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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第九十四話 前へ

 歌い手合宿が終わった明くる日の夕方。
 夕葉が向き合う真っ白の紙には、中途半端な落書きが二、三あった。
 何も手につかない。
 大好きなイラストさえ、ロクに描けやしない。
 そんなスランプに陥ったのは初めてかもしれなかった。
 麗音の身辺を想像しては、ため息を吐く日々。自分の価値をどう見積もって良いのか分からない。高く見積もればがっかりしそうで、低く見積もると麗音に失礼な気がする。結局、現実での距離が何もかも原因だと思い至るも、それを解決する方法なんてものは実際ありはしなかった。
 携帯からは極力距離を置いていた。麗音が歌い手合宿のことを呟いているのを見てしまう気がして、怖くて手に取れなかった。
 歌い手合宿の全貌を蓮哉のアカウントも確認して把握していた薫と違って、夕葉は日程とか具体的な内容なんかはまるで知らず、麗音が今日既に帰って来ていることも分かっていなかった。
 そろそろ良いだろうか、と思いながらも、携帯を見てみる勇気が湧かず、結局この数日間を酷くダウナーな心境で過ごしていた。どことなくやつれた姿からは、憂いを帯びた美しさが漂う。
 彼女がもう少し大人であったなら、吐き出した溜息が妖しく世界を彩りもしただろうけれど、十六の心は、机に伏せって時が経つのを願うことしか出来なかった。
 ふと本棚に目をやると、尊敬しているイラストレーターの画集が目に入った。
 それなら心を癒やしてくれそうな気がして、夕葉は本棚の方へ歩み寄った。立ったまま画集を開いて、ページをめくる。
 恋する男女の様々なシーンを切り取った一枚一枚。どれを見ても、そんな恋をしてみたいと思ったし、そう思わせるような素敵な絵を、自分も描きたいと感じた。
 そして、最後の一枚に、彼女は目を留めた。
 勇気を出して、好きな人に手紙を手渡す女の子。彼女にピントが当てられ、渡される側の男の子はぼやかして描かれている。手紙を持つ手は震えていることが目に見えて分かったし、必死さのあまり目を瞑る彼女の頬は、紅く染まっていた。桜が舞っている所から、新しい季節が始まる直前だろうか。精細な筆致から、この絵を描いたイラストレーターも、同じような恋をしたのだろうかと想像したくなる。
 そして何より、自分もこんな風になりたい、こんな風に真剣に想いを伝えてみたい、そう思いたくなる。
 不安に苛まれて、何もしないままでいたら、真実を知ることも無いけれど、望んだ未来を掴むこともまた出来ない。そう思って、夕葉は携帯に向き直った。
 iPhoneの電源ボタンを押して、ロック画面を点ける。ホームボタンを押してしまうと指紋認証が為されて、閉じる前のツイッターがいきなり開いてしまうからだ。
 恐る恐る通知を確認すると――
「返事……来てる」
 他の誰でもなく、夕葉に向けて麗音が発したメッセージが表示されていた。
 それだけで、報われたような気になって、そしてまた勝ち誇ったような気にもなって、思い切ってロックを解除することが出来た。
 指先が吸い付くようにして、夕葉の気持ちを言葉にして行く。
 真っ先に送ったのは、〝おかえりなさい〟という言葉。合宿から、という意味がもちろん上辺にはあったけれど、夕葉の所へ、という意味を込めずにはいられなかった。
 すぐに返事が欲しい、そんな彼女のわがままを聞いていたかのように、麗音はすぐに返信をよこした。
〝ただいま〟
 もう何度目かは分からない。
 けれど、今までで一番、ハッキリ感じてしまった。
 自分はこの人に、恋をしているのだと。
〝合宿、楽しかった……?〟
 楽しかった〝ですか?〟と打ちかけて、やめた。距離を縮めたいと本気で思った夕葉は、出来る限り、彼の近くにいるように思わせたいと、砕けた言葉を選んだ。
〝まあ、ね。合宿で歌った八人合唱、その内上がるから、また聞いてくれたら嬉しい〟
 自分は思い詰めてばかりだと思った。もっと気を楽にして臨んでも良いんだろうと思い、無意識の内に微笑んだ。目にすれば、男女を問わず心をときめかせるだろう、とても幸せそうな微笑み。
〝それで、一つ、しろももさんに確認したいことがあるんだけど〟
 いつか――いや、決して遠くはない内に、この人に、あのイラストのように、想いを打ち明けたい。自分の存在を近くに感じてもらって、麗音を近くに感じたい。
 温かな気持ちに包まれながら、彼女は〝はい?〟と返事をする。この人は、私を見てくれている。だったら私にだって、チャンスはあるはずだ。そう思うことが出来た。
〝イラストをお願いしている件で、曲が大体出来たから、俺としろももさんに会議で聞かせて、直接反応がもらいたいらしくて。俺は行けるんだけど、しろももさんは、どうかな、っていう確認を〟
 前に進んでいる。直接の隣にはいなくても、気持ちとしては凄く近いところで、一緒に歩んでいる。そのことが分かるような、麗音からのメッセージ。
〝あたしも大丈夫。時間とかは、もう決まってるの?〟
 夕葉は〝私〟ではなく、〝あたし〟と書いた。〝しろもも〟でありながら、〝榊原夕葉〟の面影を示すように。
〝まだ確認の段階だから、それはまだかな。また追って連絡する〟
〝うん。待ってるね〟
 二人のやり取りに、もうぎこちなさは無かった。
 やり取りが終わって、夕葉が浮かべていたのは、優しい顔だった。
 この恋を叶えたい。
 前を向いた彼女は、晴れやかに笑った。
遅くなりました。
四日連続更新は大変です。ヒイヒイです。
でも、ストーリーが思い切り前に進んでいるのを感じられて嬉しいです。
夕葉のキャラ設定を公開するために、自分用のキャラ設定にあれこれ付け足していましたが、笑顔の破壊力、みたいなものを考えたとき、この子が一番凄いんだろうな、と思いました。歌絵師が書籍化されたら、最後の巻は颯斗と夕葉が笑っているイラストを表紙にしたい(という想像)ですが、きっと最高の表紙になると思います。

今日は薫の設定を公開しました。
こちら(http://tohya-aki.hatenablog.jp/entry/2017/01/27/152431)からどうぞ。
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