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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第五十八話 愛おしさと、痛み

 夕葉は、携帯の使用時間が決して長くは無かった。無意味に長時間使う、といったことは珍しく、それは麗音に対しての向き合い方でも同じだった。もっとも、普段のそれは、自分のためにならないから、という理由で、麗音に対してのそれは、麗音のために良くない、という別の理由だったけれど。ともかく、より距離の縮まった連絡手段を手にしても、それを活用しまくる、といったことは無かった。
 それ故、あの後、二人の間で会話は為されなかった。
 放課後になって、颯斗の方が何か送ろうかと考えたものの、仕事的な内容で何かを口にするのはまだためらわれて、結局、何も送れなかった。相手を多分に意識するようにはなっても、ディスプレイ越しでは、表情、仕草はまるで見えないから、相手がどのような好意を抱いているのかまでは、想像することしか出来なかった。そこで楽天的に考えて、積極的な行動に出られるほど、颯斗はポジティブではなかったし、勇気を出して後一歩、と思う度、脳裏によぎるものがあって、実行に移せずにいた。
 もやもやしたものを抱えながら、颯斗は席を立った。敦や薫、湊も来ない、久々に静かな夕方。いつの間にか姿を消していた隣の席に、ちらとだけ目をくれてから、教室を出た。
 夏の近付きを感じさせる、夕方らしからぬ夕方。一人で帰る颯斗は、帰り道を歩いていなかった。浮き足立った気持ちが、どこへともなく彼を誘う。どこへ行きたかったわけでもないし、不安定な気持ちの時、行きたいような場所があるわけでもなかった。ただ、気の向くままに、歩いた。ただ、いつもと変わらず、音楽と一緒で、色々な気持ちが、颯斗の心の中で踊る。
 今までは、それほどでもなかったのに、しろももと近付き過ぎたからだろうか、思い出してしまうようになった。ひょっとすると、一文字目が同じだからだろうか。
 〝しょこら〟と、〝しろもも〟。考えてみれば、割と似ている。
 颯斗の念頭には、ぼんやりとした少女の姿があった。
 顔は知らない。口元を隠した写真は見たことがあるけれど、それも少しピンボケしていたし、今は写真フォルダにも入っていないせいで、見返して思い出すことも無い。記憶の中では、可愛らしい少女として思い出されるけれど、美化されているはずで、実際どうだったかは、よく分からない。
 名前は……と、颯斗は記憶の海を泳いだ。名字も聞いたはずだったけれど、出て来ない。青山とか、秋山とか、その辺りだった気がする。忘れたくない、とか、その頃は思っていたはずなのに、今はもう、そうだった気がする、くらいにしか思い出せない。それは、自分が薄情な人間だからだろうか、と彼は自嘲した。歩いていると、良好な酸素が取り込まれるからか、パッと名前が浮かんだ。
 美彩だ。結局、〝しょこら〟とばかり呼んでいたから、名前を知ったところで、あまり意味は無かった。
 二年ほど前。麗音がまだ歌い手として駆け出しだった頃、対等な関係で知り合ったのが、しょこらだった。彼女は麗音の歌を聞いたことは無く、二人の間で飛び交う話も、歌とは何ら関係の無い、ごくごく日常的なものばかりだった。学校のこととか、最近気になった漫画のこととか、友達と遊びに行ったこととか、そういうのばかり。
 二人ともインドア派で、独りが好きで、そして、恋に、あこがれと、理想と、期待を、抱いていた。
 それの持つ厭わしさとか、難しさとか、悩ましさとか、苦しさとか、躊躇いとか、諦めとか、そういったネガティブな側面は、まだ知りもしなかった。
 だから、二人が〝試す〟のは至極当然の流れだったし、それをカウントにいれて良いのなら、颯斗には、あるいは麗音には、その時、美彩、あるいはしょこらという恋人が、いたことになる。
 声こそ聞いたことがあるけれど、ほとんど顔も見たことが無く、会ったことも無い二人を、恋人同士だと言って良いのかは、人によるだろうけれど、とにかく、二人の間では、彼氏と、彼女、だった。
 少なくとも、ほんの一瞬においては。
 恋仲になって二カ月もしない内に、二人がする会話の量は、ちょっとした付き合いのある人とする会話より少なくなった。嫌いになったり、意図的に連絡を取り合わなくなったりは、しなかった。ただ、しょこらには、いや、美彩には、現実で好きな人が出来、その人になびいていった。元より、颯斗が、麗音が、恋人である必要は何も無かった。彼らしさの何一つ、彼女は最初から語れなかったし、軽い始まりに、重みなど、あるはずもなかった。
 ただ、大切な人がいる、という感覚だけが残った颯斗には、鈍い痛みが待ち受けていた。心の距離が遠ざかって行くのは、彼にも分かった。現実で好きな人が出来たことを、美彩は颯斗に語らなかったから、何が理由で疎遠になったのかも、未だに颯斗は知らないけれど、何かが二人には欠けていて、そのせいで上手く行かなかったとは、気付いていた。
 大切な人が、消えて行く痛み。颯斗の恋の思い出は、それに始まっているから。
 恋を強く意識した時、思い出されるのは、まさしくそれに他ならなかった。
 しろももととの繋がりは、普通に考えても、しょこらとのそれより、深いとは思えるけれど、しろももを、というより、失敗した過去のある自分を、彼は信じ切れなかった。
 付き合っていた、とさえ、言えないような恋になりはしないか。
 明るいままの夕方に、独り歩く颯斗の感情は、明るいとは、とても言えなかった。
颯斗の過去について、少しだけ触れました。
この美彩という存在は、初期段階には無く、何故か突然出て来ました。

ネット越しの恋愛、が今作のテーマですが、考えてもみれば、普通はこんな感じに、よく分からないまま終わる、というのが多いのではないでしょうか。ともすると、都市と地方、みたいな感じに距離が離れた二人だと、そうなる傾向も強まると思います。かと言って、近ければ、危ない展開に発展することも、あったりするかもしれないですし、藤夜が何かそれらを推奨したりはしていないことは、ここでくれぐれも以下省略。

おかげさまで、20,000アクセスを突破しました。
亀さん歩きにお付き合い下さる皆様のおかげです。
話がどんどん膨らむのが藤夜の傾向ですが、何とか収斂させますので、これからもゆっくりお付き合い下さい。
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