龍の棺 プロローグ
昔、俺の爺ちゃんが言っていたことなのだが龍には棺があるそうだ。
どういった話か忘れてしまったのだが、爺ちゃんはその龍の棺を所持していたそうなのだが……記憶がちょっと曖昧なのだがその棺を所持していると人に姿を変えた龍が会いに来るといっていた気がする。
そのとき俺はまったく信じていなかったのだが、爺ちゃんの目の前には龍が人の姿で現れたって言っていた。爺ちゃんは俺にその龍の棺をやると約束してくれたのだが……その爺ちゃんがぽっくり逝っちまって残された俺、つまり白河善人への遺書にはわしの屋敷にあるとだけ書かれていた。そして、俺はそれを探すために母方の父である爺ちゃんの家に向かったのだ。
―――
龍の棺 〜黒龍ノ棺〜
俺が飛行機にバスに電車に徒歩………様々な公共機関に徒歩という原始的な移動手段を私用してやってきた爺ちゃんの屋敷……それは比較的山の上のほうにあり、お隣さんが一キロ近く離れているような場所だった。田舎ではなく、隔絶した感じだ…………
「はぁ………はぁ………」
勿論、俺の体力は既に限界を超えており、朝五時半に家を出て今は昼間…………どうやら今日中に自宅に戻るには無理そうだった。
「ちょ、ちょっと休憩……」
家に着いても誰もいないようだったので勝手にだだっ広い敷地内に入って縁側を見つけてそこに寝転がる。
季節は夏で、蝉の鳴くうるさい音だけが鼓膜をふるわせる。無論、風鈴の音もどこからともなく聞こえてくるのだが、いかんせん、セミたちが俺へのあてつけなのか知らないがその響く不協和音のほうが勢力が強く感じられた。さらに、じゃりじゃりと誰かが近づいてくる耳障りな音が俺を眠りの世界から遠ざけていたのだ。
「誰かの足音?」
頭の中で勝手に考えていたその言葉に気がついて、体を起こすとそこにいたのは俺と同じくらいと思われる女の子だった。その女の子は黒髪を腰の辺りまで伸ばしており、黒っぽいワンピースのようなものを着ていた。つぶらな目に光る瞳は深遠の黒を湛えており、ばっきゅっぼんな体型でもあったのだ。それにたいして清楚な顔立ちなのがミスマッチながら俺の心に驚愕と至福のときを与えてくれたのだった。
「………」
「………」
その黒髪の女の子は物珍しそうに俺を見ており、俺はその神々しい姿に二つのおめめをしっかりと奪われていた。黙っている二人の間には誰も入ってくるものなんてなく、視界が交わることもない。聞こえてくるのは彼女が持っている風鈴がたまに吹く風に揺らされて心地よい音色を奏で、庭を過ぎたところにある森に存在するすべての雄蝉が鳴きやむことなくその不快な音を奏でていた。
「……………」
「……………」
あ〜その、何だ……黙っていても埒が明かないと思った俺は話しかけた…………なんてこともせず、その場に寝転がった。疲れていたので寝るだけだ…………どうせ、こっちにすむ予定もないのでこのことお知り合いになってももう会うことはないだろう。そんなことを考えていたら急に眠気が襲ってきて俺は睡魔にかつことなく、どろどろにとけたアイスのようにその場で眠ってしまったのだった。
―――
鳴いていた蝉たちも疲れがピークに達したのか、他の種類の蝉たちにバトンとやる気を渡して静かになったようだ。俺が目を覚ますと横には先ほどの女の子が寝ており、彼女が持っていた風鈴は俺の頭上につけられていた。
どのくらい眠っていたのかわからないが、この時期にしては結構遅いほうなのだろう、そろそろ夕焼けがその姿を消そうとしていたのだ。勿論、おなかも無駄に鳴るし、今手持ちで食べるものなんて持っていない。
