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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第八十八話 本当の茜

「うちもあんな風に、自然な感じで虎太郎と話せたらええんやけど……」
 だが、続く茜の言葉に、恵実は思わず言葉を返してしまった。
「自然な感じ……じゃ、なかったんですか?」
 今日一日を通して見て来た茜の振る舞いが、自然と為されたものでなかったとしたら、恵実たちが見ていた茜は、完全に作られたものだったことになる。
「あんなん自然に出来る子おったら尊敬するわ」
 はぁ、とため息を漏らす茜。その様子には、それまで見せていたような強さも、戯けた様子も見えなかった。ただ、一人の男に恋する乙女の姿だけがそこにあった。
「うちじゃあかんのかな、やっぱり」
 私はこの人の何を見ていたんだろう、そう思って、彼女は茜に手を差し伸べたいと思った。年齢なんて関係無かった。
「そんなこと無いと思います!」
 同じように、好きな人と幸せになりたいと願う女子。彼女は凄く近いところにいた。それに誰も気付けず、彼女を一人にしてしまった。好きな人が目の前にいない時の不安は、痛いほどよく分かった。
「頑張りましょうよ! わ、私も、頑張りますから!」
 手を伸ばせば届く距離に、大好きな人がいる。だったら、頑張ってみなきゃ。そう誓って。
「虎太郎君だって、本心から色んな女の子に目移りしてるわけじゃないと思うんです。ただ、茜さんに素直に向き合うのが恥ずかしくて、他の子の方を向いちゃってるだけで」
 茜は思った。いたずらに年を重ねて、いつの間にか、明るく考えるのが苦手になってしまった自分がいると。友達と恋人の距離感の違いが上手く掴めなくて、友愛を恋愛に繋げられないまま、物理的な距離まで広がってしまった。真剣に都会に憧れていた虎太郎は、何も告げないまま茜の隣からいなくなった。それが優しさのためだと思いたいのに、何度も、何度も、自分はその程度の相手でしかなかったんだと考えてしまった。そのせいで、友達みたいな純粋さも失ったのに、ちゃんと恋人になろうとする振る舞いも出来ない。他の誰かより少しだけ近い距離にあぐらをかいて、何より、虎太郎に一番迷惑をかけている。そのことをずっと考えて、逃げて、戯けて生きて来た。
「うちな、本当に虎太郎が好きやの」
 なんで、今日会ったばかりの子に本心を打ち明けてるんやろ、そうは思いつつも、言葉は止まらなかった。
「なんで好きなんかも分からんくらい、自然に惚れとった。うち、自分に自信あったんよ。こないに素敵な女子ほっといて、他の子に現を抜かすとか有り得へんって思っとった。やのに、うち、友達止まりやってん。意識してもらえへんかった」
 茜は泣いていた。それが虎太郎への想いを証明していた。
「ちゃんと告白せなあかんかったんよ。勝手に惚れるやろ、とか考えたうちは、とんでもない大ばか者や」
 自分より五つも年上の人が、涙を流しながら思いの丈を打ち明けるのを、恵実は複雑な気持ちで受け止めた。それほどに真剣に思い詰めていた茜に、あんなに軽い言葉をかけて良かったのかとか、自分のレベルの悩みを比較して良いのかとか、そういったことを思い浮かべながら。
 それでも、自分とは違う、と考えられるはずもなかった。想いの強さも、かけて来た年月も、積もり積もった感情も異なるかもしれないけど、相手を想うあまり胸が締めつけられるような気持ちになっているのは間違いなかったから。
「でも、まだ虎太郎君は茜さんの手の届くところにいます」
 そう、まだ彼は誰のものでもない。だから――
「後悔は、何もかもダメになってしまった時にしたら良いんです。だから、頑張りましょう!」
 自分に言えるのはそれくらい。でも、それくらいは言えるから。
 一人じゃない。自分にも、茜にも言い聞かせるように。そう思えたら、きっと頑張れる気がするから。
「……何や、みっともないとこ見せてしもたね」
「そんなことないですよ。茜さんも普通に恋する乙女だってことが分かって安心しました」
「……うちを何やと思てたん?」
「えっ、だ、第一印象は、凄そうな人だな、って」
「凄そうて、曖昧やね。まあ、ええけど。それよか、ほんま、ありがとう。自分でも、嘆いとったってしゃーないし、こっから挽回するしかないて思っとるけど、やっぱり、不安なもんは不安やし。うち、別に虎太郎が誰と付き合っとったって構わへんのよ? うちが一番て言うてもらえへんのが嫌やのよ」
 少し落ち着いたのか、茜は本来の調子を取り戻したようだ。が、その一方で、最後の辺りに聞こえた発言が、恵実に(うん……?)と思わせてならなかった。結局やっぱりこの人はどこかヤバいんじゃないだろうかと、思いかけたところで、それも察されそうで思考を放棄した。
「ほな、明日からまた頑張ろね」
「は、はい!」
 何だか釈然としない終わり方だったが、自分も改めて颯斗との距離を縮めるために動くべきだ、と戒める程度に自己完結させ、恵実はその場を離れた。

 翌朝早く、男子陣は虎太郎によってリビングに召集されていた。
「……何だよ」
 寝起きのすこぶる悪い颯斗は、何一切躊躇することなく、虎太郎にガンくれていた。
「とぼけてもムダや!! 知っとるからな! こん中に犯人がおるんは!」
「朝から元気だな……で、どうした、まさか無いとは思うが、嫁が布団に潜り込みでもしてたか?」
 ミシェルは冗談めかして尋ねたが、まさかの図星だったらしい。虎太郎は数秒フリーズした後、言葉を続けた。
「そのまさかや!! 誰や、茜を焚きつけたんは誰や!?」
「聞くまでもねぇだろ。俺と颯斗、お前と蓮哉が同室だったんだ。その蓮哉が何でか俺らの部屋で寝てたんだから、謀ったのは蓮哉だろ」
「お前、合宿やぞ!? こんだけおんのやぞ!? なんちゅードッキリ仕掛けてくれとんねん! こんなん他の女の子に知られたらドン引きされるやないか!」
 ミシェルのもっともらしい指摘を受け、虎太郎は必死の形相で蓮哉に食いかかった。
「おいおい、何でも僕のせいにするのはよしてくれよ。さすがの僕もそこまでのハニートラップはしかけない。万が一あはんうふんされたらこっちが気まずくなるからね。まあ、ひょっとして自発的にそういうことしてくれたら、まあ面白いかな、と思ってこっそり部屋は抜け出したけど、誓って茜さんを唆したりはしてないよ」
 しかし、蓮哉は落ち着いて切り返し、その真剣な目つき故、虎太郎もそれを制してまで言葉を続けることは出来なかった。
「せやけど、さすがに茜があそこまでぐいぐい来るんもちょっと想像出来へんねん……誰かが入れ知恵したとしか思えへんのや……」
「俺らじゃねぇなら、女子の誰かだろ」
「犯人見つけてキツう言うたらな、明日はもっと来るやもしれん……」
 虎太郎は完全にマジな目になっていたが、ミシェルも蓮哉も、あくびを繰り返すだけで興味なさげで、颯斗に至っては再び夢の世界に旅立っていた。
我が家の前の近年稀に見る積雪記念三日連続更新企画、二日目です。
合宿編もう少し進めるぞブースト作戦を兼ねていたりします。

茜は社会性のあるヤンデレ、になりつつある気がします。恐ろしい。
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