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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第九十九話 美彩

「麗音様超格好良かったよねー!」
「ねー! やっぱり私、歌い手でもダントツで好き!」
 すれ違った二人組の少女がそう言ったのを聞いて、秋山美彩(みさ)は思わず立ち止まった。
「美彩?」
 その様子に気付いた愛子が振り返ると、そこには愛子の知らない美彩が立っていた。いつもどこか現実に関心がなさげで、何事にも深い興味を示さない子だと思っていたのに、今愛子の目の前にいたのは、彼女が生きていると強く感じさせる、何か衝動めいたものを携えた美彩だった。
「麗音……ねえ、麗音って、何だっけ……その、歌ってみる人、だっけ」
 一人で来るのはさすがに怖い部分があって、愛子は無理矢理美彩について来てもらっていた。この手の趣味にはまるで興味が無い美彩だったけれど、愛子の趣味を知っていて、尚かつ呆れながらも聞いてくれるのは彼女だけだったから、今回もそこを何とか、と頼み込んだ。そんな美彩が、よりにもよって、その手の趣味に興味を持たなければ知らないはずの人物の名前を挙げた。愛子には、それが不思議でならず、そして、会話の糸口を見つけたかのように、何とか美彩と話を続けたいと思った。
「麗音? そうだよ、歌い手。【歌ってみた】をやってる人。美沙も【歌ってみた】聞いたことあるんだ」
 愛子は歌い手はそこまで熱狂的に聞いているわけでもないから、そのことで熱く語ったことは無いけれど、それでもたまたま興味を持って聞いてくれたことがあったのかな、と期待して尋ねてみたが、
「ううん。聞いたこと無い」
 それについてはあっさり否定された。
「じゃあ、どこで知ったの?」
「昔……付き合ってた。少しだけ」
「えっ」
 愛子は思わずフリーズした。麗音と言えば、先日上がった『キヲク』が爆発的な再生数を記録した相当有力な歌い手のはず。その麗音と、過去に美彩が付き合っていた、なんて聞かされて、にわかには信じがたい思いがした。
「ま、待って。美彩の言う麗音って、本当に歌い手の麗音?」
「麗しい音、って書く麗音」
 愛子は声を上げそうになって、すんでのところで口を押さえた。麗音は女性との交友関係はおろか、自身の身の回りについても滅多に明かさず、その静かなたたずまいが人気の所以でもあるが、まさか、ごく身近な所に彼と関係があった存在がいるなんて、つゆも思わなかった。しかも、美彩と麗音との間には、何らこれといった繋がりが見出せない。幸い、人気な人、くらいの認識だったから、愛子の心境には大きな影響は無かったものの、何だか知ってはいけないことを知ってしまった気がして、愛子はばつの悪い気持ちになった。
「そ、そうなんだ。多分、凄い人気だから直接は話せないと思うけど、近くまで行ってみる?」
 愛子がそう聞くと、美彩は少し考えてから、頷いた。
 案の定、麗音がいるブースの周りには人気が多く、邪魔にならないような位置を探すと、それなりに遠い場所になってしまった。
 〝しょこら〟だった美彩は一度も麗音と会ったことは無かった。お互い写真で顔を見たことはあったが、動く姿を見たのは初めてだった。
 恋愛に少しだけ憧れて、踏み出してみたあの頃。何事にも、それほど深い興味を抱けなかった彼女は、積極的に恋愛しないままに成長した。未だ現実を知らない彼女も、心身の成長と共に些かの関心は抱くようになり、その折に出逢ったのが麗音だった。けれど、ネットを介しての恋愛は、彼女にはよく分からないままだった。理想的だけれど、前には進まない。現実も知らない、優しい恋愛だった。そしてそれとほぼ同時期に、彼女は現実で、現実を思い知らされる悲しい恋愛をしてしまった。麗音に何を告げることもなく、ツイッターから〝しょこら〟は姿を消した。
 あれから、二年近く経った。当時は傷付いて仕方なかった心は、さらに心身が成長するにつれて、大人として、望ましく制御できるようになっていた。それだけに、何かの拍子に麗音を思い出すと、申し訳ない気持ちを抱き、謝意を伝えようとしたが、その頃には麗音は、ただのアカウントにフォローを返すことなど無い、遠い世界の人になっていた。
 今、遠巻きに麗音の姿を見て、彼女は言葉が出なかった。言葉より何より、涙が出そうになった。写真で見るよりずっと綺麗な人のように見えた。
(こんな人に、私は、何も言わないまま……)
 自分を責めたい気持ちが押し寄せて、美彩は背を向けた。
「もう良いの?」
「うん、もう、良いよ」
 愛子は美彩のまとう雰囲気に圧倒されて言葉を失った。その姿はあたかも、哀しみの海に沈んだ像のようだった。どんな言葉も、彼女のいる海の底に届きそうには思えなかった。
 美彩と愛子が会場を後にした頃、夏コミはまだまだ冷めることのない熱気を帯びつつも、閉幕へ向けての動きを始めていた。
 結局、怒濤の勢いに呑まれ、麗音もしろももも、会いに行くことはおろか、連絡の一つさえ、交わすことが出来なかった。
 けれど、撤収の準備を進めながら、このまま手ぶらで帰りたくない、と強く思った颯斗は、思い切った行動に出ることを決めた。
第九十九話です。
次回でなんと第百話。
感慨深い話は次回のあとがきに回すとして、本日はいつもの約7.5倍ほどの方に見ていただきました(当社調べ←)。ごく稀に、いつもの数倍の数のご閲覧をいただくことがあるんですが、その理由がまだ分からないです。たまたま重なっているだけ、とは思いにくい所があるんですよね。きっと理由があると思うんですが、さて何なんでしょう。

さて、今回はついに〝しょこら〟が姿を見せました。ずっと出したかったキャラでいながら、一番キャラ設定が最後の最後まで固まらなかったキャラです。歌絵師の中では初登場は割と早めだった気がしますが、こうしてお目見え出来たのが個人的に嬉しかったりします。
まずは年齢です。美彩は最初16で、颯斗の一個下のはずでしたが、諸々の都合で18歳になり、それでも都合が悪く今回20歳になりました。蓮哉と同じ年になりました。
見た目は私が好きな感じの女子大生です。
>>>アバウト<<<

次回はついに百話。
執筆頑張りますね。
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