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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第六十九話 君の声がする

〝良かったです。本音を言うと、麗音さんと通話、してみたかったんです、なんて(ノω`*)〟
 一歩先に、何が待っているだろう。
 踏み出すまでは、分からない。
 でも、踏み出した先の未来を見られるのは、踏み出した自分のみだ。
 当たり前だけど、今を取れば、決して今より先には行けない。ずっとここだ。幸せの途中だ。
 あるいは、踏み出してしまえば、幸せは消えてなくなってしまうかもしれない。それでも、ここに居続けたら、幸せはこの程度で終わりだ。
 物語が終わってしまうのも、続いて行くのも、自分という主人公が、どれだけ上手く立ち回れるかにかかっている。
 しろももは、麗音との未来を、望んでいる。
 そんな風に確信出来てしまったから。
 それが、麗音のことを好いているからなのか、単に興味を持っているからなのかまでは、分からないけれど、今より先の時間に、一緒に行こうとしてくれているから。
 ここにしゃがみ込んでいたって、仕方ない。むしろ、その方が、〝この物語〟は終わってしまう気がしたから。
〝俺も、聞いてみたいです。しろももさんの声〟
 過去の痛みが、なくせるわけでも、忘れられるわけでもないけれど、彼女との未来に賭けてみることで、受け止めることくらいは、出来るような気がした。逃げるわけでも、避けるわけでもなく、立ち向かうことを決めた。

 俺は、しろももさんが好きだ。

 この時、初めて、颯斗は、気持ちを、言葉にした。
 漠然とした恋情は、形となって、颯斗の心を満たした。

〝な、何だか恥ずかしいです〟
 前へ。
 そう決めた颯斗の心は、いよいよ、物語を動かす側に回る。
〝俺はいつでも出来ますけど、なんなら、今でも〟
 迷って良い。辿り着ければ、それで。
〝え、それなら、今、出来ますけど……し、しますか?〟
 いつか、だと思っていた。そのいつかに今は含まれていなかったから、麗音からの言葉に、夕葉は思わず息を止めた。
〝しろももさんが大丈夫なら〟
 夕葉は、独りだったから。憚ることなく、発信マークをタップした。
 呼び出しのコール音が鳴る度、心拍数を高める。麗音の声を知っているはずの夕葉でさえ、どんな声が出るのかと、緊張せずにはいられなかった。
 まるで、永遠につづくかと思われる呼び出しの時間。もし、声を聞いて、声を聞かせることが出来たら、二人の距離はどれ程縮まるんだろう。そんな風に思う、シンクロした心。
『も、もしもし』
 一声。それだけに、跳ね上がってしまう心、心拍数。
「もしもし」
 自分の声がどんな風に受け止められるのか、颯斗は緊張でヒヤヒヤしていた。その声が、あまりにも多くの人を魅了するものだとしても、人は、自分の声を心から理解することは決して出来ないから。
 そこから先、言葉が出て来ない。シャー、というノイズだけが二人の耳を包む。
「しろももさんの声って、こんな感じなんですね」
 夕葉は、多少(という程度にはならないだろうけれど)声を作っていた。別に地声だった所で、彼女の印象を悪くするようなことは無いはずだが、乙女心が可愛らしく振る舞わせた。
『よ、予想してたのと比べて……どうですか』
「んー、思ってたよりは、低かった、ですかね。ちょっとですけど。結構高い声を想像してたので」
『わ、私って、そういうイメージですか?』
「ハンドルネームに引っ張られてる感じですかね。絵柄は大人っぽいので、ある意味、納得する声な気はします」
 無意識の内に、二人は柔らかな雰囲気を生み出し始めていた。互いを思いやる、優しい空間が、そこにはあった。
「俺の声は……って、分かってましたよね」
『まあ、そうですね。でも、やっぱり歌で聞くのとはちょっと違って、思ってたよりずっと話しやすい声です』
「話しやすい声、ですか? 言われたこと無いです」
『聞いてて心地良いって言うか、その、話したくなる雰囲気なんです』
 初めて声を聞けた喜びで、夕葉はするすると素直な感想を口にしてしまう。しかも、普段なら照れるところでも、心がとろけていて、恥ずかしさを感じない。
『勇気を出して良かったです。本当のことを言うと、スカイプの話を持ちかけた時点で、大分、狙ってる所があったんですけど……』
「普通に言ってくれて良かったのに」
『そんなぁ! 無理ですよ、だって麗音さんですよ? 超人気歌い手ですよ? いきなり通話してみたいとか、言えるわけないじゃないですか』
「しろももさんだって十分過ぎるくらい有名でしょ……。遠慮とかしてもらう必要、無いと思うんですけどね」
『じゃ、じゃあ、もうちょっと、グイグイ行っても、引いたりしないで下さいね?』
 若干暴走気味になり始めるも、それを止める存在はどこにもいない。
「良いですよ。どんどん言ってもらって大丈夫です。通話したかったら、気軽に声かけてもらったら良いですし。まあ、学校とか、寝てる時とかは、さすがに無理ですけど」
『それは私だって無理……です』
 最後の「です」は、慌てて付け足したのがモロに分かる言い方だった。颯斗は思わず笑って、意識的に丁寧にしようとする不自然さに、何だか逆に違和感を感じるようになり始めていると思った。
「別に、無理に丁寧に話さなくても大丈夫なのに」
『で、でも、素で話すのは、何だか難しい……って言うか』
「練習してみる? 今の俺みたいに」
 その言葉は、颯斗が他の誰に向けるより、優しく、柔らかな言葉だった。
 もっと近付いておいでよ、そんな風に、告げるみたいに。
連載二年目にしてついに、二人がお互いの声を聞けるようになりました。とんでもない進歩です。

そして今度は、砕けた話し方で話すことを、目指します。

本当に、亀の歩み、そんな二人です。

でもきっと、その方が、ずっと幸せになれる、そんな気も、していたり。
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