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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第八十三話 蓮哉の誤算

 茜の存在に、上手く言葉に出来ない何か不安めいたものを覚えた恵実は、颯斗の傍にくっつくようにして歩き始めた。幸い、茜は虎太郎にべったりで、そのせいで颯斗からは離れた位置をまごつき、颯斗と二人切りの時間を手に入れることが出来た。
「……なあ、歩きにくいんだが」
「そ、そう? 気のせいじゃない?」
 本名で呼んでみても、物理的な距離を近付けてみても、颯斗が恵実を意識することは無い。もとより異性を強く意識するようなタイプじゃないのは、恵実もよく分かっているはずだったが、少しもドキッとされないのは、自分に女としての魅力が足りないからではないだろうかと、ため息をついてしまう程だった。
「なあ、これとこれなら、どっちが良いと思う?」
 けれど、そんな乙女心をまるで解さない颯斗の態度は、逆に恋愛上のおぼつかなさとか、ぎこちなさを感じさせなくて、そんな時期を乗り越えた二人が得られるような、穏やかな時間を思わせた。
「私は、こっちかな。颯斗は?」
「そうだな――」
 この合宿でしか、こんな時間が過ごせないのが寂しい。今を楽しむべきなのに、心が向かうのは、今が終わった後の時間のことばかり。颯斗にとってただの友達でしかない恵実は、離れている間は交わす言葉も少ない。何気無いことで連絡をしたって構わないはずだが、颯斗の性格を考えると、なかなかそうも行かなかった。
「恵実――」
 今から離れた恵実の心を、今に引き戻した呼び声。恋い焦がれる人に、自分の名前を呼んでもらえる喜び。それが、色々考えていた複雑な気持ちを、一つの単純な気持ちに変えてくれた気がした。
「ぼーっとしてたら置いてくぞ」
「うん、ごめん、行こっ」
 颯斗の彼女になりたい。恋人という肩書きを手に入れて、堂々と彼と付き合いたい。こんな風に、やきもきすること無しに、自分らしい身軽な感じで、彼の手を引いて外の世界に繰り出せたら良い。
 恋は煩わしいけれど、愛おしい。そう、まるで、颯斗みたいだ。
 そこまで思って、何だそれ、と思った。私はどうしてそんな人のことが好きなんだろう、と笑った。自分でもよく分からないけれど、面倒くさがりで、でも表に出さないから気付かれないだけで、色々なことを考えていて、何より、本当に大切なものを前にした時の姿は、とても格好良い。そして、彼にとって一番大切なものは、恵実と同じ、歌だから。
 いつか、勇気が出せる日が来るだろうか。この人に、ちゃんと想いを伝えることが出来るだろうか。そこまで考えて、今はまだ、そこまでは考えないでおこうと、また遠くへ行こうとする気持ちを引き戻した。
 そして、また颯斗にくっつくようにして歩いた。今はまだ、誰かが見たときに、カップルに見えるくらいで、良い。
 そんな風にいじらしくアピールする恵実の姿を、茜は遠くから見ていた。少しして目をそらすと、虎太郎に向き直ったが、その目にはうっすらとした不安が浮かんでいた。もちろん、虎太郎はそんなことには気付かない。まとわりつく茜から何とか逃れようともがくのに必死で、彼女の振る舞いの背後に潜む本当の気持ちに思い至るようなことは無かった。
 そうして買い物が終わり、別荘に戻ると、蓮哉たちは既に帰っていた。
「おかえり。随分手間取ったみたいだけど、手筈は整ったのかな?」
「おかげさまでな」
 この状況を楽しむ蓮哉に、颯斗は堂々と向かい合った。
「ふぅん。いつもと違って、やる気みたいだね」
「馬鹿言えよ。やる気なんてあるかよ。良いからさっさと始めよう」
「うーん、この合宿、颯斗は成長させちゃったりしてね」
 ちょっと予想外だったかな、と漏らす蓮哉を余所に、颯斗は(無駄に)大きなキッチンに買って来た具材を広げ始める。
「颯斗があそこまでやる気を見せてるし、帰って来たばっかりだけど、始めよっか?」
 あくまでも挑発の姿勢を取ってみるも、今回はまるで効果が無く、蓮哉は唇を尖らせた。
 そんなこんなで料理対決は始まることとなった。
 と言っても、さすがにテレビスタジオではないから、大きめのキッチンを二チームで分けて使うわけだが、意外にもそのことがチーム颯斗にとっては功を奏した。と言うのも、それぞれのチームから一人ずつ横に並んでコンロの前に立つわけだが、さすがにそれ以上は立つスペースが無く、いくら全員がそれなりに料理が出来ると言っても、それを前提に考えた役割分担は、開始早々修正を余儀なくされたのだ。よくよく考えてみれば当たり前のことだったが、事前にその点に気付くものはおらず、チーム内の総合的な腕前を比較しただけで、料理全体の質を高く設定したチーム蓮哉には、手痛いスタートとなった。
 その間、出来る者と出来ない者との役割化を明確に分けていた颯斗たちは、限られたスペースを有効活用して、着実にリードを重ねて行った。
本当のタイトルは、第八十三話 作者の誤算です(笑)
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