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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第六十一話 二人は悲しみの中に

 結局、翌朝になってもしろももからの返事は来なかった。期待して、眠たい眼をこすりながら携帯を手に取った颯斗は、がっかりしたあまり、思わず二度寝しかけた。
 しろももと話せた、話せなかった、が最近の颯斗の気分を大きく左右する。
 その意味では、〝しろもも〟は〝しょこら〟をとっくの昔に上回っていたし、恋に対する姿勢は、明らかに異なっていた。けれど、当事者には冷静な比較なんて出来ない。距離を置くか、時間が経つかしなければ、自分がちゃんとした恋愛を出来ていたかなんて、分からない。
 だから、颯斗の心には、ハッキリした不安も無かったけれど、ぼんやりした不安が、居心地悪く居座っていた。
 それでも、待っていれば返信は来るだろう、という期待が、今の彼には、精神安定剤のように働いた。
 鬱陶しいとばかり感じていた学校での時間も、どことなく、受け容れるくらいには出来るようになって来ている。
 隣の席との、歪な雰囲気を、除いては。
 もう二人が言葉を交わすことは一切無いし、互いの存在は、完全に無視されていた。
 本当に口をつぐめば、断絶など容易い。元より颯斗の方から話しかけることは無かったわけで、夕葉が目くじらを立てることが無ければ、二人の間に接点など生まれなかった。
 でも、それで済まないのが社会という空間。その中に身を投じた時点で、巻き込まれることは、決まっている。
 その発端を作るのは、決まって相原だ。とは言っても、彼はお調子者の友人みたく、二人を引っかき回すようなことを意図的にしているはずもなく、担任の役目を全うする中で、無意識の内に残念な状況をことごとく作っているだけのこと。
 三時間目のロングホームルームの時間、教室に入って来た相原は、大量のプリントを抱えていた。
「あー、もうすぐ夏休みだ。お前たちももう二年生。そろそろ真剣に進路を考えて、色々オープンキャンパスだとか学校説明会に足を運ぶ者も増えて来ると思う」
 その仕事ぶりはいたって真面目で、非難される余地は確かに無い。
「自分の進路は、確かに自分が決めるものだ。最後に決めるのは自分。後悔しない選択をしてもらわないといけない。だが、進路希望を明日出さなきゃいけないわけじゃないし、今、もう既に決めている奴も、そこ以外には選択肢が無い、なんて思う必要は全く無いと思う。自分一人では見えないものもある。自分では気付いていない可能性が、他の人になら見える、ということもよくある。だから――」
 真面目だが、色々と見えていない。
「今日は隣同士で、相手の可能性を出来るだけたくさん見出してもらおうと思う」
 このタイミング。颯斗は、マジかよ、と思わずにいられなかった。明らかに雰囲気の変わった夕葉と、どうやってこの時間を過ごせば良いのだろうか。適当にやって誤魔化そうとしても、その辺りには相原は厳しく、やり過ごすことは厳しい。
「プリントが行き渡ったら、席をくっつけて始めてくれ」
 まるで、これから死地に赴く戦士の気分。
 自分から机を近付けるわけにもいかず、颯斗は夕葉の動きを伺った。
 ところが、驚くことに、夕葉はさっと机を近付けてきた。少なくとも、過度に忌避する必要は何処にも無かったようだ。そう思って、颯斗も席を動かして、夕葉の机とピタリと合わせた。
 だが、そうしてから、夕葉の行動が完全にパフォーマンスだと気付いた。机を離したままだと、相原に目を付けられてややこしくなる。それを回避したかっただけのようで、他の生徒が話し始めても、彼女は颯斗の方をチラリとも見ず、渡されたプリントにサラサラとシャーペンを走らせるだけ。その露骨なまでの無視に、颯斗の心は逆撫でられるばかりだったが、事を荒立てて注目を浴びるのも嫌な颯斗は、ひたすら耐え続けた。仕方なく、適当に自分のプリントを埋める。だが、夕葉について何か書こうとしても、何も思い付かなかった。少し前の夕葉なら、まだ考えてやる余地があった。しかし、今の夕葉は、颯斗からの何もかもを拒絶していた。視界に入れることさえはばかられて、いつしか苛立ちは寂しさに変わっていた。いったい何がそうさせるのか、知りたかった。
 邪剣で良い。だから、前みたいな夕葉に戻って欲しいと、願っている自分がいた。
 厭う気持ちがあったことは事実で、夕葉の態度に不満を募らせていたのは間違いなかった。それでも、アクションとリアクションがある関係は、心のどこかで好ましく受け止められていたらしい。
 失うことを恐れるココロ。それは、しょこらを失った傷が、まだ癒えていない証だった。
 相原が机間巡視を始め、二人の席に近付くと、夕葉はその時だけ身を寄せて、何やら作業したフリを見せた。だが、二、三回もそれが続けば、さすがの相原も怪しんだ。
「お前たち……ちゃんとやってるか?」
 そこから先、ほんの少しでも言葉を発するか、夕葉は迷った。完璧に無視を貫きたかったけれど、彼女の中の純粋で素直な気持ちが、自分勝手な都合で誰かに迷惑をかけるのを良しとせず、心は揺れるばかりだった。
「榊原、風邪気味で喉が痛いらしくて。声、あんまり出ないみたいなんですよ」
「そうなのか……。榊原、大丈夫か? 無理はするなよ」
 相原の言葉に頷いた夕葉だったが、内心、颯斗の言葉に心底驚いていた。
 颯斗が上手くその状況を凌ぐため動くなど、予想もしなかった。
 何のために? そんな疑問が、彼女の中に浮かぶ。思わず尋ねそうになる。けれど、チラ、と目をやった颯斗は、すっかりプリントに視線を落としていた。
 それから後は、相原が二人の様子をチェックしに来ることは無かった。
 授業が終わる頃には、二人とも、誰にでも当てはまるようなことを適当に書いて、何とかプリントを提出し終えた。
 席を離すと、颯斗は早々に席を立って教室から出て行った。その様子を目で追いながら――ほんの一瞬、気が緩むと、そうしていた――、夕葉は、自分が強情を張る意味が分からなくなるのを感じた。
 けれど、夕葉の決意は固かった。
 このままでは、また逆戻り。苦しむ未来が、待っている。そう言い聞かせて、毅然とした態度を取ろうとする。
 生まれ出ようとする心を、感情を、氷の中に閉じ込めて。
 夕葉は、必死に麗音のことを想った。
 そうしなければ、今すぐにでも、心がバラバラになってしまうような気がして。
ラブコメを書いているんですよね、確か。
そんな気がしない最近です。

ですが、少しだけネタバレすると、次回以降はまた少しギャグ回になります。ふふ。

揺れる、となると、すぐにZARDの揺れる想いを思い出してしまうんですよね。
まあ、別に作品に影響を与えている音楽じゃなくて、単に言葉の響きが思い出させるだけなんですけどね。

昔は、こんなにゆらゆらしたシーンは書かなかったし、書けませんでした。
もっと、スパッと喜んで、スパッと悲しんでいました。
少しは大人に……なったのかな……?
どうなんでしょうね。
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