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この小説はハリポタ親世代のお話です。シリウスがホグワーツ入学時です。
I can love myself
作:カイリ


愛がほしかった。偽りなんかじゃなくて、作り物なんかじゃなくて、誰かのお下がりなんかじゃなくて―――………。俺だけに向けられる、真実の愛が。

I can love myself

父さんや母さんに優しくしてもらうためには、とにかく従順でいること。
「はい、父上、母上、」
なんてね。そうして笑顔でいればいい。物心ついた時には、それがもう染み付いていた。無意識のなかでもできる。心のなかで
「黙れこの野郎」
などと罵倒していても、外見上はにっこり笑っていられるんだ。

鏡の前に立って、自分の姿を見つめる。
「母上」
が整えてくれた身なり。可笑しいほどきっちりした、パーティにでも行くような衣装だった。

カレンダーを一瞥する。丸のついた日付。9月1日。今日は、11年間待ち焦がれた日だった。自分の誕生日なんかよりも楽しみにしていた日。今日の11時に出る列車に乗って、ホグワーツ魔法魔術学校に行くのだ。
ローブや杖や鍋なんかを詰め込んだトランクを引きずりながら、もう一度鏡を見る。
そこには、如何にも聞き分けのよさそうな少年が立っていた。張り付いた作り笑いは、まわりの大人たちのお気に入りだ。自分の持つ全ての中で、この笑顔が二番目に嫌いだった。ワースト・ワンはもちろん、両親に気に入られようと振る舞う自分。
「行ってくるよ」
鏡の中の少年に言い、部屋を出た。



「何か困ったことがあったら、フクロウ便を寄越しなさい」
汽車発二分前、父さんが言った。
「はい、父上」
にっこりして言う。
「週に一度は手紙をかくのですよ」
こちらは、心配顔の母さん。
「はい、分かりました、母上」
やっぱり、にっこり。両親に向ける顔は、これさか持っていないのだから仕方ない。
レギュラスが何か言いたそうにしていたが、言葉を探せず、頑張れよ、とだけやっと口にする。
「父上と母上に迷惑をかけるなよ」
頭をくしゃっとして、再び両親に向き直った。
「いってきます」

ほとんどの車両はもう生徒でいっぱいだった。結構な人数がいるもんだと、思わず感心する。
真ん中の車両の、男の子が一人で乗るコンパーメントを覗いて声をかけた。男の子の向かいの席を指差しながら。
「そこ、空いてる?」
男の子が一瞬きょとんとする。彼も一年生なのかもしれない。どこか安堵したような表情をして、頷いてみせた。
「君、一年?」
男の子が聞いてくる。人懐こい笑顔に戸惑いながら、答える。
「そう。君も?」
「うん。ぼく、ジェームズ・ポッターっての」
「ぼくは、シリウス・ブラックだ」
とりあえず、愛想よく笑ってみせる。ジェームズはじっとこちらを見つめ、手を差し出す。
「え?」
「握手、しよ? もしかしたら、同じ寮になるかもしれないし。これからよろしく」
「あ、ああ………うん」
あっけにとられて握手すると、ジェームズはにこにことまた笑顔になった。
その握手した手のなかで、何やらもぞもぞと動くものがある。
「うわっ?」
慌てて手を引くと、茶色い蛙―――少し溶けた蛙チョコレートが飛び出した。
「あははっ驚いた?」
ジェームズがけらけらと笑う。シリウスはチョコのついた自分のてのひらとジェームズの顔と、窓をよじ登る蛙を見比べた。
「今の、手品っていうんだ。マグルの遊びの一つなんだけど」
「手品? 魔法を使ったんじゃないのか?」
「うん。マグルは魔法を使えない代わりに、いろいろな仕掛けを使って手品をするんだ。魔法には及ばないけど、暇潰し程度にはなるだろう?」
シリウスはようやく落ち着いて頷いた。
ジェームズはくしゃくしゃの黒髪を掻き上げながら窓を開ける。蛙チョコレートが窓の外に逃げる。吹き込んだ風が二人の髪をなびかせ、頬を撫でた。
「ポッター君、君、何でそんなに………」
「ジェームズでいいよ。堅っ苦しいの、好きじゃないんだ」
「じゃ、ジェームズ。君はどうして、そんなにマグルのことに詳しいんだ?」
「マグルに詳しいわけじゃないよ」
ジェームズは肩をすくめる。
「ただ、おもしろいことは好きだからさ。手品って、おもしろいとは思わないか? ブラックくん?」
挑発するような顔になって言うジェームズ。シリウスは少し目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「シリウスでいいよ。堅っ苦しいの、好きじゃないんだ」
シリウスはネクタイを乱暴にほどき、シャツの第2ボタンまで開けた。
二人で顔を見合わせると、どちらからとなく笑い出す。
多分、今まででいちばん自然に笑っているのではないか、と。シリウスはそう思った。



