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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第九十一話 一コマの青春

 蓮哉が口にした『Berry-Berry Distortion』は、ノリの良いハイテンポな曲に定評のあるねこらいおんPが、複数のボーカロイドを用いて作った合唱曲だ。既に大御所のボカロPとして活躍しているねこらいおんPの新曲として、一定以上の評価は約束されたようなものだったが、想像以上のハイレベルな合唱曲だったことで、ここ二、三ヶ月では最も再生された曲の一つに数えられる。歌い手の中には、声を変えて一人で合唱してみせる大物も存在したが、合唱用に人数を用意出来ない歌い手の中には、【歌ってみた】を上げる段階には辿り着かない者が多かった。
「みんな歌いたかったでしょ? それでいて、なかなか歌うのに踏み切れなかったでしょ?」
 どうよ、このタイミング、と言わんばかりのしたり顔に、各人内心イラッ、とはしつつも、けれどあまりに的を射た発言に、ぐうの音も出なかった。
「それじゃあ、早速練習に入ろう。って言っても、みんな自分で歌ったりしてただろうから、誰がどのパートを担当するかとか、どういう感じに歌い上げるかとか、具体的な部分の話から入って行こう」
 そう言ってから、蓮哉はこう付け足した。
「大丈夫。僕らなら、すぐに仕上げられるよ」
 本当に出来るのかよ、とツッコむような者は、この場には誰もいなかった。蓮哉が言った言葉は冗談でも何でも無く、むしろ、絶対にその通りだと思えるような自信を誰もが持っていたことは、彼らの実力が確かなものだと裏付ける証拠でもあった。
 そこからは丸一日を使って、翌日の収録のために練習や調整を行った。蓮哉が思っていた以上に、彼ら一人一人の出来は良く、全員で合わせる段階に入るまでの時間は驚くほど短かった。いざ合唱、となるとさすがに一筋縄では行かなかったが、彼らの努力っぷりは凄まじかった。それぞれが問題点を指摘し、改善点を提案し、より良い形態へと成長させるための建設的な話し合いを逐一設けたことで、成長具合はとんでもないものだった。
 その間、蓮哉はちょくちょく練習風景を撮影しては、ツイッターにこまめに情報を発信し、それを見たファンたちが色々と妄想を捗らせることとなった。誰もが近日中に公開されるだろう〝あの人気合唱曲〟を心待ちにした。
 すっかり日も暮れ、かなり疲れが見え始めた状況でも、彼らの目には他の状況では決して見られないだろう生気が感じられ、夕飯を軽くつまんだ後、まだまだ続けよう、という勢いだった。さすがに根を詰めすぎてもな、とミシェルが制し、食後しばらくは休憩時間を設けることが決まった。
「ちょっと腹ごなしに散歩して来る」
 気合いを入れ過ぎて少し疲れていた颯斗は、そう言って気分転換をしようと外に出た。その後ろを、恵実がさっと追いかける。
「は、颯斗! 私もついて行って良い?」
 一人で行こうとする颯斗の背中に、声を張り上げて尋ねると、彼は振り向いて「ああ」とだけ返した。
 何とはなしに浜辺を歩く颯斗の少し後ろを、恵実は黙ってついて行く。今しか無い、そう思って追いかけたものの、二人切りになると、何を話して良いのか分からなかった。ついて行くことを断りもされなかったが、それは単に断る方が面倒だと考えたからかもしれず、颯斗の性格を思うと、それが正解のように思えて、恵実は自分の存在が邪魔になっていないかとやきもきした。
「合宿――」
 そんな恵実に、颯斗の方が声をかけた。相変わらず前を歩きながらだが、優しい声は、確かに恵実に向けて放たれたものだと分かるようなそれだった。
「思ってたよりずっと、楽しかったな」
 颯斗は合宿のことだけを指したはずだったが、恵実には、自分の存在が許されたような気持ちになった。自分もいる、この合宿を、あの颯斗が楽しいと感じてくれた、そんな風に感じた。
「私も、楽しいよ、この合宿」
 ふいに、ロマンティックな心情になった。何か、気の利いたことを言えれば、目の前にいる颯斗に、少しは伝わるような気がした。
「ねえ、颯斗――」
 心は自然と、落ち着いていた。こんなことを言ったらどうなるのかな、とか、そういう不安は無かった。
「今度は二人で出掛けよ、って言ったら、良いよって、言ってくれる?」
 そう口にして、恵実は立ち止まった。颯斗も少しだけ歩いてから、歩みを止めた。
 振り返った颯斗の表情は、とても柔らかで――
「時々なら、な?」
 それでいて、恵実の想いへの答えを、含んでいた。
 恵実自身は、その答えにまでは思いが至らなかったけれど、どこか凄く、寂しい気持ちにさせられるような気がした。

