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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第六十五話 歌は、彼の全て

「どうや? 俺も割とやる方やろ?」
 結局、続けざまに三曲歌った虎太郎は、やったった、という表情をありありとしてみせた。
「虎太郎さんは盛り上げ上手、って感じだよね」
「わ、私、ミ、ミシェルさんも凄いと思いましたけど……虎太郎さんの方が、良かったかな、って言うか……あ、あの、ミシェルさんも、凄く良かったんですよ! 良かったんですけど」
「ホンマ!? ホンマか!? ほれ見てみいミシェル! 俺の方が良かったって!」
「まだ二人しか聞いてねえだろうが」
 あからさまに不満そうな顔をしたミシェルを見て、颯斗は思わず笑いを堪えた。
「残りの二人と、そこで面白そうなツラしてるご友人様はどうなんだよ」
 が、堪え切れていなかったのか、ミシェルにはモロバレだったようだ。
「アタシは鷺沼の聞いてからかなぁ」
「うん、ウチもハヤトンが歌うの聞きたい!」
 ゆかりとはあまり喋った記憶が無かったが、にも関わらず〝ハヤトン〟と呼ばれて驚いた。湊を含めて颯斗のことを下の名前で呼んだりはしないし、親しみってよくわかんないもんだな、と颯斗は思った。
「ほな、歌ってもらおか?」
「だな、お前の実力、見せてもらおうじゃねえか」
 普通にカラオケを楽しむつもりだったのが、とんだ展開になった。のびのびと歌うことは出来なさそうだ。ライブの場なら、程良い緊張感はありつつも、100%で歌うことが出来るが、こういった狭い場所で、身内だけを相手に本気で歌うというのは、なかなかに恥ずかしさが募った。
 だが、この場面から逃れられるほど、ここにいるメンバーは優しくない。ため息をつくと、最近ハマった邦ロックバンドの曲名を入力した。
 イントロが流れて、颯斗はマイクを手に取った。
 刹那、颯斗の空気が変わった。
 まるでスイッチでもあるかのように。
 あの夕葉の閉ざされた心をこじ開け、振り向かせた颯斗が、そこにいた。
 本当に、天は二物を与えなかった。逆に言えば、一物は与えた。
 歌の才能。
 他の何もかもがダメでも、それだけは、誰をも凌駕出来るが、力を。
 息を吸い込んだ。
 一瞬、目を閉じて。
 見開いて。
 一言目から、思いの丈を、ありったけ込めて。
 瞬間、広がりを見せる世界。
 歌詞に込められた意味と、それを読み解いた颯斗が込めた意味とが混ざり合って、颯斗にしか出せない世界が生み出されて行く。
 天性の声色、それを最大限活かした歌い上げ。そして、何より、歌うことへの愛。
 ミシェルも、虎太郎も、蓮哉も、海奈も、恵実も、みんな歌うことを愛しているけれど、颯斗の想いはそれを上回っていると言えた。歌うこと。それが、何より、美しいもの。それが、彼を生きさせてくれる、最大の活力。
 全てを込めた。
 彼は、自分を大した人間だとは思わない。思えない。実際、人に誇れるようなことは、ほとんどしていない。よっぽど、他の誰かを見習った方が良いくらいだとは自覚している。そんなちっぽけな彼の、ありったけを込めた歌。ちっぽけだけれど、背伸びしない心の全てが詰まっている。
 この世界に生まれ落ちた、小さな命。その命の限りが、凝縮されている。
 だから、颯斗の歌は、麗音の歌は、聞く者の心のすぐ近くまでやって来れる。すぐ隣で、同じように笑って、泣いて、喜んで、悲しんでくれる。
 その歌に、支えられる人がいて、励まされる人がいる、そんな事実は、颯斗にはまだ実感出来ない。実際にファンからそういったコメントをもらうことはあるが、本当にそうなんだと自覚することはあまり無かった。
 自分の歌がどれほど有用か、そんなことよりも、彼は大好きな歌を、思いっ切り歌えれば、それで良かった。
 それでも、その歌は、もうたくさんの人たちの心を捉えてしまっていた。
 ファンたち、仲間たち、そして、誰より、夕葉。
 彼は、もう、颯斗だけの颯斗ではない。
 たくさんの人たちの颯斗だ。
 それを認められるようになるには、まだもう少し、生きる上で、時間が必要だろうけれど。
 最後の一声まで、彼は全力で歌い尽くした。
 歌い終えた瞬間、彼の表情には、悦びがあった。
 心地良い感覚。歌うことで発生する全ての感覚が、愛おしかった。
「はぁ、疲れた」
 が、それも束の間。集中が途切れた途端、その美しさは幻のように消え去り、いつもの颯斗が帰って来た。
「お前……本当オンとオフが激しいな」
「歌ってる間、なんか取り憑いてんのちゃう?」
 虎太郎からの冷やかしも、あながち間違いでもないかもしれない。本当に、人が変わったよう、そう形容してしまえるほど、歌っている最中と、歌い終えた後の颯斗とでは、同一人物とはとても思えないほどの差異があった。
 その集中の差が、彼の歌に、その魅力を十二分に引き出させる要因になっているのだが、欲を言えば、その集中が常に持続出来れば、周囲の評価は格段に上がるのは間違いない。が、それが出来ないのが、颯斗らしさで、尊重もされるべき所なんだろう。
今日は目がしぱしぱして疲れてます。
カラオケ編、こんなに引き延ばすつもりはなかったんですが、わりとノリノリで書けてるので、後少しだけ続くと思います。

颯斗が歌ったのは、最近藤夜がハマったJ-Rockバンドの曲です。さて、何でしょうか?(笑)
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