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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第八十七話 この愛に憧れて

 同じ方を見て、同じ所を目指した二人。けれど、進むべき道も、才能の開花のタイミングも異なっていた。
 先に行けてしまった少女。その場に留まることしか出来なかった少年。
 彼女の語る物語は、幸せを手に入れた少女の、それに付随して来た痛みの物語だった。
「わがままだとは分かってます。夢を叶えられたのに、まだおこがましくそれ以上の要求をしてるなんて」
 それでも、と口にされない言葉が聞こえて来るようだった。
 薫君の隣にいたいの、と。
「最近――」
 口を開きながら、薫のことを思った。
 時が経って、立場が変わって、年を取って、取り巻く世界が変わって、約束の日に持っていたような純粋さは、思い出せないようになってしまった。相手を何の考えも無しに信じられて、想えるなんて幼さも過去に置いて来てしまった。目にしたいと望んだ世界は未来にあるから、そこを目指す限り、大人に近付かずして辿り着ける術は無かった。そのディレンマは、どう足搔いてもどうしようもないものだ。
「御崎と直接話したことは?」
「え、えっと、いつ、でしょう……」
「二人は似てるな。相手のことを想うばかり、遠慮して、自分の想いを押さえつけてる。御崎も樅山さんに電話するのさえ憚られるとか言って、会いたいとはこぼしても、会おうとはしない。二人の約束、素敵な話だけど、辛くなるための約束なら、守らなくても、良いんじゃないか……?」
 恋人の交わす約束は、未来を保証するための言葉というより、今を安心させるような精神安定剤くらいのものだ。そんな風に、颯斗は目線を落として思った。
 しょこらと交わした幾多の約束。今はもうどこにいるのかさえ分からない彼女と願ったのは、同じ場所で笑い合う未来だった。
 今から思えば、取るに足らないとしか感じられない約束を頼り切って、変わってしまった今を見つめる努力を怠れば、恋人なんてものは、あっという間に隣から消えてしまう。現実においてだろうと、ネット越しだろうと、視界に映っていない瞬間の相手を繋ぎ止められるのは、それ以外の時間の不断の努力なのだから。
「素直になったら良い。変に疑心暗鬼になったら、きっと後悔するから」
 薫にはそんな風に言わなかった。多分、余裕があるのは詩織の方だと思ったからだろう。
「御崎には俺から言っとくから、樅山さんから、一回声をかけてやって。約束、守りたいなら、守っても良いと思うけど、苦しくなったら、一回休んでも良いと思う」
 そう言って颯斗は、彼方の空を見上げた。
「ありがとう……ありがとう。ずっと一人で抱えてて、誰にも言えなくて、でも薫君に直接相談する勇気も持てなくて、そうしたらいつの間にか、何も見えないくらい真っ黒な所にいるような感覚になって……」
 詩織の言葉が十七歳の少女の等身大のそれになったのは、彼女の本心が導き出された証だった。
「大丈夫。御崎はいつだって樅山さんの話ばっかりだから。ちゃんと話せば分かってくれるし、その方が絶対良い」
 しょこらとの破綻が、どれほど自分に傷跡を作っていたのか、らしくない言葉を吐き続ける自分がいることで思い知らされた。あんなの、下らない一回の失敗だと割り切ったはずなのに、他人の痛みに触れて、こんなにもあっさりと思い至ってしまう。
 そう、彼は本当に彼女を愛していたから。
「あいつのためにも、勇気を出してくれないか」
 愛に苦しむ二人を見て、いてもいられなくなった。
「わ、分かりました! 私、頑張ります……。あ、その……」
「うん?」
「薫君、そんなにいっぱい私の話、してた感じですか……? ご迷惑をおかけしていた感じでしょうか……」
 ぷっ、と噴き出してしまった颯斗。薫のことが羨ましく思えた。こんな素敵な子と、両想いでいられるなんて。ただ相手を好きになるだけでなく、相手にも好いてもらえる、そんな奇跡みたいな関係が、同じ志を持った人との間で作れる、とてつもない奇跡。
 憧れずには、いられなかった。
「まあ、音楽の話か、樅山さんの話だな。でも、それがあいつの創作の原動力だろうから、良いと思ってる。ただ、まあ、辛いって話よりは、惚気話を聞いてる方が、幾分かは気が楽だな」
「そうなるように、頑張りますね!」
 両手でガッツポーズをするのは、詩織の癖なんだろう。この話が始まった時に見えた陰りは、もうどこにも無かった。プロの歌い手として第一線を走り続ける所以も、こういう芯の強さにあったりするんだろうか、颯斗はそんな風に考えて、俺にはとても無いな、と少し嘆息した。

 散歩から帰って来た恵実がリビングに戻ると、テラスで話す颯斗と詩織の姿が目に入った。その場に海奈がいれば、何となく良い方向に捉えられたかもしれないが、生憎入浴しに行っており、たった一人の心は、考えたくない可能性を考える方に向かってしまう。
「あの二人、随分仲良いんやなぁ」
 さらに、その場に茜が現れ、誤解を深めるような発言をしたことで、恵実の焦りはますます高まって仕方ないのだった。
家の前が凄い積雪になっているので、それを記念して三日連続更新します、という謎キャンペーンを開催します。
頑張って話を進めますので、ぜひお楽しみにです。
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