組分けを待つ間の時間は、ひどく不快だった。今まで感じたことないプレッシャー。なぜこんなにも緊張するのかは分からない。どこの寮に入ったって、別に構わないと思っていたのに。
両親はスリザリンに入ることを希望していた。………と言うよりスリザリン以外の寮なんて考えてもいないだろうけど。ブラック家はいわゆる
「純血」
の血筋で、親族の殆んどはスリザリンの出身だった。
「純血」
がそれほど偉いとは思わない。むしろ、馬鹿馬鹿しいとさえ思う。けれどスリザリンに入るのが嫌だというわけでもなかった。スリザリンならば両親が喜ぶことは目に見えている。

「ジェームズ・ポッター!」
組分け帽子がよばわる。はっと顔を上げて見ると、ジェームズが確かな足取りで組分け帽子に近付いていく。 ジェームズはどこの寮になるんだろう。シリウスは彼を見つめながら思う。別にどこだって構わない。けれどジェームズと同じ寮だったなら、どんなに楽しいことだろう………。
「グリフィンドール!!」
わぁっ、と歓声。ジェームズはグリフィンドール生に迎えられて、笑顔を見せていた。
グリフィンドールなら、いい。その笑顔をみて、シリウスは何とはなしに思う。でも、もしグリフィンドールだった時、両親はどんな顔をするだろう? 親子の縁を切られでもしたら、どうしよう?
「リーマス・ルーピン!」
シリウスの5つ前の生徒が名を呼ばれる。少し顔色が悪い。けれどその生徒―――リーマスの瞳は驚くほど強い光を持っていた。
「グリフィンドール!!」
ああそうか、グリフィンドール。シリウスはリーマスを見ながら呟く。彼のように強い眼差しで、前を見据えていけば、グリフィンドールに入れるだろうか? ジェームズのように、にこにこと笑って進んでいけば、グリフィンドールに入れるだろうか? どうすればブラック家の自分がグリフィンドールに入れるのだろうか…………?
「セブルス・スネイプ!」
シリウスの前の少年が無言で歩き出す。やや長めの黒髪が、わずかに揺れていた。その髪と同じ色の瞳。白い顔に張り付く暗い表情。
シリウスはセブルスの表情に、ギクッと身じろぎした。
どこかで見たことがある。誰かに似ている。―――そんな気が、した。
「スリザリン!!」
わぁっとスリザリンのテーブルが湧いたが、セブルスはあくまで低いテンションのままテーブルにつく。
ああ、もう、次だ。
心臓が高鳴る。広間のなかがわずかにざわついた。
「見て。ブラック家の子だ。彼は、スリザリンで決まりだろう」
そんな声が耳に入ってくる。
僕がどこの寮に入るかなんて、まだ分からないだろう! 勝手に決めつけるな!
そう、怒鳴ってやろうかと思った。
両親に愛されたい。それならば、スリザリン。
ジェームズと同じ寮ならばいい。それなら、グリフィンドール。
どちらに入りたいかなんて、もう自分ではきめられなかった。
帽子を被る。鼻のあたりまでくる。
「ふぅーむ、悩んでいるようじゃな。頭は悪くない。人並み以上の勇気もある。親に愛されたいか。……しかし、自分を変えたいと思っておるようじゃな。それが、何より強い………。ならば、グリフィンドールッ!!」
はぁ、そうですか。………え、今、グリフィンドールドールって言った?
きょとんとして帽子を脱ぐ。
生徒たち―――特に、スリザリン生とグリフィンドール生―――がざわざわと驚きを見せていた。けれど、一番驚いたのは、シリウス自身だ。何かの間違いでは? と思わず考える。しかし、そんな考えは大きな拍手によって吹き飛ばされる。―――ジェームズだ。彼が手が真っ赤になるほど強く、拍手をしてくれた。つられて回りの生徒たちも歓声をあげた。
シリウスは笑顔になって立ち上がり、手を振るジェームズの元に駆けていった。

