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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第四十九話 小さいけれど大きい不安

「やっほー鷺沼」
 ライブ以降、湊が頻繁に颯斗の下へ来るようになった。
「今日は何しに来た……」
 颯斗の対応の雑さ的に、早々に愛想を尽かしてもおかしくないはずだが、その点マイペースな湊にはあまり鬱陶しくも感じられないらしく、引っかき回しては帰るという、颯斗からすればはた迷惑な状況が続いていた。
 それだけなら良かったが、気付かない内に、颯斗に声をかける女子は増えつつあった。廊下に出てもチラチラと視線を送る姿が見えたりと、明らかに颯斗は、〝ターゲット〟になっていた。ライブでの姿が、どうやら夕葉や湊だけでなく、それ以外の女子にも魅力的な男子に映ったらしい。
 その割に、抜け駆けするような人物が見受けられないのは、湊が大っぴらに絡んでいるからだろう。男子からやっかみの視線が絶え間なく向けられるが、その一方、隙を見て心揺れる女子が接近してくることも無い。とは言え、後者は颯斗の意識の外にあるわけで、恩恵は感じられなかった。
 ともかく、湊という破格の逸材がしばしば颯斗の近くにいることで、大きな牽制になっている(湊本人は単純に会いたくて来ているだけなのだが)ことは間違いなかった。ルックスにしても、スタイルにしても、アピール力にしても、湊を相手にして、物怖じしない女子は滅多にいない。おまけに七月に入って、多くの女子が長袖を着続ける中、いち早く夏服に切り替えた湊は、その魅力的な四肢を周囲に顕示していた(これももちろん深慮には基づかない)。それ故、隙を伺う女子たちは、湊のいない時間を狙って接近しようとするわけだが、大概湊に搾り取られた後で、ぐったりした颯斗には生気が無かった。
 しばらくすれば、ほとぼとりも冷めるのだろうが、それにはまだ時間がかかりそうだった。
 そんなそわそわした颯斗の周りの空気を、イライラしながら見つめるのが夕葉だった。
「夕葉、眉間にシワ、よってるよ?」
 美陽に指摘されて、ハッと笑顔を作る。かなり歪で、無理した笑顔だった。
「どうしたの、最近、元気無いね」
「まあ、うん、そういう時期だし」
 もちろん、それも理由にはあるのだろうが、先月や先々月のそれとは、今回の苛立ちは類が違う気がした。
 それが、よもや颯斗に対しての周囲の評価の変化が引き起こしているとは少しも考えなかったし、以前にも増して颯斗の方へ視線を向けていることにも、夕葉は微塵も気付かなかった。ただ、イライラを募らせるばかり。
「ねえ、美陽」
「うん?」
「やっぱり、何でもない」
 心が、拒否した。深層意識は、分かっていたのかもしれない。自分が颯斗のことを意識している、と。けれど、認めたくなくて、思考を途切らせた。
「そっか」
 美陽は優しく言葉を返した。
「可愛いから、コレ、もらうね」
 そして、夕葉のお弁当箱の中のプチトマトをひょいっと箸でつまんだ。
「ちょっ、だったら、卵焼きもらっちゃうし」
 仕返しに、美陽の卵焼きをパクッと口にした。
「しょっぱい」
「え?」
「美陽ん家の卵焼き……しょっぱい」
 美陽は真顔で夕葉の顔を見つめた。
「卵焼きって、しょっぱいものじゃないの?」
「うちのは甘いよ」
「ちょ……っと想像出来ないかも。今度食べてみても良い?」
「うん」
 ずっと仲良くして来た美陽のことだって、知らないことがたくさんある。そう思った。

(鷺沼のことだって――)

(どうして、ここで鷺沼が出て来るんだろう)
 目をやった先。
 机に突っ伏す颯斗の姿。
 まともに顔を見たのは、あのライブの時だけ。
 浮かべてみよう、としても、よく分からなかった。
(何が気に食わなかったんだろう)
 些細なことですれ違って来た。なのに、どこが気に食わないのか、そう考えても、明確な答えは出なかった。少し前なら、怠惰な姿勢がシャクに障る、とか、言えたはずの心に、今、颯斗を刺すような言葉は見当たらなかった。
 ただ、颯斗を受け容れたくない気持ちだけが、氷の塊みたいに残っていた。
 隣の席になってから、これまで以上に意識することが増えた。
 けれどそれは、今までの意識とは違う。
 視界に居るのは同じなのに、心に立ち現れる色が、違う。
 目をそらした。
 その感覚は、気持ち悪くて、ずっと直視していたら、自分が自分でなくなってしまうような気がした。変わってしまうような気がした。
(もう忘れよう)
 その気持ちをなくしてしまうことには、物惜しい感じがしてたまらなかったけれど、不安定な気持ちで居続ける辛さには、耐えかねた。
「ねえ、美陽――」
 何も、無かった。
 それで良い。
 生まれ出ようとした新しい自分を、深層に閉じ込めて。
 痛みを厭う気持ちを、誰も責めることは出来ない。
 夕葉は、自分の気持ちを、どんなに親しい友達にも、上手く伝える方法が、よく分からなかった。楽しいことを共有する友達は、少ないけれどいる。でも、苦しいことを和らげ合う友達は、いなかった。どう作ったら良いかも、どう話せば良いかも、分からなかった。
 一人で悩んで、一人で無理矢理終わらせる。
 その意味で、夕葉は独りで。
 小さな、けれど大きい不安に、ある時からずっと、包まれていた。
今回は暗い終わりになりました。

小説、というものを、小説として書く、とか考えると、ドラマ性、みたいなものを考えないといけなくて、でもそれが嫌いなので、書くときは、大まかにはこうしようかな、とは思いつつ、筆に任せて、心を押し出して行く形で、基本は進めています。

つまるところ、展開がある作品でさえ、藤夜の気持ちが、藤夜の作品に表れるわけです。邪道かもしれないし、ともすると、登場人物の心情に矛盾を帯びさせることさえ、あるかもしれません。ですが、この人物ならこう考えるだろう、なんて、それ通りになること、ないじゃないですか。みんな、何かでありたくて、何かになりたくて、何かのフリをします。決まったキャラなんて、本当は無くて、いつも笑顔の彼が、本当は寂しさをずっと抱えていたり、哀しそうな目をしていながらも、ほのかな幸せを携えていたりは、よくあることだと思います。

言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、かくあるべきもの、だとする〝小説〟は、嫌いです。
認められないのなら、非〝小説〟で良いです。
何でも良い。
書きたいことを書いて、そこに、何かしら、良いな、って思っていただける要素があれば、もうそれで、良いです。

もしかすると、このサイトでこういうことを書くと、おかしいのかもしれません。でも、文を読むのが好きな人が、ここにはたくさんいますから。ここで書くことには、ロジックの破綻を感じません。
それに一応、小説だと思いますし。

また長くなっていますが、ある瞬間まで昂ぶっていた気持ちも、シュンと冷めることは、誰しもあるはずです。それを、躁鬱だとか、切り捨てる人にだって、落差はあるはず。

想いが強くなるあまり、その想いから目を背ける。
皆さんにもその経験は、あるのではないでしょうか。
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