「……すぴ〜〜……」
「………」
女の子は隣で無防備に眠っているし、こうなったら朝まで共にここで寝るというのもありなのかもしれないが……………やめておいた。そんなことより、何か腹の虫を鳴きやませる食べ物でも探すことにした。
爺ちゃんが死んで結構なるのでこの家の中に食べ物があることなんてないのは知っていた。ただ、爺ちゃんは蔵の中に梅干やらカンパンなどの保存食を残していたのは知っていたのでまだ後処理が決まっていないこの家の蔵の中にあるのは確かだ。爺ちゃんが死んでからこの蔵の鍵を持っているのは俺だけだからな。
蔵のあるところに向かって歩き出す。
あたりはもう真っ暗になっており、懐中電灯を持ってきたことに安堵のため息を吐きながらおなかをさする。所有者を失った庭は未だにその綺麗な庭を保っており、家の中も誰かが生活しているような綺麗さを保っていた。家というものは所有者がいなくなればあっという間に老朽化してしまうものだ。となると、もしかしたら先ほどの女の子がこの家に住んでいたのかもしれない。
「……………」
五分ほど歩くと爺ちゃんの蔵がその巨体を俺の目の前に影となって現れてくれた。この蔵の中に確かにあるものは爺ちゃんが集めたエロ本に保存食といったところだろうか?あまり億のほうに行ったことはないのでわからないのだが……………前者は誰かに燃やされてしまったと爺ちゃんは言ってたな。
「……………」
蔵の鍵はさび付くことなく門にぶら下がっており、鍵に金がかけられていることは目に見えてわかった。門も特注品だと俺に教えてくれてもいたし、蔵も結構な金額を掛けて建築したのだとも教えてくれた。
「…………」
「うわっ!!」
振り返るとそこには先ほどの女の子が立っていた。昼間見た綺麗な表情は今では懐中電灯に下から当てられて不気味な姿に豹変させていた。体はもとから黒い服を着ていたので闇とどうかしているようにも見えた。しかし、まぁ、光を当てればばっきゅっぼんには代わりはないのだが………
「………」
女の子は口を開けながら俺に話しかけているようなのだが………俺には理解できなかった。言葉が通じていないことに気がついたのか、今度はジェスチャーで俺に何かを伝えようとしている。人差し指を左手の親指と人差し指で作った穴につっこんだり出したりしている。こ、これは…………
「それを俺にしろと?」
こちらの声もあちらに届いていないようで相手は首をかしげている。どうやら、ジェスチャーで返答しなければいけないらしい。ゆ、指を穴につっこんで………出し入れってあんた………そりゃ、この小説に規制をかけなきゃいかんぜよ!
俺は相手を指差して………正確には下のほうを指差して………先ほど女の子が行ったジェスチャーをしてみた。
「…………?」
「あれ?違うのか………」
嬉しいような、悲しいような………ま、まぁ、そりゃいい。女の子はとりあえず俺に正しくジェスチャーが通じていないことに気がついたようで、俺の手をとって蔵のほうに歩き出した。そして、蔵の前に立つと鍵を手にとって俺に向ける。
「ああ………なるほど………鍵を開けて欲しかったのか」
言われたとおりに鍵を開ける。
「ほら、開いたぞ」
「……………」
てっきり中に入りたかったのかと思ったのだが、女の子は入るようなこともせずに俺を凝視している。俺を指差し、蔵の奥を指差す。
「俺?」
「……………」
俺は驚いて自分を指差すと、相手は頷いた。
