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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第五十六話 見えないあなたに

 変わってしまった日常。
 対して、ネット空間は、いつもと変わらない表情で颯斗を迎えてくれる。
 その温もりが、愛おしかった。
 そんなもの、そこにあるはずが無い、なんて言う人もいるけれど。颯斗や夕葉には、確かにあると思えた。あると思い込みたいわけでもない。それは自然に感じられた。少なくとも、現実よりは、よっぽど。
 それはきっと、麗音として名を馳せていなかったとしても、変わらない。実際、麗音がごくありふれた存在であった時にも、彼には十分すぎるほどの味方がいた。現実ではとても手に入れられそうにない、大切な人たち。中には、今はもう、やり取りの出来ない人もいるけれど、それは現実でも同じ話。本当に辛い時、苦しい時、支えてくれる人がいるかどうかが大事で、颯斗にとって、彼らはネットの中にいた。
 そのことについて力説したところで、顔を合わせて話すことのみを至上に捉える人たちには、とても理解してもらえそうにないから、誰かに語って聞かせることは、無かったけれど。
 大切な人たちが呟くタイムラインを見て、颯斗の心は幾らか安らいだ。
 そこになら、安息がある。これまでもずっと、行き詰まったり、躓いた時には、ここに逃げ込んだ。現実に立ち向かう力をもらった。
 そして今は、より強い想いが、そこに向かうようになった。
 颯斗の中で、まだ誘い文句は思いついていなかったけれど、思い切って声をかけることにした。
〝しろももさんにお願いがあるんですけど……〟
 しろももという四文字を打つだけで、心が慌ただしくなる。一回一回のやり取りに緊張して、気を遣って、そんな感情になることに、幸せを覚えた。
 返信はすぐに来た。最近は返事を待つ時間が短くなったような気がする。
 ひょっとすると、しろももも学生なんだろうか。高校生……いや、大学生かもしれない。あの大人びた絵柄は、むしろ年上の描いたそれに見えなくもない。
 まだ見ぬ彼女への想像は膨らむばかり。やり取りの回数が増える度、しろももへの興味は高まるばかりで、その分だけ、すぐ隣にいる夕葉からかけ離れて行く。彼女が颯斗の世界から消えた今なら、尚更。
〝何でしょう? 麗音さんからのお願いなら、私、出来る限り頑張って応えたいです〟
 颯斗の心をド直球で捉えた返信。それを書いている時、夕葉の雰囲気は柔らかく、優しくなっていた。一瞬だけの、氷解。そこには、以前の夕葉の面影が強く残っていた。けれど、それに颯斗は気付かない。気付けない。
〝実は――〟
 颯斗は、薫の持ちかけて来た話について伝えた。
 その話を聞いた夕葉は、急激に心拍数が上がるのを感じた。まさか、麗音の方からイラストを頼まれるなんて。しかも、自分の記憶が正しければ、彼が投稿しようとしている曲は――
〝【歌ってみた】じゃない歌を上げるのって、これが初めてですよね?〟
 その言葉は、しろももが麗音の投稿した歌の全てを聞いているのと同義だった。一言一言が嬉しく思えて、昂ぶる気持ちを抑えるのに、思わず深呼吸した程だった。
〝初めてのオリジナル曲のPVイラストを描かせてもらえるなんて……本当に私なんかで良いんですか?〟
 光栄、そんな気持ちが湧くあまり、謙遜してしまう自分がいるのが、少し嫌だった。肩を並べて歩きたい、そんな風に思ったはず。夕葉は麗音が返信するより先に、言葉を被せた。
〝ううん、やらせて下さい! ぜひ、ぜひやらせて下さい!( ・`ω・´)〟
 その勢いは、颯斗の方が圧倒されるくらいだった。ひょっとすると断られる可能性も無くは無いかもしれない(いくら仲が良かろうが、絵を描く、ということをビジネス的に捉えているために、イラスト制作の依頼をきっかけに破綻した例が少なからずあることを、彼は知っていた)、と思っていたから、こんなにも乗り気な返事をもらえるとは、さすがに思っていなかった。
〝こちらこそ、ぜひお願いします。もう少し詳しい話が決まったら、またお伝えしますね〟
〝分かりました〟
〝あ、そうだ。あの、もし、良かったらなんですけど……スカイプのID、教えてもらっても、良いですか? たくさん話すのにはDMって、そんなに向いてないかな、って思って(>_<)〟
 思ってもみない提案。
 あくまで、それは仕事上のやり取りのため、そう分かってはいるけれど。
 どうにも、それ以外のことも、話してみたいだとか、期待を抱かずにはいられなくて。
 あまり使わないせいで、すっかり忘れてしまったスカイプのIDを、急いで調べて、しろももに教えた。まるで、一秒でも遅れたら、彼女の気が変わってしまうような気がして。
 一方の夕葉も、断られることも覚悟の内で、思い切った要求をしてみたのに、すんなりと教えてもらうことが出来て、ますます、麗音との距離の近付きを感じ、それがために、麗音のことを、より慕う気持ちを強めた。
 見えない相手に、恋心をさらに募らせる、二人。
 ネット越しの相手に、純粋な気持ちで恋が出来るのは、二人のよすがが、そこにあるということを、示していた。
 それは、二人が惹かれ合うことに、確かな理由があることも、同様に。
今回は今まで以上に書くのが大変でした。
直接会話しているわけではないので、何だか勝手が違っていて。
ですが、書きたいことをしっかり書けたとは思えていて、結構満足もしています。
やっと二人が踏み込んだ連絡先も交換出来たことですしね。

ところで、スカイプを出したんですが、ラインと迷いました。藤夜は、ラインのアカウントも藤夜アキでやっているんですが、実名や実名から出来たニックネームを使っている方が普通だと思いますし、藤夜が高校生の頃にはまたスマホが珍しいくらいだったので(既にそうだった藤夜は先駆者だけど、日本なので浮いていました)、クラスのライングループなんて無かったんですが、多分、今は、割と普通というか、無い方が珍しいでしょうから、きっと夕葉も〝ゆーは〟とかでしていると思います。なので、それで麗音にラインを教えるのは……違いますよね? っていう。

でも、別に女子高生のリアル事情は詳しくないので、ひょっとすると、ハンドルネームを名前にしている人も、少なく無い感じ……だったり、するんですかね?
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