜〜お。
 聞いてるの〜〜?
 無視しないで〜」





 7

 ある日、恐れていたことが起きた。

「強いわね、さすがに」

 フィエラの言う通りである。
 スカウト、騎士、戦士、アーチャー、支援魔法使い、攻撃魔法使い、回復役、そして聖戦士。
「こちら側」を攻略するのに、これ以上ない編成である。
 しかも、「あちら側」の最下層でさえ通用するほどレベルの高い冒険者たちが、物資を惜しまず進撃してくる。

 このパーティーは、ギルドが編成したものである。
「こちら側」の全容解明が目的であり、ドロップも経験値も度外視している。
 報酬は、このクラスの冒険者にしては低いが、消耗品はギルド持ち。
 不死の肉や高価な触媒も、たっぷり提供されている。
 価値ある品が見つかれば、パーティーメンバーとギルドで折半する。
 探索に有効なアイテムであった場合、パーティーメンバーは、優先的に買い取る権利が与えられる。
 さらに、未踏破の迷宮を最初に攻略する名誉と満足。
 パーティーの士気は高い。

 ギルドがついに本気を出した。

 少々モンスターの数を増やしたところで、このパーティーを止めることはできまい。
 いよいよ私の出番である。

「ま、待って〜〜っ。
 なんで扉に向かって歩いてるの?
 まさか、自分で迎撃する気なの?
 だめよっ。
 そりゃ、あなたなら、あのパーティーだって粉砕できるけど、そんなことしたら、ますますギルドが本気になるだけじゃない」

 む?
 しかし、ほかに撃退するすべはあるまい。

「〈浸食〉を使うわ」

 なんと!
 浸食が使えるのか。
 それは、人間の記憶を操作する魔法である。
 暗示や魅了と違い、記憶そのものを書き換えるので、調べても偽の記憶とは分からない。
 あんな大魔法が使えるとは、驚きだ。

「いざっていうときのために、モルトナが用意してくれてたのよ。
 一回こっきりしか使えないけどね。
 この部屋にやつらが来るまで、待ちましょ。
 そして、最後の部屋には何もなかった、って記憶を持って帰ってもらうわ」

 私たちは、モニターで、冒険者たちの闘いぶりを見守った。
 危なげなくモンスターたちを撃破していく。
 さすがに十五階層を過ぎたあたりから、かなりの損耗を受けているが、高級消費アイテムに物を言わせて突き進んでくる。

 十六階。
 十七階。
 十八階。
 十九階。

 そして、ついに二十階。
 二十階に来れば、この部屋までは一本道だ。
 下に降りる階段はないから、ここがゴールだと、いやでも分かる。

 やつらは、一人も欠けることなく、この階に到着した。
 消費アイテムと回復魔法で体調を調えている。
 さあ、いよいよだ。

 フィエラが、私の手にしがみついて言った。

「ねえ。
 あたし、あんたの役に立ってるかなあ」

 もちろん立っているとも。
 どれほど君に助けられているか、私の演算能力をもってしても、容易には計算しきれないほどだよ。

「そっか。
 そんなら、よかった」

 と、フィエラは笑った。

 私は、部屋の中央に立った。
 私の両手の中で、フィエラが目を閉じて呪文を唱えている。

 冒険者たち全員が、エントランスエリアに入った瞬間、巨大な扉は忽然と姿を消した。
 彼らの真正面に、私が立っている。
 あらかじめ準備していたのであろう。
 何十本もの矢と強烈な魔法攻撃が、私を襲う。
 私は、そのすべてを平然と受け止める。
 手の中のフィエラには、かすり傷も負わせない。

 準備していたのは、こちらも同じである。
 彼らの攻撃と同時に、フィエラの魔法が発動した。
 視界全体が真っ白に染まる。
 その光は、しばらくのあいだ続いた。
 発光が終わったとき、扉は閉まっていた。

 冒険者たちが遠ざかっていくのが、モニターに映っている。
 彼らは、最下層には何もない部屋があるだけだった、と報告するだろう。
 ギルド長は、あまりの採算の悪さを嘆くに違いない。
 当分のあいだ、あるいは永遠に、冒険者が派遣されることはあるまい。
 私は、手の中のフィエラに、ねぎらいと賞賛の言葉をかけようとした。

 フィエラは、いなかった。
 手の中にあるものは、崩れゆく砂だった。

 そうだ。
 あれほどの魔法を、こんな小さな人造妖精が行使するには、存在のすべてと引き換えにしなくてはなるまい。
 論理的だ。

 それにしても、砂か。
 同族だったのか。

 私は、同僚であり、伴侶でさえあったかもしれない砂粒が、手のひらのすき間からこぼれ落ちていくのを、ただ見つめていた。
 ほかに何ができたろう。

 私は、涙を知らない。
 私は、声を持たない。
 そもそも私は、心を乱したり、悲嘆に暮れたりすることはない。
 私には、涙腺も発声器官も感情回路も、装備されてはいないのだから。

 どれほどのあいだ、そうしていたろうか。
 やがて私は、動き始めた。
 潤滑油が劣化しているのか、ひどく体がきしむ。

 しばらく寝台に横たわり、保存液に漬かろう。
 メンテナンスが終わったら、迷宮の管理に戻るのだ。
 昨日と同じように今日は過ぎ、今日と同じような明日が来る。
 それだけのことだ。




 われはゴーレム
 いのちなき土くれ
 喜びを知らず
 悲しみを知らず
 あるじの定めし(のり)のまま
 課されし務めを果たすのみ
 身の最後のひとかけが
 砕け散り消え去るその日まで





(了)



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