*

  寮の部屋は、四人部屋だった。シリウスの家の部屋よりは狭いけれども、気に入った。何よりジェームズと同室だということがうれしい。
  ほかのルームメイトは、先ほどの組分けで見たリーマス・ルーピンと、背の低いピーター・ペテグリューという少年だ。
  シリウスは彼らと遅くまでおしゃべりし、日付の変わるころに眠りに落ちた。


  気がつくとシリウスは、グリフィンドールの談話室に立っていた。さっき通ったときにはなかった、大きな鏡が置いてある。
  鏡の中をのぞいて、シリウスはぎょっと後ずさった。
  そこにあったのは両親の姿。無言でこちらを見ている。シリウスは着崩したシャツをきちんと直しながら鏡を凝視した。
「―――グリフィンドール、だったそうだな」
  父さんが冷たい声で言う。思わず息を呑む。こんなにも冷酷な表情をした父親を見たことがなかった。
「……はい」
「我がブラック家からグリフィンドール寮の者が出ようとは……」
「でも、僕は……」
「黙れ、シリウス。お前は我が家の恥だ」
「―――……ッ!!」
  手足に力が入らない。冷や汗が流れた。
「ち、ちうえ……」
  声が震える。両親はシリウスに背を向けて遠ざかっていった。
「父上! 父上! 母上! ……待って……父上っ!!」



