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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第九十七話 Tension

 夏コミまで残り一週間。
 そんな頃合に、『キヲク』は生を受けた。
 これまで麗音が断片的に見せて来た切なさを、むしろ全面的に押し出したそれは、無意識的にそれに好意を抱いて来たファン層に、あまりにも大きな衝撃として受け止められた。
 演じるのではなく、心の丈をそのままに歌い上げたような声色は、多くのファンの心を締め付け、そして新たなファンの獲得に大いに貢献した。
 パンドラが密かに温め続けて来た、寂しげな感性が生み出す曲調。しろももの麗音の雰囲気を十二分に表現し、ファンのイメージに大筋で沿うイラスト。その二つが、既に人気を誇っている曲を【歌ってみた】曲ではないにも関わらず、それまでより格段に評価を受ける原動力となった。
 新時代を駆ける三人のコラボは、各々のファンが残りの二者を知る所以にもなり、結果として三人共に大きな成功を得ることに繋がった。
『にしても、あれは予想外だったよ』
 が、パンドラがそう言うように、三人と彼らのファンの力だけでは、これ程までの結果には至らなかっただろうことは明白だった。爆発的に人気を勝ち取ることになったのは、氷雨モミから始まった一連の拡散に起因していた。彼女はこれまで、パンドラとの関係を匂わせないために、彼の作品について、宣伝に協力する姿勢はあえて取らなかったが、歌い手合宿で颯斗に恩義を感じていた彼女は、一度切りであれば噂も立たないだろうと判断して、『キヲク』の知名度上昇のために行動に出た。この曲が評価を受けることは、結果としてパンドラの評価にも繋がるわけで、彼女にとっては願ってもない機会になった。
「プロの影響力、凄いな」
『あれから凄いリツイート伸びたよね……』
『しかも、フォロワーさんも凄く増えたよ』
 しろももが言うように、三人のフォロワーはこの二、三日だけでも驚くべき勢いで増えていた。その傾斜具合は過去に無いレベルで、フォロー管理のアプリを見ていた薫は、折れ線グラフがギュン、と跳ね上がっていることに一瞬目を疑ったくらいだった。
『夏コミに来てくれる人も増えるかもね。僕のブースにも来てくれるかまでは分からないけどね』
「そこまで能動的なファンって……それほど多くなさそうだしな」
『だね、みんながコミケに来れるところにいるわけじゃないだろうし』
『私も近くにいなかったら行けないかも……大人になったら頑張って行くかもしれないけど』
 彼らのファン層は若年層が一番多く、時に遠征とも言われるイベント会場までの遠出は出来ない者も非常に多い。その点で、今回数字上では圧倒的に増えたと言える彼らのファンが、どこまで彼らに投資してくれるファンになるかまでは、見通しが立たない。
『でも、やっぱり応援してくれる人が増えるってことは、嬉しいことだね。夏コミまで残り一週間だけど、緊張するとかより俄然やる気が高まって来たよ』
「そ、そうだな」
『う、うん』
 夏コミに向けて決意を新たにしたパンドラだったが、二人の反応が同じようにどこかそわそわしたものであることに気付き、思わずその可能性に思い至った。
(もしかしなくても、これ、実際に会ってみようとしてるよね)
 二人をくっつけたいだとか、そういう思いは別段無かったが、もし仮に二人が惹かれ合っているなら、応援はしてあげたいと思った。
『それじゃあ、もう遅いし、今日は終わりにしよっか。二人も、頑張ってね』
 あえて含みを持たせる言い方で、パンドラは会議を終了させた。普通に夏コミでの頒布を頑張る、と取ってくれても良いし、とは思っていたものの、彼の推測が正しければ、二人は心当たりがあることについて、頑張ろうとするはずだ、と考えていた。
 そうして夏コミを改めて強く意識した二人は、来週に迫るその瞬間のことを想像して、心拍数を自然に高めた。
 思わず呼吸が下手になるくらいに緊張して、何とか考えないようにしようと努めたが、何かの拍子にカレンダーを目にする度、会えるかもしれない(本心では会いたいと強く願っていた)という期待に胸を膨らませてしまう。
 心のどこかで、この恋は上手く行くかもしれない、という楽観的な見方が、彼らの中で首をもたげ始めていた。『キヲク』の成功による好転が、普段なら不安に苛まれかねない彼らの考え方を上向きにしていた。
 それから、時間はあまりにもあっさりと流れた。過ぎ去った時間をどう過ごしていたのか思い出せない、極端だが、本当にそれくらいあっさりと。
 明日が、その日。
 夏コミに行く日、そのはずだが、麗音としろももは、もう心の中では完全に、彼女に、彼に会う日だと思っていた。
 その緊張のあまり、一睡も出来ぬまま、彼らは運命の日を迎えることになる。
Tensionはテンションですが、緊張、という意味です。テンションが高い、という時のテンションではないです。

いよいよですね、いよいよですね!
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