第一章 始まりを告げる空。
“冒険者”である彼女がその破格とも言える依頼を受けたのは気まぐれだった。
彼女の旅の友である小さな少年から言わせれば、彼女のそれは「気まぐれでは無く優しさ」であるらしいのだが、“冒険者”である彼女にはそんな自覚は無い。
ただ、久々に訪れた“冒険者ギルド”でふと壁にズラリと貼られた多くの依頼書の中で一番最初に目に付いた、それだけの理由で値段も依頼書レベルもなんの関係もなしにその依頼を引き受けた彼女は周りの嗤う目も気にせず、ついでとばかりに扉付近に貼られた依頼書をもう一枚取ると足早にその場を去った。後に残されたの二枚の依頼書のあまりの難易度の差にギョッと驚く者達だけだった。
「ねぇ、ヒィーリー……」
そして、彼女がその二枚の依頼を引き受けてから今日で一月がたった。
“冒険者”である彼女が珍しくなんの打算も考えも無しに、ただの気まぐれで引き受けた“冒険者ギルド”より持ち込まれたあまりにも破格過ぎるたった一枚の依頼書。
当初、その内容に彼女の旅の友である小さな少年は驚くより呆れ果て、依頼料よりはるかに上回るであろう依頼書場所である旅費の計算に唖然とした少年は「ただでさえお金が無いんだよ僕達っ! どうやって旅費を稼ぐつもりなのさ! というかなんでこんな依頼受けたの?!」と涙目ながらに一番安い宿屋の古ぼけた椅子にボケーと座る彼女の問い詰めようとし――――ふいに目があった彼女の、あまりにも冷めた漆黒の瞳にその言葉をグッと飲み込んだことは記憶に新しい。
過去、かつてこの地に幅をきかせた獣族にかりに刈られ、今では大分少なくなった海人族の血を引く少年は現在その容姿もあいまって希少な存在である。もし少年をそこらに沢山いる奴隷商に売れば、一生とまでは言わないが一年は余裕で働きもせず遊べる大金が手に入る。
そんなことを考え小さな少年は思わず口にたまった唾を飲む。
とある場所で出会って以来、ずっと長いこと一緒に旅を続け、苦楽を、生死を、共にし続けた今目の前にいる彼女がそんな非道なことをする人間ではないとぐらい頭では分かってはいるものの心が未だ受け入れることが出来ず怯える。
いったいいつ、あの気まぐれな彼女が「お金が無い? ならあんたを売ればいいわよね?」にっこり笑って少年にそう言ってくるか……。それは考えただけでも胸が引き裂かれる思いだ。
できることなら少年はずっとずっと、少女と一緒にいたかった。
故に小さな少年は言葉を飲み込んだ。ただでさえ少年は彼女にとっては足手まといで、彼女の傍にいても無駄な金食い虫なのだ。一緒に旅を続けている彼女の気持ちなんて少年は未だ分かりはしないが、普通、そんな役に立たない旅の共などお断りだろう。一緒の旅に連れてってくれるだけでもありがたいと少年は思うのに、何か余計なことを言って少年は彼女にこれ以上嫌われたくなかったのだ。
だが、しかし――――。
「一つ、いって良いかなぁ……」
目の前一面に広がる木々を前に小さな少年は、地図を見ては何やら意味のわから無い言葉でブツブツ呟いている彼女を前に、これだけは言わせて欲しいとばかりに未だ首を傾げ続けている彼女の手を優しく掴み目を合わせる。
そして言った。
「その地図、反対。」
「ルー?……ハ、ンタイ?」
突然の行動に驚き目を見張る彼女に少年は地図を指差し更に言葉を続けた。
「うん、本当はこう見るの。」
「?――…… !」
彼女の手を借り、地図をクルリと回す。
すると暫く無言で目を細めその地図を眺めていた彼女が突如閃いたかのように目を見開き……そして空を仰いだ。
「 」
何事か彼女が呟くが少年にはその言葉の意味が分からない。
しかし、ここまで彼女が動揺するのならばもっと早く教えてあげれば良かったと少年は「また彼女の気まぐれである」と決め付け、地図の見間違いを指定しなかったことを後悔した。
少年が知る彼女は“気まぐれ屋”だ。
それを思い伺えるのは――彼女と少年が旅の途中訪れた村でつかの間の休息をとっていた時の話しだ。運悪く突如その村に襲ってきたとてつもない賞金が賭けられた山賊を彼女は、たった一人で全滅させたにも拘らず村の者達のお礼や村人達の証言により“冒険者ギルド”より用意された多額の賞金にも目もくれずポカンとする村人たちやギルド職員などを置き去りに何も貰わず足早にその場を去ってしまったのだ。後にその様はまるで「古の勇者のようだ!」とその村の者達に噂され、ギルド職員からはその後「こんな潔く正義感に溢れた者はいないだろう!」と感涙の絶賛を受け、その実力から特別枠で気づけば“冒険者ギルドC級冒険者”に登録されることとなったが、そのときの彼女はまだ知らない。
そして、そんな実歴もあり彼女は金にまったくの“無欲”で“正義者”であるのか?と聞かれればそれは違うと少年は即座に答えるだろう。なんせ彼女は旅の路銀を稼ぐためにわざと悪漢に絡まれ、反対に金を巻上げたり、荷物運びを手伝ったにも拘らず「商品が傷ついた」と金を誤魔化そうとした極悪商人に「もう許してくれ!」とあの頭を下げることを知らない極悪商人が頭を地面にこすり付けその額から血が出るまであの手この手を使って苛めに苛め抜いた人物だ。彼女が満足そうに商人から奪い取った大量の金貨に囲まれホクホクとなんとも嬉しげに微笑んでいた光景を思い出し少年は彼女が“無欲”でも“正義者”でもないことを知り、改めて確信するのだ。
彼女はそう、とんでも無い“気まぐれ屋”であるということを。
故に今回地図の間違い指摘をするのが遅れてしまった少年だが――――
「ヒィーリー、そんな心配しなくても大丈夫だよ。」
「ルー、」
今回ばかりは彼女の「森を探検したい」という“気まぐれ”では無かったらしい。
鞄に残された食料を確認し、どこか途方にくれた眼差しで空を見遣る彼女の袖を引き少年は湖畔色の瞳を細め優しく微笑んだ。
「この先には王都タラに続く五つの拠点の一つ、風の街セシールがあるんだ。そこから今回の依頼場所であるセラの村へは郊外乗り合い馬車で三日だから無理に歩かなくても十分依頼完了予定日程までには間に合うことが出来るよ。」
「ルー…、」
「それに確かもう一個の依頼書ってセシールの街の近くにでる魔獣退治でしょ? なら先にそっちの依頼終わらせてからセシールの街に向かおうよ」
「――――……、」
片方が何の予測もつかない“気まぐれ”であれば、残されたほうは嫌でもしっかり者となるというもの。
常に「もしもの為に」ということを事前に考え行動している賢い少年は、その幼い顔に似合わずひどく落ち着いた様で驚く彼女を宥めると鞄から銀の羅針盤を取り出すとそのまま手を繋ぎ歩き出した。
未だ驚きに目を見開いている彼女の顔をこっそりと盗み見て少年は笑む。
左手から伝わる少しひんやりとした彼女の温もりが愛しかった。
ようやく明確なる目的地と歩みだした迷い子達を木々が見守るようにその場に佇み彼らの旅路を祈るよう静かに手を振る。
高い木々の間から垣間見る空には雲ひとつ無く、どこまでも青い空が果てしなく広がっていた。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。