ま、まぁ、もとからこの蔵の中にはいることは決めていたことなのだが………なんだか気が殺がれてしまった。あたりは真っ暗、手にある懐中電灯は何かに力を奪われたのか………あっという間に消えてしまった。どうやら、事態はいい方向に傾いてはおらず、どっちかというと悪い方向に向かっているらしい。
「……………」
「………」
聞こえていたはずの蝉の声は既に聞こえてこない………ただ、ただ女の子の視線を感じるだけだった。
「わ、わかった!いけばいいんだろ!」
どうせ通じないだろうが、俺はそんな大声を出して蔵の中に歩き出した。勿論、つかないとはいえ懐中電灯は手に持っている。
蔵の中に入ると後ろで蔵の扉が閉められた上に鍵までかける音が聞こえてきた。そして、どこかに走っていく声が聞こえてきた。
「置き去りかよ!?」
戻って扉を叩こうと思ったのだが、俺とあの子以外にここにはいないのだ。
家族には帰るのが遅くなるかもしれないと伝えていたので当てには出来ない。
お隣さんに助けを求めようにも一キロ以上離れているのだ。爺ちゃんが蔵の中に俺を閉じ込めたりしたときも外に声は届かなかったこともあるのだが……そんな防音性抜群の蔵の中から叫んでも聞こえることはないだろう。まぁ、トイレも風呂も食料もたくさんあるので生活に困ることはないだろうが…………ははは……
「ええい!笑ってないで何か脱出する方法を考えねば!」
俺はいい加減なれてきた暗闇の世界に記念すべき第一歩を踏み出した。
「んっがっ!!」
しかし、その記念すべき第一歩はなにやら硬いものに当たって俺はこけてしまった。
「あいたたた………」
こけたときの常套句を口にしながらも何とか立ち上がる。そして、俺を見事にこかしてくれた相手をまるでプリンに触れるかのように慎重に触る。
「硬い」
第一感想はそんなもので、着手点から徐々に触れていくとどうやらそれは四角い箱のようなものだった。箱には蓋のような物がついており、それは…………
「これが、これが棺か?」
それは見事に棺なのだが、おかしいことにそれは恐ろしいほど軽いものだった。あるようなものでないようなものといったほうがいいのかもしれない。しかも、氷が水蒸気………つまり、固体が気体になるようにしてそれは姿を消したのだった。
「?」
このような奇怪な現象に一度も立ち会ったことのない俺としてはただただ、驚くしかなかった。実際は殆ど視界が利かないところで起こったことなのでいまいち実感がわかないのだ。実体験はしたのだが、一分も立たないうちにそれは幻なのでは?と頭の中で整理してしまうようなこととなった。
『私の言っていること、わかる?』
鈴の鳴るような声が聞こえ、蔵の扉が開いて月光が入ってきた。月光に照らされて先ほどの女の子の姿が幻想的だが、しっかりと俺の視界に入ってきた。黒髪は時折吹く夏の風に揺れて綺麗だった。
「日本語わかる?」
「え、ああ……」
一歩一歩、こちらに歩いてきて俺にはじめて微笑みを見せてくれた。絶対に笑わないような表情を今までしていたのでぎょっとしてしまった。
「え、ええと……あ、あんた名前は?」
「私?私は……名前はないよ」
「名前がない?」
俺がそう尋ねると
「そう、名前がないの」と言って笑った。
「何で?」
「…………名前なんて何であると思う?」
「それは………………」
何でだろうか?ええと、やはり他と区別するためだろう。
「他人と区別するためか?」
「それもあると思うけどね………ま、私たちの場合はちょっと違うんだよ」
違う………何が違うのだろうか、そして、私たちとは………どういう意味だ?複数形ということはまだ他にもこのような女の子が近くにいるのだろうか?
