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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第九十五話 彼の背景

「そんなわけで、これからデータを送るから、聞いてもらえるかな」
 あれから数日。麗音としろもも、パンドラの三人は初の通話会議を行っていた。
 カチッ、というクリック音がすると、画面には「kioku.wav」と名付けられたファイルが送信される表示が見えた。
「調整まではし切れていないから、ザッとした掴みを聞いてもらう感じにはなるかな。ここから大きく変わることは無いし、その点ではほぼ完成、と言っても良い感じだけど」
 ファイルの受信が完了すると、麗音、しろももは各々再生を始めた。
 通話中でありながら、ノイズ音以外が聞こえない静かな時間が流れる。薫は余計な音を入れまいと、マイクを一時にオフにした。
 そんな時間がしばらく続いた後、先に口を開いたのはしろももだった。
『寂しい曲……でも、麗音さんに、ぴったりな感じがします』
 麗音さん、と呼ぶ声が愛おしげに聞こえたのは、気のせいではないだろうと薫は思った。少なからず、この人は麗音に好意以上の心情を抱いている。そんな風にすぐに察した。薫は、些細な感情の機微に敏感だったから。『インディペンデンス・デイ』が当たってからは公に公開するのは激情的な曲が多かったが、習作にはむしろ揺れ動く感情の端々を捉えたようなものが多くを占めていた。
『麗音さんが歌うために書き下ろしたような、そんな感じが伝わって来ます。他の誰が歌って、きっと麗音さんより相応しくは歌えない、みたいな』
 少し過ぎる(・・・)くらい思い入れているみたいだが、今はむしろそれが功を奏するだろうと思えた。麗音を美しく飾り立て、崇高とも思える存在にせしめることが、彼女になら可能だろうと感じられた。
 麗音はまだ言葉を返さなかった。きっと繰り返し聞いているんだろうと思った。一応ボカロ曲としても同時に公開するべく調教まで済ませてあるから、どんな風に歌い上げるかを考えながら反芻しているに違いない。
 しろももも急かすような野暮な真似はしなかった。
 それから間もなく、二人の耳には小さく麗音が口ずさむ声が聞こえて来た。それと同時に、ゾクッ、とした感覚が身体中を走ったのを感じた。たったそれだけで、これが麗音史上最も素晴らしい【歌ってみた】になるだろうことが明らかに分かった。
 麗音のために書き下ろされた曲。それを麗音が歌い、麗音のために描き下ろされたイラストが彼を彩る時、麗音はどこまで高みへと上り詰めるのだろう。
 早く、早く。二人はその姿が見てみたいと思った。
 まだ誰も知らない、最高の麗音。それをプロデュースするのが自分たちと思うと誇らしくて、同時にそうして生まれた姿にきっと陶酔するだろうと信じて疑わなかった。
『俺は――』
 歌を、愛していた。人に愛し得る、最大限。
『この歌を、愛せる、そんな気がする』
 何より先、思い浮かんだのは、好きだという気持ち。どこがどう素晴らしいとか、この歌にどんな力をもらったかとか、言葉にしなければ伝わらない感情より先に、ただ、純粋に、この歌を、彼は歌いたいと思った。
『この歌詞に、俺は心から共感出来た』
 歌を前にした時、麗音は飾らない。素直な言葉だけが出て来る。
『だから、ありのままの自分を、全て(さら)け出せる。飾らないで全身全霊を注ぐことが出来る』
 二人は麗音の背景が気になった。
〝記憶の海を泳いで、思い出に浸るんだ。寂しくて、切ない。そんな曲〟に、心から共感出来る、麗音の過去が。
 記憶の海の波は気まぐれで、優しくたゆたわせてくれることもあれば、激しく呑み込んで苦しめてくることもある。幸せな過去でさえ、渇いた顔では見つめられない。悲しい過去なら、無論。
『すぐにでも歌いたい。いや、歌うよ。ただ、一つだけ変えて欲しい部分があるんだ』
「うん。あ、しろももさんもあったら言ってね」
 麗音の要求がどこに向けられるのか、不安半分、期待半分の薫だった。
『私は、うん、大丈夫です。こういうことはプロの意見に従います』
「僕らはプロじゃないよ。あ、それで麗音、どこかな」
『ラスト、もう少しだけスッキリしない終わり方が良い』
 薫には今の段階で、ラストは十分スッキリしない終わり方にしているつもりだった。だが、麗音にはこれでも不十分だったようだ。そんな要求をするような過去が、颯斗にあるだろうことが、薫には驚きだった。
「分かった。手を加えてみて、今度確認してもらうよ」
『ありがたい』
「うん。それじゃあ、これをもとに二人には具体的な作業に入ってもらいたいな。もし、何かあったらいつでも言ってね。ツイッターでも良いし、ここでも良いから」
 二人が返答を返すと、会議はお開きになった。
「……気になるな」
 ヘッドホンを机に置くと、薫はそう呟いた。『キヲク』が引き出した、颯斗の背景。彼がどんな人生を送って来たのか、気になって仕方なかった。それを知ることで、もっと麗音に相応しい歌が作れる気がして。
 その欲求は、夕葉も同じだった。彼女の場合は、今だけでなく、過去までも知ってみたいという、恋慕の念故だったけれど。
無事四日連続を終えました。大変でした。
でもストーリーが物凄く進みましたね。
いよいよ三人が会話を交える姿を描き出すことが出来ました。
作詞は決して得意ではないので、あえて書きませんでしたが、出来たら書いてみたいですね、『キヲク』。
麗音の声のモデルは特に無いのですが、実際の歌い手さんでしたら、どなたがぴったりなのでしょうか。
私の予想と読者の皆さんの予想は違いそうですし、うーん。
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