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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第七十五話 二人のゲスト 前編



 長い雨の夜、彼女は一人バスを待っていた。
 たった一人で出た買い物。友人、知り合い、ファンが増えて、彼女の世界はずっと広くなっていた。人間には、誰しもちょうど良い世界の広さがある、そんな風に思うようになった。自分のそれは、ほぼ限界に近付いていて、反動からか、一人の時間を意識して、無理をしてでも手に入れるようになった。
 彼との距離が広がって、幾年。傲慢だと言われるとしても、彼の隣にいられた日々が懐かしくて、また戻りたいとも感じていた。同じように高みを目指して、共に歩もうと誓い合った二人は、まだ見ぬ日々を思い描いては、柔らかな笑みを交わした。
 けれど、彼女がすぐに花開いたのに対して、彼はそうでなかったから、彼女は彼を置き去りにして、ずっと前に進んでしまった。
 夢を選んだというより、彼が彼を選ばせなかった。彼女が好きだったのも、彼が好きだったのも、夢を追うことにひたむきな姿勢だったから。
 すぐに追いつくよ、なんて、現実はそうは行かなくて、彼は今も彼女の隣にはいない。才能とか、努力とか、機会とか、人脈とか、そういったものが全てピタリと当てはまった瞬間が有るか、そんな奇跡にも等しいことが起きないといけないから、彼が彼女に追いつくのは容易ではない。
 彼女の心にある寂しさは、誰にも打ち明けられないものだった。彼に打ち明ければ、嫌味に聞こえてしまうだろうし、それ以外の誰に語ったって、もっと素敵な人が周りにたくさんいるじゃない、そう言われてお終いだ。
 両方手に入れたい、そう願うことは、罪なんだろうか。仕事と恋と、分けて考えることは出来なかった。ましてや仕事が、恋の始まりを作っているのだから、分けられるはずが無かった。仕事を捨てて彼のもとに行ったとして、彼はそんな振る舞いをした彼女を非難して、見損なうだろう。彼が愛するのは、高みを目指す彼女であり、彼自身だから。
 そうは思いながらも、彼女は距離が生む喪失感をどうやって埋めたら良いものか悩み、それはあたかも暗闇の中にいるようだった。
 長い雨の夜、一人でバスを待つ彼女は、まさにその心象風景と合致していた。
 その場に佇んで悩みに耽りたいものの、そうもいかない多忙の日々。
 また、携帯がコール音を告げた。一人の時間は終わり。彼女はもう一人の顔を浮かべ、電話に出た。



 一行が目的地の別荘に着いたのは、正午前のことだった。太陽が高く昇り、季節を強く主張する熱波が押し寄せる。
「……出たくないな」
 目の前に海があるとは言え、そこで涼もう、というつもりは全く無い颯斗。その言を耳にした瞬間、ミシェルはエアコンを切った。
「ここで蒸し焼きになりたいならそれでも構わねえけど」
「ほらほら、出よっ」
 ドアを開け、ぴょんっと飛び出た恵実が、颯斗の腕を引く。為されるがまま外に出るも、温度差にやられて酷い顔をした。
「辛気臭い顔やなぁ」
 虎太郎たちも車を降り、六人が一堂に集結した。
 それを見て、蓮哉がパン、と手を叩いた。
「ハイ、ちゅーもーく!」
 今度は何が始まるんだ、と男子陣は身構えた。
「今回の歌い手合宿には、スペシャルゲストを呼んでる、って言ったよね」
「そうなん?」
「オイ、聞いてないぞ」
 虎太郎と颯斗は驚いたが、残りは知っていたのか、平然としていた。
「あれ、二人には言ってなかったかな」
 絶対に確信犯だ、と颯斗は思った。虎太郎は難しい顔をしながら、「聞いたっけな……?」とかブツブツ言っていたが、おそらくは聞かされていないはずだ。何はともあれ、面白さ、とかいう奴のために、二人には知らされていなかったんだろう、と結論付けた。
「まあ良いや。でね、女子が二人だけでしょ、男子四人に女子二人だと、ちょっと女子チームは寂しいかなって思って、スペシャルゲストは女の子二人を呼んであるよ」
「ホンマなん!? めっちゃええやん!」
 女の子、という響きだけでテンションの上がる虎太郎を見て、周囲はそれとなく一歩下がった。もちろん、当の本人は喜びのあまり全く気付いていないが。
「歌い手合宿って銘打ってるからには、ゲストも歌い手なんだよな」
「イグザクトリィ! そうだよ! 颯斗!」
「何なんだよ、そのキャラは」
 ビシィッと人差し指を向けてご名答! とジェスチャーする姿に突っ込んだものの、蓮哉はあっさりスルーして話を続ける。
「二人には先にここに来てもらってるよ。チャイムを鳴らしたら一人目に鍵を開けてもらう予定になってるから、海奈にお願いしようかな」
 演出にまでこだわるな、と少なからずゲストの紹介の仕方には感心した颯斗。聞かされていなかったことには多少不信感を抱いたが、颯斗には女性の歌い手の知り合いはWitCherryを除くとほとんどいないし、蓮哉と共謀して颯斗を罠に嵌めようとするような候補は思い浮かばず、少なくともそこには安心が出来たことで、この状況を楽しめる余裕があった。
「じゃあ、押すよ」
 恐る恐る海奈がチャイムを鳴らすと、別荘らしさを感じさせるような上品なベルの音が響いた。
 少しして、「はーい」と声がして、鍵を開ける音がした。
忙しいしか書いてなくてすみません、でも忙しくて大変です。。。
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