「と、とりあえず………私ね、龍なんだ」
「龍?ところで、名前の話はいいのか?」
「そう、龍………名前の話はあとでする」
龍とは竜とも書きドラゴンと呼ばれたりするものだ。その姿は猛獣や猛鳥の爪や翼をつけたような感じであり、多国の神話や伝承に登場したりする存在である。俺個人の意見としては竜といわれると体がちょっと太めな感じを想像し、龍といわれると長細いものを想像してしまう。彼女が言ったのは龍のほうだろう。
「…………うっそだぁ………龍っていうのはそんな人の姿してるわけないだろ?」
目の前にいる女の子は初対面と言っていいほど面識のない人だ。そんな人から
「私は龍なの」といわれたって誰か信じるって言うんだ?龍の棺の話しもされたし、さっきも摩訶不思議な体験をした俺なのだがさすがに視力までがおかしくなっちまったわけではない。ここからは本当に個人的な意見なのだが目の前の女の子が人間じゃなくて龍だというのなら信じないのだが妖艶な悪魔だと述べたならば信じていただろう。そして、その美しさに見事に撃沈していたに違いない。
「龍とか信じてない?」
「いや、信じてはいるけどさ、あんた人間だろ?」
人間とはサル目ヒト科の動物である。現存種は一種類しかいないそうだ………ちなみに、人間で辞書を引くとちょっと想像していたのとは違う結果が出たりするのでお手元に辞書を持っている人がいたら引いてみるといいだろう。
「それならさ、龍の棺って話知ってる?」
「………さ、さぁ?知らない」
龍の棺………それは爺ちゃんから聞かされていた話だ。この土地にやってきて結構思い出してきた………
その物語の始まりは………
「…………知らない?それなら教えてあげるね………物語の始まりは………」
その昔、一人のヒトがいた。
そのヒトは冒険者だった。
冒険者と言っても、宝石なんかを探し回っているようなヒトではなく、ただ単に見聞を広めるための冒険者だった。
そしてある日、彼は一つの洞窟の中で夜をすごすことにした。
しかし、世もふけていたときに近くから獣の遠吠えが聞こえてきた。その時代、獣たちがいつぞヒトを襲おうかわからない時代で……そのヒトは洞窟の奥に姿を隠すことにしたのだ。そのようなことをしても鼻が良い獣たちに対抗できるとは思えなかったのだが、獣たちはヒトに襲い掛かるようなことはなかった。
洞窟の奥で一晩過ごそうとするヒトの耳に声が聞こえたのだ。その声はとても苦しそうなもので、ヒトははじめのほうは恐怖していたのだがあまりにも可哀想だと思って危険を顧みずに声のするほうへと歩を進めた。暗くてよくわからないが、そこには何かがいた。それはヒトに頼んだそうだ……………そう、ただ一言
「私の棺になって欲しい」と………
「つまり、その言った存在が龍で、龍の棺って……………」
「そう、ヒト……つまり、そのヒトが龍の棺ってことになるんだよ」
なってこった…………てっきりさっきの四角いものがその龍の棺かって思ったんだけど……そうじゃないのか。
「それで、あんたが龍って証拠は?」
「あ〜やっぱり姿見せなきゃ駄目?」
「駄目。信じられないから」
「………わかったよ。でも、この姿見ても絶対に私を嫌いにならないでね?」
嫌いになるも何も、今日はじめてあった人間に対して好き嫌いをぱっと決めれるほど俺は短絡的な見方はしない。
「さぁな」
「じゃ、見せない………約束してくれない人間には絶対にその姿見せないって決めたんだもん」
「ああ、そうかい、それならかまわねぇよ」
どうせ嘘なのだろう、この女の子は俺をからかっているのだ。あの爺ちゃんのことだ、あっちに逝ってもサプライズを俺に提供したかったのだろう。そう考えるとなんだか腹が立ってきた。
「………でも、あの輝おじいさんのお孫さんなんだよね?龍の話聞いてなかったの?」
「まぁ聞いてたな、でも、爺ちゃんが本当にそうなのかどうかはわからんだろ?鵜呑みにするわけにもいかないんだけど……俺は見事に鵜呑みにしてた」
俺が正直にそのように伝えると相手は不思議そうな顔をしていた。
「あれ?じゃあ何で私が龍ってことを信じないの?」
「そりゃ、証拠を見せれば信じるけどな………どうにもあんたのことを信じられん」
「え〜なんで!」
「このご時勢、相手に隙を見せると何されるかわからないからな」
「けど、私が隣で寝てても何もしなかったよね?輝おじいさんはすぐにでも襲い掛かるって言ってたよ?」
爺ちゃん、爺ちゃんは孫を何だと思っているんでしょうか?ご返答いただけるのならいつか夢枕に立ってください。そのときはあなたから習ったすべてをかけて討ち果たしますから。
「あのなぁ、俺はそんな奴じゃないの!」
「じゃ、私の話信じてくれるよね?」
「それとこれとは話しが別だろ?信じて欲しいのならさっさと証拠を見せろ!」
「だ、だからそれは……………その、絶対に恐がらない?」
「恐がる?何を?」
「私を」
「あんたを?」
「うん……………」
女の子はそのまま首を下にして右の人差し指で左手の人差し指をつついている。まったく話しが見えんし、それにいつまでたっても話しが平行線だ。このまま話し合っていたら朝を迎えるんじゃないのか?
