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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第九十八話 代償

「は?」
 思わず颯斗は真顔で口にした。
 コミケ会場へ向かう途中、ホームでミシェルと落ち合った颯斗は、衝撃の事実を知らされて当惑した。
「そんな顔されてもな。事実なんだ。虎太郎は40度の熱でぶっ倒れてる」
「虎太郎が……? あいつ、風邪引くのかよ……」
「コレが出来て浮かれてたんだろ」
 小指を立てて、茜の存在を仄めかすミシェル。
「何してんだ……」
「裸で寝たら風邪も引くだろ」
 裸の理由を考えて、颯斗は嫌そうな顔をした。
「何想像してんだよ。あいつ、夏場は半裸だぞ」
 変態だな、とおちょくるように笑うミシェルに颯斗が返したのは、蓮哉に見せるような顔。
「今のは誘導しただろ」
「悪い悪い。けど、さすがにこの前の流れでそこまで行ってんなら、中々あれだろ。ってか、あいつ関西に帰ったし、そんなすぐまたこっち来ねえだろ?」
「でも家帰ったら玄関の前にいそうな感じの人だった」
「あー、分かるわ。合い鍵は作ってそうだな」
 仕方なく、二人で列車に乗り込んだ彼らは、それから下らない雑談を交えたが、虎太郎がいないとそれほど盛り上がらず、しばらくすると携帯と向き合う寡黙な時間に突入した。

 それより少し前、夕葉は鏡と向き合っていた。クローゼットはガバッと開け放たれ、ベットの上からフローリングの上まで、彼女の持つ服が散乱している。
 麗音に会うかもしれない(会う)、と思うと、恥ずかしい格好は出来なかった。普段なら恥ずかしくてあまり着ない格好を、恥ずかしい格好にならないためにするという、何だかよく分からない状態にはなっていたが、出来るだけ可愛らしい格好をしたいという年頃女子の自然な思いが、その分からなさを押し切っていた。
 迷いに迷って、ようやく黒のペプラムトップスと、紺のワイドパンツに落ち着いた。鏡の前でおかしな所が無いか念入りに確認して、ようやく納得が行くと、夕葉はぎこちない足取りで家を出た。
 菜々と待ち合わせている駅まで、緊張の時間が続く。麗音の好みに合っているだろうか、なんて、まるでデートに行く前の彼女の気分。まだそういう関係じゃ……と思っては、違う違う、と言い聞かせるも、浮つかずにはいられなかった。
 夕葉を待っていた菜々は、その表情に驚いた。
「な、何かあった?」
「別に、何でも無いよ」
「そーお? 何かありそうだけどなぁ、このこのー」
 菜々は麗音の大ファンだし、麗音との関係は極力伏せておきたいと思う夕葉は、何とか誤魔化そうと奮闘した。

 長蛇の列を横目に入場した彼らは、人でごった返す前のゆとりのある空間でそれぞれ設営を進めた。この時点では、まだこの後に控える展開など想像もつかなかった。
 開場を知らせるアナウンスが響くと、会場は拍手で包まれた。そして、直後に戦士たちが戦陣を駆け抜けて行く。まさに合戦の構図。この日のために英気を養ってきた兵たちが、戦果を求めて駆け巡る姿を見て、颯斗は戦いていた。出る側でなければ、間違いなく参加しないだろう、と改めて感じた。
 第一波が落ち着いた後、第二波がやって来ると、会場は全体的に人でごった返し始めた。この規模の混雑はここ以外だとどこにあるんだろうか、と颯斗がぼんやり考えていると、二人のブースの前には、次々と人が並び始めた。
「れ、麗音、何だコレ、お前、何したんだ」
 予想だにしない勢い。彼らの人気からしても、用意した分のCDは例年しっかり売れて行くのだが、今日の勢いは尋常では無かった。押し寄せる客足を捌きながら、ミシェルはこの異常事態の理由を颯斗に尋ねた。
「俺は何もしてない」
 そう答えた後で、まさか、と思っていた可能性、つまり、先日の『キヲク』の好評がもたらした新しいファンたちの存在を告げた。
「それが本当なら、尚更おせんべの奴が必要だったなっ……!」
 止むことの無い気配に、さすがのミシェルもポーカーフェイスを維持するのに苦労した。颯斗は途中から機械的に動くだけになり、とてもしろもものことなど考えている余地は無かった。
 一方その頃、同様の現象は菜々と夕葉のブースでも起きていた。
「私のより格段に売れるんだけど! おこだよおこ!」
 委託の方が売れて行くという事態。元々しろももの方が人気は上だったが、それほど大きくなかった差は、今は歴然だった。
 適当にタイミングを見つけて麗音の所へ、と思っていたが、自分のを求めて来てくれる人がわんさかいる中で、席を空けることは出来なかったし、この勢いなら早々に完売が見込めたものの、自分だけ売れたからといってその場を離れるのは、さすがに菜々に悪い気がして出来そうになかった。
 こうして、とてもお互い会おうという雰囲気など作れないまま、時間は過ぎて行った。
 ところで、パンドラのブースには、思っていた程には人がやって来ず(それでも、今まででは一番来たけれども)、薫は物足りなさを感じた。けれど、彼はまだまだ自分の実力は足りていないんだと、内省的に考え、凹みはしなかった。いきなり伸びなくて良い。少しずつ、前へ進めれば。そう信じて、来てくれる一人一人に、丁寧な対応を心がけた。
いよいよ夏コミが始まりました。
しかし、今回はあっさりで行こうと思います。
合宿つくづく長すぎたなあって。その反省も込めて。

いよいよ会うのかな!? と思っていた皆さん、そんなにあっさりは、行かせませんよ〜。
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