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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第五十五話 断ち切られた繋がり

 門をくぐった瞬間、校舎に入った刹那、教室に姿を見せた矢先、凍てついた空気が張り詰めた。
 それまでも、夕葉は隠れた人気を誇っていたし(別段何かアピールするようなことも無かったし、むしろ物静かに過ごしていたけれど、イベント会場で颯斗の歌い手仲間たちが気付いたように、しっかりと視界に捉えることがあれば、誰もが気付くような魅力を放っていた)、何度か告白されたこともあったけれど、今度のそれは、その場にいる全ての人に影響を及ぼした。
 目を奪われる者、目を細める者、目を見開く者、目を背ける者。
 教室に入ろうとした夕葉を、夕葉と思えたのは、美陽をはじめとした、本当に友達と呼べるごく僅かな女子と、颯斗だけだった。
 喜ばしくても、疎ましくても、気にしてしまうことに、変わりないから。夕葉が変わったことに――少し前の〝そうするフリ〟とはあまりにも違った――、名前の無い喪失感を覚えた。
 チラリ、とも目を合わせない夕葉。閉ざされた心の奥に踏み入ろうとするつもりを、颯斗が抱くはずも無く。

 何か、辛いことがあったんだろう。

 なんて、自分の世界から、切り離して。
 颯斗は前を向いた。
 その方は、目を向けてはいけない、そんな風に思えたから。
 どんな感情が間にあったとして、これまで、颯斗と夕葉は、向き合っていた。
 向き合う間は、まだ、救いがある。ともすれば、起こる出来事次第で、その距離は如何様にでも縮まる可能性がある。
 けれど、口も聞かないどころか、目も合わせなくなってしまったら。人と人とを繋ぐものは、もう、何処にも、無い。
 出逢ってしまった以上、せめて、少しでも良好な関係を築きたいと、思ってしまうから。すぐ近くにいるのに、何も出来ず、視界に入れない努力を要さなければならなくなってしまった時、人を襲うのは――
 哀しさ。ただ、そればかり。
 たとえその関係が、悪いものであったとしても、自然と湧いて来る、虚ろな感情。
 鷺沼颯斗の視界から、その小さな世界から、一人、いなくなってしまった。
 隣にいるのは、榊原夕葉とか言う、同じクラスの女子。
 それで、終わり。
 もちろん、髪の毛を劇的に短くしたり、染めたりしたわけではないし、夕葉が自身の席につく頃には、彼女が〝榊原夕葉〟であることは、誰の目にも明らかだった。けれど、誰も声をかけることが出来なかった。「どうしたの」の一言さえ、言い出せない。美陽でさえ、たじろいだ。夕葉からは近寄りがたい冷気が放たれ、視界に入れることさえ、憚られた。
 まるで、雪の王女が坐しているかのように、その場は異様な空気に包まれていた。
 そこに、つい先日颯斗が目にしたありのままの夕葉は、いるはずもなく。続いて紡がれるはずだった記憶は、拠り所を失ってほどけて行く。
 失われて行く感覚をぼんやりと抱きながら、颯斗は携帯を出して、ツイッターを開いた。それは、現実から逃げる術としての、現代人の選択肢の一つ。自分の好きなモノだけを集めて創った、閉じた世界。見たくないモノは締め出すことの出来る、優しくて、哀しい世界。
 何故現実から逃げようとしているのか、颯斗は自分でも分からなかった。ただ、何かに苛立っているのは確かに分かっていて、それが夕葉に起因していることも、認識していた。けれどそこから先が、認められなかった。皮肉かな、現実から目を背けるまでのプロセスは、夕葉のそれと、まるで同じだった。苛立ちの原因が彼(彼女)であることが、許せない。他の誰かなら、誰だって構わないのに。たった一人、たった一人だけが、受け容れられない。
 その人の本当を知ることが出来れば、全く違う世界が開けるかもしれないけれど。それは同時に、全く違う自分の発見にも、繋がってしまうから。今ある自分の世界を守るために、今いる自分でいられるために、その人だけは、否定し続けなければ。呪いのように、足枷のように、〝嫌い〟という感情を抱き続けて来た。小さな嫌悪感を、大きな嫌悪感に仕立て上げて。ハリボテの忌避感は、大きくなりすぎたあまり、心を押しつぶした。意識の外に、その人を押しやらなければ、狂ってしまいそうになるほどに。
 それでも、夕葉と違い、颯斗は意識しまいと努めて来た。少なくとも、自分では、ずっとそれが成功していると思っていた。夕葉が何をして来ようと、言って来ようと、下手に取り合わないようにしていたし、自分の中でも、嫌いだとか、嫌だとかを、思わないようにして来た。鬱陶しいだとか、疎ましいだとかも、考えないようにして来た。けれど、思えば、普通に嫌いだ、と思う方が、よっぽど楽だった。あいつには構わない、と決めて、それを貫こうとする気持ちが、面倒極まりない奴だと、思わせていた。表面的に取り合わなくとも、心の中で、否定し続けていることに、変わりなかった。
 たった一言、「何なんだよ」と尋ねて、本心を聞き出せば良かったはずなのに。引きずり、こじらせ続けた二人は、よじれて、ねじれて、どうしようもなくなって、無理矢理断ち切られた。
 気になって、目について。その意識の全てが、哀しい言動に、繋がってしまった。
 歩み合い、分かり合おうとすれば、きっと、分かり合えない二人では、なかったはずなのに。
 目を合わせるどころか、その方を向きもしない。
 もし、人と人との繋がりが、目に見えるとしたら。
 少し前まで見えたはずの糸が、もう、微かにさえ見えないことに。
 誰もが、気付いたことだろう。
カレシとカノジョになってもいないのに終わりました。
これまで有難う御座いました。

もちろん嘘ですが(二回目)。

実体験の一つがモチーフの一部になっています。一部です。
向き合っている頃は、むしろ、幸せだったんです。
本当に接さなくなったら、消えてしまう。もちろん、最初から最後まで、いない人はともかく。
いるはずだった人が、消える痛み。
それは、何物にも喩えがたい、おぞましいほどの痛みです。

果たしてこれを乗り越えることが、出来るでしょうか。
佳境へなだれ込む今後の物語を、どうかこれからも追いかけてやって下さいませ。
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