「あ〜もう、わかったよ!見せてくれる代わりに俺があんたの言うことを一つだけ聞いてやる!」
俺は山あり谷ありの人生を送りたいと思っている男だ。人生とは万事塞翁が馬なのだと信じてやまないのだが………ある人は人生には谷などなく、そのままずっと上がっていって死ぬときはその人生の山の崖から落ちて生涯を終えるそうだ。なんともまぁ、酷な話である。おっと、話しがずれたな。
俺の答えに女の子はちょっと迷ったようだった。
「本当?信じていいの?」
「さっき信じてくれないってぼやいてたのはどこのどいつだ?信じてもらいたいのなら相手を信じるところからはじめることがセオリーだ。その頭の中に刻み込んでおきな」
「う〜ん、そうなんだ」
ちなみに、相手を騙すこともここから始まる。いかにして相手と信頼しあえる仲になれるかということが他人を騙す第一歩なのだ。ああ、相手の信頼を早く得たい場合は相手の意見に賛同するばかりではなく、近くでその相手の行動などを観察して相手の思考をある程度読み取れるようになるとなおよい。
「金銭的と法律に触れるようなことじゃなければなんでも言うこと聞いてやるぞ?何がいいんだ?」
「それなら………ええっと………」
首をかしげながらも女の子は必死に考えているようだった。
「………名前が欲しい」
「名前?あんた、本当に名前が欲しいのか?」
「さっきも言ったとおり、名前、ないんだ。だからさ、私に名前をくれないかな?」
俺の手を握り締め、懇願してくるその表情に嘘偽りなんて汚い感情がないのが俺の目には綺麗に映っていた。この子はそんな感情とは無縁の存在なのかもしれない。
「名前か……………」
「うん………ところで、名前は?」
「俺?俺は白河善人だ。善人って呼んでくれ」
「わかったよ………私の名前は善人の好きにしていいよ。提案しても私にこれがいいか?とか聞かないでね?希望を取るのも駄目だから」
つまり、どのような名前がいいのかとたずねることが禁止なら………本当に自分で考えなくてはいけないのか。
「あ〜それなら……クロノってどうだ?」
「クロノ?」
「ああ、これなら漢字でも書けるからな」
ちなみに漢字で書くと黒之と書くことになる。なんとなく苗字のようなのだが、これなら国際時代の今でも充分違和感なく使われることだろう。
「クロノか………いい名前だね!」
「そ、そうか………そりゃよかった」
その場でぴょんぴょんはねているクロノに対して俺は心の中で謝っていた。
「すまん、クロノ………速攻で名前を考えるのなら“黒っぽいから”という理由だけで考えるしかなかったんだ」
「ん?善人、何か言った?」
「いや、何もいってねぇよ…………それよりさ、早く龍の姿を見せてくれないか?」
「ん………わかった……」
どことなく元気がなくなっており、先ほどとはかなり変わった表情だった。それほどその龍の姿を俺に見せたくないのだろう……いや、正確に言うのなら
「おれにその姿を見られえて恐れられるのが恐い」ということなのだろう。先入観だけでの考えなのだがみたところクロノは俺と爺ちゃんぐらいしか知り合いがいないようにも見える。いや、見たことはあるのだろう、だって誰かに恐れられるということは他人にその姿を見せた、もしくは見られたということなのだからな。
「じゃあさ、ちょっと目をつぶってくれないかな?」
「わかった、目をつぶろう」
俺は出来るだけクロノの要求にこたえることにした。龍の姿を見たとしても絶対にクロノのことを恐がらないと決めた。クロノっていうしょぼい名前をつけちまったからな。これで罪滅ぼしってわけでもないのだがクロノを傷つけたくないからな。
『いいよ』
「ん?」
