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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第七十八話 ほの字

「な、なんでこないなとこにおんのや……」
「なんでもなにも、虎太郎に会いに来たに決まっとるやろ」
 虎太郎のド真ん前まで進み、驚きを隠せない顔から一ミリとて視線をずらさない。
「と言うことで! 正解は、歌い手の〝ほの字〟さんでしたー!」
「のんきにクイズやってる場合やないやろ!? お、おま、何してくれとんねん!」
 猛抗議の虎太郎の言も、蓮哉はまるで意に介していない様子だ。相変わらずの笑顔で、完全にやり切った、という達成感さえ窺わせる。
「いやー、だってね? 最近の虎太郎の様子を伝えたら、もう我慢出来ない、って言うから」
「わ、罠か! 罠やったんか! この合宿!」
「別にー? 合宿は合宿で、ちゃんとやるつもりだよ? ここもちゃんと宿泊日数抑えてあるし」
 虎太郎があたふたする理由の分からない颯斗や恵実たちは、唯一事情の分かっていそうなミシェルに、小声で経緯を尋ねることにした。
「あー……あいつは……そうだな……虎太郎の、何て言やぁ良いんだ、嫁、的な?」
「よ、嫁……? えっ、結婚してたの!?」
 衝撃の答えに、思わず大声を上げる恵実。
「そ、そんな、よしてぇな、まだ結婚までは行ってへんけど、でも、そう思てくれんのは、うち、大歓迎よ」
「アホぬかすな! ええか! ちゃうからな! こいつとは、ホンマのホンマに、なんも無いしな!? 誤解せんでや!」
 必死に弁解するも、二人の間の上下関係的なものは、その場にいる誰もが一瞬で分かっていた。
「なあ、もう少しちゃんと説明してくれよ。付き合ってる、って認識で良いのか?」
 とは言え、イマイチよく分からない関係性。もう少しハッキリした答えが欲しい颯斗は、再びミシェルに尋ねた。
「だから、何て言うんだ、付き合ってるとか、そう言うのでもねえけど、逃げらんねえ的な? 虎太郎も別に嫌ってたりするわけじゃねえんだろうけど、あいつのとなりに収まったら、そのまま結婚まで行って尻に敷かれっから、わざわざこっちまで出て来てまで、逃げてる、的な」
 あー、と理解する三人。虎太郎がやたらと女性の話をするのも、何となく分かるような気がした。収まり所が決まってしまっているからこそ、そうなってしまう前に、人並みの恋愛、みたいなものをしてみたいんだろう、と。
「にしても、あんたな、若い子ぉにいちいち鼻の下伸ばして、良い加減恥ずかしないん? もう二十二ぃになるんやろ? そろそろ身ぃ落ち着けぇや」
「せやからってお前とゴールインする理由は無いやろ!」
「なっ、は、恥ずかしいて! ゴールインとか、そんな、もう、急いたらあかんで? な?」
 ポッと顔を赤らめて恥じらう茜。しかも、演技では無さそうで、心の底から恥ずかしさを覚えているらしい。
 それにしても、茜は猪突猛進型らしく、しかも誰にも止めることの出来ない重装武者のような感じだ。虎太郎自身、茜からは絶対に逃げられない、というのは自覚している模様で、だからこその必死の抵抗を試みているようだが、茜にとっては全く効いていないのは誰の目にも明らかだった。
「虎太郎が色々目移りすんのは、うちに魅力が足りへんから、ってのはようよう自覚しとるんよ。せやし、この合宿で、少しでも振り向いてもらえるよーに、って、来させてもらうことにしてん」
「よーしよう分かった。蓮哉、やっぱ仕組んどったんやな?」
「あはは、何のことかな、僕にはわかんないや」
 あくまでもはぐらかす蓮哉。そこに、ミシェルが割って入る。
「諦めろ、虎太郎。わざわざ遠方出て来てまでお前に会いに来るような女が、他にいるかよ。顔も普通に良いじゃねえか」
「も、もう、そんな褒めたかて何も出せへんで?」
「お前は黙ってろ茜ぇ! ええか、ミシェル、何事も相性、っちゅうもんがあるやんか。どんだけ好意を寄せたかて、互いがおんなじ方向いてんと、そりゃあただの押し付けになるやろ」
「じゃあこの際、面と向かって言やぁ良いじゃねえか。俺はお前のこと、微塵も好きじゃねえから、金輪際俺の前に姿を見せないでくれ、ってな」
 そう言われると、それまでずっとあったはずの勢いが、途端に姿を隠した。どうやら、虎太郎も茜の想いを真っ向から否定したいわけではないらしい。
「まぁ、別に今ここでどうこうしろ、って言うつもりはねぇよ。けど、蓮哉もちゃんと言えよな、この合宿で適当に折り合いつけさせるつもりだ、ってことくらい」
「そういう真剣な話は、割と僕は苦手なんだよ。それに、適当に収集付けてくれるからね、ミシェルが」
「俺はまとめ役じゃねえぞ」
「そういう訳だから、うん、虎太郎、合宿中に、茜ちゃんと上手いこと話、つけてね」
「そんなまどろっこしい話せんでも、答えは決まってるやろーに。まぁ、ええよ、待ったげる」
 本当の所、虎太郎は茜のことを悪く思っていたり、嫌っていたりはしない。ミシェルの言う通り、完全に好みという訳でも無いが、実際茜は整った顔立ちをしているし、虎太郎としても、そのことには何か文句を抱くことも無かった。ただ、友達として、長い時間を過ごして来た茜との間に、虎太郎が求めているような甘いカップルの時間は見出せそうにも無く、少しくらい青春も味わってみたかった彼にとっては、茜の愛情は、些か重々しく思えてならなかった。
「はぁー……お縄にかかった気分や……。しゃーなし、話ってのはしたるけど、他の奴らの余計な横槍は遠慮してもらうで」
「お、良いね、約束するよ」
「これが全然信用ならんのよなぁ……」
 まんまと罠にかかったような展開だが、虎太郎には最早抵抗する余地は無かった。そうして着実に茜の包囲網に絡め取られる様子を、残りの三人はやや圧倒されながら見つめていた。構図的には、浮気がバレて仕置きを受ける旦那と嫁、の図にしか見えず、その表情には、お気の毒に……という色が見えていたが。
虎太郎、アウトー。
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