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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第五話 白い天井

 颯斗は自室の天井を見上げていた。
 珍しく歌えないからだった。
 湧き上がって来る熱情、衝動、それに突き動かされて歌い上げる。逆に言えば、それが来なければ歌うことは出来ない。自身のリズムでのみ生きて来た颯斗にとって、テンポが崩れると立て直すのには時間がかかる。
 天井を見つめながら、颯斗は歌えない理由を考えていた。
 曲を聞けば歌いたいという思いは湧いてくる。だがいざ歌おうとすると、歌い出しから上手く行かない。
 おそらく気付いてはいた。
 しろもものことを意識した時、いつもなら自然に声が出る喉に、妙な負担がかかる。
 この人の絵に、遜色ない歌を。
 今まで一度だって意識したことのない思い。
 いつもなら誰かしら絵師と協力して固有のPVで上げる颯斗だが、今回はしろももの絵を用いたPVをそのまま使用することに決めた。
 そしていざ歌おうとした瞬間には、雑念が邪魔をする。
「……気分が優れないな。今日はやめるか?」
 自分に問いかける。答は曖昧だった。
 颯斗は気分を変えるためにも階下の居間へ下りて行った。
「あれ、兄貴、どしたの、浮かない顔して」
 沙羅がソファに寝転びながら音楽雑誌を読んでいる。颯斗の二つ年下の妹だ。
「別に。ちょっと気分を変えたくなっただけだ」
「そう? 話、聞いたげよっか?」
「良い。そのうち元に戻る」
「ふうん。ま、なんかあったら言ってね」
 颯斗は妹に対してもそっけない反応しかしない。だが、それは夕葉に対しての反応とは少し違う。思春期に入ってから妹との距離感の取り方が分からなくなった颯斗は、嫌いになったりしたわけでもなく、ぎこちない反応しか出来なくなっていた。もちろん、沙羅の方はそんなこともなく、むしろ兄の態度の変化にも寛容だ。
 キッチンに足を踏み入れ、冷蔵庫のドアを開く。これ、と決めたミネラルウォーターを取り出して、蓋を開けてそのまま口をつける。
 春先の喉には冷水は痛いほど染み入った。
「なあ、沙羅」
「呼んだー?」
 ペットボトルを戻し、開けられたままのドアを閉める。
 歌いたいのに、上手く歌えない。そんな状況をどうしたら良い? 颯斗はそう聞こうとした。
 だが、思ったように言葉が出なかった。
「何かあるなら、言ってみてよ」
 沙羅は居間で寝転んだままだ。心配の仕方が、中途半端に優し過ぎないのが、颯斗には有難かった。
「何となく今日は、上手く歌えない、っていうか」
 だから颯斗は、思い切って口にすることが出来た。
「兄貴にもそんな日があるんだ。んー、リラックスすれば良いと思うんだけど、兄貴がリラックスするようなことって、何?」
「さあ……何だろうな。歌うことしか、浮かばない」
 それは颯斗にとって、嘘でも偽りでもなかった。颯斗の歌うことへの情熱は、常人の遥か上を行く。それだけに、上手く歌えないという今の状況は、簡単に受け止められるようなものではなかった。
「あはは、何それ。どんだけ歌うの好きなの」
「そう言われても、だな」
「じゃあ、外歩いてみたら? スッキリするかもしんないし。ちょうどコンビニで振り込みたいのあったし、頼んで良い?」
「利用したいだけかよ……」
「いや、別に無理強いなんてしないし。兄貴が嫌だって言うなら、普通に行って来るけどさ」
「……分かった。行って来るから、振込用紙貸せ」
 沙羅はソファから飛び降りると、同じく階上にある自室の方へ駆けて行った。
 颯斗には沙羅の気遣いが分かっていた。分かっていながらも、上手い返しが出来ないでいる自分があまり好きでなかった。振込の件は、本当に事のついでなんだろう。ただ、それを口にすれば硬さがなくなる。それを沙羅は分かっていたんだろう。
 しばらくして、右手に振込用紙を、左手に千円札を四枚ほど持って、沙羅がトントントンと駆け下りて来た。
「ん、これね。半月後にホワイノットのニューアルバム出るから。あ、届いたら兄貴も聞いて良いからね」
 ホワイノット、とは、沙羅が絶賛ハマり中の邦ロックバンドのことだ。
「分かったよ……」
 二つを受け取って、颯斗はだるそうに家を出る。
 コンビニまでの道を歩きながら、颯斗は振込用紙を何となく眺めていた。
 颯斗はあまり真剣に邦楽を聞かないため、沙羅ののめり込み具合がいまいちよく分からなかった。音楽を愛してやまないという点では同じでありながら、少し領域が違うだけで、そこはまるで知らない世界。
 気分を変えるのに、普段聞かない曲種を聞いてみるのもありかもしれない。颯斗は何となくそう考えた。家に帰ったら、沙羅に何枚か借りてみようか、と。
 そんな風に思いを馳せてのんびりと歩いていても、コンビニまではほとんどかからなかった。
 はあ、とため息を一つついて、コンビニの自動ドアをくぐる。
 ドン、と何かにぶつかった。ぼーっとした様子で歩いていたせいで、颯斗はあまり前を見ていなかった。
「すみませ――」
 言葉が途中でつかえる。
 ぶつかった相手は、あろうことか夕葉だった。
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