頭に響くような感じでクロノの声が聞こえた。俺は素直に目を開けた。目を開ける瞬間には抱いていた不安はどこかになりを潜め、ただ、ただありのままを見ることにした。
「………」
そこにいたのは違いようのない黒龍。
その姿は威風堂々としており、その周りの風、俺に吹き付けて遠くの風鈴を鳴らしている大気さえも威厳を感じるものだった。黒い鱗は黒光りしており、その姿は宙に浮いていて体はくねっていたりもしていたのでよくわからないが十メートルは間違いなくあるだろう。角も生えており、一言で言うなら………
「すごいもんだ、これがクロノの本当の姿か?」
『ど、どうだろ………も、もういいかな?目、つぶってくれない?』
言われたとおりに目をつぶった。俺が目をつぶっている隙にもしかしたらそこらあたりの林から飛び出したりしているかもしれないし、実際のところはクロノではないかもしれないが………とりあえず、
龍は間違いなくいる!
ということだけはわかった。その姿は見事に力強く、幻想的であった。ああ、カメラでとっときゃよかった。
「もういいよ」
「ああ、そうかい………」
目を開ければそこには先ほどのクロノがいて、物凄く心配しているような顔で俺を見てくる。
「ど、どうだった?やっぱり恐かった?」
「そうだな、正直、震えた」
そういうとクロノはかなりうなだれていたようだった。
「あんなにすごいもんとはな……感激しちまって興奮しちまった。クロノ、信じなくて悪かったな」
「え?」
よくわからないといった感じで俺を見てくる。
「恐かったらその場でちびってるか回れ右して蔵の中に閉じこもってたぜ?だから、心配するな、俺はお前のあの姿を見ても別に恐いともなんとも思わん。だが、これだけは言っておく………俺が五歳ぐらいだったら間違いなく泣いてたぜ?」
そんな感じでクロノに正直な感想を述べると彼女はきょとんとしていたのだが、嬉しそうな顔をしながらその黒い瞳からは大粒の涙を流し始めた。
「まったく、表情表現が忙しい奴だな?今度はどうした?目から鼻水がでてっぞ?」
「こ、これは嬉し涙だよ……ありがと」
そう言って俺の右手を掴んできたクロノに対して俺が答えられる言葉は………
「…………あ、ああ………」
無様なほどにそんな程度の言葉しか口から出てきてくれなかった。
まぁ、場数を踏んだならば(もう龍に会うことはないだろうが)もうちっとましな回答をしてあげれただろう。優しく抱きしめることが出来たかもしれないが、初対面の相手にそのようなことをすれば俺は逮捕されるに違いない。だから、これが一番いい反応なのかもしれないな。そんなことを考えていた俺だから、過ちと言う奴を犯すのだろう。思ったのだが、過ちって何のためにあるんだ?犯すためか?
「これからよろしくね?」
「ああ、よろしく…………ってよろしく?」
「うん、よろしく」
よろしくって……夜露死苦ってやつっすか、総長?あれ?何これ?
「龍の棺になったんだから、これからは一緒だよ?」
「いや、クロノ、一緒ってあんた…………それどういう意味?」
「一緒のところで生活するってことだよ!善人、もしかして国語のテスト苦手?」
いや、苦手じゃないぞ?むしろ、何もしなくても九十点ぐらいとれてるから比較的得意なほうかもしれないって………はぁ!?
混乱する俺、そして、気がつけば俺の両手を握ってニコニコしているクロノ………
「じゃ、改めてこれからよろしくね?」
どうやら、世界というのは俺の都合よくまわってくれるということは殆どないようだ。
龍の棺 〜黒龍ノ棺〜 終
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