 その頃、虎太郎は別荘の裏手に連れて行かれ、壁際に追い詰められていた。
「実質今日が最後やし、答え、良い加減聞かせてくれるやんな?」
 もちろん答えは決まってるけどな、とでも言いたげな笑顔に、虎太郎は顔を引きつらせる。
「な、何のこ……」
 冗談でも、忘れた、とは言えないオーラが一瞬ではあったが茜の周囲に見え、虎太郎は言葉を折った。
「あ、ああ、覚えとるで、大丈夫や。せやから、その手ぇ下ろそか、な? よーしよしよし、ええで」
 どうしたもんやろなぁ……と思いながら、何らか救援でも来ないものかと思って待ってみるものの、一向にその気配は無く、いよいよ答えざるを得ないのだと腹をくくった。
「あんなぁ……そりゃあ俺も男子やしな、他の女子にも目移りす――っぶな! 聞けや! 最後まで聞いてくれへんと、話進まんやろ!」
 直前まで目潰しが迫っており、虎太郎は思わず冷や汗をかいた。
「するようなことも無いとは言えんけど、その、な、俺がわざわざこっち来たんは、こっちに憧れてただけやからとちゃうんや」
「ほな何なん。うち置いてこっち来んのに、虎太郎にどんな高尚な理由があったんか、言うてみーな!」
 茜の声は、震えていた。それだけ追い詰められていて、気持ちに整理が付けられなくなって、ここに来ていたのだと、今更になってようやく、虎太郎は理解した。
「……ずっと友達やったやろ、せやのに、茜、どんどん色気付いて来て、何や女みたいで、上手いこと接すんのが難しなって来たんや。お前に可愛いて思うんもどっか恥ずかしい言うか、変っちゅーか、せやから、お前から逃げるみたいにして、こっち来たんや」
 そこまで話して、虎太郎は茜の方を恐る恐る見た。するとそこには、ぼろぼろと涙を流す、見たことの無い茜の姿があった。
「ほな……虎太郎は、うちが煩わしいて行ってしもたんと、ちゃうんやな?」
「煩わし……いとこもあるけどぅわっ! 待て! 冗談や! そんなことあらへんから落ち着け!」
「うん……やったら、虎太郎がおらんなったんは、うちが、魅力的に見えてしゃあなかったから、言うことやな?」
 さすがのその質問には虎太郎も正直には答えられず、恥ずかしげにそっぽを向いて、暗に答えを示した。
「うちが今ここで抱いてもええよ、言うたら、今すぐでも抱きたい思うんやな?」
「ドアホ、こないなとこでするかいな」
「ん、ええわ。そこまで聞いたら、安心したわ。うち、満足して帰れる」
 こんなところでなければ、というニュアンスをハッキリ感じ取った茜は、涙に濡れてはいるものの、すっかり満面の笑みを浮かべていた。女の涙はかくこそありけれ。虎太郎が自身の本音を全て明るみに出さされてしまったのだと気付いた時には、もう遅かった。
「ほな、もう浮ついたことしたら、あ、か、ん、で?」
 ニマァ、と笑う茜。
 それを双眸に写した虎太郎は、青い春が完全に終わってしまったことを、今この瞬間、ハッキリと感じ取ったのだった。
いつもありがとうございます。
先日、4万アクセスを突破いたしまして、中間目標の5万アクセスまで後少しに近付きましたことを、心より感謝申し上げます。

さて、今回の合宿編も、色々長々と書いて来ましたが、いよいよ次回かその次くらいで完結になります。書きたかったテーマも、ほぼ全て書き終わり、長い寄り道をしてしまったな、と思いつつ、達成感を感じてもいます。

恵実の恋はこれから、少し形を変えて行くと思います。本当のことを言うと、恵実の恋についての部分だけ、当初の予想と形が変わってしまいました。ここで彼女の恋の行く末について、作品としてはまだ明瞭な答えを見せるつもりはなく、どこでどうしたものか、と考えていた段階でした。所が、茜が絡んで来たことで、思わぬ急展開を見せることになりました。もちろん、恵実もハッキリと告白したわけでもないので、何を諦めるとかは無いのですが、少し、可能性を感じてしまったことは、彼女の動きを変えることに繋がるのかな、と思います。

何はともあれ、これからも彼らを温かく見守ってやって下さいませ。
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