「シリウス……シリウス………」
  頬に冷たい感触。誰かがしきりに名前を呼んでいる。
「シリウス!!」
  はっと目を開けると、ジェームズの心配そうな顔が間近にあった。
「あ……ジェームズ……?」
「大丈夫かい? ずいぶん嫌な夢でも見ていたようだけど」
「ああ……うん……。ごめん、起こしたか?」
「平気さ。なかなか寝付けなかっただけだから」
  ジェームズは肩をすくめた。その仕草に、なぜか安心する。
「あのさぁー、シリウス。……答えたくなかったら、答えなくてもいいよ。でも、……もしかして君、親と何かあった?」
「……寝言言ってた、僕?」
  口元を押さえると、ジェームズは苦笑してうなずいた。シリウスは深くため息をつく。
「……うちの親さ、僕がグリフィンドールだと知ったらたぶん、相当嫌がると思うんだよね。……知ってると思うけど……うちは代々、スリザリンの出身者が多い家系でさ……血筋を一番に考えるようなところがあるんだ」
  あれは、予知夢だったのかもしれない。朝にはふくろう便で、もう一度同じことを告げられるような気がした。
「幼いころから、親に嫌われないように、とだけ考えながら生きてきたんだ。とりあえずいうことを聞いていればいろいろ与えてくれたし……」
  自嘲。
  自分はなんて厭味な奴なのだろう、と思った。これではまるで、自慢話だ。聞かされるジェームズの身にもなってみろ。そう自分に言い聞かせるが、一度話し始めたら止めることなどできなかった。出会って一日と経たないジェームズに、こんな話をしてもどうしようもないのに。
「でも、大人に媚を売る自分が大嫌いだった。いっそ家出でもできたら、どんなに楽だろう、とも思った。でも、それもできなかった。……頼る親戚も、友達も……行く当てが、ひとつもなかったから」
  話が進むにつれ、自己嫌悪が心の中を支配していく。せっかくできた友人なのに、これではジェームズに嫌われてしまう……。
「馬鹿! 阿呆! ヘタレ! 間抜け! 人間のごみ! クズ!!」
  いきなりジェームズが大声で言う。シリウスは目を丸くした。
「今の、君の代弁ね。……ひとつ聞くけど、君は親のこと、どう思ってるの?」
「どう、って……」
「好き? 嫌い? 尊敬してる? 恨んでる?」
「……たぶん、大嫌いだと思う。―――でも、そんな親にでも、愛されたかった」
  シリウスは恥ずかしさと、情けなさと、悲しさで胸がいっぱいになった。
  けれどジェームズはからかうこともなく、あきれた様子もなく、ひどく穏やかに微笑んだ。何がおかしいのか、と反論する気にもなれず、シリウスはうつむく。
「本当のこと言うとさ、初めて君を見たとき、少し気に入らなかったんだ」
  ジェームズはさらりと言うけれど、なかなか身にこたえた。シリウスは深い深いため息をつく。するとジェームズが、励ますように肩を叩いてきた。
「でも話してみると、すごくいい奴だってわかった。賢いし、正直で素直だし、ずっと話していて飽きない人って、君が初めてなんだ」
「……そうかなぁ」
「そうさ。ここではみんなが君のこと、愛して、大切にしてくれると思うな。少なくとも僕らは、シリウスのことが大好きさ。―――な? リーマス、ピーター?」
  ジェームズが声をかけると、のそりとリーマスとピーターが体を起こす。
「う、わ……起きてたのか? ずっと?」
  シリウスはかあっと頬を赤くしてリーマスとピーターをみる。
「話に加わるチャンスを失って……ごめん」
  リーマスが申し訳なさそうに頭を下げる。ピーターは半分寝ているようだ。
「がんばろうよ、きっとみんな、愛してくれる」
  だからまずは、自分自身のことを愛せるようにならなくちゃ。
  ジェームズが微笑む。シリウスは、何も言うことができなかった。



  小さなメモをふくろうのくちばしにくわえさせる。羽音を響かせて空に消えた影を見つめていたシリウスは、ふと人の気配を感じて振り返る。ジェームズだった。
「ふくろう便? 家にかい?」
「うん」
「なんて書いたの?」
「『グリフィンドールだった』。それだけ。君のおかげで、ふっきれた」
  微笑み、シリウスはジェームズに手を差し伸べた。鮮やかな笑顔は、やっぱり変わらずそこにある。  きっと、愛されるって、こういうことなんだ。
手を差し伸べれば握り返してくれる。
辛いときには肩を支えて励ましてくれる。
少なくともあの列車の中、ジェームズが差し出してくれた手はとても大きくて、優しくて、自分に対する思いやりを感じた。そして今なら自分を変えられると、感じる。


どんなに手を伸ばしても、空を仰いで泣いても。
愛は、やってこない。愛は気まぐれで、春風に吹かれるたんぽぽの綿毛のようなものだから。気ままに流れてきた綿毛がこちらにやってきたとき、その姿に気づくことができるのは、それを受け入れる態勢が整ったときだ。ひとたび根を張れば、いつまでも強く根付く。心の深く暗いところにまで、根を伸ばす。
だからこの小さな愛を、精一杯大切にしよう。ずっとずっと待ち焦がれて、ようやく手に入れた愛だから。
そして力いっぱい愛を返そう。それが自分ができる唯一のこと。
愛を知らなかったからこそ、愛のすべてを感じられる。愛してもらった分、それ以上の愛を返せる。そうしてみんなのこころを、愛でいっぱいにしよう。


「I love you. I love everything.―――And,I can love myself」
  静かに口にのせたコトダマは、響きもなく消え去った。


最後まで読んでいただきありがとうございました。シリウスはきっとジェームズに救われたと思うんです。少しでも共感していただければ幸いですVv













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